2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その6

梅苑を巡ります。
北野神社は西側に南北に「紙屋川」が流れています。
20170226KyotoS246s.jpg その土手に上ると、「史跡・豊太閤築造・御土居」の案内板がありました。
「おお~、こんな所に」

20170226KyotoS254s.jpg 天下を手にした豊富秀吉は、大阪城を本拠に、京都に別宅・聚楽第を築き、京都市街地全体を土塁で囲み、守りに弱い京都の防御力を高めます。
東西3.5km・南北8.5kmの土塁で囲むという巨大土木工事の跡は、ほとんど消失しています。
見たいなと思っていたので、ラッキーでした。
一気に梅苑入場料700円を取り戻しました。

案内板によると、東は鴨川・加茂川を水掘として御所の東に土塁を築き、西は紙屋川を水掘にしたここのようです。
天正17年に設計し、19年に完成したそうです。
紙屋川の土手の上に高さ2.5m・幅12.6m土塁を積み上げ、高低差は10m以上ありそうです。

紙屋川に降りて大土居を見上げると、土手は遥か上で、狙い撃ちです。
よじ登って攻め上がるには、相当な覚悟と守勢に10倍する寄せ手が必要だと思われます。

20170226KyotoS263s.jpg 太鼓橋の鶯橋を渡って対岸を歩きます。
20170226KyotoS266s.jpg 地元の衣笠小学校の社会勉強の一環か、小学生の字でホタルが飛ぶエリアが図示されています。
まさにここです。
20170226KyotoS270s.jpg 梅を桜の木が植えられ、桜の季節も素敵な感じがします。
ただ、梅苑は梅の季節限定で開放されているので、桜の季節は観れるのかな?

20170226KyotoS273s.jpg 梅苑を出ると、お着物姿の3人の女性が社殿をカメラに収めています。
女性の着物姿は良いねえ。

20170226KyotoS282s.jpg 鳥居横に停めたバイクに戻ると、横断歩道を渡ったお店に行列ができています。
帰宅して調べると「京菓子司おふく軒」さんかも知れません。和菓子のお買い物でしょうか?
店内喫茶なのでしょうか?

暑くなってきたので、セーターを脱ぎます。
家内もトレッキング用カッパを脱いでいます。
すぐ近くの花街筋・上七軒に入り、ゆっくり進みます。
20170226KyotoS283s.jpg 瓦屋さんがあります。

20170226KyotoS285s.jpg 「上七軒・ふた葉」という麺類のお店の隣が、ドラマの主人公の和菓子屋さんの店舗です。
20170226KyotoS287s.jpg 売却物件になっていました。
主人公の姉・雛さんが花嫁御寮で歩かれていた道です。

「千本通」に出て北上し、「北山通」を経て、13:00「平野神社」
名物「あぶり餅」のお店が軒を連ね、客引きの声が姦しい。
20170226KyotoS297s.jpg 南側の正面に回り、朱色が美しい神門から境内に入ります。
神門より南に向かって、長い参道があり、その先に鳥居が見えています。
社紋「重ね松」が鮮やかに神門を飾っています。

20170226KyotoS301s.jpg 境内に入ると、ちょうど花嫁御寮が本殿の方からこちらに向かって来ました。
白無垢のお着物と綿帽子が美しく、次男の結婚式を思い出します。
長男はホテルでキリスト教結婚式を選択し、次男は旧薩摩藩邸の結婚式場で神前を選択しました。

僕もキリスト教式でしたが、日本人として歳を重ねると、白無垢・綿帽子のお着物を美しいと感じてしまいます。
お日柄が良いのでしょう。
神前結婚式に遭遇です。

20170226KyotoS307s.jpg この境内は、何度もドラマに登場しました。
老舗京和菓子の跡取りの話でもありますが、三姉妹の恋のお話でもあるので、縁結びパワースポットは外せません。
20170226KyotoS314s.jpg 平野神社は、日本一の縁結びパワースポットかもしれません。

徳川5代将軍・綱吉の母・桂昌院(幼名・お玉)は、ここ西陣の商家の娘でした。
日頃から平野神社に詣り、門前を掃いたり奉仕していたそうです。
器量良しの評判で、3代将軍・家光の側室「お万の方」に仕えるようになり、家光の乳母「春日局」の目に留まり部屋子に抜擢され、家光に見初められ側室となりました。
町娘から将軍の母に大出世したお玉(玉の輿と呼ばれるようになる)のご利益に授かろうと、日本一の縁結び神社として大勢の妙齢の女性の参拝者が尽きません。
別名:玉の輿神社と呼ばれています。

20170226KyotoS317s.jpg 『お玉ノ井 元禄7年(1694)桂昌院(お玉の方)の寄進による。手水盤は、京都西町奉行・小出淡路守守里が寄進している』

20170226KyotoS324s.jpg 『今宮神社 大己貴命(おおなむちのみこと・大国主命)・事代主命(ことしろぬしのみこと・大国主命の長男)・奇稲田姫命(くしなだひめのみこと・素盞嗚命の妻)の3柱を祀る神社で、994年船岡山の上に創立された。疫病平易の神。一条天皇が疫病鎮めのため御霊会を修せられ、1001年初めてこの3柱を現地に勧請せられた。本殿は明治35年(1902)再建で、その西にある疫神社は、本社鎮座以前からあったと言われ、素盞嗚命を祀る。今宮の名は、この古い疫神社に対し、新しい宮を意味する。4月第2日曜、当社で行う「安良居祭」は桜の開花の頃に行う病鎮めの祭事で、京都の奇祭の1つ』

参道を南下し、石鳥居をくぐって、「北大路通」を東進、「堀川通」を北上して加茂川を渡り「上賀茂神社」
20170226KyotoS327s.jpg 13:35、ドラマで使われた「小川を渡って社家に入る」場所を見る。
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