10/11・奈良史跡探索ツーリング その5

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『筒井城は、主郭部を取り囲む内堀のほか、広い範囲を取り囲む「惣構え」と呼ばれる構造です。外堀で囲まれた範囲は、東西500m・南北400mに及ぶ広大なもので、奈良県内の中世平地式城館の中では最大級の規模を誇る。また筒井城の場所は、東西に走る奈良街道と南北方向の吉野街道が交わる部分にあり、交通の要衝を抑えている』

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筒井順慶は、大和国の守護・興福寺大衆の土豪で、戦国時代は大和国内で土豪抗争の主役級を張っていた家柄です。
大和国を支配下に置くべく侵入して来た三好長慶の先鋒・松永久秀と、抗争を繰り返した。
畿内に侵入し、一気に三好政権を追い出した織田信長に秋風を送り、その後ろ盾を得た松永久秀に追い出されたが、久秀が信長に反旗を翻すと、順慶の方が信長を後ろ盾にするようになり、ついに信貴山城で久秀を爆死に追いやった。

その後は、秀吉時代も大和の守護として君臨し、大和郡山城に城を移すまでこの筒井城を本拠にした。
高野山の筒井順慶の墓は、織田信長の横にあり、その関係がどういうものであったか、長く疑問に思っている。
かつて比叡山に続き高野山も焼き討ちしようとした信長なので、その死後教養人・筒井順慶の働きかけがあったのかどうか・・・。

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r108を北上し、ナビを「売太神社」にセットし、15:57・「稗田環壕集落」到着。
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『特定保水池整備事業(稗田環壕) 稗田環濠は、環境としての形を完全に残し、全国的に数少ない大規模なもので、鬼門の方角に七曲りと呼ばれる階段上の屈曲を持つ美しい姿は、中国漢の時代の長安故城を真似て作られたとの説もある』

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バイクを置き、横の「売太神社」に入ってみる。
『主斉神:稗田阿礼命、副斉神:猿田彦神・アメノウズメ この稗田の地は、太古より朝廷に奉仕した猿女君稗田氏族の居住地であり、天武天皇の舎人稗田阿礼はこの一族として出仕していた。
天皇は、阿礼の記憶力・理解力抜群・学芸諸術の秀でたのを見て、天皇自ら精選した歴代天皇の事績と建国以来の歴史・神話・伝説・歌謡を直接授けた。これを三十有余年後、元明天皇の太朝臣安萬呂に記録させたのが、古事記である。我が国最古の文学書で、古代人の生活・習慣・思想などが書かれており、祖先の考え方や生き方を偲ぶのに貴重な書物である。
猿田彦の神 天孫降臨を道案内し、後にアメノウズメの彦神になった神で、土地・方位・新築・移転・旅立ち・結婚などに、災難や悪魔を払い、良い方に導く霊験あらたかな神。
アメノウズメ命 猿女君稗田氏の太祖で、天の岩戸隠れの神事に舞を舞われた女神。おたふく又はおかめの愛称を持つ福の神・芸能の始祖神として親しみを持って信仰されている』

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僕も楽しんで笑いながら読んでいる古事記の記憶者がこんなところにいたとは・・・環濠集落のついでに何気なく寄ったお宮でしたが、大収穫でした。
猿田彦は、いろんなところに登場する番頭的な神様でお気に入りです。
アメノウズメは、天照大神を岩戸から引っ張りだそうと、ストリップをして男神を笑わせた神話中の素敵なヒロインです。
天照大神の孫・ニニギに従って葦原中津国に下り、迎えに出ていた猿田彦と出会う。
後に結婚した。
その子孫がここに暮らしていたのですね。
これも大収穫でした。

境内に神主さんの自宅が建ち、拝殿・本殿ともに小奇麗にされていました。
絵馬もたくさん下がり、地元の方に信心されているお宮なのがよくわかります。
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ぐるりと環濠を巡ってから、地図で気になった「源九郎稲荷神社」に向かいました。

大和郡山市街地にあり、市街地は道が細く、一方通行ばかりで困りました。
羽柴秀長が百万石の城下町として整備したのでしょうが、当時は車などあろうはずがなく、火事で丸焼けにでもならない限り、現状のままの市街地が続くのでしょう。

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16:32・「源九郎稲荷神社」到着。
こじんまりしたお宮で、絵馬は白キツネ。
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狛犬も狛狐。
『歌舞伎・文楽「義経千本桜」でお馴染み「源九郎狐」(白狐)を神の使いとしています。源九郎義経は、兄頼朝に協力し「源氏」に勝利をもたらしました。その後、頼朝の仲違いし、吉野山を経て、平泉に落ちました。この武運強い義経を守ってきた武将佐藤忠信は、実はこの神社の白狐の化身だったのです。
奥羽に下るとき、この狐と別れる際、「源九郎」の名を与え、「源九郎狐」と名乗ることを許しました。その後豊臣の時代には、秀吉の弟・秀長が、大和郡山城の築城にあたって、源九郎稲荷をお城の守護神と定めました。その後も歴代城主・柳沢家や町家にも信仰深く、現在に至る。日本三大稲荷の1つとされている』

奈良史跡探索ツーリング 5/5
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