5/11・能登ツーリング2日目 その5

7:49、「ランプの宿」到着。
「青の洞窟」もあるようです。
「聖域の岬」案内図がありました。

20150511NotoS530s.jpg
眼下の岩場の小さな湾側にあるのが「ランプの宿」のようです。
プールも見えます。
部屋に電気がなく、ランプが灯るのかもしれません。
「空中展望台」は営業時間前でした。
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プールの飛び込み板のしっかりした版です。
あの先端まで歩いて行くのは命がけです。

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8:02、「須須神社」着。
『1110年、鳥羽天皇が宋朝へ万金を贈った返しとして、生きた蝉のような節の付いた笛が送られてきた。特別な笛として大切に守られていたが、ある時高松中納言がこの笛を吹き、つい普通の笛のように膝下に置いたところ、それを咎めた笛が、蝉の節のところで折れてしまった。これ以来「蝉折の笛」と名付けられた。この笛はその後、平家から源義経の手に渡った。1187年、兄・頼朝との不仲から追われる身となった義経は、奥州へ落ち延びる際、大野(金沢市)から珠洲岬へと向かう船に乗り込むことが出来た。その日の昼過ぎ、岬の手前で難風に遭い、須須神社に無事を祈願した。まもなく風が静まり、お礼を遂げるために岬に船を寄せた。難を逃れたお礼として「蝉折の笛」を奉納したのである。それ以来、須須神社の宝物として、大切に守られている。』

御祭神は、「高座宮」に天孫降臨したニニギ・美穂須須美命、「金分宮」に木之花咲耶姫。
美穂・・がわからなかったので調べると、諏訪大社主神・建御名方刀美神の別名でした。
この神は、大国主命の息子です。
ああ、あの神様か・・・日本神道の神様は無数におり、それぞれたくさん名前を持っているので、いつもごっちゃになってしまいます。

天孫降臨の前に葦原中津国を治めていた大国主命に打診があった時、他の息子2人は賛成したが1人反対した。
大岩を軽々持ち上げる大力の持ち主で、力勝負しようと言いましたが、あっけなく負けてしまい諏訪まで逃げました。
ここから動かず、葦原中国の守り神になると宣言した武の神様です。
つまりニニギ夫婦とその用心棒という組み合わせでした。

『第10代・崇神天皇の御代(2000年前)、能登半島の最東北端の山伏山(鈴ヶ嶽)頂上に創建され、天平年間に現在の地に遷座した国史現在社・延喜式内社です。古代より縁結びの神として知られ、この「結び」は単に男女の仲を結ぶだけではなく・・・。社叢は、国の特別天然記念物。・・・』

社叢が、国の天然記念物指定されているのですね。
神域は基本「禁足地」だから、貴重な動植物が残る原生林なのかな?
神道は、生活の基板となるきれいな水が流れてくる山・滝、恐れ多い何かを感じる巨石などに神が宿るとして、神域に指定し禁足地としたことで、そこで暮らす人の共同体の生活基板のベースを後世に残した。
この考えが脈々と続くことで、都会にも鎮守の森が残り、緑の多い日本列島を今に残してきた。
素晴らしい思想だと思っています。

須須神社の本殿まで上がってみました。
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菅原道真と同じ梅鉢紋でした。

r12~R249~9:01・「見附島」到着。
別名・軍艦島。
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小さな、だけど背の高い島の横の海に鳥居が立っています。
半島側には鐘が下がり、「NOTOえんむすび~ち」と書かれていました。

能登ツーリング2日目 4/11
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