5/17・美作北林道2号 4/4

こちらの林道は、意外にも交通量があり、停まっている乗用車を時々目にします。
どうやら山菜採りのようです。
景色の良い所で停まっていた軽四輪が数台は、農作業姿の地元の方風で、お弁当を広げていました。

「大ヶ山スカイ愛ランド」道標に惹かれて、大ヶ山への枝道に入ります。
舗装林道で、12:41、山頂高原に出ました。
20150517MimaS160s.jpg
アマチュア無線基地がありました。
スカイスポーツ・テイクオフバーンもあるようです。

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林道はうねうねと下り、12:59、r118に出る手前の大木で停車。
「大ヶ山」を振り返ると、山頂に草原が広がっています。
『尾所(おそ)の桜は、推定樹齢560年の山桜で、樹姿壮大にして優美で高貴な気品があり、広く多くの方々から愛されています』
見事な枝振りでした。

r118に出て南下します。
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13:07、お人形カカシを見つけ、激写。
r6に出て東進し、13:24「物見峠」

r295で峠を下り、JR因美線に出ます。
因美線と平行して走り、R53に乗りました。
これで南下し、那岐山の肩を越えます。
ループを走り、那岐トンネルを抜け、13:53「三穂神社」

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ここは僕の血のルーツ・美作管家党の祖・三穂太郎満佐を祀る神社です。
『小さな村の実在の人物 パワースポット 那岐山に腰を掛け、瀬戸内海・賀露の浜で足を洗った・・・民話・さんぶ太郎「巨人伝説・発祥の地」菅原朝臣三穂太郎満佐公 祭神です 頭の神様・三穂神社(別名・こうべ様)』
の案内板が、R53の向こう側に立っていました。

菅原道真の末が、平安時代に美作守としてこの地に下向し、武威を誇った。
中興の祖・三穂太郎は、播磨・赤松氏との戦闘で討ち死にし、頭・右腕・足・・・とバラバラに、那岐山周囲の神社に祀られた。
その子たちが美作菅家党として団結し、播磨・赤松、但馬・山名、伯耆・尼子などの侵攻から、美作を守った。
僕の先祖は、1350年に赤松に城を落とされた時、血のつながりのある北関東・佐野氏を頼って落ちていった。

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我家の庭に去年、屋敷祠として三穂神社を勧請したので、祠の表札として掲げるものはないかな?とやって来ました。
拝殿に上がり、いつもの無人授かり所で、御札とか御守とかを物色します。
全て500円なので、赤と青の社名が書かれた御守を授かり、新撰料1000円をお賽銭箱に投入しました。
屋敷祠正面左右の柱に、ぶら下げるつもりです。
訪問帳に名前を書き、拝殿内の小さなお神輿(子供みこしかな?)を激写し、帰路に着きました。

朝4時に出発したので、予定では12時に「三穂神社」でしたが、絶景林道などで道草が過ぎ、いつものことながら2時間遅れです。
R53~r356~r7~r51で南下し、14:29・「美作菱油美作インターSS」で給油。
310km/12.58L=24.6km/L。

美作ICから中国道に乗り、「楢原PA」で車載カメラを仕舞いました。
「揖保川PA」で休憩し、15:50・「加西SA」で、加西しょうゆラーメン・680円で、遅い昼食です。
好きな「書写山・千年杉バウムクーヘン・柚子・1296円」を2個、お土産に買いました。

魔の宝塚トンネル渋滞は、中国道に乗った時は「2km表示」でしたが、通過する時は、12kmに伸びていました。
四輪がストップする毎にバイクの特典を生かしましたが、それもゆっくり走行なので、1度追い付いてきた後続バイクにクラクショ
ンを鳴らされてしまいました・・・慌てて退避。

まだ日のあるうちに帰宅出来たので、ニトリに行き、数日前に買ったけど寸法間違いしたブラインドカーテンを交換してもらいました。
19:07、ホームセンター・コーナンで、8畳用い草畳上敷を購入しました。
倉庫と化していた実家の2Fの掃除をやっつけ、22時に東京から帰ってきた家内を駅まで迎えに行き、長いそして有意義な1日が終わりました。

高速道路255km+一般道183km=438km

美作北林道 9/9
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