3/6・南河内史跡ツーリング宿題解消 その8 弘川寺・瀧谷不動尊

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本堂に、拝観料のお賽銭をして、道標に従って西行堂の方に上がってみる。
方円の檜皮葺の質素で落ち着いた小ぢんまりした僧坊が、森の中の本堂を見下ろす位置ににひっそり立っていた。
更に上がると広い曲輪に出て、その端っこに「西行墳」があった。

『西行上人は、晩年空寂座主の法徳を慕って登臨され、73才で当寺にて入寂される』
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小さな円墳が作られていた。

「似雲法師・花の庵跡・200m」
『似雲墳 江戸時代中期、広島の歌僧・似雲法師は西行を慕い、この終焉の地にやってきて、西行の墓を発見した。その後、西行墳の周囲に千本桜を植え、その中に「花の庵」を建てて、生涯を西行追慕に捧げた』

曲輪の片隅には、桜の苗木が数十置かれ、植える作業を行っているようです。
桜の木がたくさん目につき、毎年その季節には桜の園が出来上がるのでしょう。
「西行桜山周遊路入口・500m」と書かれていた。

『弘川寺は、天智天皇4年(665)役行者の草創。天武天皇白鳳5年(677)勅命あって雨乞いを祈り、験著しく「龍池山弘川寺」の寺名を賜った。737年行基がここで練行し、弘法大師が中興した。歌聖・西行が晩年、座主・空寂上人を慕って来られ、1190年入寂する。南北朝時代には楠木氏の戦場となり、戦国時代には河内守護・畠山政長がこの寺に陣し、弟・義就これを攻めて1463年堂塔ことごとく焼失する。西行法師を慕い、歌僧・似雲法師が1733年、当寺境内にその墳墓を発見し、墓域に草庵を結んで隠棲した。遺言により、西行墓の傍らに葬られた』

九曜紋だった。
ハクモクレンの花が咲きかけており、「もうそんな季節なのか」と思った。

r200~R309~r201~r202で、14:14最後の訪問予定地・「瀧谷不動尊」
県道をはさみ左右に伽藍が並んでいます。
まずは北へ。
手水にセンサーが付いており、人が前を通ると水が出ます。
午後の時間にもかかわらずお客さんが多く、祈祷の声が聞こえて来るし、法事装束の方、交通安全祈願所前には車も停まっており、観光客の他に実入りの良い実質のお客様が多いようです。

裏山に登って行くと、歴代住職のおエリアがあり、無縫塔が並んでいます。
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小ぢんまりした六角堂が素敵です。
「鎮守社 高倉大明神・瀧尾大明神」の祠がある。

更に上ると朱色に目立つ多宝塔が建っていた。
宝塚の中山寺に似て、お金回りの良いお寺に見える。
谷を挟んだ向こうにも朱色の僧坊が見える。

谷を渡って反対側へ。
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「滝行場」と書かれていたので行ってみたが、水量が少なく、これじゃ滝行場の迫力に欠けるな。
滝不動堂に、お不動さんがいるかと思ったけど、見えなかった。

帰路につきます。
r202~R170~R309で北上し、美原南ICから近畿道に乗ります。

高速に乗る前、片道2車線道路で軽く渋滞し、2台のバイクの後ろに着きました。
サイドボックスを着けたツーリングバイクの男性の後ろに、足つきの良いアメリカン・ホンダスティードに乗った女性。
40代のご夫婦でしょうか。
お子さんが中学生になり、もう親子での休日から卒業し、夫婦で過ごす休日をバイクツーリングで楽しんでいるように想像しました。
いいです、とてもいい。

風が出てきていますが、天気はまだ持ちそうです。
吹田ICで下車し、中央縦貫道を西進し、道なりにR171に乗り、15:52・「バイクセブン・伊丹店」
GPS・ドライブレコーダーを収納し、20分ほどあれこれウインドウショッピングして帰宅しました。

家内が先に帰っており、本日の行程を報告し、「モヤモヤさま~ず」を見ながら夕食を食べ、お休みしました。
ああ、楽しかった。

南河内歴史ツーリング 5/5
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