5/11・能登ツーリング2日目 その1

3:44に目覚めてしまいました。
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4時頃起きるだろうなとは思っていましたが、少し早すぎる。
4時を過ぎ、空が少し明るくなったので行動を開始します。
布団をたたみ、荷物を整理し、バイク装束に着替えて、荷物を持って部屋を出ます。
バイクカバーを外すと、夜露で少し濡れています。

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4:32、バイクを道まで動かし、エンジンを掛けてすぐにマリンタウンに移動します。
漁船が港を出ていきます。
輪島入りした時に目に入った「住吉神社」にお参りし、4:45「奥津比め神社」にお参り。

昨夜街歩きした時見つけた謂れ板に、
『1576年、越後の上杉謙信が能登に侵攻し、七尾城を攻略した余勢をかって名舟村(輪島の近く)を攻めようとした。当時の名舟村は魚介の宝庫を有し、豊かな山の幸にも恵まれ平和な村だった。潮のごとく押し寄せる越後勢に対し、狩猟に使う槍以外武器を持っていなかった村人は、知恵者の古老の指示で、樹の皮を剥ぎ仮面を作り、海藻で髪をこしらえます。夜陰に乗じて、仮面を被、海藻の髪を振り乱し、陣太鼓を先頭に、鯨の声をあげ、越後勢に必死の突撃を行った。突然の陣太鼓と怪物の襲来で、越後勢は狼狽し潰走していった。そして平和は保たれた。この勝利は、奥津比め神のご人徳によるものと、毎年大祭には、仮面を被り太鼓を打ち鳴らし神楽渡御をする』
と書かれていたので、訪問したくなりました。

本社は、輪島の沖50kmにあるので訪問できないので、この里宮に来ました。
「奥津比め命」も、宗像三神です。
『・・・中世の末期に、筑前国鐘ケ崎(現福岡県玄海町)より能登国に渡来した海士又兵衛以下十三名が、やがて舳倉島(へくらじま)を根拠として漁業を営むようになって、深く当社を崇敬し、海士の故郷宗像大社の信仰をうけて、産土神と仰ぐようになった。昭和50年漁業の近代化多様化により舳倉の宮に対して、海士町の宮を現在地に建立して里宮とし、舳倉島の本社・末社及び七つ島の神々の御分霊をも奉祀することとした。』
と書かれていたので、玄海の宗像三神を祀ったのが今に至っているのだろうと解釈した。

いやあ、面白い。
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港を見下ろす丘の斜面に鎮座しており、漁師の日頃を守り続けているのでしょう。

能登半島の先端に向けて、R249を走ります。
夜明けのこの時間帯が最も好きです。
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5:08・「千枚田ポケットパーク」到着。

能登半島は、道の駅より小さなポケットパークという駐車スペースが、あちこちの名所脇に作られています。
飲食施設などはほとんどありませんが、トイレだけあるとこが多いです。
さすが観光の地、好感が持てます。
海外も異文化を感じていいですが、小奇麗で清潔で人の手が適度に入って日本の風景を楽しむ人が増えて、高度成長期のように日本人のお金が国内で使われるようになると、日本全体が好景気の好循環になると思うんだけどなあ・・・。

千枚田とはよく言ったもので、小さな田が幾重にも重なり、とても綺麗です。
三脚で一眼レフを構えた男性が先客でおられ、朝日が入っていく光景を狙っているのかもしれません。

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5:22、まれでお馴染みの塩田に到着。
まさにドラマのあの塩田が国道脇にありました。
お土産に塩田の塩を買えればいいなと思っているのですが、あまりに早すぎますね。

能登ツーリング2日目 1/11
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