4/10 京都東大路界隈巡り3 崇徳天皇陵~摩利支天尊天堂

ソメイヨシノは終わってるけど、八重桜が鞠のように可愛く花をつけている。
この界隈、町のど真ん中なのに、ラブホテルが軒を連ねている。
愛しあう男女和合は、金毘羅さんも願っているでしょう。

20160410KyotoS058s.jpg 6:38「崇徳天皇御陵」発見。
『崇徳上皇・75代は、平安時代の末、保元の乱1156年により、讃岐の国へ御配流の悲運にあわれた。上皇は血書をもって、京都への御還幸を願われたが、憤怒の御心のまま、1164年46才にて崩御。白峰山の御陵に奉葬送された。上皇の寵愛篤かった阿波内侍は、お遺髪を請い受け、この場所に一塚を築き、上皇の霊をあ慰めした。その頃の京都では、上皇の祟りの異変が相次いで発生したため、御影堂や粟田宮を建てて慰霊に努めたが、長い年月の間に廃絶し、ここのみが哀史を偲ぶよすがとなっている。なお孝明・明治天皇の聖慮により、白峯神宮が創建され、元官幣大社として尊崇され、今日に至っている』

数年前に訪問した白峯神宮は、儀式としての蹴鞠で有名で、その関係でサッカーチームからの必勝祈願が集まり、境内にはたくさんの奉納されたサッカーボールが目につく。
スポーツにご利益のあるお宮さんです。

『安井金比羅宮 祭神として崇徳天皇・大物主命・源頼政を祀る。保元の乱1156年に敗れ讃岐で崩御した崇徳天皇の霊を慰めるため、1275~77年に大円法師が建立した光明院観勝寺が当社の起こり。その後、応仁の兵火で荒廃し、1695年太秦安井にあった蓮華光院が当地に移築され、その鎮守として、崇徳天皇に加え、讃岐金毘羅宮より勧請した大物主神と源頼政を祀ったことから、安井の金毘羅さんの名で知られるようになった。本殿東の絵馬館には大小様々な絵馬が陳列されており、「久志塚」は、古い櫛の供養のために築かれた塚で、毎年9月第4月曜日に櫛祭が行われる』

源頼政は、平清盛と源義朝が戦った平治の乱で、勝利した清盛側についた摂津源氏で、「平家にあらずんば人にあらず」の平家全盛期に唯一生き残り出世した源氏です。
晩年は、後白河法皇の皇子・以仁王の「平家打倒」の令旨を伝え、自らの挙兵したが、宇治平等院に敗れた。

6:52「六道珍皇寺」
『建仁寺の塔頭。この付近は死者を鳥辺野(阿弥陀ヶ峰北麓の五条坂から、南麓の今熊野に至る丘陵地)への葬送・野辺送りの場所で「六道の辻」と呼ばれ、この世とあの世との境と言われていた。六道とは、仏教で全ての生き物が生前の善悪の行いによって必ず行くと言われる地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天井の6つの冥界のこと。本堂の裏にある井戸は、昼は嵯峨天皇・夜は閻魔大王に仕えた小野篁(たかむら)が冥土へ通った入口であったという伝説が残されている。創建は明らかでないが、平安・鎌倉時代には東寺に属して隆盛し、その後衰退した。室町前期1346~70年に建仁寺の僧・良聡によって再興され、臨済宗に改められた。薬師堂に本尊・木造薬師如来像(重文)を安置し、閻魔堂に小野篁作という閻魔大王像と、等身大の小野篁像が祀られている。毎年8/7~10までの4日間、「六道まいり」が行われ、先祖の精霊をこの世へ呼び戻す「迎え鐘」を衝く参拝者で賑わう』

残念ながら開門前なので見学できません。
「六道の辻」をを曲がり、「六波羅蜜寺」
『951年、病気平易のため空也上人により開創された真言宗智山派寺院。空也上人自刻と伝わる十一面観音立像(国宝)を本尊とする。空也上人は醍醐天皇の第2皇子で、若くして出家し、歓喜踊躍(かんきゆやく)しつつ念仏を唱えたことで知られ、今に伝わる六斎念仏の始祖である。往時は寺域も広く、平家の邸館や鎌倉幕府の探題が置かれるなど、源平盛衰の史跡の中心でもある。宝物館には、定朝作・地蔵菩薩立像の他、空也上人立像、平清盛坐像、長快作・弘法大師像など数多くの重要文化財を安置し、境内の十輪院が仏師運慶一族の菩提寺であったことから、本尊の脇に祀られていたという運慶・快慶坐像も所蔵している。
正月三が日の皇服茶、8月の万燈会、隠れ念仏として知られる12月の空也踊躍念仏(国の重要無形民族文化財)が有名である』

ここも拝観時間前です。
20160410KyotoS083s.jpg 建仁寺塔頭「摩利支天尊天堂」
毘沙門天同様、摩利支天も好きなんですよね。
20160410KyotoS087s.jpg 狛犬じゃなく、狛イノシシでした。
毘沙門天は、無敵・無敗を誇った上杉謙信がひたすら祈願した必勝の守護神ですが、摩利支天も戦の守護神です。
いつも太陽を背にするので見えないとされ、イノシシに乗って光のように移動する不敗の守護神です。

子供の時流行った忍者ドラマでも、正義の味方・伊賀忍者と対決する悪の甲賀忍者の棟梁が摩利支天という名で登場し、僕の目にはかっこ良く見え、名前の音の響きも耳に快かった。
刀を背に斜め掛けして友達と忍者ごっこする時も、伊賀の佐助などは競争率が高いけど摩利支天は誰も興味を示さないので、僕の定番の名にしていた。
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