6/12・大津市藤尾2 小関越

20160612FuzioS020s.jpg 5:26、「藤尾奥町・普門寺前」という立派な歴史街道案内板がありました。
右の峠に向かう細道方向に、「大津市歴史博物館」「三井寺園城寺」「小関越(峠まで)」と書かれています。
大津まで抜ける古道のようです。
地図には、大津・小関町まで赤線で引かれています。

『小関越えは、北国町通りから小関峠を越え、横木1丁目の東海道まで4kmの道のりです。古くから、京都と北国を結ぶ間道として利用されてきた。名称は、東海道の「逢坂越え」を大関と呼ぶのに対して、小関と呼ばれていた』
GO!

ゆるく山を登りだし、勾配が増し、四輪車では横幅が無理な道になり、いつ未舗装になってもおかしくない道。
急勾配をぐんと登り、「次の急勾配まで行こう」という感じで、Uターンさえ厳しい撤退覚悟で突っ込みます。

ラッキーにも舗装路が最後まで続き、対向バイク自転車もなく、5:30広い道に出ました。
20160612FuzioS024s.jpg 「藤尾関町」として、下同様の「小関越」案内板が設置されていました。
歴史歩道的な取り扱いのようで、バイク走行は想定されていませんね。

ここが「小関越」の峠のようです。
東向き・大津側に下ります。
峠には、地蔵堂と思われる祠がありました。
自転車に箒をくくった男性が、祠前のベンチで座っています。
20160612FuzioS027s.jpg 三井寺に抜ける「小関越・旧道」分岐もあった。
山道で「三井寺1.2km」、西向き「西大津バイパス藤尾IC1.05km」、東向き「大津市歴史博物館2.05km・琵琶湖疎水1.35km」と書かれています。

5:38「天台真盛宗・雲霊山真光寺」と、「真宗大谷派・別所山等正寺」が道の両側に対面していました。
20160612FuzioS032s.jpg 浄土真宗のお寺内に、「佐知’s Pocket」という小さなカフェがありました。
食べログのステッカーが貼ってある。

Uターンして、「小関峠」に戻ります。
20160612FuzioS041s.jpg 5:46、「峠の祠」
先ほどのお爺さんは、ベンチに座りラジオを聞いています。
「お掃除ですか、ご苦労さまです」と声を掛けましたが、無口な方のようで、「はい」と言うのみ。
会話が弾まず、祠の生情報など得られませんでした。

早朝活動していると、人里離れた寂れたお宮やお堂などでも、竹箒で掃除されている方がいます。
手水の手ぬぐいを取り替えているご近所だろご婦人に挨拶することもあります。
市井のこういう方のお陰で、日本の美しさが保たれていると思うと、頭を垂れずにはおれません。
どういうきっかけでそういう無償のお布施をされているのか知るよしもありませんが、そういう方の心を捉える神道や仏教の信仰の偉大さを感じます。

祠内に、お顔も彫られているのか定かでない石地蔵様がおられ、「延命地蔵菩薩坐像」と書かれていました。
左右には紫陽花が生けられています。
このお爺さんが、毎朝手入れされているのかもしれません。
お地蔵様の前の机には、ろうそくに火が灯されています。
「峠の出世地蔵尊」とも書かれています。
天井板には、「お釈迦さん」「仁王さん」と書かれた墨絵が貼られています。

『延命地蔵菩薩像 谷内地蔵堂 帰命頂礼(きみょうちょうらい)地蔵尊 釈迦の付属を億年とし、大慈大悲の深きこと地蔵菩薩にしくなし。無垢より我らが流転して、いつかは生死を離るべし。六趣(ろくしゅ)輪廻の有様は、車の回る如くなり。地蔵和讃は、哀調の中で六道輪廻の業を説く。生ある万物は、いつかは死ぬ。いかなる富貴に恵まれようとも、不老不死の霊薬は手にすることは出来ない。六道とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という。その六道を、車の回るように永遠に歩む。暗黒無明の六道の辻に立って、罪障の消滅を祈ってくだされるのが地蔵菩薩様。ふっくらと丸いお顔、切れ長い眉と、細く見開いた目朱を含むお地蔵様。左手に宝の珠を、右手に錫杖を持ち、ゆったりと膝を広げてお座りになる。病気になって幼児を死なせる。子を失うことの悲しみ、生かしてやりたいと祈る親の願望は、地蔵菩薩にすがった延命地蔵の信仰は、親が子を立派に育てたいという悲願の証なのに、子は親の愛を知らない現世地獄さながらの非行を救わせ給え』

『峠の地蔵さん ここは北国街道。京都から近江路を湖北に通ずる小関峠の頂きに安置されているお地蔵さんの御堂・喜堂です。なんと素晴らしいお堂の名称でしょう。そのルーツの詳細は、知る由もありませんが、十数年前、大津を通る道路の拡張工事が行われた際、藪に放り出されているお地蔵さんを見つけ、今の地に安置されました。それより、人里離れた峠へ毎日供華を欠かすことなく、近郷近在からお参りの絶えず、数千人の方々の一円のご報謝により、ここに立派なお堂が建立されることになりました。皆様の心が1つになって建立されたことを忘れず、お堂の名称といたします。末永く、庶民の暮らしと交通の安全をお祈りいたします。 峠の地蔵保存会一同』
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No title

私も先日、車作の岩屋と呼ばれるところに訪問しましたが、
3体あるお地蔵さんすべてに蝋燭が灯っていました。
山の中にもかかわらずその周辺はきれいにされていました。
お地蔵さんそのものより、それを信仰している人に感動する
のかもしれません。
秋の枯れ葉が多い季節に竹ぼうきの掃除をする風景も
きりがないから最後にまとめて・・・(苦笑)と思ってしまいますが、それをすることに安らぎが
あるのかもしれないですね~

No title

かめはめはさん
まさにその通り・・・僕も、早朝誰も見ていない道を箒で剥いてる方、山奥の旧跡への細道の傍らに、箒が等間隔に置いてある、どこにでもあるような田舎の神社の手水に綺麗な手ぬぐいが下がってる・・・
みんな、地元の方の無償の行いです。
僕も、そんなのを見つけるたびに、「日本って、素晴らしいな」と思っちゃいます。
ますます生まれたこの国が好きになります。
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