5/7・生駒・往馬大社~生駒山・宝山寺

20170507IkomaS182s.jpg 『祓戸(はらえど)社 御祭神:瀬織津比売神』がありました。
おお~、天武天皇が命じた古事記・日本書紀の編纂過程で、天武天皇の后・持統天皇が、意図的に消した神です。

夫の天武天皇が亡くなり、皇太子であった息子・草壁皇子が天武天皇の喪中に亡くし、孫の幼い文武天皇即位まで自らの家系の勢力を保つため即位した持統天皇。
女性から孫に譲位するのを神話になぞらえるため、本当は男神だった天照大神を古事記・日本書紀で女神に書き換えた。

そうなると、歴史から消さなければならない神が、男神天照大神・ニギハヤヒとその后・瀬織津姫。
この2人は歴史から消されたけれど、七夕伝説の織姫と彦星としてしっかり痕跡を残している。

瀬織津姫は、水の神であり浄めの神・お祓いの神、桜の神でもある。
絶世の美女だったらしく、天孫降臨した女神・天照大神の孫・ニニギノミコトの后となり、海幸彦・山幸彦を産む木花咲耶姫と同一視されてもいる。
水の女神として弁天様とも合一している。

20170507IkomaS183s.jpg こんな所で瀬織津姫を祀る宮を見つけ、軽く感動して後ろを振り返ると、そこに上溝桜があった。
『この桜の木は、天皇陛下の大嘗祭に関わる祭田点占の儀に使用された御神木です。平成の大嘗祭にも当社よりこの上溝桜を献上いたしました。4月中旬~下旬に白い房状の小さな花を咲かせます』

なななんと・・・「歴史から消された桜の神・瀬織津姫を祀る神社の前に桜の木が植えられ、この木を天皇に献上し、大嘗祭神事に使っている」・・・
大和朝廷が、各地の部族や文明を徹底破壊し滅ぼして日本統一していくのではなく、聖徳太子の「和を以て貴しとなす」の心で、他部族の神を自らの神とともに祀ることで取り込んでいった。

藤原氏が、台頭してきた菅原道真を左遷してライバルを天皇から遠ざけながら、死後雷神として天満宮を建立し祀ったのと同じ手法ではないか。
きっちり、歴史から葬り去った瀬織津姫も神としてその桜を現代に至ってまでも祀っている。
マスコミ報道なんて全くされませんが、今上天皇でもこれらの先祖の歴史を知り、現在でも宮中奥にあるらしい祈りの場で、葬った方を祀り続けている。
しかも、数十年に一度の最重要なお祭りでも・・・
これにより、現在の日本国への災いを防ごうとしている。
天皇をいただく日本人の、日本国の裏側に触れた感じがしました。

寄り道したお宮なのに、大発見しました。
まあ、歴史好き以外の方には、何の興味もないことだけど・・・。
因みに大嘗祭は、天皇が即位の礼の後最初に行う新嘗祭のことです。
若葉が気持の良い桜の木を見上げました。

先月、伊勢神宮参拝した時、内宮の摂社に「荒祭宮」がありました。
神様には天の恵みを与える優しい面と、荒天や地震・洪水など荒ぶる面があります。
その荒ぶる面を鎮めるお宮で、内宮内摂社No1の地位にあります。
祭神は、天照座皇大御神荒御魂・「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめ)」であり、瀬織津姫と同一視されている。

全国の戎神社総本社の西宮戎神社は、元は西宮の山の手にある「廣田神社」の摂社だった。
廣田神社の主祭神が、「天照大神荒御魂」である。
神功皇后が三韓征伐した時、荒ぶるこの神から神託があり、加護された。
大成功を収めた帰路、この沖で船が動かなくなり、天照大神の神託「荒御魂を皇居の近くに置くな」があり、この地に祀った。
それが廣田神社の起源で、この地が都から見て西にあったので、「西宮」という地名になった。

摂社として、生駒戎神社(祭神:事代主神)があった。
南末社に、伊弉諾社・住吉社・猿田彦社・月読社が祀ってある。
稲荷社(祭神:宇迦之御魂神)、水神社(祭神:水分神)もある。
水神社は、水分神だけあって、祠の横から竹筒が伸び、小さな手水に引かれていた。

20170507IkomaS193s.jpg 境内に上がった時から気になっていた縦に黒く焼けた跡の残る御神木のことを、社務所の巫女さんに聞いてみました。
予想通り、落雷の跡でした。
本殿に落ちずに良かったですね。
社殿を鎮守の森で囲むのは、落雷直撃を避けるためかもしれない。
この御神木は、立派に社殿を守りました。

大満足で、バイクに戻ります。
R168を北上し、r104~r142で近鉄生駒駅前を通過します。
道なりにr237になり、横を見ると「生駒ケーブル」が登っています。

「信貴生駒スカイライン」手前に枝道に逸れ、9:00「宝山寺」下の参道に到着。
最後道を間違えたが、もっと上の駐車場まで行けたようです。
20170507IkomaS196s.jpg 眼下に、第2阪奈道路が見え、景色が良いです。
このまま進めば「暗峠」に行けるようです。

石段の参道を上がっていきます。
20170507IkomaS206s.jpg 両側に石灯籠が並び、なかなか大きな寺院のようです。
名前を知ってるだけで、初めての訪問です。
20170507IkomaS207s.jpg 「歓喜天」と大書された、太いしめ縄が張られた石鳥居をくぐります。
テキ屋が少々出ています。

20170507IkomaS213s.jpg 続いて山門です。
「竜胆紋」が染められた幕が張られています。
神仏習合がいいです。

『生駒山・宝山寺 永宝6年(1678)僧宝山湛海の開山。古くは都史陀山大聖無動寺という。本尊は不動明王。奈良時代、役行者が般若窟を行場とした。秘仏・大聖歓喜自在天は「聖天さん」と呼ばれる。所蔵品:絹本著色弥勒菩薩像(重文・鎌倉時代)など』

聖天さんは人気があり、まだ朝ですが参拝客が多く、皆さん慣れておられるようで、観光というより祈りに来られているようです。
僕も聖天歓喜天さんが好きです。
多くの寺院で秘仏になってるけど、気取らず男女が抱き合ってる仏像が多く、人の生活の根本の行いです。
男女和合がなければ、人類はたった100年で滅びます。

途中の参道で生駒山への登山ルートが別れており、リュックスタイルの方も多い。
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