4/24・京都三条通・歴史探索1 木島座天照魂神社

今年の大学ヨット部新人勧誘試乗会の最終日です。
4月の土日は、毎週試乗会をしています。
他のクラブも回った新入生が、大学学部4年間の落ち着き先を決める4月の最終週です。
報告では、土曜日までに5名のプレイヤーが入部してくれました。
2桁は獲得したいので、最後の追い込みです。

「9:30に大学生門にお願いします」とのオーダーを頂きました。
前2週と同じ「10時正門」だと予想し、24Hオープンな神社を巡った後、9時オープンの「養源院」で血塗りの天井(関ヶ原の戦いの前哨戦・伏見城を石田三成軍が襲い、留守居の鳥居元忠以下が玉砕した「伏見城の戦い」の床)を見ようと思っていたが、次回の楽しみにすることにしました。

5:31、自宅出発。
名神高速を走り、京都南ICで下車します。
琵琶湖の天気予報では「晴れ・N4m/s」という最高の試乗会日和でしたが、雨が降る感じはないものの曇り空です。
R1を北上し、6:12「ローソン名神高速京都南IC店」で、手巻きエビマヨネーズ125円+朝摘みオレンジ天然水117円=242円を購入。

左折し、「久世橋通」
R171を渡り、JR東海道線の下をくぐります。
まだ交通量が多くない京都市街地を「葛野大路通」で北上し、左折して「三条通」
この道は路面電車の京福電鉄が走り、風情があって好きです。

道標を見逃さないようにゆっくり走り、6:35「木島座天照御魂神社」
『延喜式内社で、祭神は天之御中柱神外四柱(大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命・瓊瓊杵尊)。創建は不明ですが「続日本書紀」(701)に記載されていることから、それ以前に祭祀されていたと思われる。学問の神・祓いの神。
蚕養神社(蚕ノ社)本殿右側社 雄略天皇の御代(1500年前)秦酒公呉国(中国南部)より、漢織・呉織を召し、秦氏の諸族と共に絹・綾を織り出し「禹豆麻佐」の姓を賜る。この地を「太秦」と称し、推古天皇の御代に至り、その報恩と繁栄を祈るため養蚕・織物・染色の祖神を勧請したのがこの社。養蚕・織物・染色の守護神。
元糺の池 境内に「元糺の池」という神池がある。嵯峨天皇の御代に下鴨に遷してより「元糺」という。「糺」は、「正しくなす」「誤をなおす」の意味で、この神池は、身滌(身に罪や穢のあるときに心身を浄める)の行場。「土用の丑」の日に、神池に手足を浸すと諸病にかからぬと言う俗信仰がある。
三柱鳥居 全国唯一の鳥居。鳥居を3つ組み合わせた形体で、中央の組石は本殿ご祭神の上座であり、宇宙の中心を表し、四方より拝することが出来るよう建立されている。一説には、景教(キリスト教の一派・ネストル派・1300年前に日本に伝わる)の遺物ではないかと言われている』

雄略天皇の御世、秦氏が、絹を「うず高く積んだ」ことから、「禹豆満佐=うずまさ」の号を与えられたそうです。
三条通に鳥居があり、北に伸びる300mほどの参道の先に、南面して社殿があった。
周囲は住宅地なのだが、京都の街中とは思えないほど社叢が深く、神池は暗く、禊をする「神池」に相応しい雰囲気です。

祭神は、地上の葦原中津国を拓いた大国主命と、天孫降臨してそれを継いだ天照大神の孫・ニニギ、ニニギと木花咲耶姫の子・ホホリ(山幸彦)、ホホリの子で神武天皇の父・ウガヤフキアズエ。

京・太秦の地を本拠にしていた秦氏の氏宮ということは知っていましたが、「元糺」と呼ばれていたことは知りませんでした。
「糺」と言えば、下鴨神社参道の「糺の森」
京を本拠地にした賀茂氏のお祭り「葵祭」は、その氏宮・上賀茂神社と下鴨神社のお祭りです。

賀茂氏と秦氏の関係は諸論百出です。
賀茂氏は、葛城山東の麓・大和平野西に位置する「一言主神社」を氏宮とする氏族と言われ、神武天皇東征で奈良盆地にやってきた大和朝廷と平和裏に連合したとの説がある。
「一言主神社」は出雲にもあり、そちらから大和に移ってきたらしい。

賀茂氏の一部が京に本拠を移し、秦氏との姻戚関係を結び連合したとも言われている。
いずれにしても僕は両方共渡来系と思っている。
「糺」でまた秦氏と賀茂氏の関係を見つけ、ちょっとニッコリでした。

日本古来からの自然信仰・神社を示すものと言えば、鳥居です。
中国を最初に統一したのは「夏」と言う王朝です。
次が「殷(商)」
この王朝のシンボルが鳥だったそうで、中国南部が本拠地だったらしい。
20160424KyotoS003s.jpg ここの「鳥居」は、まさに鳥の留まり棒です。

強者は最も豊かな地を占め、敗者は周辺地に逃げて移動する。
日本列島は、まさに大大陸の辺境の地。
各地の敗者が渡ってきた地。

「日本人のルーツを探る」本では、シベリア大陸バイカル湖周辺・南太平洋・中国南部との関係が強いと書かれています。
流民の中で最も文明が高かった「殷」の文化が半島に点在する氏族をまとめていったように思っている。
平和裏に連合していった秦氏と賀茂氏、日本民族の典型じゃないかな?


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