4/30・福知山サイクリング 芦田均記念館~一宮神社

20170430FukuS156s.jpg 「芦田均記念館」があったので入ります。
田畑の中のこんな環境で育ったのか・・・。
喫茶室併設です。

夫婦の写真が飾ってあり、奥様も美人です。
年配の説明員さんがおり、丁寧にゆっくり説明してくれます。
お客さんは日曜日でも数名と思われます。
ここの開館テープカット写真に、中曽根さん・海部さん・谷垣さんが写っています。
谷垣さんは京都選挙区ですが、中曽根さん・海部さんには何故と思いました。

首相経験者の記念館が国内に19あり、その1つだそうです。
岡山県で、5.15事件で銃弾に倒れた犬養毅首相の記念館を訪問したことがあったが、たった19館しかないと聞き少ないなと思いました。
地元では誰でも知ってる名士であり、観光的にも人を呼べる素材なのに、アピール力が足らないように思います。

中曽根康弘元首相は、芦田均の子分だったそうです。
谷垣禎一元自民党総裁は、芦田さんと同じ選挙区でした。
中選挙区時代、芦田さんと前尾繁三郎さんが自民党で2人当選を果たしてきた後、芦田さんの地盤を引き継いで谷垣さんのお父さん谷垣専一さんが衆議院議員になり、前尾さん・専一さん時代が続き、その後谷垣禎一・野中広務時代に移行したようです。
小選挙区になってからは、谷垣禎一さんが連続当選しています。
前回が2014年、次回は今年とも噂されています。

去年、僕が乗っているようなロードバイクで転倒事故を起こし、脊髄損傷でずっと入院中です。
谷垣さんも、芦田さん同様東大法学部卒で、まさに芦田さんの直系です。
元気でいれば、次の総理大臣候補No1で、福知山市は2人も総理を出した自慢すべき市に
なります。
ちょっと残念です。

芦田さんは、東大法学部を卒業し、外務省に勤めます。
ロシア勤務時代、ロシア革命を目の当たりにします。
フランスに勤務し、第1次世界大戦後のベルサイユ講和会議に随員として出席します。
トルコ・ベルギー勤務などを歴て、国際的見地からアメリカと戦争しては負けると判断し、外務官での限界を感じ、国政に転じました。

「国際法及び国際政治より見たる黒海・君府海峡の地位」が法学博士論文です。
トルコの地中海と黒海を結ぶ海峡が、君府海峡です。

戦争回避への努力は報われず敗戦した後、日本国憲法制定の時、衆議院憲法改正委員会委員長になりました。
最近もマスコミに出る有名な「芦田修正」が行われ、GHQもOKして、現憲法第9条になった。

芦田修正以前、GHQから示された試案を翻訳したものは、
1:『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。』
だった。
これに『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、』と、『前項の目的を達するため、』を加えたのが芦田均です。

2:『憲法第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。 国の交戦権は、これを認めない。』
になった。

憲法学者・西修先生の解説によると、単純な1なら、「戦争を永久に放棄する」と「陸海空軍その他の戦力を持たない」だったのが、修正が加わった2なら、「国際平和を希求し、その目的のためには戦力を持たない」となり、「自衛のためには戦力を持っても良い」にも解釈されることとなり、自衛隊を整えて行くことになる。
今日の自衛隊の存在は、芦田均元総理の「芦田修正」が起点になっている。
素晴らしいじゃないか。

まあ、芦田均修正されていなければ、自衛隊さえ持てないので、GHQが日本統治から手を引いた直後から、憲法9条改正に動いていたでしょうが・・・
また、米軍から要請されたイラク派兵の時など、「おたくに押し付けられたこんな憲法があるから後方支援しかできませんよ」と全面参戦を回避してきた理由にもなっている。

説明員さんは、このことを強調されていた。
芦田均さんの生涯を綴る6分ビデオを見せてくれました。
20170430FukuS186s.jpg 読書家で書物好きだったようで、書物になった日記や、ラブレターが展示されていた。
20170430FukuS187s.jpg 奥様からのものも展示されていた。

20170430FukuS188s.jpg 「従二位勲一等旭日桐花大綬章」が展示されていた。
僕の爺さんが、金鵄勲章を賜ったことを話したら、勲章一覧表を見せてくれました。
なんと勲章が、金銭売買の対象になっているようで、芦田さんのは680万円の値打ちと書かれていました。
爺ちゃんのは、520万円か1800万円で取引されているそうです。
首相経験者と、日露戦争従軍将校の勲章の価格があまり変わらないのに驚きました。
命を張る軍人がリスペクトされていた時代だったんだな~と思いました。
その表を、コピーしてくれました。

20170430FukuS190s.jpg 僕の明治時代の先祖が衆議院議員で、歴代総理の似顔絵に載ってる大隈重信と行動を共にしてことを話したら、似顔絵一覧表も上げると言われた。
でもちゃんと値段がついているので、400円の歴代総理似顔絵がプリントされたマグカップ・400円を購入した。

お隣に生家がありましたが、8軒あったこの一角が他家の失火により類焼してしまい復元だそうです。
それが市に寄付され、記念館として活用しているそうです。
僕らと話したのが楽しかったのか、館前の芦田さんの胸像前で写真を撮ってくれました。
家内は可愛く写ってるけど、僕は豚でダメダメだね。

13:04「一宮神社」
龍の彫刻が素敵。
このサイクリングの動機になった「土師川」が右から流れてきて橋で渡りました。
すぐ下流で、お世話になった「竹田川」と合流し、竹田川の名はここで消滅です。

20170430FukuS216s.jpg ここから土師川右岸を、福知山市街地に向かって下ります。
が、土手道が消滅していました。
仕方なく迷いながら左岸に渡ったが下流への道が消滅し、また右岸に戻り別の道を選択します。

ある程度下り、また左岸に渡り、13:41「天神宮」
謂れに『和銅年間に鎮座』と書かれているので調べたら、708~715年だそうです。
飛鳥時代から奈良時代(710~)への移行期ですね。

20170430FukuS227s.jpg R175に合流し、福知山線の単線と並走します。
電車が来るのを期待しましたが、残念ながら・・・。
すぐに国道から逸れ、JR沿いを走る。甲子園の新鋭常連校「福知山成美高校」が線路の向こうにあった。

14:10「一宮神社」
もう福知山市街地です。
20170430FukuS233s.jpg 能舞台がある。
社務所に、夜店の光る腕輪のような交通安全御守があった。
20170430FukuS240s.jpg 自転車・バイク・ベビーカーなどの取っ手やハンドルに付けるようになっている。
凄く欲しかったが、すだれが下りて閉まっていました・・・残念。

20170430FukuS244s.jpg 『祭神:大国主神 鎮座:慶雲4年(707)磨子親王の創建 丹波・丹後国境の守護神。天正年間、福知山城なるや城中・城下の守護神として、城主によって社殿修復がなされ、宝物・新撰田などの奉献もあった。現在の本殿は、正徳4年(1714)の炎上後、時の城主・朽木民部少輔植元によって、亨保3年(1718)造営されたもので、その後寛政3年(1791)に修理され、後は屋根の葺き替え程度で現在に至る』


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