7/12・若桜弁財天

・・・「あっ、人がいる」、さっきの軽四トラックの方でしょう。
脚立に上って参道に続く電線の手入れをしています。
その横には小学校高学年と思われる男の子が手伝っています。
腰に道具袋を下げ、一人前の職人です・・・かっこいい。

「ご苦労さまです」「ようお参り」。
男の子も素晴らしい挨拶です。
挨拶のできる子は、いい子に育ちます。
そして田舎の素朴な人の素晴らしさを感じます。
山城への道でバイクですれ違った徒歩の人・畑仕事中の人など3人に会釈しましたが、当然親しみの表情やお声で返してくれます。

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素晴らしい沢道(400mほど)を黙々と歩くと、12:00・「弁財天」到着。
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阿吽の駒犬・石灯籠・・・いいねえ。

『江島神社由緒 江ノ島神社(通称若桜弁財天)は、市杵島姫命を祀る。境内は幽邃閑雅にして山は秀で水清く、参拝者がこの地を踏めば霊気に触れ、心身自ら澄み霊妙なる神徳に帰一する想をなす。その祭日たる毎巳の日に際しては、老若男女の参拝者多く、特に9月の初巳の日の縁日は、日本海から漁村の人たちが信仰を寄せ、県内外から参拝者が未明より間断なく続き市をなす状況である。
その起源は、諸人弁財天と称して崇敬する事甚だしく、毎年初巳の日祭りで参拝し、あるいは雨を祈りし年には雨乞い踊りとして郷中の男女来たりて謡踊をなすと崇敬の状況を伝えている。
また1185年小松備中平師盛卿がこの地に来て、平氏の信仰が深い弁財天を巨岩を神祠として奉祀せる。また神岩付近に白蛇・金色蛇・あるいは金色カエル、他に見ざる色彩・面影のカエルなどが時により現れ、尊ばれた。ちなみに、大正5年三倉池ノ谷鎮座池谷神社(若一王子と称す)、足谷鎮座虎石神社(祭神手力雄命)、弁天神社の三者を合祀し江島神社と改称される』

市杵島姫命は、宗像三女神ですね。
男はみんな弁天さん好きです。
「雨乞い踊りとして郷中の男女来たりて謡踊をなすと崇敬」というところに、歌垣山的なフリー恋愛の場を感じました。
詩を謡い合い、意気投合すればあっちの物陰でカップルになり・・・。
明治開国でやってきた外国人が、日本一般庶民の性の解放度に驚いたそうです。
一夫一婦制でもなかったので、厳格なキリスト教信者には、先進的に見えたのでしょう。

先ほど寄った「岩谷堂」の脇に、平経盛のお墓があります。
経盛は清盛の弟で、一ノ谷合戦で敦盛他息子を3人も失った一の谷緒戦以降すっと失意だった人です。
壇ノ浦で滅びた平家落ち武者の隠匿地でもあります。
鎌倉源氏3代が早々に滅んで以降は、落ち武者狩りも終わり平家も表に出てきたのかな?

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拝殿の裏に覆い屋に守られた小ぶりだけど素晴らしい彫刻の祠があり、その後ろには謂れ板に書かれた通りの大岩がありました。
平家が祠を建てたのが1200年代だから800年も大岩はこのままなのだろうか?
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大岩の移動により、祠も再建したのだろうか?
いずれにしても、悠久の歴史絵巻です。
落ち武者平家の末裔がこのお宮の維持保存に力を出し合ってる姿が想像されました。

再び仕事中の親子に挨拶しました。
「お盆に向けて修理中ですか?」と聞くと、まさにそうです。
あと1ヶ月だからね。

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「いいものを観た」とこれまた大満足でバイクに跨り、緑の苔道を転けないように慎重に下りました。
鬼ヶ城との分岐を過ぎ、12:29・往路気になった神社に寄ります。
「若桜神社」。

謂れ板に、『1333年後醍醐天皇が京都へ還幸の際、名和長年が参拝し、鉾を奉納した』と書かれていました。
こちらはとても立派で、阿吽の武者像が左右を守る立派な山門をくぐり、250段の石段を登り、本殿到着。
ここでも拝観料・激写料をお賽銭箱にチャリんします。
本殿・脇宮前の石囲い(玉垣)に「皇紀2600年」と刻まれていたので、昭和15年・1940年に巻かれたと思われる。

三菱の堀越二郎が設計した海軍主力戦闘機は、この年に採用されたので「ゼロ戦」。
皇紀2601年に陸軍に採用されたのが、「一式戦闘機・隼」。
これは、堀越同様東大の航空学科を卒業したライバル・糸川英夫が、中島飛行機で設計した。

糸川は、その後日本初のペンシルロケットを開発し、日本ロケットエンジンの父と呼ばれるなっった。
2010年、糸川の弟子・孫弟子達が、恩師の名を冠した小惑星イトカワを、小惑星探査機・ハヤブサで探索成功させた。
ロマンです。

若桜城址・SL 4/8
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No title

おはようございます
VTで鳥取まで足をのばされたんですね~
SLの若桜線沿いですね。
以前、家族でこの辺りドライブに来たときに若桜城跡は気になってました。
なかなか立派な石垣が残っていて景色がよさそう。
今度チャンスがあれば立ち寄ってみたいです。
あの辺りは山が深くて落ち武者伝説にぴったりですね。
食糧などどのように調達していたのかなと想像してしまいます。

No title

まんとさん
今回は、絶景尾根林道狙いだったので、軽いVTRにしました。
山に雲がかかって林道に登らなかったので、高速道路が楽なCBの方が良かったです。
実は一昨日、この日のリベンジでこの日目指した林道を走ってきました。風が強いと怖いのでCBで行ったのですが、道幅が広めのナイスな林道で、問題なしでした。

この日は訪問できなかった平家落武者の里を、一昨日は訪問出来ました。墓地の墓石には、「平家家代々の墓」ばかりで、驚きました。
隠れ住んだときは別の苗字を使っていただろうけど、再び「平家」に戻したようです。
この集落全員が、天皇家と血がつながっていると思うと、感慨深いものがありました。生花が副えられた六地蔵や祭壇、平経盛が隠れ住んだ洞窟やそこまでの道路には、あちこちに箒が下がり、台風後にもかかわらず、獣避けフェンスを開けて入る道も綺麗に掃き清められていました。
800年経てもこれなのかと、感動さえ覚えました。
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