4/16・京都「六孫王神社」~「雨宝院・西陣聖天宮」

『王は生まれつき気質温厚で好文博学にして武道にも励み、承平天慶の乱にも鎮守府将軍として任地に赴き乱を平定、その功により天皇より源姓を賜り、源朝臣を名乗ることになり、やがて武門の棟梁として名を天下に知られることとなった。
経基王は64才で薨去され、遺言に「亡き後も霊魂は龍(神)と化し、この西八条亭の池(境内中央の神龍池)に住みて、子孫の繁栄を祈らん」と申された。御子の源満仲公が応和3年(963)に王の邸宅であったこの地に葬り、その前に社殿を建立したのが当社の始まりである。
鎌倉3代将軍・源実朝が、公暁に暗殺された時、実朝夫人が亡夫の菩提を弔うため出家し、この地に庵を結び、萬祥山大通寺と号し、六孫王神社を鎮守社として明治維新政府の神仏分離令により、また東海道線敷設により、九条大宮南へ移築される迄盛衰をともにした。
特に北条政子(頼朝夫人)が、室町時代は代々将軍家が多くの社領を寄進し、源氏の宗社として保護したが、足利義満の時代に社殿仏閣がほとんど炎上し、応仁の乱により社領を奪われてしまった。江戸時代に入って元禄13年より徳川家・清和源氏嫡流諸侯共に再興に取り掛かり、宝永4年(1707)に竣成し、盛大に祭儀が執行された。元禄14年、東山天皇より権現号・正一位の神階を賜り、名実ともに京都洛南の名社として栄えた。
末社の弁財天像は、弘法大師作と言われ、経基王が子・満仲誕生の折、産湯に使われた井戸の上に祀ったところから誕生水弁財天と呼ばれ、幼児の守護神(井戸の水は安産・健育の産湯として都7名水の1つに数えられていた)として、無病息災の守り神として。霊験あらたかな絵ご祭神である』

源氏の巴紋の入った瓦、絵馬掛けには多くの絵馬、おみくじが枝に下がっています。
朝一番ということと観光コースから外れていることで、ゆったりと鑑賞できました。
20170416RokuS054s.jpg 家内はおしゃれのため薄着してきたので寒いと、毛布を羽織っての拝観ですが、写真写りの良い女性がいると華があっていいです。
朝、黒い柄ストッキングを履いているのを見て、「綺麗だよね」と思わずスリスリしちゃいました。
細くてまっすぐな脚が気に入っています。

堀川通に出て北上します。
「西本願寺」横を過ぎ、「二条城」を過ぎ、1ヶ月前家内と「福家堂本舗・京都ロケ地巡り」で来た堀川を過ぎ、左折して今出川通、枝道を入って、6:54「雨宝院・西陣聖天宮」
20170416RokuS062s.jpg 聖天さんは男女のまぐわいの神様、ちょっとエロチックで、でもとても大事で、いつも不思議な秘めた何かを感じる。

『北向山雨宝院と号する古義真言宗の寺で、「西陣の聖天さん」として親しまれている。本堂に安置する本尊「聖天(大聖歓喜天)像」は、821年弘法大師(空海上人)が嵯峨天皇の御悩平癒を祈願して安置したものとされ、それが当寺の始まりと伝えられる。観音堂に安置する千手観音立像は、重要文化財に指定され、大師堂の本尊は汗をかくほど辛いことでも助けてくれる「阿吽汗かき弘法大師像」として知られている。境内南東には、その水を染物に用いるとよく染まるとして有名な「染殿の井」があり、夏の干ばつ時でも涸れることがない。本堂前の「歓喜桜」は、御室の八重桜と同種のもので、根本から八重の花を咲かせる。その隣にある「時雨の松」は、久邇宮(くにのみや)智彦親王が当院参詣の折、その下でにわか雨をしのがれた』

20170416RokuS071s.jpg 八重桜と枝垂れ桜が満開で、コンパクトな境内を華やかにしている。
『日本最古とされる大聖歓喜天が祀られる寺 大聖歓喜天は象頭人身の像で、多くは男女2体が抱き合う姿で表され、財宝・夫婦和合を祈る本尊とされる。この寺の歓喜天は単身の像とされていますが、絶対秘仏のため姿を見ることが出来ません。歓喜天は古代インドでガネーシャと呼ばれる粗暴で邪悪な神でしたが、仏教に帰依し、魔障を取り除く神となった。広大な境内を誇りましたが、応仁の乱で荒廃し、のちにその子院・雨宝院のみ再興されました』

20170416RokuS072s.jpg 本堂は覗き穴で覗けるようになっており、歓喜天の神秘性もあってドキドキしながら覗きます。
本尊を見てみたいが、秘仏故当然見えませんでした。
歓喜天像は、その刺激性故か多く秘仏で、たまに見ることができると、なるほどねと思います。

20170416RokuS080s.jpg 『染殿井 染色に適した軟水で、西陣の染色業者達が「染物がよく染まる」と重宝した。本隆寺の「千代の井」、首渡八幡宮の「桜井」、個人宅にある「安居井」、鹿子井とともに「西陣五水」に数えられる。染色には大量の水が必要ですので、狭い区域にこうした井戸が沢山あることも西陣が染物で栄えた理由の1つだったかもしれません。因みに京都御所内にも清和天皇の母君が住まわれた「染殿」にちなむ「染殿井」という同じ名前の井戸があります。飲料には適しませんので、手水としてご利用ください』
ここの手水は、流水ではなく井戸水を直接汲むようになっています。

20170416RokuS084s.jpg 『千手観音立像 平安時代初期の漆箔観音像 この像は、千手観音にしては腕の数が少なく、実際のところ10本しかありませんが、かつては多くの腕を持っていました。切れ長の目を閉じ、静かに胸の前で合掌して立っています。指先に至るまで、気品あふれる優美な像です』
20170416RokuS094s.jpg このお寺は、桜鑑賞の最適日でした。
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