3/13・大坂平野郷 安藤正次・樋尻口地蔵・全興寺・長宝寺

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公園の前に「安藤正次墓所」
『安藤次右衛門尉正次は、禄2000石の旗本で、大坂夏の陣では御旗奉行として、徳川秀忠に直属し、1615年大坂城落城直前、秀忠の使者として前田利常・本田康紀両軍に、敵陣へ肉薄するよう命令を伝えた。その時数騎の敵兵に出会い、単身豊臣方の首級をあげたが自らも負傷し、秀忠に賞された跡願正寺に送られ傷の療養に努めたが、再起不能を悟り自刃した。五輪墓塔は、世子・正珍が平野郷を囲む壕の土居上に建て、願正寺を菩提寺とした』

平和な江戸時代の武家らしい大きな五輪塔が堂々と立っていた。
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その道を隔てた前に、六文銭の旗が立ち、「樋尻口地蔵」があった。
『大坂夏の陣で、道明寺合戦で後藤又右衛門・薄田隼人を失った敗戦後、真田幸村ら豊臣軍は、大坂城に退却した。豊臣軍を追い、進軍する徳川家康が平野で休憩を取ると予想した幸村は、樋尻口の地蔵堂に地雷を仕掛けた。案の定家康が現れ、地雷が爆発しようとした時、家康は小便がしたくなってその場を離れ、九死に一生を得た』
この日一番訪問したかったのがここです。
今年の大河ドラマクライマックスで、このシーンが出るかも・・・

「全興寺」
本堂に、「日光月光菩薩・本尊薬師如来・十二神将像」と書かれている。
「大聖歓喜天・首の地蔵尊」とも書かれている。
歓喜天の怪しさが好きです。
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『幸村ゆかり・首の地蔵尊 1614年大阪冬の陣が起こる。この時は城の外堀を埋めるという条件で和議成ったが、翌年和議が破れ「夏の陣」が起こる。当時大坂城は、二の丸・三の丸を失って本城のみになっていたから出撃する策をとり、平野・八尾街道では、藤堂勢と真田勢・後藤又右衛門・長宗我部勢の往来が激しかった。豊臣方が平野に火を放って退却の際、家康が大和道から必ず「樋之尻口」に来るとみた幸村は、密かにその地蔵堂内に地雷を仕掛けた。予想通り家康が地蔵堂内で休憩したが、小用を催し堂外に出た途端に地雷が爆発し、家康は命拾いした。この時の地雷の爆発で、地蔵尊の首から上が吹き飛ばされ、全興寺まで飛んできた』

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「地獄堂・扉の前に立つ地獄が開きます。中に入ってドラも一度叩いてみてください」というのがあり、通行門から入ると、閻魔様の坐像が睨んでいました。
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怖い夜叉さんもリアルにおり、小さな子なら泣き出しそうです。
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「納骨堂」「牛の除霊碑」があり、穴が繰り抜かれた岩があり、「この石の穴に頭を入れると地獄の釜の音が聞こえます」というのもありました。

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「駄菓子屋さん博物館」に入ると、ブラウン管TV・手回し洗濯機・蓄音機が置いてあり、「不二家ミルキーのブリキ看板」、昭和のおもちゃがいっぱいありました。
平野商店街に面しており、そちらに出てみました。
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アーケード屋根のある懐かしい商店街ですが、半数ぐらいのお店が営業していない感じです。

『本尊は薬師如来で、聖徳太子の作と伝えられている、平野が茫々たる野であった頃薬師堂が建てられ、ここから人が住み始め町が広がっていった。やがて坂上家の尊信するところとなり、1576年坂上利治によって再建された、府下木造建築最古である』

「仏の国」と書かれた入り口があり、地下に降りていく。
暗い半地下の部屋で、座ることも出来ます。お地蔵様が周囲に並び、柱を水が沿い流れ、その水音がBGMになっています。

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全興寺の横に、「南海電車・平野駅」がありました。
木造家屋の2Fに上がっていくようになっていますが、「運転日・毎月第1第3日用日・13~16時」と書かれており、南海電車のNゲージでも走っているのかな?

「長宝寺」
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「後醍醐天皇・行在所跡」の石柱が立っている。
『当寺は、平安時代桓武天皇の妃となった坂上田村麻呂の娘・春子が、天皇の崩御後、兄の広野麻呂のいる平野に来て落飾、慈心大姉と号し、天皇の廟所として禁輪寺、坂上氏の氏寺として本堂を開基、以降代々坂上氏の女子が比丘尼として法灯を継いできた。
後醍醐天皇が皇居を吉野に移される時、当寺を仮皇居とされ、熊野権現社に扁顧を賜った。絹本着色「仏涅槃図」は、鎌倉時代の名品。銅鐘は、建久3年(1192)の銘を有し、京都東山金光寺の鐘であったことがわかり、鎌倉時代の代表的和鐘で、ともに国の重要文化財指定され、市立美術館に寄託されている。毎年5月18日に秘仏の十一面観音像・閻魔王像が開帳され、「あんま王の御判」を押捺する法会がある。杭全神社との由縁から、7月14日の夏祭りには「みこし渡御」の神事が行われている』
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