6/26・大津歴史探索&インカレ個選 坂本城址~両社の辻 参議院選挙

20160626SuhukuS227s.jpg 旧道からここへの道入口に、「坂本城址」の石碑が立っている。
見落としそうな小さな石碑でした。

『坂本城は、1571年9月の山門(延暦寺)焼き討ち後、織田信長に滋賀郡支配を命じられた明智光秀が、比叡山麓の当地に築城した水城。日本最古級の天守がそびえていた坂本城について、ポルトガル人宣教師・ルイス・フロイスは、1576年に築城された信長の安土城に次いで豪壮華麗な城と賞賛しています。築城の目的は、山門の監視ばかりではなく、彦根の佐和山城とともに、信長の領国・美濃と京都都のルート確保、水運の重要拠点などが挙げられる。天正10年6月の山崎合戦の後焼失しますが、丹羽長秀によって再建され、同14年城主・浅野長吉の時に大津城に移るまでこの地にあった』

20160626SuhukuS240s.jpg 「順照寺」「立専寺」「小唐崎神社」を巡り、R161に出て、16:49「明智塚」。
『坂本城落城の際、光秀の脇差・名刀の郷・義弘並宝器物を埋めた跡であり、明智一族の墓所であると伝えられている』
小さな塚ですが、綺麗に手入れされ、現れて綺麗な湯のみ茶碗が置かれていた。
毎日、ご近所の縁者が守っておられるのでしょう。

再び旧道に入り南下し、16:55「厳島神社」
『境内には、最澄作と伝えられる弁財天及び十五童子を祀った小祠もあり、近江三弁天の1つ。樹齢300年と推定される大銀杏は、大津市保護樹木』

20160626SuhukuS248s.jpg 「辛神神社」
『祭神:天照大神 創立は延暦20年に勧請したと伝えられる。往時、社号を奥成社と称し、日吉神社社外百八社の1社である』
神道系のお墓には、仏教の戒名に当たる名が彫られていることが多い。
「奥都城」「奥津城」などはその典型で、「都」は神官や神官の子孫、「津」は一般信徒、「奥」は「置く」にもつながり、奥まった所に置く棺につながる。
社号に「奥」があると、墓地を連想したりする。

「行者堂」
「南無阿弥陀仏」の石柱が立っている。
「下阪本郵便局前」に、観光案内板が立っていた。
2週間前、藤尾散策で立っていたものと同じで、滋賀県仕様と思われるが、色あせて目を凝らさないと文字が読めない。
「北に1.5km・聖衆来迎寺」が案内されている。
浅井朝倉軍をこの地で防戦し、「衆寡敵せず」で長男ともども討ち死にした信長の信頼篤かった武将・森可成のお墓がある場所です。
行きたいなあ・・・

20160626SuhukuS254s.jpg 『両社の辻 旧北国街道(西近江路)と松の馬場の通りの交わる辻は、両社の辻と呼ばれる。両社とは、辻の北側の酒井神社と南側の両社神社のこと。この2社は、かつては1社であり、北神社・南神社、北若宮・南若宮と呼ばれていたこともあった。この2社の本殿は、元和2年(1620)、旧坂本城主であった浅野長吉の孫で、広島藩主・浅野長晟の寄進による』

浅野長吉は、浅野長政として歴史に名を残している。
秀吉時代の五奉行筆頭です。
織田信長に奉公する浅野家の婿養子として家督を継いだが、同じく養子として入った姉・ねねが秀吉の嫁いだために、秀吉友軍となり、数々の軍功により、秀吉の信頼厚い親族として出世した。
秀吉亡き後は、同じ五奉行の石田三成などとは袂を分かち、徳川家康に近づき、関ヶ原合戦でも一族が活躍し、江戸時代も「池田家」同様「浅野家」も、外様大名ながら繁栄した。

赤穂浪士で有名な赤穂浅野家も、この浅野家の出です。
嫡流・広島藩を中心に、次男以下を他藩に出した。
殿中での殺傷沙汰は、理由はともあれ浅野家に非があるのだが、吉良家近隣諸藩でさえ吉良家に味方しなかったのは、浅野家の分厚い連合が暗に効いていたように思われて仕方がない。
対して吉良家は、三河で隣接していた徳川家と、塩の関係などで経済的葛藤にあった間柄で、家柄は吉良家の方が上なので、徳川家の目の上のたんこぶ的存在だった。


参議院選挙が華やかです。
我が兵庫県選挙区は、2人当選から3人当選になりました。
公明党県会議員をやってる小学校同級生がやってきて、あ~だこ~だ。
ずっと自民党1・野党1の無風地帯でしたが、公明党が30年ぶりぐらいに候補者を立てました。
自民・民進・公明・大阪維新・共産・幸福の6名が立っています。

選挙戦終盤になり、自民党現職が抜け出し、民進現職・公明・大阪維新が、残り2議席を争っているそうです。
公明党を支援すべく、自民党菅幹事長が応援に入りました。

偶然、公明候補者乗車選挙カー(大きめワンボックス)の後ろを走る菅幹事長の乗った黒塗り3ボックス乗用車を見ました。
公明候補は窓を開けて手を振っていましたが、菅幹事長も後部座席の窓を開け、手を振っていました。
ここまでは普通なのですが、菅幹事長のSPを載せた黒塗り赤色灯付き3ボックス乗用車の運転が覆面さんも凄かった。
交差点を曲がる時でさえ、ピタリと菅車にくっつき、割り込みが出来ないようにしていました。
車間距離1mぐらいで走る運転技術にびっくりしました。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR