5/7・生駒・往生院~往馬大社

20170507IkomaS102s.jpg バイクに戻り、行基が火葬にされた「往生院」を目指す。
GPS地図を見ながら適当に走ります。
近隣は、枝尾根を開いた住宅地が迫り、谷で道路がなくなっていたり、住宅街のドンツキでUターンしたり、グルグルしました。

7:54、墓地で行き止まり、ちょうどそこにやってきた軽四さんに声を掛けました。
「お寺には、誰もいないよ」「お寺を見にいたもので」「墓地内を通ったら、あそこ」と指差ししてくれました。

墓地は、整備された墓地ではなく、成り行きに任せ乱雑に周囲に広がっただけのもので、墓石も適当に立っている。
近年の四角柱の墓石の間に、自然石の一面を平らに削ったもの、江戸時代風の墓石、それらの間に住職の無縫塔が立っていたり、まさに乱雑です。
20170507IkomaS134s.jpg そんな間に、無縁墓石を積み上げられていたり・・・。

20170507IkomaS116s.jpg 小ぶりな本堂前に、『行基菩薩廟 往生院』の石柱が立っている。
20170507IkomaS117s.jpg 『奈良時代の僧・行基を火葬した土地。本堂北の宝篋印塔(重文)は県内最古の正元元年(1259)銘を持ち、鎌倉様式の五輪塔などがある。境内周辺の輿山(こしやま)墓地は、中世以降生駒谷6郷の惣墓となり、多数の石造群が残る』

20170507IkomaS124s.jpg 行基のお墓も、荼毘に付された所も、行基らしく質素で更に好感が増しました。
行基は、奈良時代初期~中期の聖武天皇の時代に活躍した僧ですが、以降中世の寺院中枢僧侶は知識で利益を求め巨大化・権力化していく。
そんな時代の前、学者の一面も持つ僧が、いろんな知識を民衆のために使った。
行基は巨大な奈良大仏を製作し、土木知識をため池など農業生産向上に使った。
そんな、民衆と一体化していた僧の典型です。

3寺院は全て、律宗でした。
バイクに戻り、「生駒宝山寺」に向かうことにする。
GPSを見ると、「往馬大社」というのが見えてきた。
聞いたことあるようなないような、よく知らないお宮ですが、「神社」ではなく「大社」だから、寄り道することにする。

R168に下り、それを北上し、第2阪奈道路をくぐり、すぐに枝道に入る。
8:18到着。
20170507IkomaS145s.jpg 『往馬大社・火祭り保存会・入会のご案内 往馬大社は、古くから火の神として崇敬篤く、毎年秋に行われる火祭りは伝統由緒ある市内最大の民俗行事です。
平成14年に生駒市第1号無形文化財に指定され、平成23年には奈良県指定無形民族文化財となった。火祭り保存会は、これを機に毎年苦慮している行事に関わる必要経費や人員確保を始め、装束・器具の整備、歴史調査・古儀の復興に力を入れたいとと考えている。火祭り保存会に入会ください』

山車が入っていそうな倉庫が2棟あり、弓道の「大的奉納射会」の写真も貼ってあった。
『往馬座伊古麻都比古(いこまにいますいこまつひこ)神社(往馬大社) 祭神は、伊古麻津比古命・伊古麻津比売命など7神。生駒谷17郷の氏神とされ、火の神として信仰を集めてきた。毎年10月体育の日の前日に火祭が行われる。所蔵品:生駒曼荼羅2件(重文・鎌倉、県指定文化財・室町)など』

『本殿御祭神:伊古麻都比古神(産土の大神)・伊古麻津比売神(産土の大神)・神功皇后・仲哀天皇・応神天皇・葛城高額(たかぬか)姫命(神功皇后の母君)・気長宿祢(おきながすくね)王命(神功皇后の父君)
往馬大社は、生駒山を御神体として祀られた古社で、鎮守の森は奈良県天然記念物指定され、太古から変わらぬ自然の森を今に伝えている。最も古い記述は「総国風土記」の雄略3年(458)で、この年を御鎮座とすると、平成21年で1550年。
正倉院文書にも記載が見られ、奈良時代から朝廷との関わりがあった。平安時代の延喜式(927)では官幣大社に列せられ、一座は雨乞いの弊も賜っていた。当初祭神は2柱でしたが、中世に八幡神5柱を合祀した。宝物「生駒曼荼羅」には、7柱の神々と立派な社殿が描かれており、当時の隆盛を物語っている。「火の神」として崇敬篤く、歴代天皇の大嘗祭に関わる火きり木を当社より納めた歴史があり、昭和や平成天皇の大嘗祭の「斎田点定の儀」にも御神木の上溝桜が使用された。毎年10月体育の日の前日に執り行われる火祭りは、古式豊かな伝統行事として、生駒市第1号無形民族文化財に指定されている』

正面に石段が上がっている。
20170507IkomaS150s.jpg 脇に「禊場」がある。
火祭りなどの時使うのか、現在は枯れている。
20170507IkomaS152s.jpg 石段下で、書物を持ち立っておられる女性がいた。
気楽に後ろ姿に「おはようございます」と声を掛けてしまい、「おはようございます」
と返してくれましたが、祈りの邪魔をしたかもしれない。
横を通り、祈っておられるのに気づきました。

狛犬が守護する神門に、火祭りの絵馬が掛かっている。
更に石段は上がり、本殿の建つ境内になった。
20170507IkomaS159s.jpg 灯籠に「下がり藤紋」が入っていた。
20170507IkomaS164s.jpg 立派な拝殿内にも絵馬が下がり、脇に観音堂があった。
20170507IkomaS166s.jpg 十一面観音が祀られていた。

20170507IkomaS169s.jpg その横に英霊殿。
先の大戦での英霊を祀っているのだろう。
同じ境内に神と仏が隣り合う姿が、日本的で好きです。
違和感がありません。

北末社(摂社殿)に、豊受比売社・仁徳天皇社・神明社(祭神:天照大神)・春日社(祭神:天児屋根命)・大山祇社があった。
本殿は、塀玉垣で全容は望めませんが、檜皮葺の美しい7社が並列に並び、なかなかなものです。

本殿御祭神の並びが、両端が神功皇后の父母、その内側が神功皇后の夫・仲哀天皇と子・応神天皇、中央の3神が産土神2神と神功皇后でした。
神功皇后押しを感じます。
生駒が神功皇后の生家なのかな?なんて想像しました。

20170507IkomaS180s.jpg 社務所に、赤白の巫女装束が鮮やかな女性が出勤されてきたので、覗きに行く。
御守を授かりました。


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