10/11・奈良史跡探索ツーリング その4

長い階段を上がり、やっと本殿前境内到着。
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『憤怒の天神 重要文化財・日本最古の天神坐像 鎌倉時代作 奈良国立博物館に寄託されており、菅原道真命日の2/25前後に特別陳列されます』

長男の嫡男・遼くんに五月人形として贈った菅原道真公坐像は、温和なお顔ですが、写真で紹介されているこの像は怒っています。
道真公が藤原氏の横槍で失脚させられ、大宰府の地に散った後、藤原氏周辺に雷で打たれた者2を筆頭に変事が相次ぎ、雷神になった道真の呪いだと恐れられた。
それ故、その魂を鎮めるために藤原氏が積極的に、道真を祀るお宮を建立したのが、今の天満宮隆盛に繋がっています。
怒っているお顔こそが、雷神・菅原道真本来の姿かもしれません。
とても端午の節句に飾れないけど・・・。

「開運・厄除け割符・300円」というものがありました。
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厄」と書かれた木片中央に切れ目が入っており、名前を書いた後に板を割るそうです。
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磐座がありました。
ここで神人が祈ったのでしょう。
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『古代、この地は天照大神が天上から初めてこの世に降臨された聖地と伝えられています。天武天皇は、673年伊勢に出発する斎王・大来皇女の潔斎のため施設を設けました。これが日本書紀に記された「泊瀬斎宮」です。この斎宮も與喜山にあったと考えられています』

天照大神の斎王には、天皇の皇女が就きます。
神は不純を嫌うので、生娘の若いうちに天皇家を離れ、生涯天照大神のお世話のみをする使命があります。
結婚や出産など女性としての幸せを諦め、都を離れます。
斎王を交代後、結婚する方もおられたようですが、ほとんどが生涯独身を通されたようです。
現在の天皇家には、そういうことはありませんが、強大な自然の猛威を恐れた時代が伺えます。

『964年、初瀬の里に住む修行僧が夢の中に翁を見た。2日後の日没前に、夢で見た老人が座っていました。長谷寺を詣でた後、急に黒雲が湧いてきて翁を覆い、見る間に老人は束帯姿となり「私は右大臣正二位菅原道真である」と名乗った。修行僧が「この山は良き山である。その大松に住み給え」と答えた。すると翁はにわかに雷神となり、この山に鎮座された。948年社殿を建立し、良き地をもって「與喜大明神」と名付けた。これが当社の創祀です』

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バイクに戻り、14:43・「十二柱神社」到着。
ここは、野見宿禰が呼んだ出雲族が住み着いた地で、現地名も「出雲」。
『出雲村の村社で、大昔は神殿がなく、「ダンノダイラ(三輪山東方1700mの峰にあった古代の出雲集落地)の磐座を拝んだ。年に一度、そこに登って出雲の先祖を祀り偲んだ。一日中、相撲をしたり遊んだり食べたりした』
相撲が出てくるところが、流石に野見宿禰の末です。
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左右の狛犬像の座を四隅で支えるのが力士像になっており、とても珍しい。

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『この神社にある五輪塔(鎌倉時代初期作)は、元は出雲の太田という場所にあり、江戸時代は巡業で通る力士一行が必ずこの野見宿禰の墓に参拝しました。明治16年に、五輪塔は十二柱神社に移され、その時に五輪塔の建っていた塚(直系20m)を発掘した時、土器・埴輪・直刀・子持ち勾玉などが出土しました。野見宿禰信仰が近郷の人々に根付いていたようです』

『武烈天皇・泊瀬列城宮伝承地 日本書紀による武烈天皇の皇居があったのはこの付近だと言われている。仁徳天皇の皇統が武烈天皇で絶えるため、仁徳を聖帝・武烈を暴君として描かれる。武烈があまりの悪政非道な政治をしたから、仁徳の皇統が絶えたと記紀は強調しているが、実際のところはわからない』
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摂社に、「武烈天皇社」があった。
十二柱神社の拝殿の瓦を見上げると、藤原氏の「下り藤紋」だった。

次は、橿原界隈の「神武天皇陵」「橿原神宮」「久米寺」「益田岩船」でしたが、時間の関係で全てカットし、大和郡山に向かいます。
R165~r105~r14~R24、「西名阪・郡山IC」を抜け、適当に枝道に入り、筒井町に侵入。

民家・耕作地の混合地なので、鎮守の森が怪しいと思い農道のようなとこも走り、野生の勘で走る。
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15:37「あっ、ビンゴ!」、筒井城の水堀跡と思われる地形を見つけました。
隣接する南側が小さな森になっているので、寺社があるのだろうとそちらに回ると、「筒井城址」の案内板発見。
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そちらに向かうと分譲地住宅群に入るのだけれど、横の大きめの蓮池が如何にも水堀跡の再利用池に見える。
バイクを停めてウロウロキョロキョロしてると、駐車車両に隠れた筒井順慶顕彰会・案内板「筒井城と筒井氏」を見つけました。
ここが筒井城の中心地だったそうです。

奈良史跡探索ツーリング 4/5
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No title

こんばんは~
先日、サイクリングでいろんなところ周られたのに
今度はバイクでこれまた、知らないところばっかり(笑)
バイクの方が行動範囲がひろがりますね。


長谷寺から針テラスへ抜ける道沿いに初瀬ダムの横を通ったことがありますが、
初瀬という土地をクローズアップしてどこかということは思ったことないです。
こうして紹介されると、それぞれに歴史があって面白いですね。

No title

まんとさん
「初瀬・はつせ」って、綺麗な音の響きと思いませんか?
去年、家内と長谷寺を訪問した時、地名の「初瀬」と音が似てるな? 初めは「はつせでら」だったのかも? その時は、長谷寺の後だったので登りませんでしたが、今回の天満神社(古くから入山禁止の神の山と書いてあった)も気になっていました。
僕の血のルーツ・野見宿禰に関係する「出雲」という地区が隣接してあるのを知り、どうしても行きたくなりました。歴史好き故、こんなツーリングになっちゃいました。
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