4/19・京都・大田神社・鷺森神社

7:39、「大田神社」到着。
地図を見て、上賀茂神社の並びだからどんな神社かな?
と思って来たのですが、謂れ板に「かきつばた」のことしか載っておらず、歴史的な目ぼしい記述はありませんでした。

20150419KyotoS094s.jpg
もみじの新緑がとても綺麗で、秋も綺麗な姿を見せてくれそうです。
白鬚神社の摂社がありました。
横の「大田ノ沢」を覗いてみます。
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中央に小さな島がある沼池で、かきつばたが一面に緑の葉を伸ばしています。
アヤメ・花菖蒲・かきつばたが見分けられませんが、梅雨のしとしと雨に似合う花です。
この生育状態なら、あと1ヶ月すれば花が咲いている感じがします。

20150419KyotoS112s.jpg
神社前に石碑があったので見に行くと、なんと「北大路魯山人・生誕地」と書かれていました。
東京・横浜の人と思っていました。
『北大路魯山人は、明治16年(1883)ここ上賀茂の地に生まれ、15歳で「一字書き」で受賞を重ね、書や刻字看板を制作し、併せて古美術や料理にも興味を持つようになった。大正14年(42才)に東京で「星岡茶寮」を開設し、仕入れ・調理などの卓越した技量を発揮し、美食家としても名を世間に知らしめた。昭和2年(44才)に星岡茶寮で用いるために、北鎌倉に「星岡窯」を築き本格的に作陶を始め、多数の優れた作品を残した。昭和30年(72才)に重要無形文化財(人間国宝)の認定を打診されたが、固辞した。美の追求に一生涯を掛けた偉大な巨人であったが、世間の名声には全く無頓着であった。昭和34年(76才)、横浜の地で逝去し、京都西加茂の小谷墓地に葬られている』

東京の人なのに、京都的な作陶名を名乗っているんだなと勝手に思っていたのですが、北大路は本名だったのですね・・・びっくり。
そこにあった観光案内図で、深泥池近くに貴船神社を見つけたので、次の目的地にして出発。
r103を東進、r40交差点まで来ても貴船神社の道標がないのでパスすることにして、r40を南下。

北山通を東進し、高野川も渡って、予定していた「八大神社」に向かっていると、「鷺森神社」がGPS画面に出てきた・・・
寄り道しよう。
叡山鉄道を修学院駅横で渡り、白川通を北上し、鷺森神社の道標に従って行くと、参道がUターン不能の細道になり、どないしょう?と不安ながら突っ込んでいくと境内に着きました。

8:10、なんか車が多く、祝詞の声とそれに合わせた拍手が聞こえます。
雨は傘が要らないぐらいになりました。
拝殿に向かうと、神事をされているようです。
20150419KyotoS122s.jpg
宮司さん以外の人も白装束なので、一般の神事とは違うようです。
地域に続く伝統の神事かもしれません。

『御祭神・素盞鳴尊 今より1100年余前、比叡山麓・赤山明神の辺に祀られてあったが、応仁の乱の兵火で社殿焼失し、修学院離宮の山中に移された。後水尾天皇がこの地に離宮を造営されるにあたり、この鷺森に社地を賜り元禄2年(1689年)遷座相成り、修学院山瑞地区の氏神神社として現在に至る。毎年5月5日の神幸祭には霊元法皇乗御の凰車を改装した神楽の渡御とともに、”ざんよれ”という踊と囃が珍しく少年たちの菅笠に紅だすき姿で練り歩く風情が古風豊かで可憐である。本社殿は、安永4年(1775)に改築されたもので、緑濃き神域には、桜楓も多く、四季幽鳥の声を聞く閑静な境内であり、御祭神のご神徳により広く人々の崇敬を集めている』
社殿内で行われている神事は、5月5日神事の祈願でしょう。

白川通を南下します。
「詩仙堂」「狸谷山不動院」の道標に従って左折。
目的の「八大神社」は詩仙堂の隣です。
明治維新以前は、神宮寺スタイルだったと思われる。
坂が急になったとこに詩仙堂の駐車場があり、8:27到着。
20150419KyotoS130s.jpg
500円とは高いなあと思いながら・・・料金所はない・・・誰もいないので、精算は帰りにしよう。
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