10/30・播磨・野間山城へ

2週連続で家内とデートでしたが、この日は家内がお仕事です。
仕事仲間のグループのトップを長年やってるので、その研修です。
講師を関東から呼んでるので、お洒落してお出かけするのでしょう。

グループツーリング参加も考えましたが、VTRやCBで参加できるツーリングは、以前距離があり辛かった方面だったので、日が暮れるのも早くなったのでパスし、ソロツーリングすることにしました。
原付グループのはありましたが、通勤で毎日乗ってるスクーターで参加になるので、最近新鮮味がなくなっています。

以前、降雨により途中で帰ってきたルートに再挑戦します。
播磨の中世の山城「野間山城」攻めです。
目を覚ましたら、階下で家内が活動している音が聞こえ、時計を見ると6時前になっていました。
夜明けとともに山城アタックを考えていたのに、大幅遅れです。

家内と朝ごはんを食べ、ゆっくりと家を出ました。
お供は、「里山VTR250」です。
高速道路利用予定ですが、風も強くなく、2つ目の目的地・「日光寺」が山の上にあり、細い急傾斜林道が予想されるので、CB400SBではコカした時難儀します。

7:58、「出光・セルフ宝塚176」で給油。
228km/7.78L=29.3km/L。
宝塚ICから中国道に乗り、8:23「名塩SA」
バイクが10台以上います。
ソロそうな方も、グループの集合場所であるような方もいます。
トイレを拝借し、出発。

中国道を更に西に走り、「加西IC」下車。
r24を北上し、9:10「ローソン加西満久町店」で、バナナ4本149円・ローソン麦茶100円を購入。
右サイドミラーからの後方視界がイマイチなので、工具を出してゴソゴソしていると、ルパン三世が乗ってるようなフィアットが行列でやってきました。
高速道路を走っている時も、フィアット行列が抜かして行っていたので、愛好家ミーティングがあるのかもしれません。
ワーゲン・ゴルフなども混じっていました。

r24を北上し、r143にチェンジして野間川を遡ります。
9:37、「野間山城」
20161030NomaS003s.jpg 車が10台ほど停められる駐車場があり、「こんなにメジャーなの?」と訝っていると、「ほたるの宿路 八千代区俵田」という看板が立っており、6月の蛍狩りのお客さん用のようです。
20161030NomaS004s.jpg 「まむし生息地」という物騒な看板もあります。

20161030NomaS005s.jpg 交差点には、「森のホテル・エーデルささゆり カフェ&レストラン あと1.5km」という看板も上がっています。
横を流れる「野間川」の水はとても綺麗で、青サギが休憩しています。
ロードバイクが数台通り過ぎ、サイクリングに来ても楽しそうです。
Tマップルを取り出し、「ここまで車で来て、野間川沿い~杉原川沿い・ダム湖翠明湖沿い・森のホテルで昼食」という「夫婦でサイクリング」プランが浮かびました。
川沿いの道は、基本的に勾配が緩やかです。

20161030NomaS007s.jpg 川を渡ったところに、「野間山城」案内板が立っています。
『この山城は、野間城の「詰の城」で、南北朝時代に築かれました。その後、在田氏が野間に本拠地を移して改修し、今の形になりました。鶴が翼を広げた姿に似ているので、「鶴琳城(かくりんじょう)」と呼ばれています。非常時に立てこもる城で、一部に石垣が残っています』

在田氏は、播磨守護・赤松氏流れなので、大きな力を持っていました。
鎌倉幕府を倒した足利尊氏とともに後醍醐天皇を中心にして戦った悪党・赤松氏は、室町時代に入り大きな勢力になりました。
その後嘉吉の乱で、幕府将軍を暗殺したことで没落しますが、後醍醐天皇が持ち去った三種の神器を南朝から取り戻し、播磨・備前・美作守護の座を取り戻しました。

戦国の世に移り、浦上氏に下克上され、浦上氏自身も宇喜多直家に下克上される世になると、赤松氏末裔達は、本拠地播磨内で独立した大きな存在になりました。
羽柴秀吉に兵糧攻めで滅ぼされた別所氏であり、黒田官兵衛が仕えた小寺氏です。


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