5/14・和歌山海南・有田ツーリング12 願成寺~千種神社~杉尾神社~宇賀部神社

コミュニティバス停があり、往復2便/日の運行でした。
20170514KainanS608s.jpg 石段を上がって境内に上がると、落ち着いた本殿が正面にあった。
20170514KainanS620s.jpg 鍵の掛かった鉄筋コンクリート造の観音堂がありました。
この中に重文・千手千眼観世音菩薩像が保管されているのでしょう。
20170514KainanS621s.jpg ここも大木が多く、紀州・紀の国は、まさに「木の国」だと思った。

20170514KainanS623s.jpg 綺麗に彩色された大津絵が描かれた瓦があった。
20170514KainanS633s.jpg 1つ欲しいな。
本堂の隣がご住職のお宅だと思うが、こちらの造作がナイスでした。
20170514KainanS641s.jpg 玄関が破風になっており、その上に載っている鬼瓦が鶴の瓦彫刻です。
20170514KainanS642s.jpg 瓦なのにこんなに繊細に焼き上げている。
素晴らしい出来でした。

20170514KainanS644s.jpg バイクまでの下りを、コンクリート舗装の車道を下ったが、小さめの石を組んだ石積みがなかなかのものでした。
何故垂直に組まれているのに崩れないのか不思議です。
苔がしっかり生えていたので、長年この状態だと思われます。
20170514KainanS645s.jpg 
r18を下り、15:34「千種神社」。
20170514KainanS650s.jpg クスノキの大木が目立ちます。
『海南市指定文化財・天然記念物・千種神社のクスノキ 「行たら見てこら重根(しこね)の宮の楠にまかれた地蔵尊」と語り継がれてきたクスノキです。樹高29m・枝張り東西24m・南北25m・根回り15m。「昔、このクスノキの下に石地蔵さんを安置していたが、いつしか幹の中に巻き込まれてしまった。それで幹の下部が膨らんでいる」の言い伝えがあります。現在、多少の枝枯れはありますが、大きな空洞もなく豊かに枝葉を茂らせ樹勢が良い状態が保たれている。千種神社は百草(ももくさ)神社とも言われていました。百草が生い茂り、鬱蒼とした森林であった面影を残しているのが、このクスノキです。遠くからもクスノキが目立ち、地域のシンボルになっている名木です』

ここにも、清酒「長久」が奉納されていました。
神社拝詞が飾られています。
本殿は小さめですが、彫刻が素晴らしかった。
20170514KainanS661s.jpg 社殿を囲む築地が、地面から瓦を積み上げられた上に雨除け瓦が載っており、泥壁で瓦が崩れないようになっているよく見る瓦築地と少し違っていた。

R370~r160で、15:49「杉尾神社」。
20170514KainanS670s.jpg 長めの石段が上がっています。
それを上がった曲輪には社務所がありましたが、本殿はまた石段を上がります。
石段最上部を覆うような神門です。
そこに本殿がありましたが、脇の石段があり摂社「八坂神社」に行けるようです。
森に囲まれた夜はあまり参りたくない真っ暗になるだろうお宮でした。

r160~r161で、16:06「宇賀部神社」。
20170514KainanS695s.jpg 駐車場にバイクを入れ、本殿にお参りに行こうとすると、謂れ板が目に入りました。
それを読んでびっくり。
『この駐車場は、小野田寛郎元陸軍少尉の両親が晩年を過ごした屋敷跡で、枝垂れ桜と白梅が僅かに往時の面影を止めています。小野田少尉は諜報機関出身で、太平洋戦争中特命を帯び、絶海の孤島フィリピン・ルバング島に派遣される。同島を死守すべく終戦も知らず戦い続けること30年。上官の解除命令に接し下山したのが、昭和49年・51才の時だった。その日の思いを両親は、次の俳句に託した。
この朝(あした)、梅の一輪、咲きゐたり 父・種次郎陰膳も、果てとなりけり、梅の春 母・タマエ』

小野田さんは、和歌山出身だったんだ。
僕も衝撃的にこの奇跡の生還をTVで見ていました。
「頭の宮」と書かれています。
僕の先祖、美作の三穂太郎も祀る「三穂神社」も「頭の宮」と呼ばれ、美作菅家党の祖・三穂太郎が討ち死にした時、その頭をそこに葬り、祀っています。
嫡孫の誕生を祝って、庭に三穂神社を勧請していました。
このお宮も、誰かの頭を葬っているのかな?

「名草戸畔・伝承地」とも書かれています。
なに~朝参った「中言神社」に葬られた神武東征の時勇敢に戦い討ち死にした名草戸畔が住んだ地なのかな?

20170514KainanS699s.jpg 『宇賀部神社 鎮座地:和歌山県海南市小野田 祭神:宇賀部大神・荒八王子命・誉田別命 古記録は戦国時代の兵火で焼失し、確たる根拠はない。神武天皇東征時、皇軍に随順することをしなかった名草戸畔の首級を祀り、往古より頭の守護神として「おこべさん」の愛称で親しまれてきた。荒若王子命は東方100mに、若宮八幡宮は南方400m・高倉山中腹に鎮座していたが、宝暦4年(1754)本殿新築に際し合祀された』


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