3/6・南河内史跡ツーリング宿題解消 その6 親子と「美しい日本」

コンビニ・イートインスペースで助六弁当を食べていると、それぞれベビーカーを押した2人の若いお母さんが入ってきました。
そして雑誌スペースに行き、立ち読みを始めた。
ベビーカーの子は、棚の商品に手を出した。
よく見る光景です。

幼児は手で触って、口に入れ、その物体を把握して一人前の人になる。
誰でも通る成長の一過程です。
その時、母親が店内に響く大きな声で怒鳴り始めました。

「2~3才ぐらいの子が手を出すのは当たり前じゃん」と見ていると、今度は幼児は持っていたおもちゃを床に落とした。
これもよく見る光景。
大声で母親がとても汚い言葉で怒り、頭を叩いた。
目が点になった。

僕には虐待以外の何物でもないように見え、とても気分が悪くなった。
助六を食べ終わったので、デザートの飲むヨーグルトを買い、駐車場で飲むことにした。
外でドキドキした心を落ち着けていると、そのお母さんがベビーカーを押して出てきて、お子さんへのガミガミが駐車場で始まった。
品がなさすぎる。
お子さんが可哀想でなりません。

「もうあかん、我慢ならん」と意を決しお母さんの方に歩き出したとこで、再び店内に入っていかれたので、一言言うのを止めました。
僕は、弱い者いじめが一番嫌いです。
「愛のムチ」なんていうそれを肯定する言葉も嫌いです。

「保育園落ちた、日本死ね」を書き込んだお母さんと、この虐待お母さんの姿が重なります。
昼休みに昼食を食べながら国会中継見ていて、民主党女性議員が、ネットに書き込まれたこの言葉を取り上げて、安倍首相に質問していました。
安倍首相の答弁は、「匿名のブログなので、確認のしようもない。待機児童の問題には真剣に取り組み、保育所拡充施策を実施している」だった。

民主党議員が、「保育所落ちた、日本死ね」の意味する保育所不足に目を向けているのはわかるのだけど、僕には「日本死ね」の言葉を使った時点で、「対象外」だと思った。
この民主党議員は、目の前で「日本死ね!」を本人から聞いても、それを肯定できるのだろうか?
僕には、「まともな大人じゃない」に映る。

僕は今までの生涯で、誰かに「死ね」なんて言葉を使ったことが一度もない。
同世代の友人が口にするのも聞いたことがない。
最近の若者の会話に、笑い顔ではあるけれど「死ね」他、とても汚い言葉を聞くことがある。
「爆破する」なんて言葉も出るようになったのは、ネットの匿名性からくる安易な書き込みに慣れてしまった結果のように思う。

人は自分の発した言葉に縛られるものです。
「汚い言葉」「マイナス言葉」を発すれば、汚い人生・マイナス人生を送ることになり、汚い人・マイナス仲間が自分の周りに集まってくる。
「美しい言葉」「プラス言葉」を発すれば、素敵な人が集まり素敵な人生を送ることが出来る。

品のない言葉をパネルにして、堂々と国の最高決定機関である国会で発表する女性議員も、「大して変わらない品のない方だな」と思った。
一般企業の会議で、いくら意見が別であっても、「死ね」なんて言葉を使ったら、もう誰からも信用されません。
僕が議長だったら、即刻退席を願います。

国会というところは、実に甘い。
同じ国民の代表である議員に対し、意見が別であるということだけで、平気で罵倒し、とても汚い言葉を使う。
「あなたは悪の総合商社」なんて言い放った馬鹿な女性議員もいる。
自分のヒステリーを全国放映させて恥ずかしいと思わない品の無さ。
立派な大人に対し、公衆の面前で汚い言葉を使って誹謗中傷する自分を情けないと思わず、肯定できる日本人としての感性の劣
化。

僕はむしろ反対意見を言う時ほど、敬語を使います。
多くの方がそうだと思います。
いろんな会議に出てきましたが、国会ほどひどい言葉を使う会議を見たことがない。
小学校の学級会なら、担任先生が注意するだろうし、当該生徒同士で取っ組み合いが始まっても不思議ではない。
国会議長は、汚い言葉の使用に注意すべきだと思う。
これが国民の代表とは情けない。
議論の内容とは関係ない、単なる感情の吐露で、大人とは思えない。

自分は1人だけど、1代25年遡ったら親が2人・2家、2代50年遡れば4家・・4代100年前明治時代16家・・10代250年前江戸時代1024家・・20代500年前戦国時代104万8576家・・30代750年前鎌倉時代10億7374万1824家。
その子孫を考えれば、日本人の殆どは親戚です。
日本人の殆どは、先祖を辿っていけば、源平藤橘という4つの氏に繋がると言われています。
この4氏は、いずれも天皇の孫世代が、臣籍高下した元皇族。
つまり、みんな天皇と血がつながっている。
天皇家という最も古くから続いている家を中心に、時には切磋琢磨し、時には励まし合って成長してきたのが日本国です。

安倍首相が最初に総理大臣になった時のスローガンは、「美しい日本」でした。
太平洋戦争敗戦で否定された「天皇を中心にみんなで築き上げてきた美しい日本の心を取り戻そう」であった。
まず教育改革が実施され、「脱ゆとり教育」方針に転換され、ゆとり教育が廃止される道筋を作った。
「美しく生きる」には、しっかり学問を学び、心身を鍛え、強くならないといけない。
そうしないと、自暴自棄な「汚い言葉」を平気で吐く人になってしまう。
「美しい言葉」を使って生きることで品性が磨かれ、次世代にそれが伝わっていく。
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