10/16・須磨寺

一旦R2まで下り、西進して須磨まで来ました。
交差点の「須磨寺」の道標を見つけ、左折して内陸の方に入ります。

11:30「須磨寺」
集合墓塔内で、僧侶がお経を上げています。
遺族だろう喪服の方もいます。
門前に「正覚寺」というお寺があり、愛染明王が本尊です。
真言密教本尊・大日如来を守る明王の1つで、煩悩・愛欲を断つのを助けます。

『須磨寺 真言宗・須磨寺派大本山。奈良時代758年、和田岬で見つかった観音様を会下山に安置し、平安初期886年、聞鏡上人が勅命により堂塔を営み、福祥寺と名付けたのが須磨寺の起源。その後兵火により荒廃したのを、1155年源頼政が再興し、慶長年間の大地震で荒廃した時は、豊臣秀頼が片桐且元に命じて、1602年修復した。江戸時代朱印16石、明治以降寺有地2万坪を遊園地として開放し、桜の名所として市民に親しまれてきた。源平合戦に因む宝物も多数あります』

山本周五郎の出世作・「須磨寺付近」の碑が立っている。
山本周五郎は、「樅ノ木は残った」などの歴史小説は読んだことがあるが、この書は知らなかった。

20161016KobeS164s.jpg 境内に入ると、覆屋の下に大岩が置かれ、中央に獨鈷が置いてある。
真言宗の開祖・弘法大師空海は、中国留学し密教の7世祖に師事し、密教皆伝を得た。
その時獨鈷を授かり、それを持って日本に帰ろうとしたところ、「獨鈷の門外流出」を避けようと、密教の弟子たちが襲ってきた。
そこで空海は、「有縁の地に届け」と、獨鈷を空高く投げた。
「その獨鈷を空海はここで見つけた」という伝説が、日本各地に残る。
それを表しているのだろう。

20161016KobeS165s.jpg 玉眼の入った龍の素晴らしい彫刻が施された蟇股や木鼻。
20161016KobeS171s.jpg 横には「源平の庭」という屋外作品があり、一の谷敗戦で海に入り落ちていこうとする敦盛に向かって、「逃げるとは卑怯なり、戻せ」と叫ぶ熊谷次郎直実のシーンが像で再現されている。

開放的な宝物館に入ってみる。
20161016KobeS177s.jpg 敦盛と直実の文楽人形が飾ってある。
20161016KobeS179s.jpg 正面中央に、「青葉の笛」があった。
笛の名手・敦盛の愛器です。
「えっ、本物?国宝じゃないの?こんな無防備でいいの?」ってビックリした。

こんなに開放的なところに置いてあるとは・・・僕的には、かなりの値打ち物なんだけど、国宝とも重文とも書かれていないところを見ると、偽物なのかな? 本物の青葉の笛なら平安時代制作なのに、世間的にはこの程度の値打ちなのかな?

「福祥寺」の扁額がある。
これも値打ちがあるように思うが・・・。
20161016KobeS184s.jpg 敦盛釣燈籠。
「赤旗名号」・・・自分の息子とほぼ同じ年齢の敦盛の首を討った心の痛みから出家した熊谷次郎直実が、浄土宗法然に乞うて、平家の菩提を弔うために、平家の赤旗に「南無阿弥陀仏」と書いて頂いたもの・・・これも値打ち物でしょう。

20161016KobeS192s.jpg 弁慶鐘という小ぶりの鐘があった。
三井寺にも大力・弁慶が引きずったという大きな鐘が遺っていたが、この鐘も弁慶が「鵯越の逆落とし」を担いで下り、陣鐘として使用したという。

「須磨寺小石人形舎」に入ってみる。
小石に顔を付けた人形が船に乗ったりしている。
20161016KobeS196s.jpg ボタンを押すと、それらが動き、「鵯越の逆落とし」に始まる合戦の様子を再現している。
20161016KobeS198s.jpg 敦盛が笛を吹いている。

「壇ノ浦哀話」という題名のは、清盛の妻・二位の局と安徳天皇の入水の様子が、小石人形で表現されている。
「福原京の華やぎ」では、好色・平清盛が女官を数名配している。
20161016KobeS204s.jpg 清盛の好色に出家の道を選んだ祇王・祇女・母の老婆の作品もある。
秋色に染まった紅葉の奥の東屋に建礼門院がいる。
安徳天皇の母・清盛の娘・建礼門院徳子が、大原の里で平家の菩提を弔う姿を表している。

「常盤御前雪の別れ」は、御前の前に3人の幼子がいる。
源氏の御曹司・源義朝の側室になり、3人の男子を産む。
義朝が平治の乱で清盛に破れ、京を落ちてゆく時の別れを表現しているのだろう。
「安宅の関」では、中央に関守・富樫十郎左衛門、左右に無細胞弁慶と源義経が配され、歌舞伎の十八番「勧進帳」の場面が再現されている。
歴史好きの僕にはたまらない名場面ばかりで、とても楽しめました。

20161016KobeS214s.jpg 香炉に桜の家紋が描かれていました。
桜の名所だから、桜を家紋にしたのでしょうか?
本堂に上がると、千手観世音菩薩と柱に書かれているので、本尊のようです。
正面の門が閉じられ、お姿を拝むことは出来ませんでした。

20161016KobeS225s.jpg 錦鯉が泳ぐ「敦盛卿首洗池」があり、その向こうに、朽ち果て倒れた「義経卿腰掛松」が覆屋の下に置いてあります。
松に腰掛け、敦盛の首実検をしたそうです。

20161016KobeS230s.jpg 新築の朱色が眩しい三重塔がある。
手前に「出世稲荷」があり、福原遷都時、清盛が都の守護として湊川の辺りに奉安したとのこと。
20161016KobeS232s.jpg 以降、出世稲荷として港都最大の稲荷社として栄えて来たが、明治中期湊川改修に際し、平家に縁のある当山に遷座したとのこと。
息子・孫達の出世を祈願してチャリン。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR