5/11・能登ツーリング2日目 その3

木曽義仲に京を追われた平氏が西国に流浪した後は、平氏とともにありながら、平氏主将の源氏との徹底抗戦とは一線を引き、源氏都の和平を画策した。
よって、一の谷以降の源平合戦では、平氏主将から幽閉されて過ごした。
木曽を討った源義経は、後白河法皇から「三種の神器」を取り戻すことを命ぜられていたから、和平両面で平氏と当たり、その平氏側窓口の立場でもあった。
そんなこんなで、壇ノ浦で平氏が滅んだ時に捕虜になったけど、神鏡を守ったことから死罪一等を減ぜられ、能登に流罪とされた。

その家でした。
公家平氏出身という名門なので、近在の民もいろんなことで時国家を頼り利用しただろう。
時の権力者も、寺社や公家には強く当たれないからなあ・・・。
前田家にも取り入り、地域の庄屋だけではなく、山廻衆は農地状況を見聞して回り作付状況を報告する職だし、生きていく上で必須な塩の役人方トップはおいしい裏収入がたくさんありそうだし、廻船業は1航海で一財産作れます。
時国家の在所になじまない程の立派な屋敷に納得出来ました。

再びR249に出て、6:04、「恋人の聖地・せっぷんトンネル・パワースポット」の道標に惹かれて寄り道。
「何処だ?」と探したけど、よくわからない。
もう一度道標を見ると、「1km先」となっていました。

6:06、「窓岩ポケットパーク」到着。
「曽々木海岸」とも書いてありました。
海岸の岩に、窓のような穴が開き、向こうが見えていました。

6:10、「寄り道パーキング・垂水の滝・0.8km」の道標脇に、数台駐められるパーキングが有ります。
20150511NotoS460s.jpg
そこに、前述の「恋人の聖地」と赤く染め抜かれた幟が立っています。
「トンネル・ハート パワースポット」と書かれたドラム・車止めが置かれています。
R249のトンネル脇に、旧道のトンネルがあり、まだ健在のようです。
更にその脇に、小さなトンネルの一部が見えています。

『現在の輪島市曽々木から珠洲市真浦に至る断崖絶壁の地は、昔は道もなく、「能登親知らず」とか「ヒロギの険」と恐れられた難所でした。岩につかまって歩く途中、誤って海に落ち失命する人が毎年あとを絶たなかった。1780年、海蔵寺八世の麒山瑞麟(きざんずいりん)和尚が開道を決意。加越能3国を托鉢して浄財を集め、13年後の1792年に、一筋の道を通しました。以来人々、親しく「八世の和尚さん」と呼び、その徳を語り継いできました。この石仏は開道記念に、往来人の安全を祈念して、麒山和尚が建てたものです。』

『福が穴と岩窟不動 日本海に向かって大きく口を開けた「福が穴」(開口部20m・奥行き70m)は、その昔、修験道の祖・役小角が修行したという伝承が残る。後の世にも、修験者が度々洞窟に籠って護摩を焚き、人々の幸せのために仏像を彫り、修行された所です。』

海岸近くの岩場に通された道に降ります。
20150511NotoS469s.jpg
人が横に2人歩けるほどの素掘りのトンネルに入ってみます。
出口近くに電飾がキラキラしています。
20150511NotoS476s.jpg
よく見ると、ハートの形のライン電飾で、その中をくぐる感じになっています。
造られた時のご苦労は忍ばれますが、今だと単なる素掘りのトンネルです。
それをこのハート電飾1本で「恋人の聖地・パワースポット」にしちゃうアイデアに脱帽しました。
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