5/27・北摂清水・愛宕山城址

3:30に目覚めました。
しばらくゴソゴソし、バイク装束に着替えて、倉庫から「里山VTR250」を出して、4:06出発。
夏至には1ヶ月あるので、夜明けの明るさはまだです。
長尾山トンネル~r325~r33・西谷農協を過ぎると、早朝の明るさが増してきました。
r319を経てr12に合流し、我が家のお墓がある「猪名川霊園」へ左折します。
霊園内の坂道を、ピークの駐車場まで上り詰めます。

4:50、当然誰もいない駐車場にバイクを停め、プロテクターメッシュ上下の上に着ているDAIWAフィッシングスーツを脱ぎました。
「清水・愛宕山城址」は、霊園背後の尾根に続く南側にある峰のピークです。
帰宅後調べたら、尾根の北側に続くピーク・「追谷山」470mを主峰に、霊園背後を南北に連なる尾根を経て南にあるピーク・標高410mです。
霊園の最高所は310mなので、比高100mです。
r12を走るたびに見上げ、比高100mぐらいかなあ・・・と予想していたのがビンゴでした。

この南北の峰の連なりの東は、「猪名川サーキット」のある谷が南北に走り、r12・「清水」の標高180mを考えると、ここから登るのが最短距離に見えます。
我が家のお墓があるので馴染み過ぎるほどですが、ずっとこの山城攻めを躊躇してきました。
何故かと言うと、円錐状の綺麗な山容で、稜線が素敵に急な角度を保ってピークまで伸びているからです。
一見で、心臓破りの急坂が予想されたから。

最高所駐車場の上にも墓苑が拓かれています。
車止めがあるので四輪はここまでですが、二輪なら山への取り付き部まで、舗装路で上がれます。
30mぐらいですけど。

「追谷山」から南のピークに向かう尾根が、霊園背後で一旦標高を下げ鞍部になっています。
その鞍部への取り付き獣道が、霊園フェンス背後に視認できます。
ここまでは、以前のお墓参りの時確認済みです。

4:56、フェンスを乗り越え山城攻め開始。
20150527AtagoS007s.jpg
倒木を越え4:59、あっさりと尾根に達しました。
三角点なのか測量点がありました。
北に向かう「追谷山」方面にも、南への山城方面にも明確な尾根道が走っています。
尾根筋は細く、西の「猪名川サーキット」方面へは、すぐ下っています。

南の尾根道を進みます。
小さく登った後は、少し下ります。
ここで、帽子の網を下げます。
前方に蜘蛛の巣です。
手頃な落枝を拾い、次々に現れる蜘蛛の巣を破壊しながら前進です。
万一蜘蛛の巣に突っ込んでも、網があると顔直撃だけは避ける事が出来ます。

20150527AtagoS016s.jpg
倒木をまたぎ、行く手を塞ぐ枝をくぐります。
尾根道ははっきりしているので、帰路に迷うことはなさそうです。
でもいつものように写真だけはしっかり写しておきます。
道が不安になった時、これが役立ちます。

斜面への取り付きは、45度以上の角度で、木を持たないと滑って上がれません。
登坂路は1m幅で木が生えていないので、道の端っこの木を利用しながら、えっちらおっちらです。
急登攀中盤で手頃な倒木があったので、腰を下ろして休憩しました。
座ったら緊張の糸が切れたのか、ドーンと身体が重くなりました。
やばい、脳貧血だ・・・目をつむり、しっかり休憩しましょう。
早く登りすぎました。

等高線を見ると、向かっている南のピークの更に南に小さなピークがあり、更に南の斜面の方が勾配が少し緩いです。
本来の大手道は、南でしょう。
東・西は急すぎて登れない。
北は搦め手側でしょうが、こちらも急勾配ゆえ天然の要害です。

山城の多くは、下の街道に睨みを利かすために、比高はそれほどありません。
時には山賊行為を働いたり、脅して通行料という名目で金品などを巻き上げたりするので、高過ぎると往復が大変すぎます。
最も簡単に山城を築きやすいのは、主峰から伸びた舌尾根先端部です。
舌尾根は勾配が緩いので、前面と背後に横堀を切って独立させ、数段の曲輪・切岸を土木工事して、掘っ建て小屋を建てれば完
成です。
優勢な勢力で攻め上がってこられたら、間道を通って背後の山に逃げ込みます。
山に逃げ込んだ犯人を逮捕すべく警察が山狩りをするように、よっぽど多くの組織的な探索でないと、もう探せません。

勾配が緩い大手側からの攻撃を想定し、北側は退却するときに使うルートと感じました。
途中、2ヶ所ほど石が集まった場所がありました。
搦め手側の防御に用いたような気がします。
これだけ比高があり、痩せ尾根なので、糧道を断たれるとすぐ干上がってしまいそうですし、水の手の確保も難しそうです。
でも正攻法では上から狙い撃ちに遭い、難攻の城でしょう。

息が整い、頭がはっきりするまで10分ほど休憩しました。
ここからさらに勾配が増します。
名誉の撤退も考えましたが、森を見ると、先人も同じ心境に至ったのでしょう、斜めに上がっていく踏み跡がかすかに見いだせます。
直登の本通りを見失わないようにジグザグに斜め上がりすることにします。

先人のジグザグ斜め上がりの踏み跡をたどって、5:25・山頂に立ちました。
本丸曲輪は小さく、これでは多くの兵の駐屯は無理です。
土塁跡もなく、段曲輪は見受けましたが、それもとても小さい。
物見砦程度の活用だったように想像します。

ここに上がってくる途中からも木々の切れ間から、街道周囲の山が見渡せました。
主郭周囲の樹木を切り払えば、抜群の物見台です。
三角点もありました。

20150527AtagoS024s.jpg
半分朽ちた小さな祠がありました。
城名の所以の「愛宕社」でしょう。
愛宕さんは火の神様であり、戦勝の神様です。
明智光秀が本能寺の変直前に「愛宕山・愛宕神社」に参りくじを引いたのも、大仕事への愛宕さんのご利益を願ったものでしょう。
NHK大河ドラマで、上杉謙信・景勝の家老・「直江兼続」の「愛」の兜印・旗印を「愛に生きた武将」と紹介されていましたが、死と隣り合わせた厳しい生活をしていた当時の武将を思うと違和感を感じました。
武将の最大の関心ごとは戦闘での勝利です。
武将=愛=「愛宕山でしょう」と直感した。
師匠の上杉謙信が、「義」や「仁愛」を大切にしたので、その影響での「愛」かもしれないが、「愛宕神」も影響していると思えてならなかった。

20150527AtagoS048s.jpg
5:40、フェンスを乗り越えて、「猪名川霊園」最上部に戻りました。
ホトトギスの鳴き声が聞こえています。
初夏の渡り鳥ですが、日本に渡って来たのですね。

「愛宕山城址」から周囲の山のピークが望めたのですが、「追谷山」の東に続く峰のピークの1つに、人の手が入ったような山城扁平地形が視認できました。
しかも山頂の木々が少なくなって、「山城跡」に違いないと見えました。
でも小さめの電波塔が立ってるように見えるので、その時の造作かもしれません。
いずれにしてもメンテナンス道がありそう。
猪名川霊園の北です。
霊園の北側のフェンスを越えて、直登すると尾根道に出れるかな?
いずれにしても、早朝バイクでチャレンジ出来るほど短時間では往復困難でしょう。

帰路に着くには早いので、r12を北上~西峠~r37・羽束川ルートで帰宅する案が浮かび、出発します。
登山後で暑いので、DAIWAフィッシングスーツなしの真夏バージョンの出で立ちのままです。
下着の汗が気化し体温を奪い、気持ちが良い。

「杉生」交差点で、「長谷の棚田は、田植えを終えたかな?」とふと浮かび、r602に右折しちゃいました。
鎌倉の峠を越え、大阪府能勢町へ。
長谷地区に入り、三草山北側の棚田地帯を登ります。
一眼レフさんが数名三脚を構えています。

6:03から時々止まりながら、激写していきます。
20150527AtagoS057s.jpg
田植えを終えたばかりで、水田に朝日が写っています。

6:19、「才ノ神峠」着。
今年初です。
源平合戦・一の谷に向かう搦め手軍・源義経軍が、「三草山の勢揃い」を行った場所です。
三草山頂上に向かう登山道を含めると、8本の道が集まる交差点です。

「長谷才ノ神峠槻並林道」(勝手に命名)を南に下ります。
コンクリート舗装されていますが、急勾配・急カーブもある四輪離合不能な細道です。
バイクに乗り始めた2008年に、槻並から四駆が登っていくのを見て、登りの自信がなかったので才ノ神峠から下ったのが最初ですが、未だに槻並側から登ろうと思いません。

「今年も通れるのだろうか?」と不安を胸にゆっくり下りました。
2速でもエンジンブレーキが利かない急勾配が、半分以上ある面白い道です。
今回もなんとか無事突破し、槻並の集落を軽快に下ります。
r12~道の駅いながわ~r68~r33~r325~長尾山トンネルで、7:13帰宅しました。

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