12/30・スキーツアー 2/2

家内を僕のやってるスキーツアーに誘い、正規料金を払い、その時だけスタッフではなく、お客さんとして参加しました。
でもね、常に僕はツアー責任者として参加してきたので、あれやこれやスタッフが僕に相談を持ちかけ、ラブラブなエスコートが出来ませんでした。

最終日は、家内が入った初心者クラス全員を連れて、バスで奥志賀高原に遠征し、リフトに載せ林道・初心者コースツーリングを楽しませたりして、全くスタッフ同様のことをやってたし・・・。
「彼、かっこいいね、羨ましい」って、他の初心者クラス女子に言われたそうで、帰路、横に座った家内はルンルンでした。

箱入り娘で、修学旅行以外で外泊の経験がなく、「絶対に許可してくれない」と言っていたので、パンフレットを持ってお父さんに直談判しました。
「僕が一緒にいくので、お嬢さんを安心して参加させてください」って粘り、渋々了解を得ました。

1回目が僕としてはエスコートとして不本意だったし、家内もスキーを楽しめたようだったので、もう一度スキーに誘いました。
2度目もお父さんに直談判しました。
でも今度はもっと一緒にいたかったので、ツアーで使っている白馬アルプスホテルを、個人的に取りました。
「ここに参加します」と見せたパンフレットでは志賀高原と書かれていましたが、スタッフに言い含め、同じ日程で白馬に電車で行きました。

新幹線で名古屋に出て、最終大糸線で北上し、ホワイトな休日を過ごしました。
ナイタースキーも滑ったし、ホテル内に呼びかけられたホテルチャペルでの結婚式にも参加しました。
そして、ここで結婚式を挙げようと決めました。

楽しいホテルステイが終わり、タクシーで白馬乗鞍駅に下り、駅のホームで帰りの列車を待ちました。
冬にしては暖かい風が、ホームをゆっくり渡っていきます。
その風に吹かれながら、「あ~、終わっちゃった」と思った。
何も言わずベンチに佇み、春を告げる緩やかな風に髪が動く、家内の横顔が愛おしくてしようがなかった。



お父さんは、陸軍将校上がりの眼光鋭い方で、中国戦線で活躍した播州地方で部隊長でした。
勇猛で知られ、戦時中は何度も地元の新聞に載ったそうです。
「・・部隊」の・・の所に義理父の名前が入るほどの方です。

戦後数年して、シベリア抑留から帰国するとの報が新聞に載り、それを見た家内の母方の祖父が、「長女と見合いをさせよう」と決めたそうです。
優秀な長女を嫁に出さず婿を取らせ、姫路駅前に持っていた土地に店を出させ、本家を継ぐ長男のサポートをさせようと思ったそうです。

しかし、見合いをした義理母は義理父に惚れてしまい、家の束縛から逃れたくて、駆け落ちのようにしてお嫁に行ってしまいました。
ある国家資格を持ち、教師をしていた母は、実家を離れても生活に困ることはありませんでした。

シベリア抑留で帰国が数年後になったので、戦犯を逃れたのかも?と言われてもいます。
長男は、「お爺ちゃんは怖かった」と言います。
眼光鋭い、旧日本軍将校そのままでした。
家内には父親に逆らうなど思いもよらぬことで、戦前の「女の子はこうあるべき」という姿そのままに育てられた。

若かりし日の僕は、かなり無謀でした。
ひょっとすると、家内にとっての絶対的存在に向かって平気で嘘をつき、自分をその殻から連れ出そうとする僕を頼もしく思ったのかもしれない。
結局、スキー場での結婚式はお父さんの反対で実現しませんでしたが、良い思い出です。

僕は学生卒業とともに、仲間と作った会社から抜け就職しましたが、会社はその後10年は存在し、TV深夜番組でスキー場情報を流していたりしました。
「情報提供・・」と立ち上げた会社名が出て、驚いたことがありました。

「しろくま」は、スキー以外の旅行全般に進出し、海外旅行なども手がけています。
数年前、旅行社で個人旅行を相談している時、パンフレットの棚に「しろくま」を見つけたので、旅行責任者名を見たら、彼の名前が書かれており、懐かしかった。

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