7/17・播磨・野間城址城攻め断念~黒田城址

家内が東京に行く予定日なので、1人遊びを模索します。
ツーリンググループ参加を考えましたが、この日にはツーリングがありません。
コーチしてるヨット部は、マネージャー感謝デイなので、おっちゃんの参加は見合わせた方が良さそう。

大台ケ原周辺の林道、南近江の山城攻めも考えましたが、天気予報がイマイチです。
晴れの国・岡山県の備前・備中の山城攻めは、連休中日なので、帰りの高速道路渋滞が気になる。

播磨の山城・「野間城址」攻めに決定しました。
往復1時間の比高のある山城で、中世の山城には珍しく石垣が遺っているらしい。
播磨の雄・赤松氏流れが籠もったそうなので、財政状態が良かったのでしょう。

ツーリングマップル・TMで、ルートを考え、ルート上の訪問地をピックアップしていたら、家内の東京行きがなくなったので、「次男のお嫁さんの誕生日プレゼント購入のためにヨットハーバーに連れてって」との要望が来た。
あ~だこ~だで、僕の帰宅時間によっては「デパートに買いに行ってもいいし」という結論になり、山城攻め・山岳寺・千ヶ峰周辺の山岳林道探索を決行することにした。

朝、3:30に目覚め、「里山VTR250」に乗り、4時出発。
夏至を過ぎ1ヶ月、夜明けが遅くなり、まだ暗い。
長尾山トンネル~r325~r33~r68で「志手原」。
r49~千丈寺湖周回道路~r309で「JR相野」。

r141~r311に入ったとこで、東条川を渡り、5:13休憩をしました。
20160717KurodaS002s.jpg ホタルが飛びそうないい感じの川です。
満開のネムノキの大木が、川にせり出て、日陰を作っています。
周囲の里山と田園風景が、とても気持ちが良い。
田んぼの周囲に低い電気柵が囲っています。
里山から離れているし、柵が低いので鹿対策ではなさそう。
イノシシが出そうな感じもしないので、たぬきかな?

「清水寺」への分岐を過ぎ、交通量が少なく信号のない気持ちの良い道を進むと、「国指定重要文化財・住吉神社」の看板に惹かれ、5:33ストップ。
『世界に一つ 加東遺産 上鴨川・住吉神社と神事舞』
20160717KurodaS012s.jpg 参道の階段を上がると、茅葺屋根の拝殿他が見えてきます。

『国指定・重要文化財・住吉神社本殿 三間社流造・檜皮葺 棟木墨銘によると、1316年創建・1434年再建・1493(明応2)年再々建したとわかる。内陣小脇板裏面と天井梁下端にも明応2年の墨書がある。外観は、普通の三間社流造りであるが、床下の転用古材などから、創建当時は四間社であったと考えられる。手狭・木鼻などに、時代と地方の特徴を示すものがあり、貴重な遺構である。
国指定・重要無形民族文化財・住吉神社神事舞。県指定文化財・神事能面』

残念ながら、本殿は修理中でブルーシートに覆われていたが、鎮守の森の巨木に昼尚暗く、境内がいい雰囲気です。

R372を渡り、r566も気持ちの良い道です。
5:54、JR加古川線を渡ります。
「比延駅」が見えています。
20160717KurodaS039s.jpg 加古川の橋上で、激写タイム。
R175~R427、ポツポツ、雨が落ちてきましたが、夏のツーリングにはクールダウンに調度良い塩梅で、山城攻めの山道にも問題ない。

ところが、雨脚が強くなってきました。
前方の里山も降ってるみたい。
予報では、1ミリ/h以下の雨量だったのに、2~3ミリの雨量です。
木が覆う広い歩道に乗り上げ、車載カメラを収納し、カッパを着ます。
ヒップバッグもリアボックス内に入れて、山城攻め歩きも舗装林道も危ないので、撤退を決意しました。
まだ6時なので、家内への電話なしに帰路に着きます。

来た道を戻り、西脇市内でr294にチェンジ。
JR加古川線沿いに北上します。
20160717KurodaS040s.jpg 6:40、「黒田城址」に寄り道。
城址入口は、「姥ケ懐」という場所でした。

20160717KurodaS045s.jpg 『秀吉の天下取りを支え、稀代の軍師として知られる黒田官兵衛は、江戸時代に編纂された福岡藩主・黒田家の公式記録「黒田家譜」によると、播磨国姫路城に生まれ、官兵衛を輩出した黒田氏は近江国の出自とされており、通説となっています。一方、江戸時代に編纂された播磨の地誌類や記録類には、「黒田官兵衛やその父は、多可郡黒田村(現在の西脇市黒田庄黒田)生まれ」とするものが多数あり、江戸時代の播磨では、黒田村の出身と広く認識されていたようです。荘厳寺所蔵「荘厳寺黒田家略系図」には、黒田氏は播磨守護・赤松氏の一族で、丹波との国境である黒田城に居城し、黒田氏を名乗ったのが始まりとされ、官兵衛は8代城址・重隆の次男として誕生したと記されている。黒田集落には、黒田氏や官兵衛にまつわる伝承地が多くあります。中世・戦国時代に築かれ、黒田氏9代の居城であった「黒田城址」、山下にあった城主居館・屋敷群「多田城址」、多田城に付随する邸宅跡「姥ケ懐」、落城の際、幼い官兵衛と母・於松の別れの地「松ヶ瀬」など。近くには、別所氏を攻めた三木合戦の際に、秀吉が臣下の官兵衛に戦勝祈願させ、その奉納金により改築させた「兵主神社」や、秀吉が采配を行った際座った「太閤腰掛石」の伝承地もある。通説と大きく異なる説ですが、ここには官兵衛生誕・黒田氏発症の里としての伝承が残る』


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR