10/4・奈良・夫婦サイクリング その2

「長めの良い花の寺・白毫寺・石段をお登りください」と書かれています。
家内は、石段で休憩しながら待ってるそうです。
拝観料500円。

南都に多い真言律宗のお寺でした。
折れ曲がった階段を上がって行きます。
経済的に裕福でないようで、山門築地塀が剥がれています。
石段脇から萩が石段に覆っています。
素朴な山門も脇の築地が剥がれ、時代劇のロケにも使えそうで、これはこれで良い雰囲気です。

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奈良大和盆地が眼下に広がり、西への眺望は最高です。
『若草山・春日山に連なる高円山の西麓にある。この地に天智天皇の第7皇子の離宮があり、その山荘が寺になった説、天智天皇が発願された説などある。鎌倉中期に西大寺で真言律宗をおこし、多くの寺を再興した興正菩薩が再興した』
多くの重文仏像があり、閻魔大王坐像が印象に残りました。

帰路は、志賀直哉旧居に寄り道しようと思っていましたが、ルートをロストしてしまいました。
「山の辺の道」途中にある「宅春日神社」に朝市の幟が上がっていたので寄り道しましたが、もう売り切れ続出状態でした。
プロンプトンの折りたたみ自転車2台が置かれており、前カゴやベビー椅子が着いていました。
おしゃれだな。

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新薬師寺・西隣りのガラス面が多い近代的な奈良市写真美術館横を走り、国指定史跡・「頭塔」という古墳みたいなとこも通りました。
ここは見学したかったけど、25mバックして保存顕彰会事務所に申し込むようなので、面倒になりパスしました。

「白毫寺」からは、ゆるい下りだったので楽ちんで、10:12・「元興寺」到着。
『真言律宗。日本最初の本格的伽藍である法興寺(飛鳥寺)が平城遷都にともなって、718年に官大寺として新築移転されたのが元興寺。現在は「ならまち」の下に埋もれました。1998年ユネスコ世界文化遺産「古都奈良の文化財」に登録されました』

拝観料・500円。
受付の元お姉さんが、見どころ・道順を教えてくれました。
国宝の極楽堂・禅堂は、素朴な佇まいでした。
宝輪館という宝物館には、重文の仏像などがありましたが、現在の航空写真の上に立体的に初期の元興寺の規模を現したジオラマで、その敷地の広さを実感できました。
北縁は「猿沢の池」に面していたので、藤原氏菩提寺「興福寺」に南並びしていたようです。
現興福寺より、圧倒的に大きかったようです。

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境内裏手には、「浮図田・ふとでん」と呼ばれる石塔・石仏が並んでいました。
元興寺・興福寺関係者や近在の方が、極楽往生を願って造立したものらしい。
国宝の伽藍の屋根瓦は、色が不揃いです。
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受付の元お姉さんが強調していた「創建当時の瓦を観ていってね」が、それのようです。

奈良女子大に向かって、「やすらぎの道」を北上していると、10:47・「率川神社」到着。
『率川神社 593年、日本最古の神社・大神神社の摂社として創祀。三枝祭りは、大神神社からササユリが運ばれ、それで酒樽を飾って、疫病除けを願う。ご祭神は、玉櫛姫命(母)・媛多多良五十鈴姫命(ヒメタタライイスズヒメ)(娘)・狭井大神(父)』。『率川阿波神社 祭神:事代主神』

拝殿の奥に、3つの本殿(父・娘・母)が並び、娘神を両側から見守るように父母神が鎮座するので、安産・育児の神として信仰を集めているということで、長男のお嫁さんが2人目の子を宿しているので、お賽銭を奮発し手を合わせました。
媛多多良五十鈴姫命は、初代・神武天皇の后になる方で、古事記では大物主と結婚した勢夜陀多良比売の娘と書かれており、日本書紀では事代主命と結婚した玉櫛姫の娘と書かれている。
勢夜陀多良比売は、玉櫛姫の別名とされているので、大物主と事代主も同一とする説もある。
一夫一婦制になったのは、ごく最近なので、夫が複数・妻が複数でも不思議はないのだけれど・・・。

事代主は、大国主の息子で、「天から降る神に葦原中津国(地上)を明け渡せ」と迫られた時、父の大国主にそうしましょうを進言し、天孫降臨を実現しました。
その時、漁をしていたということで、恵比寿様と同一視されている。

大物主は、葦原中津国を支配し開発していた大国主の協力者・少彦名神が天に戻ったので困っている時やってきた新たな協力者です。
大国主の息子という説もあり、この説だと更に事代主=大物主になる。
余談だけど、少彦名は背丈がとても小さかったようで、一寸法師の原型とされている。

大国主に協力する報酬として、大和三輪山に自らを祀ることを願う。
それが、日本最初の神社・三輪大神神社です。
狭井川というのが、大神神社に流れ、そのご神水は万病に効くというので、多くの製薬会社の御神燈が並んでいる。
狭井神社の祭神も、同じ4神です。

僕の持ってる日本神話に登場する神様を解説する本には載っていませんが、狭井大神とは、大物主を指していると解釈しました。
古事記はとても面白い日本神話ですが、その中で最も面白い神話の一つに、大物主が絶世の美女・勢夜陀多良比売に一目惚れして、なんとか物にしたいと頑張る記述があります。
大物主は、自分を赤い矢に姿を変え、彼女が用を足しに来る(沢に板を渡し、その上に乗って用を足した。厠=川屋の語源)川の上流から流れていきます。
そして、彼女の下から「ほと」を突きます。
その矢を自分の部屋に持ち帰ったとこで、大物主は元の姿に戻り、思いを遂げます。

それで生まれたのが、媛多多良五十鈴姫です。
媛多多良五十鈴姫は、三輪山に住んでいたらしいので、大物主が流れていった川は、狭井川という仮説が成り立つ。
だから、狭井大神=大国主かな?と。

家内には2~3度話したことなので、脳内で神話をグルグル回し楽しみました。
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まだ綺麗な3社は並列に同じ大きさで並んでいましたが、本殿を拝殿の間に雨避けのパーマネント鉄柱テントが設置されていて、綺麗な姿を見れなかったのが残念でした。
男神・女神を見分ける千木の切り方も斜めだし、鰹木もすべて2本で奇数・偶数の違いもありませんでした。
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