5/14・和歌山海南・有田ツーリング3 藤白神社~有間皇子墓

有間王子神社がありました。
『今から1300年以上前、孝徳天皇の皇子であった有間皇子は、皇位継承の争いの中、19才の若さで散っていった悲運の方です。政敵であった中大兄皇子が蘇我赤兄を誘い、有間皇子に天皇に謀反を起こすことを勧めました。罠にかかった皇子は、その釈明のため牟礼の湯(白浜温泉)にいる斉明天皇のところに参り、その帰路藤白坂で絞殺されました』

20170514KainanS087s.jpg 藤白王子権現というのもあります。
鶴の顔を持つ龍の彫刻が珍しい。
鬼瓦も龍のようです。
『藤白五体王子の神宮寺「中道寺」の熊野三所権現と藤代若一王子の本地仏(熊野路で唯一現存する最古の造像)を祀る。熊野本宮・阿弥陀如来坐像、熊野速玉神社・薬師如来坐像、熊野那智・千手観音坐像、藤代若一王子の十一面観音立像は、和歌山県指定文化財です。いずれも平安朝の造像です。熊野入口を護る毘沙門天と不動三尊も祀る』

20170514KainanS090s.jpg 堂内の仏は、堂内の弱い光を浴びて、平安朝の造像とは思えないほど、金色に輝いていた。

有間王子のお墓に参ります。
途中に『紫川 上流の谷の石が紫色を帯びているからとも、村崎にあるからとも言われている。万葉集に「むらさきの名高の浦・・・」と詠んだ歌があります。
ここから見える現状の紫川は、阪和道の下を流れる側溝状態でした。

藤白坂を登ります。
関電和歌山発電所の煙突が見えます。
20170514KainanS107s.jpg 8:07「有間王子」のお墓到着。
20170514KainanS112s.jpg 四角柱の墓石は当然後世のものですが、お花が手向けられています。
その後ろに、小さな石仏や長い年月を経て角が丸くなった五輪塔・三輪塔が、まとめられており、こちらにもお花が手向けられています。
この地の方々の信心を感じます。

日本人が、捕虜として内地に収容され本国に帰る前に亡くなった外国兵のために供養塔を建て参っている墓を見ます。
フィリピンなどでも、大東亜戦争で現地で散華された日本兵を供養するために供養塔を建てて、清掃などを続けてくれています。
こういう心を持つ国と仲良くしたいものです。

20170514KainanS115s.jpg 藤白神社に戻ると、境内の車がいなくなり、男たちの声がなくなっています。
巫女さんが、ブロアーで境内の落ち葉を吹き飛ばしています。
20170514KainanS120s.jpg 社務所を覗くと、「鈴木屋敷物語500円」「これが鈴木の本家300円」という小冊子が売っていました。

社務所の掲示板に、「第7回全国鈴木サミット&鈴木フォーラム」の写真が飾られています。
和歌山で鈴木と言えば、鈴木孫一が有名で、戦国時代雑賀鉄砲隊を率い、傭兵として全国で活躍しました。
種子島に鉄砲が伝来した翌年に、ここ雑賀(和歌山)で量産を始めました。
種子島を中継地として、琉球やシナと貿易していた海族の本拠地だったからです。
織田信長の友軍として活躍したこともありましたが、石山本願寺に味方し、信長を散々苦しめ、最後は信長亡き後、秀吉の雑賀攻めによって滅びます。
鈴木さんの多い地ですが、ここに鈴木発祥の家があるそうです。

藤白の獅子舞の写真もあります。
そう言えばさっき男たちが用意してたものに、獅子舞の布があったことを思い出しました。
何処かで獅子舞を披露しているのかもしれません。

20170514KainanS123s.jpg 本殿屋根に鶴の彫刻が下がっています。
ここにも神社拝詞が下がっています。
和歌山県では定番なのかな?

「長久」と「紀伊国屋文左衛門」という酒樽が奉納されています。
神社には日本酒の酒樽が奉納されていますが、中身は入っているのかいつも疑問に思います。
空いた酒樽を飾っているのかな?
随時中身入り酒樽として奉納されているのかな?

摂社を巡ります。
秋葉神社『御札を台所に祀り、火災を防ぐ火伏せの神様』
20170514KainanS139s.jpg 木製のロバほどの大きさの神馬がありました。
『神様の乗り物、旅行安全や「ウマく勝つ」「ウマい物を授かる」霊力がある。紀州藩・徳川頼宣公より拝領の社宝「馬角」は大漁を呼び込む霊力があり、冷水の「潮まつり」に渡御する』。祇園神社『七夕まつりと疾病除けの神様』

井戸があった。
『宮水・紫の水 その昔、川の上流にm日に映えて紫色に輝く石があった。土地の人々は、自然の真水の恩恵に浴し「紫の水」と呼ぶようになった。宮水の変遷です。地元では、お酒醸造の貴重な清水として利用されている』

ボロアーしている巫女さんの所に行き、社務所にあった「千年楠御守」500円を授かりたいと申し出て手に入れた。
千年杉が入っているそうで、千年杉の絵柄の落ち着いた緑色の御守です。

「藤白神社」の駐車場前の交差点を挟んで向こうに、鈴木屋敷の駐車場がありました。
20170514KainanS152s.jpg その横が全国鈴木さんの発祥地「鈴木屋敷」です。
『全国200万鈴木姓の元祖とされる藤白の鈴木氏が住んでいた所です。平安末期(1150年頃)、上皇や法皇の熊野参詣が盛んとなり、熊野の鈴木氏がこの地に移り住み、熊野三山への案内役を務めたり、この地を拠点に熊野信仰を全国に普及すべく、3300余の熊野神社の建立に務めた。中でも鈴木三郎重家と亀井六郎重清兄弟が有名で、幼少の頃牛若丸が熊野往還にこの屋敷に滞在した時、山野を遊んだと伝えられている。
後に義経の家臣として衣川の戦いで共にその生涯を終えたと伝えられていますが、三郎重家は秋田の山奥で落ち武者として土着帰農し、鈴木家の分家として現在の秋田羽後町に歴史を継承し、その屋敷は国の重要文化財指定されている。藤白のこの地は、850余年の歴史を刻み歴史史跡として重要な存在で、全国鈴木家の故郷であり、鈴木家の宗家として当時の武家屋敷を復元し、歴史とともに後世に継承していく必要があります』

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