8/6・小野・小野神社・上品寺

20170806OnoS218s.jpg 少し北に走り、7:53「小野神社」。
『篁卿の歌 百人一首11番 承和6年正月「京なる人につかはしける」小野篁38才 『わたの原、八十島かけて漕ぎ出でぬと、人には告げよ、海人の釣船』 大海原に隠岐の島に配流されるが、私は青天白日であるから漁師の釣り船の如く悠然として、身も心も達者であることを都の人々に伝えよ。
小町は、父である篁に答歌している。承和6年正月「おきのみやこでしま」小野小町15才 『おきをいて みをやくよりも わびしさは みやこでしまの わかれなりけり』 身を焼くように悲しく、侘びしく心細く、不安であるのは都と島の別れです。 文学的手法を超えた切実さがあり、和歌史上の傑作で、小町においては歌壇デビュー作であろうか』

20170806OnoS227s.jpg 『小野神社は、延長5年(927)完成の延喜式神明帳に「小野神社二座名神大」とあり、日吉神社と並ぶ官幣大社であった。現在の社殿は江戸時代に再建された。
祭神は5代天皇孝昭天皇の第1皇子・天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひとのみこと)とその7世孫・米餅搗大使主命(たがねつきのおおおみのみこと)。
米餅搗大使主命は、応神天皇の頃、日本で最初に餅をついた餅作りの始祖で、現在はお菓子の神様として信仰を集めている。
この神社は、小野妹子・小野篁・小野道風などを生んだ古代の名族・小野氏の氏宮である。推古天皇の代に小野妹子が先祖を祀って創建した。平安時代、小野篁(802~852)の時、同族が小野神社に集まって氏神を祀ったことは「続日本後紀」に詳しく載っている』

20170806OnoS228s.jpg 『小野小町 平安前期の女流歌人で、本名小野吉子。系図によれば小野篁の孫とされるが、年齢的に娘とする学者もいる。天長3年(826)~昌泰3年(900)。篁が隠岐の島配流から召還され本位に復した承和9年(842)17才で宮中に入り、文徳天皇の更衣であった。当時の有名歌人と親交があり、上級女官として長年宮中に仕えた。
寛平8年(896)71才で正四位上に叙任し、昌泰元年(898)73才の時、醍醐天皇の宣旨により雨乞い歌を献歌し、2年後に没した。彼女の歌は、後輩の紫式部ら王朝女流文学の草分けとなった。
小町はこの歌からも美女であった事がうかがえる。『花の色は、移りにけりないたずらに、わが身世にふるながめせしまに』』

『小野神社 祭神:天足彦国押人命・米餅搗大使主命 古事記によれば、天足彦国押人命は、5代天皇・孝昭天皇と尾張国連(むらじ)の娘・余曽多木比売との間に生まれた第1皇子で、春日・大宅・栗田・小野・栃木・大坂・安濃・多岐・羽栗・都怒山・伊勢・飯南・一志・近江の国造の祖である。
日本書紀によると、大和和邇の祖であると記されている。
大和朝廷成立以前この地において、大阪府・京都府・奈良県・三重県・愛知県・滋賀県の広い範囲を統治していた王族であり、諸国に多い小野の地名・氏族の発生地・祖神でもある』

『学問・使節の神 小野篁神社(祭神:参議小野篁命) 平安前期(802~852)、834年遣唐副使を命ぜられ、836年に出発。しかし暴風雨にあって、断念する。
838年再度副使を命じられたが大使藤原常嗣との折り合いが悪くなり渡唐を取りやめる。この時、「西道謡」を作って遣唐役を風刺したため、嵯峨上皇によって隠岐の島に蟄居される。3年後許され帰京、昇進を重ね参議・従三位となる。
「参議」は太政官の官名、政務審議の構成員で大・中納言に次ぐ要職。
漢詩文に優れ勅を奉じ「令議解」の撰進に参加している。篁の詩は「経国集」「和漢朗詠集」「扶養集」「本朝文粋」に収められ、和歌は「古今集」に6首、「篁日記」は後人の作で、篁の歌を中心とした歌物語である。野相公・野宰相と呼ばれている。
社殿は祭神の古墳上にある。建物は旧国宝、現在重要文化財である』

20170806OnoS239s.jpg 小野神社の境内に、小野篁神社も同居しており、それぞれの本殿が並んで建っていた。
『重文・小野神社境内社篁神社本殿 小野神社は、小野妹子の出生地で、篁神社は小野篁を祀る。本殿は室町前期に建てられ、三間社切妻造に1間の向拝が付く。切妻造平入本殿は遺構が少なく貴重です』

社務所は無人でしたが、御札やお守りなどが書類棚引き出しに入れられています。
無料の近隣マップ+小野神社謂れパンフ50円+セーフティードライブステッカー300円を授かり、横のスリットに初穂料をチャリン。
バイクに戻り、早速リアボックスにステッカーを貼ります。

境内前に「ムクロジ」の巨樹があった。
『茨城県・新潟県から四国・九州地方・沖縄県にわたり自生する落葉高木。庭園木として植栽され、特に寺社に植えられる。種子は数珠や羽に使われる。このムクロジは、胸高周囲4.19mで県下最大である』

20170806OnoS243s.jpg 道路に、特徴のある種子が多数落ちていた。
20170806OnoS248s.jpg 小野神社参道入口横にある「上品寺」へ。
周辺の観光案内板が立っており、歴史ある小野地区の寺社・古墳・遺跡が多数載っていた。
傍らの石柱道標には、「餅祖神・小野神社」と刻まれていた。

20170806OnoS267s.jpg 上品寺は、承和14年(849)小野篁が開基した天台宗のお寺です。
20170806OnoS262s.jpg 境内には無邪気な表情・姿の稚児地蔵が数体置かれ、見ているだけで心が和む。
20170806OnoS270s.jpg 新しい観音像が門前にあったが、表情が可愛らしくウエストのくびれがナイスで、良い感じでした。
観音様や弁天様は、もっともっと魅力的な方がいいよ。
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