6/19・京都寺町~高瀬川散策2 宝蔵寺~誓願寺

子供がちびの時、犬を飼いたいと言い出しましたが、夫婦フルタイム労働者なので、リスなど小動物でお茶を濁しました。
リスは時々室内脱走し、網を持って捕物が面白かった。

夏の暑い日、暑くて可哀想だと勝手口の外の屋根の下にゲージをぶら下げておきました。
昼休みに帰宅すると、なんと下にネコがいました。
ゲージの底は、ネコジャンプにより外れて落ちており、リスは恐怖でゲージの上面にへばりついています。
危機一髪で救い出しましたが、いつの間にか脱走して行方不明になりました。
しばらくして近所の公園に行くと、シマリスが枝に載っています。
「うちの・・・」と思いましたが、人間に捕まえられるわけはなく、野生化して自力で生きている姿に安堵するだけでした。

長男が生まれた記念に掘った庭の池に、金魚や近所の池で釣ったフナを入れていました。
猫がそれを狙いに来て、いつの間にか食われていなくなるので、常に補充していました。
金魚の餌を持って近づくと、こちらの寄ってくるので、これも面白かった。
このお店には、「ブリーダー直売」なんてポスターも貼ってあるので、販売店でもあるようです。

8:20「妙心寺・醒ヶ井地蔵尊」
醒ヶ井は、東近江・醒井養鱒場で有名です。
この名の由来は古く、ヤマトタケルが伊吹山で大蛇の毒にやられてしまった時、持っていた矢で地面を突くと泉が湧き、その泉で覚醒したという伝説から来ます。

醒ヶ井の清水は、美濃・養老ノ滝から源で、醒ヶ井を通り、京に湧くという伝説がある。
因みに「養老ノ滝」の命名由来も古いです。
年老いた親を養い、生活がギリギリだった木こりが、この滝を見つけ、「これが酒だったらなあ」と夢見たら、正夢になり、持って帰って父親に飲ませたら、白髪がたちまち黒髪になり若返った。
これを聞きつけた天正天皇(天智天皇と天武天皇の孫娘)が御幸し、「養老ノ滝」と名付けたそうです。

遥々、美濃に発し、琵琶湖をくぐって京に湧き出る清水井戸を見たかったけど、ウェルカムな感じではなかったので断念しました。
小門を開けて入っても良かったのかな?

「極楽寺」「法界寺」
20160619TakaseS028s.jpg 「Silk Road Trading Co.」という英国デザインの革バッグ専門店のようですが、1万円台とリーズナブルなお値段で、頑丈で飽きの来なさそうなそうバッグが飾られていました。
「光明寺」

8:23「宝蔵寺」
『浄土宗西山深草派本山誓願寺に属する。本尊・阿弥陀如来立像は、1700年作。弘法大師空海の建立と伝えられ、1269年如輪上人により開基された。1591年豊臣秀吉の寺町整備により、現在地に移転。「天明の大火」と「禁門の変」で全焼。現在の本堂は、1932年建立。江戸時代中期の画家・伊藤若冲(1716~1800)の菩提寺で、若冲が建立した父母の墓石・末弟・次弟の墓碑も建てられている。若冲は、当時の京都画壇を代表する画家で、生家のあった錦市場が営業停止になった時、弟・白歳とともに再開に尽力した人物。代表作に「動植綵絵三十幅」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)がある』

こんなとこに、若冲の菩提寺があった。
超精細画として、近年展覧会はどこも大盛況の売れっ子画家の若冲の菩提寺と聞けば、墓石を拝んでみたいけど、拝観時間は8:30~になっています。
「小門を開けて自由に入って良い」と書かれているので、数分フライングだけど入ってみる。
まずは、拝見料として本堂にお賽銭チャリん。
20160619TakaseS036s.jpg 墓石・墓標は、新調された覆い屋根に守られていた。

「頂源院」「誓願寺」裏。
20160619TakaseS056s.jpg 表に回りたくて、次の東西路「六角通」を西に入り、南北アーケード市場「新京極」に入り南下して、8:36「誓願寺」。

20160619TakaseS059s.jpg 『667年、天智天皇の勅願により創建。本尊・阿弥陀如来座像は、賢問子・芥子国の作。元は奈良にあったが、鎌倉初期に京都一条小川に移転し、1591年の寺町整備に際し、現在地に移転。当時が京都有数の規模で、表門は寺町六角に面し、裏門は三条通に北面し、境内6500坪には多数の伽藍を有し、18ヶ寺の山内寺院を擁していた。
清少納言・和泉式部・秀吉の側室・松の丸殿が帰依したことにより、女人往生の寺としても名高い。源信僧都は、当寺にて善財講を修し、一遍上人も念仏賦算を行った。浄土宗元祖・法然上人が、興福寺・蔵俊僧都より当寺を譲られて以降、浄土宗になった。現在は、法然上人の高弟・西山上人・善恵坊・証空の流れを汲む浄土宗西山深草派の総本山である』

20160619TakaseS069s.jpg 女性の方が数人、本殿に上がっていかれます。
さほど大きくはありません(場所柄仕方ない)が、どっしりしっかりした趣きがあります。
謂れ板に書かれていた女性の生涯や、この寺との関係が細かく書かれています。
読み物が好きなので、じっくりあぐらをかいて読みます。
和泉式部の文才と美貌、そして数々の公家男子が寄ってきたモテモテぶり。
人も羨む人生を歩んだ女性ですが、晩年は如何に極楽往生するか悩み、この寺に帰依し仏にすがったとか。
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