4/26・京都瀧尾神社

摂社の三嶋神社がありました。
伊豆の三嶋神社と思ったら、京都の京都女子大近くに本社がある後白河天皇が建立した神社だそうです。

『往古は、摂津国嶋下郡(高槻市)三島江村に鎮座されていた。後白河天皇の中宮・平滋子建春門院様が、常に皇子のないのを嘆かれておりました所、世人から「三嶋大神は子を授け給う神なり」と教えられて以来、深くご崇拝されました。その後まもなく、高倉天皇をご懐妊になりました。父君の後白河天皇は大層喜ばれ、小松内府平重盛公に命ぜられ、山城国・小松谷に社殿を造営され、帝都巽の方角の守護神として創祀されたのが、当社の始まりです』

滋子は、平清盛の正室・二位の尼・時子の姉で、出自は平氏。
清盛をトップに、朝廷を牛耳る藤原氏の鉄壁の体勢に、武士出で初めて殿上人になって行く平氏面々の大きな後ろ盾です。
彼女が高倉天皇を産んだことで、保元の乱・平治の乱を経て、平氏の武力を背景に清盛は深く朝廷に入っていき、公家政治から政治の実権を奪った。
小松内府は、清盛の長男で、小松谷に住んだので小松殿と呼ばれた。
彼が早死したのが、平氏が多頭体制になる。
清盛時代の強固なトップダウンが利かなくなって、源氏に敗れ去っていく遠因になっていると思っている。

「平氏にあらずんば人にあらず」と、我が世の春を謳歌した平家全盛の頃ですね。
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秋篠宮親王が三嶋神社を御親拝した写真が貼られています。
ここで高倉天皇が生まれていなければ、今の天皇家には続かなかったので、先祖の窮を救った神社には参らないとね。
三嶋神社本社に行ってみたくなりました。
安産・子授かりの神社です。

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「お父さん、こっちすごいよ」って家内が呼ぶので、境内中央にある田舎歌舞伎舞台を覗くと、天井の龍の彫刻が飛び込んできました。
「うわ~これはすごいな」と見上げていると、「スリッパ履いて入っていいよ」と、寄っていたご近所さん数人から声が掛かりました。
スリッパも用意されていました。
これは凄い・・・

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こういうものが、24時間オープンで町中にある日本の治安はナイスです。
お寺のようにもったいぶらず、オープンな神社は大好きです。
9:20、これで時間切れになりました。

そのまま北上し、JR東海道線高架下で適当に枝道を走り、京都タワーを目印に鴨川を渡り西進します。
信号で止まったタイミングで、「私、ここで下りるわ。真っすぐ行けばいいんでしょ」
方向音痴の家内なので少し心配ですが、京都タワーが正面にあるので迷わないでしょう。
ここでバイバイし、七条通りで鴨川を東に渡り直します。
川端通を鴨川に沿って北上し、三条交差点を越えて右折しました。
岡崎公園周辺の琵琶湖疏水が見たくなりました。

京都宇治上神社・藤森神社 3/3
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