5/14・和歌山海南・有田ツーリング1 伊勢都柿本神社~中言神社

家内がお仕事の会合で、コーチしてる大学ヨット部もルール勉強会で練習がありません。
グループツーリングに参加しようと思ったけど、いずれも盛況で20名ぐらいの参加者がいます。
すでに満員だし・・・。

ということで、ソロツーリングです。
備前備中山城、湖西高島の前回残した史跡、湖南山城・史跡・寺社巡りと、メニューはいろいろありますが、GWに船で和歌山に行ったので、陸側も歴史探索したくなり、海南付近の寺社を巡ることにしました。

目を覚ましたら、3時。
ちょうど明るくなる頃に和歌山に着くから出発しようかと思ったけど、二度寝しちゃった。
次4時に目が覚め、用意を始めます。
夏用プロテクターメッシュ上下に、朝が寒いのでダイワ釣りスーツを着ます。

「招き猫CB400SB」を出してみると、リアシートに載ってる招き猫さんの固定シートが緩んで落ちそうになっています。
マジックテープでもくっついてるから落ちないんでしょが、一応結び直します。

4:39、近所の御用達SSで給油。
229km/10.36L=22.1km/L。
R171~中央縦貫道を東に走り、吹田から近畿道に乗ります。
明るくなってきた空には雲が多めですが、天気予報は晴れるようなことを言ってたように思う。
雨さえ落ちてこなければ、日焼けしないから最近は晴れより曇りの方が好きになりました。
対向車も、いつもよりバイクが多く感じます。
最もツーリングに適した5月だものね。

道なりに阪和道に入り、5:49「阪和道・岸和田SA」で休憩。
干しぶどうがたっぷりはいった「巨峰の郷」540円と、形崩れのバウムクーヘン詰め合わせ「お徳用ふんわりバームクーヘン」400円、「穴子助六寿司」356円を購入。
20170514KainanS003s.jpg ツバメが飛び回り、巣がありました。
20170514KainanS002s.jpg 何故か「伊勢名物・赤福餅」の幟が林立しています。

6:37「紀ノ川SA」
20170514KainanS004s.jpg バイク置き場前の花壇が綺麗です。
目ぼしい場所はないかなと、和歌山市周辺観光案内地図を見ます。
20170514KainanS006s.jpg ベンチに座り、助六寿司で朝食にしました。

「海南東IC」で降り、r18を西進し、7:13「伊勢都柿本神社」。
紀勢本線の高架の真横です。
20170514KainanS009s.jpg 参道石段を上がると、鎮守の森に包まれた落ち着いた本殿がありました。
20170514KainanS024s.jpg 祝詞の神社拝詞が清書されて掲げられています。
当然僕は覚えていませんので、「幸せな人生をありがとうございました」と頭を垂れるのが定番ですが、心の中で神社拝詞を読み、二礼二拍手一礼参拝します。
最後の「・・・世のため人のために尽くさしめたまえ・・・」の部分が好きです。

神社に寄ると、謂れ板を探すのと同様、絵馬棚も探してしまいます。
書かれていることを読むのが好きです。
天神様系なら「学業成就」系が多くなり、八幡様系なら「勝利」系が多い傾向があるように思います。
蹴鞠神事がある京都の白峯神社のように、サッカー系が多くなり、サッカーボールがやたら多く奉納されていて、その神社の信心の特徴が絵馬の文言に出るので好きです。
20170514KainanS026s.jpg なんと「峰不二子」さんからの絵馬がありました。
「金塊泥棒成就」かと期待しましたが、願いは平凡でした。

摂社に、若宮八幡宮があり、戎宮もありました。
20170514KainanS037s.jpg 客船の絵馬が奉納されており、珍しいなと見ると、昭和10年奉納で、船名は熊野丸と書かれていました。
帰宅後調べてみると、戦時中海軍が揚陸艦として建造した船に熊野丸というのがありました。
年代的に違う船のようです。

民間船として建造され、途中で護衛空母に改装されました。
離陸専用だったようで、着陸は陸上基地という中途半端な艤装だったようです。
よって軽空母にもなり得ず、遠征軍には編入し難かったようです。
終戦の年に完工しただけで実戦投入されることなく、戦後は引き上げ船として活躍し、その後解体されたそうです。

この神社は、社名に見えるように「元伊勢」として、初代斎王・豊鍬入姫命が八咫鏡を奉じて4年間滞在したお宮です。
その痕跡を見たくて来たのですが、謂れ板も設置されていませんでした。

R370~r135~r9で、7:33「中言(なかごと)神社」
「ロケフォトポイント」なる怪しげな看板が下がっていました。
細い漁師町の一角にある神社という風情で、たどり着くのに苦労しました。
バイクでも入るのに戸惑う道の先にありました。

20170514KainanS042s.jpg 手水舎に下がる手ぬぐいが紅白で、面白かった。
境内で海抜9mしかありませんが、津波避難場所に指定されていました。
和歌山県は津波対策が進んでおり、海岸各地に「海抜・・m」表示版が設置されています。

『御祭神:名草彦命・名草姫命・八王子命 万葉の太古より、歌所として「万葉集」に詠まれている黒牛潟は、当社境内周辺で、紀伊風土記には、「この地、古は海の入江にて、その干潟の中に牛に似たる黒き石あり、満潮には隠れ干潮に顕れ困りて黒牛潟と呼ぶ」とあり地名として詠まれている。
小高い丘の上に、嵯峨天皇弘仁3年(813)紀伊国司が鎮守の神として八王子命を祀った。後に、神代の海草地方支配者・名草彦命・名草姫命2柱が鎮座していた五個荘吉原村から、南北朝の頃、冬野村に動座し、文和3年(1354)国造左京大夫渡会貞国を奉遷し、中言神社と称す。黒牛大明神との尊称す。
御神徳:夫婦2柱を主祭神とし、子の生育成長を守り、縁結び、家内安全、陰陽和合の神として、中言の名も神と人との「中」を取り持つ「こと・言」より出て、崇敬せられる』

ここで名草氏の名に出会うとは、想定外の嬉しさです。
全国区では神武遠征の敵役として残るだけで無名ですが、太古から脈々と続く地元愛を感じます。
この海草郡の豪族・名草氏は強かったそうで、記紀にも神武東征軍が難波で敗戦し、海草郡に上陸しても名草氏に敗戦し、神武天皇の兄が討ち死にしている。
よって更に紀伊半島を南下し、串本・熊野から紀伊半島中央部を、八咫烏の案内で北上し
たと書かれている。


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No title

絵馬を読むのはどこかドキドキした気持ち。
まさか峰不二子からとは??
ワクワクいいツーリングですね。

No title

かめはめはさん
神社参拝すると、絵馬を見るのが定番です。
合格祈願は多いですが、たまに面白いお願いが書かれていたり、神社ごとにお願いの傾向が変わり、ご利益の違いを感じるからです。
峰不二子さんを発見し、「おお~」と思いました。
これだからソロツーリングが止められません。
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