2/28・南河内史跡ツーリング4 葛井寺・辛国神社

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11:45、「葛井寺」
「ふじいでら」と読みます。
現在の「藤井寺」地名の元のようです。

『紫雲山葛井寺 河内飛鳥時代に、百済からの渡来者によって繁栄した。王仁一族の辰孫王が葛井連と改姓して、氏寺として創建した。在原業平も葛井氏の末裔のようです。南北朝時代は、後醍醐天皇・村上天皇が帰依され、楠木正行が1347年自軍700を率いて東寺に駐屯し、北朝方細川軍7000を破った「藤井寺合戦」があった』

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立派な仁王門があり、裏側には地獄絵図屏風が飾られている。
烏樞沙摩閣を利用します。
「 うすさまかく」と読み、トイレです。
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「東司」の表示はよく目にしますが、「うすさまかく」は初めてです。

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戦後、漢字が一気に簡素化され、学校で教えてもらう漢字の数も減りました。
中高生の頃が最も漢字を覚えていた時代だと思いますが、戦前の教育を受けた親父には敵いませんでした。
英語などは全然ダメでしたが、漢字に関しては素晴らしかった。
略字化された現代漢字と略字前の漢字を併記し、その違いを教えてくれました。
親父なら読めたのだろうか?

ここにも弁天池があります。
世の中の人は全て母親という女性・弁天様のお腹を痛め生まれ、愛情を受けて育ちます。
息子たちが夜泣きしたら、サッと目を覚まし抱き上げる家内を見て、女性には敵わないなと思いました。・・・大切にしなきゃ。
重文指定されている本堂で、毎度のお願いをする。

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11:59、「辛国神社」
『延喜式収載社。カラクニという社名から、渡来系氏族との関連が想定される。近世は旧丹南郡岡村の村社として祀られ、絵図にも氏神と描かれている』

『創建は古く、雄略天皇の時代に創建された。日本書紀に、「雄略天皇13年、餌香長野邑を物部目大連に賜う」とあり、この地を治めることになった物部氏が、祖神を祀ったのが始まり。社名の由来は様々ありますが、物部氏が滅んだ後、一族の辛国連が関わり、辛国神社と称するようになったと伝えられています。清和天皇の時代に官社となり、平安時代は格式ある官社に列せられる。室町時代には、河内国守護・畠山氏が社領200石を寄進、春日大社から天児屋根命を勧請合祀した。明治時代には、近所にあった長野神社祭神・素盞鳴尊を合祀した』

辛国とは変な名前だなと思っていたが、予想通り「韓國」から来たようです。
ここまで寄った寺社に多く登場した渡来系氏族が、とうとう物部氏にまで結びついた。
神武天皇の東征以前に大和盆地に入った氏族と言われ、軍事貴族として隆盛を極めた後に、新宗教・仏教を基盤に国造りをしよとした蘇我氏と路線対立し、蘇我氏将軍・聖徳太子に現在の大坂城周辺にあったという物部守屋邸を攻められ滅んだ。
先進の中国大陸・朝鮮半島からの技術導入のために、半島系氏族が活躍した。

律令制でいう河内国は、大和盆地の首根っこだから、半島系氏族の影響力が絶大だったのだろうと想像した。
任那や百済など日本贔屓の国が新羅に滅ぼされた時、多くの難民が日本列島に逃れてきたのだろうし、積極的に登用したと容易に想像できる。
ここまで半島系氏族の濃い史跡を巡ってきて、「河内国・かわち」の名自体、韓國・カラクニからの変化のような気がしてきた。
多分ビンゴでしょう・・・歴史脳内想像が膨らんで楽しい。

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拝殿前で、赤いボルボが4ドア・リアゲートを満開に開けていた。
変だなと思って近づくと、お祓いを受けていた。
新車を買われたのでしょう。
僕はしないが、こういう信心をする方も多いです。
春日稲荷社が摂社としてあった。

「社殿造営30周年事業への寄付」を募る立て札が立っていた。
玉垣を建立するようです。
我が家も氏神様の玉垣事業で、玉垣を奉納した。
親父の奉納した玉垣は割合目立つ所に立つ。
小学生だった僕の名が入った小ぶりの玉垣もあったが、目立たないとこにあったので場所を忘れてしまった。
親父が、嫡男の僕のために寄付をしてくれた。

今年、孫に親父のそれを教えると、横で聞いていた息子たち2人共その存在を知らなかった。
親父の名前が刻まれた玉垣を写真に収めていた。
親父も僕も、今まで言っていなかったんだとびっくりした。
名前がずっと残るのはいいね。

造営30年の本殿は綺麗でした。
脇の祭神には、宗像三神「市杵島姫命」も書かれていた。
仲哀天皇の后で応神天皇の母である古代史のスーパーウーマン・神功皇后の三韓征伐で有名な玄界灘の宗像三神も、韓國と関係があるね。
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賽銭箱に金色の「上り藤紋」
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「一願成就参り」の案内板があり、伊勢神宮の遥拝所もあった。
神前結婚式も写真入りで宣伝している。
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