8/30・丹波篠山・西紀歴史探索ツーリング 3/4

舞鶴道の東に抜け、r289に合流し、15:03「明月神社」。
『祭神:月夜見命 後鳥羽天皇・1188年創立。神社後方は絶壁状の岩山で、一瞬の地盤沈下で裂かれた岩が鏡のようになったことから、断層鏡肌と呼ばれる。裂かれた岩の片側は、神社の下にあると云われています』

月夜見命は、天照大神・素盞鳴尊の兄弟で、月の神様で夜を治めます。
後鳥羽天皇は、平清盛・木曽義仲・源頼朝・義経など、武士勢力と丁々発止と渡り合った後白河法皇の院生時代の天皇で、晩年は祖父・後白河同様、武士打倒を画策したが、鎌倉北条執権に露見し、隠岐の島に流され崩御した。
昭和天皇もそうですが、武人を抱えその上に乗っていながら、武人政権には否定的なのが天皇家の基本的な考えのようです。

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蟇股などの彫刻が素晴らしい。
拝殿左右の柱に新しく大きめの榊が配され、地元の信仰が厚いようです。

r289は再び舞鶴道の下をくぐり西側へ。
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「佐仲オートキャンプ場」というのがありました。
更に奥に進むと、「佐仲ダム」があり、「佐仲峠2.3km・三尾山3.2km」となっていました。
「三尾山」山頂に、三尾山城がありました。
荒々しい山頂の様子プラス比高もあるので、攻めるのに難しい威風堂々とした印象を受けます。
山城攻めの候補地です。

佐仲ダム湖は、釣り池になっていました。
その横にあった謂れ板には、『佐仲峠 古代、出雲族・楯縫族がこの佐仲峠を越え、河内の郷に移住し、開拓した由緒ある峠である。この峠は、西国巡礼道であり、篠山から宮津に通じる道にして、多紀郡から福知山に向かう最短距離としてこの峠を利用する者が多く、峠の入口には清水の湧き出る茶屋・清水茶屋があ離島げの名物として賑わった』

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『分水界 雲海の怪 鏡峠入口』と書かれた杭も立っていた。
地図で鏡峠を探すと、舞鶴道のトンネルの真上にありました。
西紀周辺は霧のメッカなので、それを見下ろす絶好のポイントなのでしょう。
巨大な篠山盆地の北西の位置なので、朝霧の朝は、霧に沈む盆地の中央から太陽が上がってくるのを見れるのではないだろうか?

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15:24、県道のどん詰まり到着。
『この先通り抜け不可 関係者以外通行ご遠慮ください』と書かれていました。
『佐仲峠1.6km・三尾山2.5km』

舗装路がまだ続いているので、城攻めの時はもう少し進みたいところだけど、15時を回ったので、ここから帰路に着きます。
ハイキングコース図も立っていました。
舞鶴道に沿って南下し、往路気になったr140に乗り、西に走り出します。

すぐに、『観音堂・耳薬師』の看板が目に入り、また寄り道です。
『本尊:薬師如来・十二神将 耳に効験の如来、付近に南北朝時代の宝篋印塔二基』とあるので、登ってみます。
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本尊は当然拝めませんでしたが、宝篋印塔は見つかりました。
野ざらしなのに余る朽ちておらず、豪族の墓かな?と思いました。

バイクを置いて、登ろうとすると、作業をしておられた横のお宅からご主人が出てこられました。
軽くお辞儀をすると、「こんにちは」と思いのほか明るい挨拶が返ってきて恐縮しちゃいました。
境内の草刈りなども、日常としてされているのでしょう。
僕は不審者とは映らなかったようです。

丹波篠山・西紀歴史ツーリング 3/5
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