3/27・玉泉寺~田中神社~田中古墳群~三重生神社~熊川宿

r297で「玉泉寺」
天台密教思想から来るという石仏が何体も置かれていた。

16:08「田中神社」
すぐ横に「田中古墳群」もある。
40基以上の古墳があるそうです。
201603027TakaS330s.jpg 祭神は、素盞鳴尊・奇稲田姫・八柱御子神。
素盞鳴尊とその奥さん、素盞鳴尊が天照大神と契約した時、天照大神の勾玉を含んで生んだ8人の神様を祀っている。
八坂神社や八王子と同じ。
出雲系の神様を祀るお宮のようです。
凝った彫刻が施された本殿だった。

201603027TakaS338s.jpg 田中古墳群への順路が書いてあったが、車道を隔てているようなので、バイクに戻ってバイクで上がってみた。
201603027TakaS342s.jpg 『安曇陵墓参考地 当初は帆立貝式古墳で、周辺の高塚4基とともに宮内庁管轄となっている。「王塚」「ウシ塚」と呼ばれ、地元では応神天皇の皇玄孫・彦主人王の墳墓と伝承されている』
天皇陵簿同様な感じに管理されており、陵墓に続く道の両側には杉林が作られている。

隣接地で、発泡の音が聞こえびっくりした。
杉越しに見ると、旦那さんが猟銃を構えている。
奥さんが車から見ている。
奥さんはオレンジ色のジャンパーだったので、猟用の服装ですね。

田中氏は、宇多源氏・高島氏の末裔ということだが、前述の継体天皇を出した「彦主人王」との関係はどうなんだろう?
田中城を構えた田中氏の氏宮と思われる田中神社が、位置的にどうもこの陵墓を守護しているように見える。
バイクで走りだしたら、サルがこっちを見ていた。

r298で、16:27「三重生神社」
201603027TakaS344s.jpg 『祭神:彦主人王・振媛 彦主人王は、応神天皇・5世孫で、三国から垂仁天皇・7世孫・振媛を迎えて后とする。振媛が3子を出産する時、彦主人王の夢に三尾大明神のお告げがあった。「この度天から授かる子は、天孫のあとを踏むべき男子なり」。そこで三尾神社の拝殿を産所として南天に祈られ、王も自ら北の仮社で北極星に祈られたので、彦人・彦杵・彦太の3子を安産した。故にこの社を「三尾生神社」と呼ばれるようになり、安産の神として崇められる由縁です。御子が5才の時、彦主人王が亡くなったので、振媛は彦杵・彦太を連れて越前高向館に帰り、養育した。13年後、振媛も亡くなった。
2柱とも2/18が命日なので、明治維新までこの日を例祭日としていた。長男・彦人王は、この地で成長され北越5ヶ国を治められた。三男・彦太尊は、後の26代・継体天皇になられた』

水尾神社にも産屋があったけど、古代のことこれでいいのだ。
僕にはものすごい謂れに思うのだが、社務所も宮司さんのお宅もない。
安産のお守りをここでも授かれなかった・・・残念。

帰路に着きます。
GPS検索すると、湖西道路~名神コースで2時間弱、多少の渋滞込みで19時台の帰宅。
面白く無いので、小浜回りで帰ることにしました。
20時台の帰宅になるでしょう。

r23を安曇川沿いに西進します。
「NHK高校講座・地理」で紹介される典型的な扇状地地形を遡ります。
朽木でR367・鯖街道にチェンジし北上。
水坂からR303ですが、久しぶりに水坂峠を越えようと思ったら、冬季通行止めでした。
仕方なく素直にR303・水坂トンネルを抜けます。

17:14、「道の駅・熊川宿」
昼食抜きで来たのでパンでも食べようと「四季彩館」に入るが食べ物が何もない。
「割れおかき・500円×2」を購入。
これは翌日以降のおやつです。

R27に入り、走行距離が200kmを超えたのでGSを探し始める。
「広域農道・若狭西街道」へのアプローチr23への分岐に宇佐美GSがあったけど、出光看板が上がっていなかったのでパス。
エネオスがあったけど、大入りで並んでるのでパス。
大安売り価格なんでしょう。

17:37、小浜市湯岡エネオス井田石油で給油。
269km/7.6L=35.4km/L。VTR250のタンクは14Lなので、まだ半分残っていました。
自宅まで無給油で帰れたかも?




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