4/24・京都三条通・歴史探索4 車折神社~鹿王院~嵐山~吉田神社

「清めの社」があった。
「清めの盛り塩」のような三角錐のコンクリート製オブジェが、鳥居と本殿の間に置かれている。
「清めの塩」には、悪霊を断つ・遠ざける意味もあるが、家の前に盛り塩することで幸運を呼び込んだ故事もある。
いずれにしても、人が生きていく為に必須の塩は、いろんなものを惹きつけそうだ。

平安時代の貴族は、夫婦別居・多妻で通婚だったので、ご婦人は夫を呼びこむために「盛り塩」したそうだ。
夫人宅に向かう夫が乗る車を引く牛を、塩で止まらせる作戦だったとか・・・
なるほど、「盛り塩」はお金持ちの間でも重要だななんて脳内妄想すると楽しい。

天満神社があり、神明神社も摂社として境内にある。
芸能関係の故事の謂れ板を期待したが、これといってない。
「東映・太秦撮影所」がほど近いところにある。
この一帯はかつて時代劇映画全盛期に映画会社や芸能プロダクションが集積した場所で、芸能人の参拝者が多いということで、いつしか芸能神社の看板が上がったのかもしれない。
あるいは、傀儡や白拍子など庶民を芸能で喜ばせる集団の根城がこの界隈にあったのかもしれない。
それらの集団の願い社だったのかも・・・

20160424KyotoS092s.jpg 北側の搦手口にも鳥居があり、その向こうになんと電車の駅が見えています。
京福電鉄の駅でしょう。
「車折神社駅」でした。
ホームへの改札がなく、田舎の駅のように直接ホームに上がれます。
10分間隔で電車が走っています。
気に入った~。

確か1日乗り放題切符があったはずなので、嵐山の駐車場に車を置き、家族で電車で京都を巡るのも良さそうです。
駅で脳内想像の翼を広げていると、電車がやってきた。
電車自体、1両編成でラッピング車両もあり可愛い。
これはお嫁さんたちに受けそうです。

三条通を西に走り、京福電鉄で言えば「車折神社」の次の駅「鹿王院」に、7:37着。
20160424KyotoS114s.jpg 山門の向こうにまっすぐに石畳が続いています。
石畳横は低木と苔の庭園。
すごくいい感じ。

『鹿王院(ろくおういん) 覚雄山と号する、臨済宗の寺院。1380年足利義満が普明国師を請じて大福田宝幢禅寺を建立し、その境内に開山塔を建て鹿王院と称したのが起こり。宝幢禅寺は、京十刹の第五に位し、近在の天龍寺と並び偉容を誇ったが、応仁の乱で消失し、当院に合併された。1667年酒井忠知の子が当院堂舎を再興し、現在に至る。仏殿(開山堂)には、本尊釈迦如来・十大弟子像・普明国師像・足利義満像を祀る。舎利殿には、源実朝が宋から求めたという仏牙舎利を納めた宝塔を安置している。寺宝としては、夢窓国師画像、明兆筆釈迦三尊及び三十祖画像など、多くの貴重な文化財を蔵する』

『鹿王院庭園 室町時代に任庵主が作庭した名園がありましたが、惜しくも廃絶し、現在客殿の南に広がる庭園は、1763年頃の作庭です。舎利殿を中心に石組がなされており、背後はるかに嵐山が望まれる』

臨済宗なので禅寺です。
禅宗は僧の修行場としての色が濃く、庶民との関わりは薄いが、その分落ち着いた静かな時間が流れているでしょう。
拝観時間前なのが残念です。

更に西に進むと、嵐山に出ました。
20160424KyotoS123s.jpg 桂川越しに渡月橋・嵐山を望む。
地図を見たら、車折神社と桂川の距離は直線距離で200mほどしかなく、上流のダムや堤防で川筋が狭く定められた現代と違うので、車折神社の裏はすぐ桂川の河原だったのでしょう。
角の取れた石が多かった「祈念神石」の起源は、神社の裏の河原のようです。

三条通を引き返します。
千本通を北上し、丸太町通を東進します。
京都御所の南面を通ります。
屈強な警官が交差点に立っていたが、東京の皇居周辺のような物々しさはなく、お堀も土塁も石垣もない。
これが、日本国民に古来より長年愛され続けてきた天皇の住まいのあるべき姿に思えます。

東京一極集中を緩和すべく、文化庁の京都移転がなされるようですが、天皇の住まいを京都に戻せば、一気に情勢が変わるような気がする。
「風林火山」の武田信玄が、「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵」を、館しか持たなかったことで実践したが、古来より天皇暗殺などなく石垣が無用であった天皇家の姿を、目に見える形で見せれば、日本の天皇が王ではないということがわかるはずだ。
皇居周辺に武装していない公家が住み、皇居の治安・行幸警護のために少数の兵がいたのみの天皇の姿が。

鴨川を渡り、東大路通を北上します。
東一条通に入り、8:17「吉田神社」
20160424KyotoS125s.jpg ちょうど神人さんたちが、掃き掃除中でした。
駐車のことを聞くと、短時間のお参りなら無料ですとのことで、参道脇に駐車しました。

『今宮社四神石 今宮社に四神石あり。本殿東南に青龍石、西南に白虎石、西北に玄武(亀)石、共に三石あり。東北の朱雀石は内陣にありと伝えられる』

石段参道を上がり、吉田神社へ。
ここは商社マン時代の親父が取引をしていたお宮です。
繊維商社だったのでそのような物だろうが、何をどのように取引していたのか知らない。
僕の中では、京都といえば吉田神社なんだよね。
次男が京都の大学に入学し、京都に来ることが増え、僕ら夫婦が百万遍知恩寺に分骨しようと考えたのも、この吉田神社の近くだからです。


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