10/4・奈良・夫婦サイクリング その4

更に西進し、13:18・JR奈良線近くの「不退寺」。
カッコ書きで「業平寺」と書かれていたので、見学してみます。

『仁明天皇のご勅願により、在原業平朝臣の建立。当時は、南都15大寺の数えられた古刹。809年平城天皇ご譲位の後、この地に「萱の御所」を造営し、その皇子・阿保親王没後、その皇子で在原の姓を賜り臣籍降下した在原業平が父親の菩提を弔うとともに、本尊聖観像を安置して衆生済度のために建立した』

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境内に石棺が雨ざらしで置かれていた。
説明板に、『石材は砂岩の一種で、草刈りの人がこれで鎌を研いだ痕が無数に残っている』となっていたので、長く雨ざらしだったんだなとわかりました。

本堂に入ると、ご住職さんがおられ、本尊の前に僕らを導きます。
各仏像の説明を流れるような口調でしてくれます。
「どうぞ、お近くでご覧を」と言われた後、うちわで自らを仰いでおられます。
毎日、同じ説明を繰り返しておられるのでしょう。
僕らが退出し、境内を見ているとご住職さんも本堂から出ていました。
また次の参拝者が入って来ると、再び本堂内に姿を隠されました。
クーラーのない本堂内は、暑い日は大変です。

更に西進し、13:46・「法華寺」。
続いて北隣の「海龍王寺」。
『飛鳥時代に毘沙門天を安置して建立された寺院を、731年遣唐使として中国に渡った初代往持・玄ほうが、一切経5000余巻と新しい仏法を我が国にもたらすことを願ったことと、平城京の北東隅(鬼門)の方角を護るため光明皇后により、「海龍寺」として改めた。玄ほうが帰国途中、東シナ海で暴風雨に襲われた際、一心に海龍王経を唱えたところ、無事に帰国できたことから、遣唐使の渡海安全祈願を営むようになり、現在も旅行や留学に赴かれる方々が参拝します。写経も盛んで、光明皇后や弘法大師の般若心経が伝えられている。創建当時の建物は、奈良時代の五重塔として唯一現存する五重小塔(国宝)と西金堂(重文)が残る』

土塀に瓦が塗りこまれ、適度に経年劣化し良い雰囲気です。
『五重小塔 4.01m・天平時代(7世紀後半~8世紀半ば)前期。創建当時から西金堂内に安置され、細部は天平時代のかなり早い時期の手法を用いて造られている。天平時代の建築技法を現在に伝え、建築様式の発展をたどる上にも重要であることと、建築物として天平時代の五重塔はこれ一基しか現存していないので、価値が高く国宝に指定されている。屋内で安置することを目的としたため、近くから見た時の工芸的な性格を考え、小塔の外部は細部に至るまで忠実に作られている。またこの事は、寸法取りにも現れ、上層部に行くに従い塔身が細くなっていることから、上層部と下層部の均整を重視した寸法取りを行った事が伺える』

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この小塔は見事でした。
彩色がまだ残り、造形的に寸分の狂いもなく現在に至っているように見える。
外部からその姿を見ることが出来、当時の木工技術の高さに感心した。

海龍王寺を北に上がり、西に折れる。
14:16、「平城京跡」のだだっ広いすすき野に出ました。
南に遠く近鉄が横断しています。
その近鉄より南側に、まだ更地が広がっています。
とてつもなく広いように見えますが、大極殿のみしか再建されていません。
発掘調査などで長い間このままですが、いずれ復元レプリカが建つのでしょう。

この道はr104で、交通量が多く路肩も狭く、自転車で走るには厳しい道です。
大極殿~西大寺繁華街間は、自転車道が整備されていましたが、更に延長していただきたい。
トイレ休憩して、西大寺に向かいます。

14:47、「西大寺」。
昼食時間が過ぎたので、食事を取ろうと走りましたが、適当なお店がありませんでした。
自転車なので、西大寺のビルには入れないし。
家内が「お腹空いたから、補給食する」と言うので、駐車場脇に座り持参したカロリーメイトなどをリュックから出して食べます。
補給食は少しなので、僕は我慢です。
歴史探索してる時は、そちらが楽しくて昼食抜きの時も多いしね。

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藤棚から、藤の実がぶら下がっていました。
「これ何?」って家内が気持ち悪そうに見るので、教えてあげました。
境内に、現代アートのようなものがあり、本堂では多くの僧侶の法要をしていました。
低い称名が堂内に響き、厳かな気持ちになりました。
多くの方が、神妙に聞き入っていました。

ここから歴史街道を北上し、「秋篠寺」に行く予定でしたが、時間的にカットし、南下します。
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15:09・僕が一番訪問したかった「菅原天満宮」到着。
ここらは菅原町で、菅原道真が生まれたところです。
僕も菅原道真の末で菅原氏の末席に連なっているので、夫婦で家族の平安と、現在進行形である来年生まれてくる新しい命の無事を祈りました。

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『祭神は、天穂日命・野見宿禰・菅原道真。天穂日命は、菅原氏の祖。その子孫・野見宿禰はこの豊かな地で土師器の制作と埴輪作りをして勢力を拡大した。垂仁天皇の后が亡くなった時に、悪習だった殉死を止め、代わりに埴輪を埋めるよう進言した功績により、垂仁天皇より「土師臣」の姓を賜った。その後、大喪一般を取り仕切るようになった。その子孫が、「菅原姓」への改姓を許され、道真が生まれた』
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