5/21・蝉丸神社~逢坂山弘法大師堂~関蝉丸神社・上社~長安寺

公衆トイレが、旧跡らしく「厠」となっていました。

『大津市は京都に隣接していることから、歴史の舞台に何度も登場してきました。世界遺産・比叡山延暦寺、三井寺、石山寺などの歴史遺産を有し、全国で10番目に古都指定されました。日本一大きな琵琶湖など、美しい風景と自然を四季を通じて楽しむことが出来ます』

『逢坂の関 初出は平安遷都翌年・延暦14年(495)に逢坂の関の前身が廃止されたという「日本紀略」の記述です。そのご、京都を守る重要な3関(鈴鹿関・不破関・逢坂関)の1つとして重要な役割を果たしましたが、平安後期以降、形骸化していきました。その関の位置は、現在の関蝉丸神社(上社)から関寺(現在の長安寺)だったと言われています』

20170521OsakaS007s.jpg この関は、平家物語なので、公家や皇室の収入源として書かれていたと記憶しています。
20170521OsakaS010s.jpg 関を京都側に歩いていくと、「日本一うなぎ処・かねよ」のお店がありました。
20170521OsakaS011s.jpg 20170521OsakaS015s.jpg お店を過ぎると「蝉丸神社」がありました。

『天慶9年(946)、蝉丸を主神に祀られた。蝉丸は盲目の琵琶法師で音曲芸道の祖神として、平安末期の芸能に携わる人々に崇敬され、当宮の免許により興行したものです。万治3年(1660)現在の社が建立され、街道の守護神・猿田彦命と豊玉姫命を合祀してお祀りしています』

20170521OsakaS018s.jpg 石段下両側の提灯に明かりが入っている。
早朝ですので、夜中も灯が入っているのかな?
20170521OsakaS020s.jpg 石段を登ると、蔵の扉が開いており、神輿が見えています。
20170521OsakaS021s.jpg これは素晴らしい、菊の御紋と五七桐紋が入った神輿がスタンバイしています。
20170521OsakaS028s.jpg 目を転じれば、境内に焚き火がたかれ、数人の氏子が椅子に座って駄弁っています。
前日から神輿を整えに来ているように見えます。
20170521OsakaS027s.jpg 神輿を載せて引っ張る台車もスタンバイしています。

境内周囲の提灯にも火が入り、境内中央舞台には奉納清酒が並んでいます。
20170521OsakaS035s.jpg 太鼓が柱にくくられ、舞台内にも小ぶりの神輿が鎮座しています。
本殿に幕が張られ、椅子が並べられている。

20170521OsakaS041s.jpg 拝殿にお参りする。
20170521OsakaS048s.jpg 神輿のある舞台を見ると、琵琶が置かれており、「神宝御琵琶」と墨書された立て札が、その横に「神宝御杖」も。
蝉丸が使った琵琶や杖のようです。
ラッキーな日に来ました。
手を伸ばせば触れますが、もちろんそんなことはしません。
帰宅後調べたら、次週5/28に「芸能祭」があるそうです。

バイクに戻り、R1を大津側に下ります。
5:22「逢坂山弘法大師堂」
5:25「関蝉丸神社上社」
20170521OsakaS059s.jpg ここの提灯にも火が入っています。
20170521OsakaS060s.jpg あの神輿がやってきそう。
20170521OsakaS061s.jpg 石段を上がっていくと、夜のお祭りの写真がたくさん貼られています。

20170521OsakaS065s.jpg 『嵯峨天皇弘仁13年(822)近江守小野朝臣、逢坂山山上山下に祀り、坂神とする。上社祭神:猿田彦命・蝉丸霊 下社祭神:豊玉姫命・蝉丸霊。文徳天皇天安元年(857)「逢坂の関」開設し、当社関所の鎮護神となる。円融天皇天禄2年(971)論旨を給い音曲芸道道祖神となり、明治維新まで免許状を下附する』

20170521OsakaS075s.jpg 更に石段を上がると、トタン屋根に「蝉丸本宮」と書かれていた。
20170521OsakaS084s.jpg イマイチだなと覗くと、トタン屋根は覆屋で瓦屋根の本殿があった。
木鼻の象に玉眼が入っているようだ。
境内一面を杉苔が覆い、いい感じです。

更にR1を下り、R161に乗り換え、京阪電車の踏切手前を枝道に入ります。
目指すは「関蝉丸神社下社」ですが、GPSで真横を通ってるのに神社がない。
いい感じの山道ですが、どうやら神社が崖の下のようです。

5:39「弁財天」
20170521OsakaS099s.jpg 近松寺・善光寺があった。
次の目的地「長安寺」も崖の下のようで、適当に枝道を下ると、京阪電車「上栄町駅」横の踏切に出た。

ここにバイクを置き、徒歩探索です。
線路沿いを歩くと、「長安寺踏切」があり適当に登っていくと「長安寺」がありました。
『重要文化財・長安寺宝塔 高さ3.3m、角型の基礎石の巨大なツボ型塔身を置き、笠石を付けたもので、鎌倉時代初期に作られた日本を代表する石造宝塔です。一般に関寺(昔この辺りにあった)牛塔と呼ばれ、霊牛の供養塔です。万寿2年(1025)「関寺縁起」によると、天延4年(976)の大地震で破損した関寺を修復する時、資材を運搬した1頭の牛が仏の化身であるという噂が立ち、多くの人が関寺に参拝した。万寿2年、霊牛は関寺の工事が終わると死にました。その霊牛を供養し祀ったのが、この牛塔』
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