6/12・大津市藤尾3 普門寺~源照寺~藤尾神社

お賽銭を机の上に置き、「ありがとうございました」とお爺さんに声を掛け、広い道を西に下りました。
20160612FuzioS042s.jpg 当初北上していた道に出て、5:53「普門寺」。
ここから先ほど、小関峠古道を登りました。

『如意山普門寺の由緒 当山の起源は、近江朝廷(天智天皇)の時代、大陸からの帰化人・大友氏(大友村主の一族)の信仰する仏教寺院であった園城寺の支坊に、その起源を発する。貞観4年(862年)大友氏が、三井寺園城寺修復に当たり、比叡山の智証大師円珍上人を園成寺の別当に任じ、同寺の寺領全てを円珍に寄進する。貞観15年(873)天台宗園城寺の支院として円珍により、藤尾寺が開基される。文明3年(1471)蓮如上人の影響を受けた天台宗の僧・了然によって普門寺として再興される。以降浄土真宗との交流が深まる。延享4年(1747)浄土真宗の僧・恵教が入寺し藤光寺となり、浄土真宗に帰入する(藤尾村惣道場藤光寺)(藤尾村念仏惣道場藤光寺)。享和元年(1801)江州野洲郡中村の宗慶寺より僧・玄寿(津田小平衛の子)が入寺する。天保年間(1830~1837)仏光寺派に変わる。天保8年(1837)玄珍が、本願寺派に帰山し、寺号を普門寺に戻す。明治20年(1888)了念により現在の普門寺本堂落慶法要勤まる』

例によって、じっくり謂れ板を読んでいると、お散歩のご婦人から声を掛けられた。
お友達が大津の古刹の娘さんで、彼女から聞いていた家系の謂れ話とほぼ同じことが、ここに書いてあり、きっとその古刹と縁があるはずだとお友達をここに誘っておられるとのことです。
話は天智天皇の時代に遡り、この地を巡る楽しい歴史話に発展しました。

お礼を言い、僕は山門が柵で閉まってる本堂方面に、お散歩さんは道を北に、別れました。
参道に紫陽花が咲く、普通のお寺です。
謂れ板を読んだ後なので、この寺の長い長い歴史を反芻しながら、山門から奥を覗きました。
「如意山」という山号は、もちろん大文字山の東にそびえる「如意ヶ嶽」から来るものでしょう。
まさにこの寺院の背後の近在では有名なお山で、この山号を得るということは、それだけ長い歴史があるということ。

バイクに戻り、道を北に向かいます。
6:07「心光山・源照寺」
こちらは、浄土宗のお寺でした。
本堂に上がる短い階段脇に草花が咲き、日頃のお手入れを感じます。20160612FuzioS056s.jpg 先ほどのお散歩さんを追い抜き、6:11「藤尾神社」
他にも朝のお散歩の方がいました。
住宅地から、軽いお散歩コースなのでしょう。
20160612FuzioS064s.jpg 本殿は板塀に囲まれ、規模は普通のお宮ですが、ちょっと格式が高そう。
絵馬殿に下がる絵馬は、古いものはなく、ウサギや牛・馬の絵が描かれた庶民的なものが多数でした。

塀の中の本殿は、すっきりしたものでした。
古くから使われていそうな地元の名がある神社なのに、謂れ板がないのは残念だなと振り返ると、絵馬殿外壁の本殿側の上の方に謂れ板を発見。

『54代仁明天皇在位833~850、承和年中、園城寺西南(裏鬼門)の守護神として、江州滋賀郡如意ヶ嶽南麓藤尾谷に鎮座する。主祭神:國常立尊(日本書紀)・國の常立神(古事記)。鬼門の神・山の神・土地の神とも云われ、方除の神として、また厄除けの神として崇敬され藤尾の氏神として奉られています。人には萬の悩み事があり、家居を造り、移り住むなど、旅立ち・事始めなど為日を忌み嫌い、方角を忌み避けるなど、守護される霊験あらたかな神様です。相殿:応神天皇・玉依姫命・神功皇后。境内社:諏訪神社(神名・建御名方命)・稲荷神社(倉稲魂命)・石清水神社(応神天皇)』

20160612FuzioS071s.jpg 地図では、ここから奥・如意ヶ嶽に向かって道が伸びていますが、未舗装路なので諦めました。
舗装路が、湖西道路をくぐって伸びており、どこに繋がるのか興味がありますが、琵琶湖に来る度気になっていたもう一本の道を探索することにしました。

道を戻ると、お散歩さんが藤尾神社に向かって歩いて来られます。
お辞儀すると、「神戸からですか?」と声を掛けられたので、停車してあ~だこ~だ。「伊丹からです」「遠くから、こんなに早い時間に」
「大学ヨット部のコーチをしており、8時からレースなので、その前に探索です」「あ~ら、偉い方に出会えて・・・」
なんて、偉くもなんとも無いのに・・・「さようなら」と笑顔で別れました。
見知らぬ方の一期一会が楽しい。
1人だからこその出会いです。

道を戻り、「藤尾北ランプ」から湖西道路に乗ります。
次の「皇子山ランプ」で下車し、いつも左・琵琶湖側に曲がるT字路を、右・如意ヶ嶽側に曲がります。

すぐに、6:23「慶公山・大専寺」
20160612FuzioS075s.jpg 門は閉ざされていましたが、山門屋根瓦に三ツ葉葵紋。
鬼瓦に茗荷紋。
三つ葉葵紋を見ると、江戸の世に徳川さんから功績により頂いたのかな?なんて、脳内妄想が膨らみます。
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