1/22・上甲子園

そのまま北上すると、遠い記憶に残っている小川の両側に道がある道になります。
3歳までしかいなかったのですが、幼児の記憶として思い出せる道です。

そんな話を家内に披露していたので、JR甲子園口の方に曲がります。
僕の生まれた家付近を見せます。
「この道沿いのこの辺だったんだよね。大学時代は記憶に残る塀が残っていたんだけど、もう何もないんだ」
大学時代は、塀だけは昔のまま遺っていたのですが、すでに塀もなくなり、昔の我が家が特定できません。
その塀も、遠い記憶に遺っています。

そこは父が勤めていた会社の寮で、親戚がやってた商社の大阪支店長をやっていました。
寮の敷地内に、社長の大阪の家があり、社長が在阪中はその家におり、庭で遊んでいる僕は、社長の膝の上でTVを見ました。
当時、TVは珍しかったはずで、記憶しているのは、戦艦大和が沈んでいく場面です。
戦争映画をやっていたのでしょうか?
他の番組もやってたはずなんだけど、何故かそのシーンが記憶に残っています。
そのシーンを見ながら社長が泣いてた記憶があるからだろうか・・・
戦争を知らない僕は、歴史事実としてそれを知っているだけで涙は出てきませんが、その時代を生きた人には、他の想い出とリンクし、感情を高めるのだろう。

更に北上し、三好病院を見ながら土手道に戻り、北上してR171。
父は復員後初めて勤務した社員寮のあった地に、最期戻ってきました。
家内が買い物をするということなので、伊丹市街地に家内を下ろし帰宅しました。

昼食を食べ、お風呂タイム。
年賀状の当選をチェックすると、末等が2枚当たっていました。
TV見たり、ウトウトしたりして風邪の回復に努めていて、目を覚ますと雨音がします。

「ありゃ、こりゃまずい。家内は傘を持っていません。迎えに行かなきゃ」
携帯に電話すると、バスに乗ったとこのようで、最寄りのバス停まで迎えに行くことにしました。

バス停の反対車線の歩道に乗り上げて車で待っていると、バスがやってきて、家内が席を立つのが見えました。
道路を渡ってくるだろうと思ってると、家内が来ない。
「あれっ」っと思って、窓を開けると家の方に向かって歩いている。
僕が顔を出したのに気づいて、Uターンしてきた。
「お父さんの車に似てるなと思ったんだけど、違うかもと思って走って帰ろうと思ったの」
席を立つとき、こちらを見ていたのに・・・家内の行動が読めません。
家内は我が家の車を、「白くて四角い」ぐらいにしか認識していなくて、高速道路のSAに停めると、方向音痴も加わって車を探せず、よく迷います。
迷子になると困るから、家内を見ていますが、彼女の行動をこっそり見ていると実に楽しい。

家に戻り、2度目の風呂に入り、読書タイムしました。
ぬくぬくになり、映画DVDを観ようと提案したら、旅番組があるというので、そちらを見ました。
山形蔵王と金沢でした。
「モヤモヤさま~ず」まで空き時間が中途半端だったので、映画DVD鑑賞は止めました。
「もやもや」を見て、NHK大河ドラマを見て、最後の風呂に入って寝ました。
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