10/16・神戸須磨浦公園塩屋・潮音寺磨崖仏・一の谷安徳天皇内裏跡

R2に出て、神戸に向かって東進すると、次の駅が「須磨浦公園」です。
その手前に、大きな五輪塔を発見し、緊急停止。

9:38「敦盛塚」
20161016KobeS073s.jpg 源平の戦い・一の谷決戦に敗れた平家の若武者・平敦盛と、その首をあげた功績と、我が子とさほど変わらない幼武者の首を取らないといけない武者の無常を感じ、出家してしまった熊谷次郎直実の苦悩・・・。
そんな物語が脳裏に浮かび、家内に話します。
こんな歴史話を、興味深く聞いてくれるのは家内だけです。

謂れ板によると、中世の五輪塔としては、石清水八幡宮に次ぎ、全国2位の大きさだそうです。
高さ397cm。
『この付近は、源平一の谷合戦場として知られ、1184年2月7日、当時16才の平敦盛が、熊谷次郎直実によって首を討たれ、その供養のために建立した塔という伝説から「敦盛塚」と呼ばれるようになった。鎌倉幕府の執権・北条貞時が一門の冥福を祈って、1278~1288に建立したなどの諸説ある』

横に「敦盛そば」というお店がありましたが、休業中のようです。
謡曲「敦盛」は、織田信長の十八番で、「敦盛」を舞って、桶狭間決戦に出発する場面は有名です。
「人間五十年、化天]のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり・・・」は、その中でも特に有です。
小学生時代、身体が弱かっ羅僕は、享年49で明智光秀に破れ散った信長の年齢を超えるとが目標でした。

少し進み、9:47「須磨浦公園駅」
ケーブルカーが10時始発のようなので、乗ってみることにしました。
ロープウェイ片道450円、ロープウェイ・カーレーター・リフト往復1800円。
山陽・須磨浦公園駅舎上階に、ロープウェイ駅があります。
孫と3世代で遊ぶ場所候補下見として、ロープウェイに乗って須磨浦公園山上へ。

20161016KobeS085s.jpg ロープウェイが高度を増すと、海釣り公園が見えてきます。
20161016KobeS086s.jpg 須磨海水浴場・須磨水族館・須磨ヨットハーバーが見えてくる。
須磨から神戸への海岸線が見え、神戸空港も見える。
車内は満員で子供さん連れが多い。

10:04、ロープウェイ山上駅。
たった数分の空中散歩だけど、景色が良くて楽しい。
20161016KobeS092s.jpg 世界でたったひとつしかないというカーレーターで、山頂の展望台にも上がれますが、カーレーター上の展望台で十分満足です。
20161016KobeS094s.jpg 須磨・神戸とは逆の西の明石が見え、明石海峡大橋・淡路島も見える。

10:17、階段遊歩道で下山しましょう。
20161016KobeS099s.jpg 須磨浦公園駅は、六甲全山縦走路の起点で、宝塚までつながっている。
トレッキングスタイルの方が、続々と登ってくる。
すれ違う度に、「こんにちは」。
20161016KobeS103s.jpg 白いきのこがニョキニョキと地表に現れている。

20161016KobeS126s.jpg 10:55、駅まで下りてきました。
20161016KobeS127s.jpg 駅前に、「TOOTH TOOTH Seaside Cafe」があります。
神戸・旧居留地にあるお店と同じ名前だ。
一の谷合戦時の「安徳天皇内裏跡」に向かって、坂道を登りだすと、「一の谷不動尊」がありました。

「磨崖仏」と書いてあるので、見学。
「潮音寺」という海に近いこの場所を表すような寺名です。
源平合戦で有名な「鵯越の逆落とし」の麓にあり、平家ゆかりの須磨寺の末寺とのこと。
磨崖仏の不動明王は、それほど風化が進んでおらず、綺麗なお姿で望めた。
真言宗などの密教や修験道が信仰する大日如来の化身であり、大日如来を守護する明王のトップ・不動明王ゆえ、ずっと信仰を集めていたのだろう。
20161016KobeS132s.jpg 覆屋に守られ、風雨を凌ぐように大切にされていた。

20161016KobeS142s.jpg 四輪でのすれ違いが微妙に困難な急坂を登り、11:16「安徳天皇・内裏跡」
歴史好きだろうお父さんが、熱心に謂れ板を読んでいた。
何故か、「皇女・和宮像」があった。

20161016KobeS141s.jpg 謂れ板を読むと、幕末に公武合体を表すため、皇女和宮は有栖川熾仁(たるひと)親王との婚約を破棄し、14代将軍・徳川家茂に嫁いだ。
その後、有栖川熾仁親王を総司令官に担いだ薩長を中心にした官軍が、江戸に迫り、皇女和宮は、「国と民のためならば、身は武蔵野の露と消ゆとも」と身を挺して和平を嘆願し、江戸の町を戦火から救った。
昭和に入り、小学校に二宮尊徳像を寄付した中村直吉氏は、神戸の3女学校に「皇女和宮像」を贈った。
その一体だそうです。
安徳天皇を祀る祠「安徳宮」があった。

平家にとって、最も大きな後ろ盾は、この幼帝・安徳天皇。
安徳天皇がこちらにある限り、こちらが官軍で、陰に陽に庶民の支援がある。
故に最も安全な、戦闘から遠い場所に匿うはずです。
南の須磨の浜の高台に位置し、浜は狭く向背に山が迫る。
神戸から明石の間にある須磨の海岸線は山が迫り、白河法皇をバックに京から攻め下ってくる源氏軍は、海岸線を西宮から西進してくるラインと、丹波から明石に出て、同じく浜を東進してくるラインの東西が防衛ラインになる。

ここへの道も、前輪が浮いてしまいそうな急坂だったが、その後は山が迫り、天然の要害に見える。
東西の防衛戦の中央部にあるこの内裏に近い鵯越はじめ数ヶ所のノーマークの北から駆け下りてきた義経軍各部隊に、平家軍は防衛戦の後を突かれ、大混乱しただろう。

安徳天皇を源氏に奪われたら、官軍の体を成さなくなる。
左右防衛戦の中央部の部隊は、安徳帝を抱えて、一目散に平家海軍の船に退避しただろう。
東西両部隊は、中央の連絡を分断され、多勢であったのに、海へ敗走せざる負えなかった。
そんな一の谷合戦の流れが、地形を見ながら想像できた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

須磨浦遊園、絶景ですね。
デッキの写真が素晴らしいです。
カーレーターというのも興味があるし、
いいところ紹介してくださりました。
今度、子供連れてトレッキングしてみようかなと思います。

No title

まんとさん
ここの展望台からの景色は、素晴らしかったです。
絶叫マシンはないようですが、昭和の香りのする遊園地があり、トレッキングも楽しめそうでした。
近くに水族館もあり、3世代で来たいと思っています。
main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR