8/10・名神大社「兵主大社」

左右に松が並ぶ参道横の道路を進み、社門前の主鳥居横の駐車場に車を停める。
「鎮座1300年祭」の事業計画が掲げられていた。
社門へは小さな水濠を渡るようになっている。
小さな石橋から左右を見ると、かつては水堀で囲まれていたことが想像された。
浮島のようになっていた地なのかもしれないと、更に想像が膨らんだ。

20170810BiwaS009s.jpg 堀を渡り、朱鳥居をくぐり社門へ。
とても立派で美しい社門です。
これを支えるこの地の裕福さを感じる。

『兵主大社楼門 1間1戸楼門、入母屋造、檜皮葺、附翼廊2棟 正和45年解体修理時、自垂木から天文9年(1550)の墨書を発見し、建立年代が明らかになった。下層の亀甲紋や巴紋のついた蟇股には明和3年(1766)の墨書があり、この時は殆どの部材を取り替える大修理で、下層隅虹梁上の板蟇股以外の絵様彫刻は江戸後期の様式に変えられている。その後も度々屋根葺き替えが行われ、明治22年に両翼部が再び大修理を受け、屋根が桟瓦葺に改められた。
後世の取替部材が多数を占めているが、当初の部材も各所に残り、全国的に遺構の少ない1間1戸の楼門として室町末期の建築様式をよく伝えている』

楼門をくぐり境内に入ると、右手に摂社があった。
『乙殿神社天満宮 豊臣秀吉が、天正19年(1590)9月、京都の北野天満宮で、兵主大社の大鰐口(鐘)を千利休の釜師・辻与次郎に鋳造させ奉納したとの記録が「北野社社家日記」に記載されている。その折、北野天満宮より勧請した』

『乙殿神社 祭神:稲背入彦神・菅原道真 養老2年(718)兵主大神降臨に伴い、五条小森立の地に鎮座する。兵主の上の主(氏の上)の祖神。それ以来豊積の里農地開田の神にして崇敬され、兵主祭渡し当番に際しては兵主18郷の第一として神事を務め現在に至る』

20170810BiwaS030s.jpg 拝殿もドーンと見事です。
桟瓦葺・檜皮葺屋根で、楼門と共通している。
参道脇に鶏ゲージがあり、朝の時の声を上げている。

『兵主大社御由緒 祭神:八千矛神(大国主神) 本地仏:三十番神・大日如来・不動明王 鎮座:奈良時代養老2年(718) 社格:延喜式内・名神大社 神紋:亀甲花菱紋・亀の甲羅に鹿の角 境内地:32463平方メートル 参道:300m・松200本 鎮守の森:楠の社叢林・紅葉 名勝庭園:21688平方メートル・平安時代作庭 古建築:本殿・江戸寛永20年(1643)、拝殿・江戸天保13年(1842)、楼門・室町天文19年(1550) 文化財:白絹包腹巻・萌黄地白茶格子生絹袷小袖・木造神馬・鰐口・木造宝塔他』

名神大社格を持っていたようです。
名神が付くと神社より1ランク上の大社の名で呼ばれ、特に重要な神様を祀っていたり重要な神社であることを示している。

入れないが本殿脇に社叢に囲まれた池があり、アオサギが朝の合唱を繰り返している。近隣のサギのねぐらになっているようです。

手水は、亀の口から水が出ています。
亀甲紋といい、亀との謂れに興味が向かう。
20170810BiwaS031s.jpg 拝殿前の阿吽の狛犬は足や胴に白い包帯が巻かれている。
包帯には文字が書かれているようだ。

帰宅後ネット検索すると、『奈良時代(717年)に創建されたといわれ祭神は八千矛之神。この神は大津市の日吉大社から亀に乗って琵琶湖を渡り、鹿に乗って神社に来られたといわれています。境内の鳥居と楼門は足利尊氏が寄進したといわれ数々の社宝が残っています。また、社殿南側に広がる庭園は平安時代のもので、回遊式で苔や紅葉などが大変美しく国の名勝に指定されています。毎年、紅葉の時期には庭園ライトアップが行われます。映画や時代劇のロケ地としても有名です』

20170810BiwaS033s.jpg 社伝『「兵主大明神縁起」によれば、景行天皇58年、天皇は皇子・稲背入彦命に命じて大和国穴師(奈良県桜井市、現 穴師坐兵主神社)に八千矛神を祀らせ、これを「兵主大神」と称して崇敬した。近江国・高穴穂宮への遷都に伴い、稲背入彦命は宮に近い穴太(滋賀県大津市坂本穴太町)に社地を定め、遷座した。欽明天皇の時代、播磨別らが琵琶湖を渡って東に移住する際、再び遷座して現在地に社殿を造営し鎮座したと伝え、以降、播磨別の子孫が神職を世襲している。
延喜式神名帳では名神大社に列し、治承4年(1180年)には正一位勲八等兵主大神宮の勅額が贈られている。
中世には、「兵主」を「つわものぬし」と読むことより、武士の厚い信仰を得た。
中でも源頼朝・足利尊氏による神宝の寄進・社殿造営があり、社宝として残されている。また、江戸時代には、徳川将軍家から社領の寄進を受け、厚い保護を受けた』

『狛犬をぐるぐる巻きにしている白い包帯は、病気や怪我の平癒を祈願するためのもの。初穂料を収めると包帯をを頂ける。自分が治癒したい部分に巻きつけると、ご利益があるとのこと』ということでした。

20170810BiwaS032s.jpg 『兵主神社拝殿翼楼 天保13年建立 拝殿翼楼の建物は、中央の拝殿1棟と左右の翼楼2棟とが組み合った大型の建物で、県下ではたいへんめすらしい型のものです。
東面して立つ楼門にもやはり左右の翼楼が付き、兵主大社独特の様式として踏襲されてきたものと考えられます。
現在は埋まっておりますが、平安時代末期には拝殿翼楼の正面には建物に平行する形で水路が流れ、又本殿からの正中線上の川幅には橋がかかり、石敷の参道が楼門まで続いていました。
昭和16年(1941)皇紀2600年を記念して改築されましたが、天保13年建立当時の部材も多く残り、天保時の大工は吉他村の長谷川若狭守繁行、改築時の大工は比留田村の加賀爪忠左工門と棟札に記載されております』

20170810BiwaS035s.jpg 本殿を囲む板垣の間から、サギが大騒ぎしている池を覗いてみる。
アオサギが数羽辺りに佇み、僕に気づいて飛び立つ。
日本庭園風に石が配置されているが、周りの樹木が鎮守の森なので巨大で、京都の寺院などの借景庭園とは雰囲気が違う。
サギの大騒ぎが、ジュラシックパークのようでもあるし。
予想外に素敵な神社でラッキーでした。
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