6/5・京都寺社巡り4 京都大学カフェ~木島神社~斎宮神社~車折神社

多くの人が住んだ京都には、当然葬送地がある。
西に化野に対し、東の鳥辺野。

熊野信仰の三山巡りの道に、「小辺路」「中辺路」という道がある。
「野辺送り」という葬送の言葉がある。
この「辺」という字に、僕は「お墓」の匂いがしてならない。
熊野信仰も、最初は「伊弉諾尊が熊野有馬に葬られた」という故事に始まる。
「お墓への道=辺路」の感じがしてならない。

鳥辺野は、秀吉のお墓がある鳥辺山などの東山の西山麓一帯を指す。
「鳥辺山=鳥葬」を連想してしまう。
チベット仏教では、今でも鳥葬をしているらしい。
死者を高所に運び、鳥に食べられるままにする。
鳥葬で葬る岩が頂きのてっぺんにあり、死者をそこに横たえ、コンドルなど肉食の鳥に食べさせる南米の葬送の跡を、TVで紹介されていた記憶がある。

日本では鳥葬の歴史を、謂れ板などで目にしたことはないが、鳥辺野の地名がチベット仏教から伝わったのかもしれない。
脳内妄想の域を脱しないが、小野篁が通った地獄への入口の井戸が何だか怖くて、行かなかった。
小野篁作の閻魔大王像などは、覗き窓から観るようになっており、「迎え鐘」も撞いてみた。

20160605KyotoS093s.jpg お腹が減ったので、東大路通を北上し、13:30「京都大学カフェ・カンフォーラ」に入った。
今週のランチ594円(ハンバーグ・スープ・サラダ・ライス)×2+限定パフェ500円=1688円。
このお値段なので、ニチレイの冷凍ハンバークをチンしただけなのでしょうが、十分美味しく、待たずに食べれるのが気に入っている。

僕ら夫婦の母校学食は、家内を見初めた思い出のレストランで、卒業後も時々お世話になっている。
大学の学食は破格のお値段で一般の人でも食べられるので、つい学食を探してしまう。

家内は姉と、京大学食で食べたことがあるという。
地下だったと言うが、方向音痴なので、場所を聞いてもチンプンカンプンで要領を得ない。
お隣の席では、教授と院生と思われる学生風の方が、自分の研究のことを相談していた。
あまりにアカデミックな理化学系の単語満載のお話なので、理解不能。
そのお隣の広い席では、修学旅行の班を引率する教師というグループで、パスタとジュースを飲んでいた。
志望校下見も兼ねているのだろうか?

20160605KyotoS092s.jpg 僕らは時計台が見えるガラス窓際の席だったが、目の前の外のテラス席では、小さな女の子を連れたご夫婦がパスタランチを食べていた。
まだ幼児なので、オシャレ感覚なんて本人には皆無なのだろうが、オシャレなお洋服が可愛い。
孫くんは、男の子なのに素敵な洋服をいつも着ている。
お嫁さんのセンスがそうさせるのだろうが、男の子なのだから「ごんたくれ服」で十分だと思っている。

でも女の子なら、やっぱりおしゃれなハイセンスなのがいいな。
素敵なドレスに身を包んでいると、清楚でお上品なレディーになりそうだ。

地図を見て、芸能神社のことを聞いたら、行ったことがないという。
てっきり連れて行ったことがあると思っていた。
適当に西進し、夷川通(家具家筋)を走り「二条城」。
南に迂回し、「三条通」に出た。
ちょうど京福電鉄の路面電車との合流地点でした。

14:22、「蚕の杜・木島神社」
参道前に駐輪したら、参拝を終えて出てきたおじさんに、「たまに駐禁が来るから、参道に入れておいた方がいいよ」と言われ、従った。
20160605KyotoS095s.jpg 渡来氏族・秦氏と、蚕の関係を話しお参りしたら、信心深い女性がお参りに来られ、糺の森の前の禊場で、お賽銭を入れ一心に祈り、禊をするしぐさをしていた。

15:14、「斎宮神社」
斎宮はここで2年間も禊をしてから、天照大神のお世話役んなるそうだけど、湧水でも湧いていたのかな?
ここで生活しながら、インドのガンジス川のように、桂川に通って川浴禊をしていたのかも?なんて話す。

15:24、「車折神社」
玉板垣に書かれた芸能人の名前を見つけながら歩く。
「死んじゃったけど、川島なお美・・・」なんて言ってる。
好きな女優さんだったのかな?
とても綺麗な女性でしたが、亡くなる前の激やせした姿を見せた時、僕はとても残念に思った。
綺麗なままのイメージを残したまま、逝って欲しかった。

20160605KyotoS108s.jpg 藤原紀香の名前を見つけたので、「後輩やん」と言うと、気にもしていない風でした。
家内と付き合い始め、2週間後ぐらいに家内の実家に車で送っていった。
その時、「面白いものを見せてあげる」と連れて行かれたのが、地元の「大和殿」という結婚式場でした。

エントランスを入って左側の吹き抜けのロビーの壁一面に和装の花嫁衣装のモデルさんの写真・・・「わかる?」・・・「私だよ」と家内・・・「ええ~」と度肝を抜かれた。
バブルの頃だったか、大和殿がTV宣伝をしだし、そのモデルが藤原紀香だった。
水着を着て海岸線を走ってる。

その後、あれよあれという間に、関西ローカルモデルだった彼女は、全国区になり、女優になった。
それ以来、「僕のお嫁さんは・・・」と、息子たちにも「お母さんはな・・・」って吹聴している。
またそれを言ったら、「そんなこともあったね」と、至ってクールだ。
僕の自慢なのに・・・
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