4/16・京都「上賀茂神社」~「平安神宮」

記紀を読んでいると、出雲族の神・オオクニヌシと、葦原中津国を産み天孫降臨した九州族・神武天皇、大和族・大物主、山城族・賀茂族が、別の神を祀る異族を滅ぼすのではなく、互いの神を互いに祀り、互いの神話を共有することで、平和裏に連合していく。
実に日本的な統治に日本民族である自分に誇りさえ感じる。

20170416RokuS196s.jpg 重要文化財「細殿」前の円錐状に盛られた「立砂」が健在でした。
入れないように縄が囲っていますが、これを見る度、全速で立砂に突っ込んで破壊したい衝動に駆られます。
男の子なら、分かると思います、この気持ち。

『盛砂とも云い「たつ」とは神様の出現に由来した言葉であり、神代の昔、御祭神・賀茂別雷神が最初に降臨された本殿の北北西2km奥にある円錐形の美しい神山(こうやま)に因んだもので、一種の「かもろぎ(神様が降りられる憑代)である。鬼門・裏鬼門にお砂を撒き清める風習は、この立砂の信仰が起源で、「清めのお砂」の始まりである』

20170416RokuS200s.jpg 境内にも、見事な枝垂れ桜が満開で、ピンクが綺麗。
20170416RokuS201s.jpg 巫女さんが箒で掃いておられ、朝はこれで始まるなあと気持ちよく感じます。
20170416RokuS207s.jpg 祝詞の声がする奥の方に歩いていきます。

20170416RokuS211s.jpg  『御籍屋(みふだのや・東局)現今は神前結婚式場等に使用、中門、直会殿(なおらいでん・西局)祭典修了後、神職参拝者が直会(ご神酒)を戴く建物、共に寛永5年(1628)造替』

本殿に参拝し、『賀茂別雷神社・第一摂社・片山御子神社 祭神:玉依比賣命 延喜式内古社。賀茂族の祭祀の権を握っていた最高の女性。常に別雷神のお側に仕えておられた。よって現在でも、本宮恒例の祭祀にはまず当神社に祭りを行う。皇室のご崇敬も厚く、本宮への行幸の場合は、当社へも奉幣あらせられることが多い』にも参拝した。

この謂れ板を読み、先にこちらに参るべきだったと後悔した。
20170416RokuS220s.jpg 横の絵馬掛けには、ハート型の絵馬がたくさん下がっていた。
玉依姫にあやかろうとする女性の願いが下がっているのだろう。
社務所で、僕も買ってしまった。

2人の男の子の孫は、自力で道を拓かないと行けないが、女の子の孫には良い縁をお願いしたい。
20170416RokuS226s.jpg 神域の奥から流れてくる御手洗川は、流量が多い清流で、賀茂氏は水源であるこの地を神域に指定し、長く子孫に生活に必須の清い水を与えようとしたのだろう。

この立地を見ると、原始的な神の存在を信じ拝みお願いするモデルを見るようです。
神職が白装束で、御手洗川に入り、掃除しています。
日々のお掃除が、清潔さを感じる神社、神様の存在を感じさせる神域を保っているのでしょうね。

駐車場に戻ります。
7:57~8:16上賀茂神社P100円。
朝の寺社桜巡りは、ここでタイムリミットになりました。

京阪・出町柳駅目指し、賀茂川側道を下りますが、京阪の最寄り駅から目的地に向かう自信がないという。
地図はあるのですが、極度の方向音痴なので、阪急かJRだったら行ったことがあるので安心だという。

仕方なく、JR京都駅に向かいます。
河原町通を真っ直ぐ南下し、塩小路通で右折してJR京都駅前で家内を下ろしました。
塩小路通~七条~川端通~五条通~東大路通を北上し、八坂神社前を通過。

9:30まで少し時間があるので、八坂神社や円山公園に寄り道しようかと思いましたが、観光客が増えてきたのでパスしました。
20170416RokuS232s.jpg 平安神宮目指し右折し、聖護院前の岡崎疏水の流れを覆うソメイヨシノを激写。
ここは意外にまだ元気です。
もうすぐ船遊びの船が巡る時間です。

 8:59、平安神宮前に路駐し、激写タイムです。
『平安京遷都の延暦13年(794)より千百年にあたる明治28年(1895)、桓武天皇を祭神として創建された。紀元2600にあたる昭和15年(1940)には、平安京有終の天皇である孝明天皇も合祀された。
社殿は、平安宮の中心施設である朝堂院をおよそ5/8に縮小して復元されている。
2層の神門は応天門、中央正面1層入母屋造の拝殿は大極殿、そこから連なる左右の回廊から東に蒼龍楼、西には白虎楼がある。いずれも平安京のものを厳密に考証して復元された国指定重要文化財である。なお、昭和4年に建立された大鳥居及び昭和15年に増築された社殿群は国の登録有形文化財である。
本殿の背後一帯には、約3万平方メートルからなる神苑が広がる。4つの池を中心に、各時代の庭園形式を取り入れた池泉回遊式の近代を代表する広大な日本庭園で、国の名勝に指定されている。
例祭は4/15。平安遷都の日にあたる10/22には、本神宮の祭礼として、京都3大祭の1つである時代祭(京都市無形民俗文化財)が行われ、千年にも及ぶ各時代の歴史風俗絵巻が、錦秋の都大路にくりひろげられる』

『応天門 平安京大内裏の正庁・朝堂院の南面正面で、延暦14年(795)に造営された鴟尾を置く2層碧瓦葺の建物。この門は、平安遷都1100年に当たる明治28年に、往時の様式を復元し、平安神宮の「神門」として建造された』

20170416RokuS242s.jpg 20170416RokuS244s.jpg 他の建物も平安時代の様式を模したので、現代のそれとは少し趣が違うが、碧の屋根に朱色の柱、白壁が落ち着いた印象を与えている。
20170416RokuS246s.jpg 大鳥居までの間にある枝垂れ桜の大木が満開で、走って激写しに行った。


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