3/4・追いコンのために京都へ

18:30から京都で、コーチしている大学ヨット部の卒業式、別名:追い出しコンパです。
前日に、部員の実行委員・Tくんから、「挨拶をお願いします」と連絡を受け、いつものように気楽にOKしてしまいました。

さて何を話そうか、過去のデジタル日記を繰ってみます。
殆どの部員は学部卒業後も大学院に進むのですが、訓示や激励のようなことは、挨拶されるOB諸兄が話されるので、現役部員に密着している僕なりの視点での言葉を送ろう。
卒業生が10人もいるので、それぞれに対するエピソードの披露では間延びしてしまいそうです。
そうだ、あの日のことを披露しよう。

「近畿北陸ブロック・学生ヨット選手権」、通称「学生全日本団体戦予選」または「インカレ予選」最終日の様子を書いた翌日の日記を推敲します。
クラブ関係者にしか披露しないので、個人名を入れてコピーし、出席頂いたOB・OGの方々に渡し、ゆっくり読んでもらおうと思いました。

僕が自分の現役時代を思い出したように、皆さんにも現役時代を思い出してもらい、ヨット部の求心力が高まると、戦績アップに繋がるはずです。
夜までかかって推敲を仕上げました。
写真も含め、A4・8枚になりました。

追いコン当日の朝、職場に早朝出勤し、50部コピーしホッチキス留めしました。
仕事の合間に、ヨット部関係者のみのクローズドに対してのみですが、個人名を入れた文章を配っていいものか確認しようと、監督や部員にメールで文章を添付して承諾を得ようとしました。
一部を試し読みしたら、10分にもなってしまいました。
この時間のことも伝えました。
ダメならボツです。

劇的な最終日でしたので、落ち込みあり涙あり笑顔ありの喜怒哀楽を赤裸々に綴っています。
一応、女子部員の名前は伏せました。
監督他から、OKの返事が届き、むしろ女子部員名も出してとの要望がありましたが、既にコピー済だったので再制作する時間はありませんでした。

仕事を早めに切り上げ、16:30過ぎに阪急伊丹駅から電車に乗り、阪急四条烏丸駅で、京都市営地下鉄に乗り換え、烏丸丸太町駅に着きました。
ここは、京都御所南西角です。
御所に沿って北上するば、ホテルです。
20170304KyotoS002s.jpg 歩きだすとすぐ17:49「大丸ヴィラ」がありました。
これは、僕の母校と同じヴォーリス設計の建築で、大丸創業家の自宅として建築されました。

20170304KyotoS003s.jpg お着物レンタルのあ店のショーウインドーに、卒業式シーズンらしく女性の袴マネキンが飾られています。
僕らが卒業した頃は、女子大生の袴姿での卒業は珍しかったけど、現在はもっと和風回帰になっており、むしろ袴の方が主流ではないかな?
ウェディングも同じで、僕らの頃はキリスト教式ばかりだったのに、和風結婚式が増え、先週は神社で3組も結婚式に出会い、花嫁御寮にも行き会いました。
次男なんて、旧薩摩藩邸の結婚式場で、庭園を花嫁御寮しました。

20170304KyotoS007s.jpg 17:52、「菅原院天満宮」
ここは菅原道真公が生まれた家です。
20170304KyotoS011s.jpg 産湯を使った井戸があり、社務所で在庫なしになっている絵馬を補充するため、子供絵馬を授かりました。
願い事を屋敷祠にぶら下げたり、記念植樹に謂れを書いて下げたり、いろいろに使っています。

20170304KyotoS016s.jpg 17:57、「聖アグネス教会」
レンガ造りの人目を引きつける建築物で、西に隣接する平安女学院の礼拝堂として建築されました。
写真を撮っていると、どこかで見かけた僕より年上のOBさんが歩いてこられます。
神戸市議会議員をされていました。
どうやら僕が追い越したようです。
「あ~こんにちは、コーチをしている・・です」
「あ~ご無沙汰しています。ご苦労様です」と。
足がお悪いようで、ゆっくり伴走しながら、僕は写真を撮りながらあれこれお話します。

20170304KyotoS019s.jpg 「蛤御門」が見えてきました。
ここは幕末1864年、京都の治安維持と御所を警備する薩摩・会津軍と、天皇を誘拐し世論を一気に尊王攘夷に動かそうとした長州が戦った「蛤御門の変」が起きた場所です。
ここで敗走した長州軍は、長州に向け西国街道を敗走し、我が家のある伊丹市で猪名川を渡ったところで大勢を立て直し、再び薩摩軍に臨みましたが、こちらでも敗退しました。
旧西国街道には、史跡案内が立っています。

3/4・樋屋奇応丸

次男の娘・すみれちゃん(7ヶ月)が、夜泣きを始めたそうです。
2時間ごとに大泣きするようです。

余計なお世話とは思いながら、樋屋奇応丸を飲むことを教えました。
息子たちに「夜泣き・疳の虫には樋屋奇応丸」を飲ませると、1週間ほどで楽になり、随分お世話になりました。

長男が生まれ新米お父さんになり張り切っていましたが、夜泣きすると、家内が一瞬で起きて世話をするのに驚きました。
夢の中で、「なんか泣いてるかな~」なんて感じて目を覚ますと、既に世話をしている家内がいます。
僕は眠くてすぐ寝ちゃうのに、家内は平気のようです。

「これは完敗だ」と男の育児遺伝子の貧弱さを思い知りました。
育児・子育て・親子のつながりに関しては、男は女性の1/100ぐらいではないでしょうか?

雨などで、乳母車お散歩出来ない日もぐずりやすく、お部屋の快適な環境がいくらあっても、自然は人間に必要なんだなと実感しました。

長男のお嫁さんから、アメリカの赤ちゃん事情のメールも届きました。
「アメリカの赤ちゃんは、夜泣きをしない」に驚きました。
「生まれて数ヶ月で別部屋で1人で寝かされるから、泣いても意味ないと学習する」のだって。

アメリカの小児科に、こうくん(10ヶ月)の6ヶ月検診に行った時、「夜何度も起きる」と言ったら、「一緒に寝てるでしょ、しかも日本人だから同じ部屋で、同じ布団で寝てるでしょ、ベビーベッドを買って他の部屋で寝かせた方がいいよ。そんなに夜起きて、あなたは大丈夫なの?」と言われたそうです。

アドバイスを受けても、生粋の日本人なので、お嫁さんは子供たちと同じ部屋に寝ていますが、別部屋で寝れば夜泣きは収まると知っただけで楽になったそうです。

お嫁さんたちの情報交換を読んでいると、「母は強し」を感じます。
僕は、長男を挟んで川の字で寝ていた時期もありましたが、長男から夜中に何度も蹴られるのに悲鳴を上げ、自室に退散しました。

長男も、りょうくん4才の夜泣きが激しかった時、「翌日の仕事に差し支える」という理由で、別部屋に退散していたそうです。
次男もきっとお嫁さんから、「向こうの部屋で寝たらいいよ」と言われているはずです。

3/2・お嫁さんは情報源2

長男は、人当たりがよく、誰にでも好かれます。
子供をあやすのも上手だし、法事などでお年寄りの席に置いておくとその場を飽きさせません。
親として、使い勝手の良い存在でした。

リーダーシップを取れるので、保育園の時からクラスのリーダーで、基本やりたがり屋で立候補するので、小1で運動会の選手宣誓するし、中高では生徒会長したり、修学旅行では実行委員長をしていました。
大学でも体育会クラブのキャプテンでした。

積極的な反面、当然失敗も多い子でした。
菓子折り持ってお友達の家に謝りに行ったり、教習所に通っていた時、大学内でGFさんの原付き50ccで練習していたついでに、校門から外に出て近所のコンビニに買い物に行ってお縄になりました。
ノーヘルメット・GFさんと2人乗りだから、遠くからでも「悪党」と丸わかりです。

GFさんと一緒に警察署に連行され、さんざんお説教を食らった後、僕の職場に電話を掛けてきました。
「お父さん、悪いけど、警察署まで僕の身元引受に来てくれへんかなあ?」
僕は思わず「はあ~、何しでかしてん」と笑ってしまいました。
凶悪なことをする奴ではないので、クラブの悪ふざけで「わいせつ物陳列罪」とかで検挙されたのかと頭にひらめきました。

事情を聞き、「もちろん、ええよ」と答えると、「それとな、GFさんの身元引受人にもなってほしいねん」と言われ、それも引き受けました。
厳格な家なので、僕のようにフットワーク軽い親ではないそうです。

息子にお灸をすえてもらいエスカレートせず有難かったので菓子折り持って警察署に向かいましたが、制度上受け取れないということでした。
GFさんとバイクも車に積み込み、GFさんの家に向かいました。
親御さんの帰りを待ち、息子が掛けた迷惑を謝るつもりでしたが、息子から「僕一人で謝るからいい」と強硬に言われ、警察署に渡すつもりだった菓子折りを渡して帰りました。
大学生にもなって親と一緒に謝ってる男子の姿がかっこ悪いと思ったのでしょう。
息子の気持ちを尊重しました。

厳格な親御さんに、ひたすら謝ったのでしょう。
その晩にお宅に電話を掛けると、「いやあ、立派な息子さんをお持ちで羨ましい」と拍子抜けしてしまいました。
天性の明るさで、GFさんの親御さんまでたらしこんだようです。

まだ無免許だったので、道交法違反の略式処分対象にならず、この事件で簡易裁判所から出頭命令が届きました。
息子と2人、初めての裁判所、初めての被告席を経験しました。
僕も脳天気な性格なので、初めての裁判体験を息子と面白おかしく喋っていると、「お父さん、ゴメンな。これからは迷惑を掛けへんから」と息子にしては珍しく、真剣な眼差して僕に向かって頭を下げました。

僕は今まで、「車の窓からゴミをポイ捨てした」事以外、悪さをしても「こら」とも言いませんでした。
喧嘩で怪我をさせた友達の親に謝りに行った時も、私が前面に立ち、ドラマにあるように息子の頭を親が下げさせるようなこともしませんでした。
ただ、当主で父親である僕が頭を下げ謝る姿を、見せているだけでした。

子供でも言い分はあるはずで、そこに至る経過は本人しか知りません。
それを頭ごなしに「ダメ」と決めつけるのが嫌で、子供であろうとその人格を大切にしたかったのです。
親の言葉より、親の背中の方が、よっぽど強く重く語ります。

親として、赤ん坊の時から身近で見てきましたが、上出来の結果と大失敗の繰り返しで、実に楽しく面白い子でした。
周りの人も同じように感じるから、どこに行ってもリーダーになるのだと思います。
将来必ず社長として会社の舵取りの責任者になるだろうし、経団連の役員でもするのかな?と想像しています。
まだまだ、この子で楽しめそうです。

僕は積極的に家内を、そして我が子を褒めてきました。
お嫁さんたちにも、「いつも、ありがとうね」や、「上手だなあ」や「べっぴんさんやなあ」と平気で言います。

そして、東京とアメリカに息子たちが住むようになり、平均週1のペースで家族メーリングリストに、僕ら夫婦の出来事を投稿しています。
僕の経験からも、親の動向・健康は気になるものですから。

これへの返信だからか、お嫁さんたちは気楽に息子たち一家の様子を、メーリングリスト宛に知らせてくれます。
お嫁さんたちと僕は、もうメル友です。
彼女たちが、旦那である息子たちや我が子、そして同世代で力を合わせて行かなければいけないお互いの家族を褒めています。

失敗や不満は誰にでもあります。
でも、笑顔・プラスの言葉を発信すればするほど、発信者自身が笑顔になります。
そんな家族がいつまでも続くといいな。

3/2・お嫁さんは情報源

りょうくん・4才の着ていた「クロックス」トレーナーから連想されたことを、長男お嫁さんに返信(CC:で長男次男一家へも)したら、お嫁さんからメールが届きました。

このトレーナーは、こちらに住む同じ会社の日本人スタッフ家族からのお下がりだそうです。
プリンストン在住の他社も含め日本人との交流があり、お洋服の交換や、情報交換をしているそうです。
子供はすぐに大きくなり、お洋服は着れなくなっちゃうものね。
日本人特有の食生活があり、その材料の調達場所情報が役立つそうです。
たまたま同じ都市に住んだ日本人同士の関係は、帰国後も続くように思います。

2週間に1回、こうくんと同じくらいの子供たちの集まりに参加して、情報交換などしているようです。
その他、りょうくん4才のプリスクール友達のママとの交流もあり、お家に寄りお茶したりして自分の英語上達に頑張っているのだとか。
アメリカ人のお友達作りも楽しんでいるそうです。
せっかくのアメリカ生活なので、親子ともども大いにアメリカ生活をエンジョイして欲しいし、アメリカ人的考えにも触れ視野を広げて欲しい。
多人種国家なので、いろんな文化を持つ多様な人々とも触れることが出来ます。

最後に、長男に関する情報提供が書かれていました。
12月に昇格試験を受けに、日本に一時帰国していたそうです。
日本で役員面接とテストを受けたそうです。
それに合格し、また4月から昇格するそうです。
35才ですが、30代では異例の出世らしい。

入社以降、ボーナス査定は常に満点で、同期では収入が多かった方でした。
やがて担当部署(海外で行われる学会に参加し、最新知識を会社の製品作りにフィードバックする)と、会社中枢の経営企画室にも席を持つようになりました。
海外子会社や取引会社交渉担当になり、新入社員時代国内を飛び回っていたのが、海外を飛び回るようになりました。
そして今、アメリカブランチでプロジェクトリーダーとして働いています。

新入社員時代、国内を飛び回っている時に見初めたお嫁さんは、その後世界を飛び回るようになり、現在は休職中ですが、この夫婦は世界戦略が必須な会社にとってとても有益な存在なはずです。
子を持つと、その子の人生を間近見れ、自分の人生とともに我が事のように楽しめます。
面白いな。

3/1・クロックスは、コロラドで創業

長男のお嫁さんからメールが届きました。
水族館に行ったそうです。
りょうくん・4歳が、ヒトデを触っています。
IMG_2324s.jpg 大水槽のサメに見入っています。
先日の初スキーに続き、大はしゃぎだったそうです。
お嫁さんとりょうくんは、ジョーズの上顎の帽子を被り、家族で楽しんでいる姿が見えます。

IMG_2344s.jpg こうくん10ヶ月は、まだ小さすぎて水族館を十分楽しむことはできなかったと思いますが、お兄ちゃんに抱きつかれたりしており、遊び仲間として意識出来るようになってきたのかもしれません。
ハイハイやつかまり立ちが出来るようになったから、お兄ちゃんにちょっかいを出しているのでしょう。

IMG_2374s.jpg 川を挟んだ対岸の摩天楼をバックに家族写真を撮っています。
ハドソン川を挟んだニューヨークの摩天楼とは景色が違うので、ニューヨークではなさそうです。
長男の住むニュージャージー州・プリンストンは、ニューヨーク州・ニューヨークと、ペンシルバニア州・フィラデルフィアの中間の町で、ともに車で1時間と聞いています。
ニュージャージー州には、両都市に匹敵するような摩天楼都市はないと思うので、フィラデルフィアの水族館だと予想した。

それを返信したら、「お父さん、すご~い、ビンゴ!」と正解メールが届きました。
奥さんに横でこんなこと言われたら、旦那は頑張っちゃうよね。
僕の知っている成功している方は、みな夫婦円満で、どちらかと言うと奥さんに頭が上がらない風を装っています。
つまり、専業主婦の奥さんでも、「彼女のおかげ」「彼女が喜ぶなら」が見えます。
奥さんと話すと、旦那が横にいても伸び伸び話されているので、夫婦関係がすぐわかります。
長男も、いい奥さんと縁があったな・・・

フィラデルフィア対岸カムデンにある水族館でした。
写真を見ながら、水族館とは関係ないことで気づいたことがありました。
それは、りょうくんが着ている服のロゴです。

IMG_2351s.jpg 「クロックスは、2002年コロラドで創業したんだ」と知りました。
ビーチサンダルに分類されるクロックスが、実は海のないアメリカのど真ん中、コロラド州発祥とは・・・ちょっと新鮮な驚きでした。

コロラド州といえが、首都デンバーでさえ雄大なロッキー山脈の麓にある高原都市。
東海岸から西部開拓した白人は、ここでロッキー山脈に遮られ、この山岳エリアを越えると西海岸へ下る。

ティーンエイジャーの時よく聞いた歌手ジョン・デンバーの「ロッキーマウンテンハイ」「テイク・ミー・ホーム・カントリー・ ロード」でイメージづけられた高地大自然、アメリカの田舎のイメージです。

それと、子供の頃、西部開拓時代の白人とインディアンとの戦闘シーンがふんだんだったアメリカン西部劇が、TVでよく放送されていました。
勇敢なシャイアン族やスー族も連想されます。

クロックスはワニのマーク。
クロックスという名前自体「クロコダイル」からの派生を連想させます。
ビーチも有る「フロリダ」創業を連想していました。
コロラド州にワニが生息するのだろうか?
main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR