2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その3

「中門」には、毘沙門天がいた。
20170226KyotoS057s.jpg 邪鬼を踏みつけている定番スタイルです。
中門を入ると右手に五重塔が見えてきた。
左手は、「御室桜」の庭になっている。
ソメイヨシノより背が低く、目の前に花をつけるようだ。

『御室桜は、遅咲きの桜として有名で、その数200本。江戸時代初期にはすでに現在地に植えられていたようです。江戸時代中期には、観桜の名所として知られ、丈が低く根本から枝を張る御室桜と、その満開の花を愛でる人々の風景が、「都名所図会」にも紹介さ
れている。大正13年・1924、国の名勝に指定される』

20170226KyotoS062s.jpg 五重塔に回ってみましょう。
20170226KyotoS063s.jpg 『1644年建立・総高36.18m。東寺の五重塔同様、上層から下層にかけ、角層の幅にあまり差がない姿が特徴。初層正面に、大日如来を意味する額が掛けられ、内部に大日如来、その四方にも仏が安置される。また心柱を、それを囲むように4本の天柱が塔を支えている。柱や壁面には、仏や真言八祖誅が描かれる』

真言宗なので、その第一の仏・大日如来を本尊としており、柱や壁面に描かれるのは、東寺の五重塔にも観られたように思う。
歴史を感じさせるものでした。
仁和寺の五重塔も特別拝観日があるのかな?

経蔵、『寛永~正保年間に建立。建物は禅宗様式で統一される。内部は釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩などが安置され、壁面には菩薩や羅漢などが描かれている。
内部中央に八面体の回転式書架(輪蔵)を設け、各面に96箱・総計768の経箱を備える。経箱には天台宗の学匠・天海による「一切経」が収められている』

この天海は、家康の懐刀だった天海ですよね。
江戸時代、家光の協力で再建したということだから、家光時代まで生きた天海なら、ここに収めるのも難問ではなかったろう。

『国宝「金堂」は、慶長18年・1613造営の御所内裏紫宸殿を寛永年間(1624~44)に移築したもので、現存する最古の紫宸殿であり、当時の宮殿建築を伝える建築物として国宝に指定されている。仁和寺本尊・阿弥陀如来と、脇侍・観音菩薩を勢至菩薩を安置する』

五重塔の方がよっぽど見栄えが良いが、なぜ江戸時代建築物なのに国宝指定されているかというと、やはり元内裏紫宸殿ということだろう。
紫宸殿は、もとは内裏内で天皇が私生活を送る建物だったが、正殿である大極殿が焼けてしまってからこちらが正殿になり、天皇元服・立太子・即位の礼など、重要な政に使われた。
20170226KyotoS073s.jpg 屋根に翁瓦が載っていた。

鐘楼・御影堂を巡る。
20170226KyotoS083s.jpg 御影堂は、檜皮葺が綺麗で、お洒落な建物に見えた。
他の建物と建築年代は同じですが、最近リニューアルされたのかな?
西門から、先行のおじいさんおばあさん4人組が出ていった。
「八十八ヶ所巡り・巡拝2時間・3kmと石碑に刻まれていた。
パス。

20170226KyotoS095s.jpg 帰りに、ドラマのロケで使われた五重塔を正面に見る場所から見た。
そのシーンが思い出される。
2組のカップルが、僕の前で写真を写している。
ご同輩かな?

『観音堂 寛永18~正保元年にかけて建立。千手観音菩薩を本尊とし、脇侍として不動明王・降三世明王、周囲に二十八武将を安置する。須弥壇の背後や壁面・柱などには、極彩色で仏・高僧が描かれる。現在も仁和寺に伝わる法流の相承などに使用される』

とても魅力的で内部を覗いてみたいが、リニューアル中のようでした。
通常なら拝観できるのかな?

20170226KyotoS097s.jpg 中門を出て、霊宝殿に向かいましょう。
金剛華菩薩像があった。
謂れ板に、「花は慈悲より生ずる」と大日経に説かれているように、仏様の本誓であり、慈悲と愛と和の象徴であると書かれていました。
仁和寺門跡を家元とする御室流華道門人の心の拠り所として、花の仏様である金剛華菩薩薩を祀っているという。

家内も華道免許皆伝者なので、興味深そうに見ています。
霊宝殿に入ろうと思ったが、門が閉じられたままでした。
未公開期間だったのかも、残念。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR