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10/8・鞭崎八幡宮

3:30に目が覚めました。
秋になり夜明けが遅いのが苦痛な季節になっています。

「早寝早起き」習慣が大学ヨット部合宿「21時消灯・8時間睡眠・5時起床・」で身に染み付き、以来ずっとこんなものです。
徹夜なんて人生で2度ぐらいしか経験がありません。
夜頑張って何かをした充実感があるものの、翌日日中は最悪で1日棒に振っちゃいます。
仕事に就く時、夜規則正しく休める職業が重要でした。

部員たちはまだ夢の中なので起こしては悪いから、二度寝を試みましたが無理。
近所にコンビニがあるので、そこに移動することにしました。
春夏なら明るくなるのが早いので、バイクで寺社歴史探索に出れるのだけど・・・。

4:01「セブンイレブン」で「ブルガリアヨーグルトりんご&白桃138円+7プレミアムプレーンヨーグルト400g138円=276円」購入。
イートインスペースに移動し、スマホ見ながらお腹を満たします。

5時になり夜明けを感じてきたので出発します。
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R161~r18で近江大橋を渡り、そのままr18を走り、5:25「鞭崎神社」。
余り期待していませんでしたが、宮司さんのお宅と思われる境内直結のお家が大きく雰囲気がありナイスです。
裏石鳥居から入ったようですが、表石鳥居に続く寺門が膳所城からの移築ではないかと思われる雰囲気満点です。
膳所城城門移築崎は、膳所神社・御霊神社・新宮神社と巡りましたが、ここが最も大きいんじゃないかな?
謂れ板が立っているが読めるほどまだ明るくないので後回し。

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しかし、このソニーミラーレス一眼レフC3の暗視撮影感度は抜群です。
望遠専門で使おうとその後購入したパナソニック一眼レフG2は、撮影素子4/3LiveMOSがソニーCMOSに劣っており、ソニーのように肉眼同様の明るさで撮影は出来ません。
ソニーC3は外付けフラッシュなのですが、常備しているけど撮影本番で使うことがありません。
流石に肉眼で見えなければノイズで綺麗に撮影できませんが、肉眼で見えるならシャッタースピードが遅くなるけど、フルオートでほぼ失敗無しで写ります。
購入後最初に体験した時は、その感度の良さに驚きました。
フラッシュを使うと、ライトの当たっているところとそうでない所の差が大きく、自然な感じ写りません。
最初数回使っただけで、あとはただ持っているだけ。

ソニーのカメラ事業はミノルタカメラ事業部を買収して始まったが、ソニーのデジタルCMOS技術をミノルタのレンズなどトータルカメラ技術に導入したことで大成功を収めているように思う。
CMOS技術は日本メーカー筆頭にいろんなメーカーが持っていますが、オリンパス/パナソニック共同開発したLiveMOSとは運での差で良いです。
世界で圧倒的なトップシェアを維持し続けているのは、実製品の限界技術差を見たら納得できます。

社務所には、「鞭崎八幡宮」と書かれています。
応神天皇が主祭神なのかな~。
境内中央に舞台があり、本殿正面玉垣に向かいお賽銭チャリン、2礼2拍手・・・いつものようにこれまで生かせて頂いたことへの感謝、家内・2人の息子に恵まれたことへの感謝、家族全員大きな不幸なく暮らせてこれたことへの感謝、最後に出来れば家内・息子たち一家の益々の反映を願った。

本殿はかなり大きく、檜皮葺でとても立派です。
玉垣を一周し側面・背面からも激写。
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奉納絵馬像が境内にあり、腹の社紋は「三本杉」で珍しい。

僕が来るのを待っていたように境内におられた3人のお方に会釈したら、お参りのご夫婦と話しておられた男性が話しかけて来られました。
「どちらからですか?」「兵庫県の伊丹からです。今日は大学ヨット部の合宿所からです」。
「暗いのに、カメラで写りますか?」「ええ、小さいけど一眼レフで、ソニーミラーレス一眼と言うんです。ソニーのイメージセンサー感度が良いので、肉眼同様に写ります」。

「私はこの神社の管理を任されている者で、毎日来ているんですよ。熱心に写真を撮られていましたね」「ええ、歴史好きで、特に神社が好きなんです」。
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「本殿、立派でしょ。建部神社に行かれました?」「ええ、近江一の宮さんですよね。今年訪問しました」
「ここの本殿、田舎町に似合わない大きさでしょ。建部神社本殿の移築なんですよ」「道理で・・・大きくて立派だと思ってました」。

この辺で僕は悪さする人間ではないと確信されたようで、いろいろ教えてくれました。
というより、先導して説明して下さいました。
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「社門は膳所城からの移築です」「やはりそうですか。膳所神社や御霊神社など、膳所城移築門をいくつか見ましたが、最も立派に見えました」。

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謂れ板、移築社門前まで先導して謂れ板、表石鳥居まで歩き、そこの謂れ板の場所も教えてくれました。
宮司さんは41代目の「大神」という苗字の方で、「大神」なんて苗字驚くでしょうと、話が盛り上がりました。
織田信長家系が越前の神社の神主の出であり、そのお宮を数年前に訪問したことや、うちの父方先祖も神主だった事も話しました。
歴史好きは稀有な存在で、こういう話ができる方はとても少ないので、お互い楽しい時間となりました。

「大神」さんは体調を崩しておられるようで、その代理で見回りをされているのでしょう。
夜明け前からバイクでやってくる男は、不審な匂いプンプンですよね。
僕がバイクを停めた時、境内に入っていかれた方で、ずっと境内におられました。
きっと僕が悪さするかも?と見張っていたのだと思います。
正面石鳥居で別れ、そのまま帰って行かれました。
時には掃除をし、時には説明をし、毎日数度見回っているのでしょう。
こういう熱心な方の努力によって、多くの神社は、24Hオープンでウェルカムを続けて来れるのですね。
ご苦労さまです。

『鞭崎八幡宮 祭神:聖母大神・住吉大神・高良大神・応神天皇
白鳳4年(676)、40代天武天皇の命により大中臣清麿が創建し、4町四方を社地とし八橋八幡宮神主・紀是尚をして宝祚(ほうそ)延長を祈願せしめた。以来歴代天皇の尊崇厚く特に孝明天皇・明治天皇・今上天皇よりは、幣帛供進代参御撫物(おんりゅつもの)下附等度々あった。
東海北陸地方より京洛に至る交通の要衝であるため、鉄道開通までは人馬の往来激しく、古来歴史上の著名人の多くはこの地通過の節参拝した。源頼朝が平氏を滅ぼし天下平定して鎌倉幕府を創立・建久元年(1190)10月、上洛の途当地を通過し馬上よりムチ(鞭)のサキ(崎)を八幡宮に向けて村人に尋ねたので「鞭崎八幡宮」と云う様になった。頼朝はこの翌年、神領を寄進し殿舎を再建した。天保8年神殿改造の節、仙洞御所より御寄付があった。
表門は国宝重要文化財である。旧膳所藩の城門で、明治4年廃藩置県の際に当時の大名であった本多康穣主膳正が寄付した。神職は紀氏で、現在はその41代大神正徳氏が奉仕しておられる』

白鳳4年から宮司を世襲してきたなんて、驚きの神社でした。
仙洞御所は内裏同様、天皇や上皇の住まいだった所で、江戸時代の孝明天皇から今上天皇まで現役天皇からも幣帛を受ける神社とは、更に驚きました。
この地の重要さと社格の高さを感じました。

『矢橋道 近江八景矢橋帰帆で有名な矢橋の渡しへの道で、東海道の脇道であった。瀬田橋経由の陸路に比べ、矢橋港から湖上50町ほど(5.5km)の大津への航路は、「勢多へ回れば三里の回りござれ矢橋の船にのろ」と歌われたように、先を急ぐ旅人が重用するところとなり、これにつれて矢橋道も大津への短縮路として往来が激しくなった。道は、草津名物姥ヶ餅屋角で東海道と分かれ、大塚、川
ノ下を経て矢橋に至った。
なお、草津名物姥ヶ餅屋は明治以降移転し、名勝矢橋帰帆の絶景も一変したが、姥ヶ餅屋旧地には寛政10年(1798)建立の道標が現存、一方矢橋港跡にも弘化3年(1846)建立の常夜灯が現存するほか、矢橋には源頼朝の伝説ゆかりの鞭崎八幡宮、僧最澄創建で足利義詮再建の寺伝を有する石津寺、川ノ下には若宮権現(猿田彦神社)、大塚には正光寺などの古寺社がある』

『鞭崎神社表門 明治4年の廃藩置県に際し、膳所城より移築されたもので、昭和52年の屋根の葺替工事によって、元は膳所城南大手門であったことが明らかとなった。門右手には潜戸を設け、控柱は外八双に開く。まら、屋根は本柱通りに切妻を掛け、控えにはそれより低い切妻屋根をのせる。屋根には膳所城主本多家の家紋である立葵を飾った軒丸瓦や鬼瓦を飾る他、柱・扉などの要所に鉄板を鋲
打するなど重厚堅固な意匠となっている』

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バイクに戻り帰路に着きます。
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6時になり、やっと朝日を浴びたオレンジ色の朝になりました。
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旧庄屋宅を思わせる越し屋根(煙抜き)が屋根に載る豪邸があった。
白壁・黒屋根瓦で、周囲を屋根塀が囲っている。
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表門から覗くと、メルセデスやジャガーの旧外車が屋根下に置かれ、日常の足と思われる三菱の軽自動車がその前にあった。


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10/7・浜大津なぎさ公園

バイクに戻り、6:44「浜大津なぎさ公園」。
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朝一番から釣りしている方が多い。
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朝は釣れるからね。

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「大津港旅客ターミナル」の方に歩いていくと、お祭りのテントが並んでいる。
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線路が広場に敷かれている。
ちびっこが乗れる汽車などが走るのだろう。
大津祭に合わせ、大津中心部はお祭りで盛り上がっているようです。
数時間後昨夜合宿所に泊まっていたヨット部員に聞いたら、前日の夜は花火が上がっていたとのこと。

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銅像が建っている。
『顕彰の碑 山田富三郎氏は昭和55年6月、大津市長に就任して以来、6期24年間、「市民の心を心とした市民本位の市政」を信条とし、「ふるさと都市大津」のまちづくりに尽力した。人工急増の中、都市基盤整備に強い信念と情熱を持って取り組み、中核市「大津」の礎を築いた。
なかでも、22年の歳月を経て、平成10年に完成した「なぎさ公園」は、琵琶湖と触れ合える広大な水辺公園として、市民に潤いと安らぎを与え、湖都大津のシンボルともなっている。
また、庶民的な人柄から「豊さん」の愛称で親しまれ、その笑顔とともに、労を惜しまず汗を流す姿は、私達大津市民の心に強く刻まれている。没後2年、広く市民のご厚志により、ここに銅像を建立し、永くその功績を称える』

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なぎさ公園の道路脇に「ガス灯」が立っている。
『ガスの生い立ち 1640年オランダの化学者ヴァン・ヘルモントが石炭を蒸し焼きにしていた時に燃える気体に気付き、英語で「GAS」ドイツ語で「GEIST」(霊・精気)と名付けました。これが「ガス」の始まりです。
日本で初めてガスを使ったのは、鹿児島の島津斉彬という殿様で、1857年に石炭を乾留しガスを発生させて庭の石灯篭に火をつけました。また、ガス事業は1872年に横浜の高島嘉右衛門という人によって起こされ、彼はガス灯を作り事業を始める計画を立て、いろいろ苦心の末、横浜市内に10数基のガス灯を灯す事に成功しました。それはまさに新しい時代を告げる「文明開化のあかり」でした。
このように「ガス」は照明用として始まり大正末期に電灯が改良されてからは「あかり」としての役目を電気に譲り、もっぱら「燃料」としての新しい分野に進み、現在では「燃料は都市ガス」と決まり言葉になっております。
本市のガス事業は、昭和12年3月に民間会社から譲り受け、以来、市営ガスとして供給区域の拡張と保安の確保に努めてきた結果、今日では行政区域の約7割にガス供給を行うに至っております。
このガス灯は、本市ガス事業50周年を記念すると共に「ふるさと都市大津」を創造する「風格あるまちづくり」の一環として今は懐かしい大正ロマンの灯りで、湖畔を訪れる人々のやすらぎの場として、大津市企業局が設置したものです』

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この掲示板横に、黄色い自転車が2台並んでいた。
『ofo自転車シェアリング・専用ステーション』

バイクに乗り、ヨットハーバーに向かいます。
R161で湖岸を北上します。
7:08「セブンイレブン大津松山町店」で、「7Pレーズンロールマーガリン4個116円+コッペパン苺ジャム&マーガリン118円=234円」を購入。

YHに着きましたが、部員が合宿所から来るまでには少し余裕があります。
ですが、ハーバー内はレーザー級ヨット(1人乗り)がたくさんスタンバイしていました。
レースのようです。

リアボックスから着替えを出し、コーチボートが係留されている桟橋まで行き、そこでコッペパンを朝食として食べました。
朝食を終えた部員たちがパラパラとやってきました。
「おはよう」
レース日なのでハーバー職員も早めに来られたのか、少し早めに艇庫が開いたので、着替えを持って更衣室へ。

レーザーの出場者と思われる方が着替えていました。
「レーザーのレースですか?」「はい、昨日・今日2日間です」。
「どちらから?」「浜名湖からです」
「ビーチスマリーナ?」「はいそうです」
「高橋さんとこね。あそこは良い風が吹くし、アットホームで良いハーバーですね」「はい、高橋さんをご存知ですか?」
「はい、470のレーサーの時、世界選手権やオリンピック目指してよくレースをしました。長女さんと息子が同じ学年で、ジュニアのレースで何度もお邪魔しました」「え~そうですか、うちも娘もOPやってるんですよ」
「OP、面白いですよね、子供を餌に親も遊べるから」「ええ、でも娘のサポートばかりで、自分のレースになかなか出れないからその点は残念です」。
「どちらのジュニアクラブですか?」「兵庫県の・・。あのクラブをAさん他数人で立ち上げたんです」
「Aさん知ってますよ、まだコーチされていますよね」「僕は息子が卒業してから全国理事をして、今は大学ヨット部のコーチをしています」
「私はDと申します」「わたしはKです。お嬢さんの成績をチェックしておきますね。よろしくお願いします。では」。
ヨット乗りは絶滅危惧種で狭い世界だから、声を掛ければ何処かで繋がっています。

出艇時間になっても無風なので、キャプテンはトップチームで全日本会場で遠征中なので、3回生の居残り組仮キャプテンに、「1回生マネ操船練習させてもいい?」とOK取って、1回生マネさん3人+4回ボスマネ1+2回マネ1と一緒に沖に出ました。
4回マネさんが横に付き、新人マネさんの離岸・着岸訓練が始まりました。
3人が交代し、ボスマネさんから教えてもらいながら練習します。

ボスマネさんは、上手くない操船で桟橋に上手に接岸できない状況になってもデッドライン直前まで自由に操船させ、最後指示を出していました。
沖では何度も操船していますが、離岸着岸の方がずっと難しいので練習自体初めてです。
今まで上回生マネさんが操船しているのを見て学んだだけの知識だけです。

ついつい手取り足取り失敗しないように口出ししたくなりますが、自分なりの考えでやってみるのが大事です。
自分で失敗を重ね修正して行くのが、最も早く技術を身につける方法です。
「転ばぬ先の杖」をしてしまうと、自ら学んで身につけないので、薄っぺらな技術になります。

さすがボスマネとして4回生5人の中から選ばれただけあります。
人を育てるコツを知っています。
接岸後、改善点などを身振り手振りで笑顔で教えています。
良いお母さんになりそう。
こういうお母さんに育てられた子は、多くの失敗・成功体験を積み、自分の足で立っていける子になるでしょう。

晴れているので、11時になれば北風が入ると予想した通り、10:30頃北の琵琶湖大橋の方にブローが見えだしました。
晴れて陸地が温度上昇し上昇気流が発生します。
その薄くなった空気を補うため、日中夜間の温度変化の少ない海から陸に向かって風が吹きます。
練習している琵琶湖南湖は、犬の尻尾程度に東西の幅が狭く、圧倒的に巨大な北湖から海風が入ります。

マネさんに陸上に連絡してもらいました。
練習に出てきます。
その前にハーバーバックする予定でしたが、レーザーもレース出来ると判断したようで、レース艇が続々出艇して来るので、沖で待つことにしました。

動作練習とショートラウンディングマーク練習して終了。
ハーバーバック~合宿所で昼食後、午後のトレーニングしてブリーフィング後出艇。
動作練習とスタート練習・ショートレース練習。

16:30にハーバーバックし、僕は先に合宿所に引き上げました。
AM・PMとも1回生マネさんが離岸接岸ドライブデビューしました。
ミーティングが始まりました。

今合宿の仮キャプテンは、1ヶ月後就任するだろう次期キャプテンです。
3回生で決めたのだろう次期の構想を実践しています。
コーチ(この日は僕だけ)の話~クラス別ミーティング~全体ミーティング~夕食~全員掃除~自由時間~消灯の流れでした。
今季までは、全体~夕食~掃除~クラス別~自由時間~消灯でした。

夕食を終え、掃除時間になったのでバイクに戻りました。
部員に聞いた風呂屋に向かいます。
「大津湯」と聞いていたのでスマホ検索したらヒットせず、「近江湯」でした。

スーパー銭湯が大流行ですが、料金が安い従来型風呂屋はいいね。
学生時代は合宿が多かったので、家の風呂より風呂屋により多くお世話になりました。
圧倒的に家風呂より温まるので、家族を持ってからも日曜日は家族全員で風呂屋に行っていました。
息子2人とお風呂でいろいろやりました。
人のいない時は水泳教室やったり・・・。
部員は皆合宿所シャワーです。

20:21「セブンイレブン大津松山町店」で、「ブレンディ挽きたてカフェオレ500ml169円+明治ブルガリアヨーグルトブルーベリー138円=307円」を購入し、合宿所に戻りいつものヨーグルトタイム。
1回生マネさんの「ねえ、BFさん紹介してよ~」に応えるべく、スマホで友人写真を出して「こいつはな~」なんてやってます。
若者の恋バナは、聞いているだけで楽しいね。

僕の学生時代は、風呂から帰り自由時間になると、皆バラバラになり勉強していました。
僕は自分の車に入り、トランクから出した教科書など読んだり、レポート書いたりしました。
合宿中の貴重な自由時間なので、勉強しないと単位が取れません。
家に帰れないので時間を惜しんで勉強したけど、意外に効率が良かったのか、卒論がトップ7優秀賞に選ばれ、上出来の成績で学部を卒業しました。
全国制覇した2年上の代のキャプテンは、学部1番の学業成績で卒業し、卒業式で卒業生代表でスピーチしました。

OBルームに入りベッドに横たわり、1人消灯し「おやすみ~」。
2段ベッドで4人寝れます。
部員全員いる時は芋洗い状態なので一緒に夜を過ごす気はないが、半分いないので余裕があり、OBルームは僕1人でした。

10/7・大津祭

コーチしてる大学ヨット部のコーチング日です。
今回は、トップチームが今月末から始まるインカレ団体戦に向けレース開催地入りしているので、下級生だけということもあり1泊2日間コーチです。

3:30に目が覚めたので活動開始。
いつも+お泊りグッズを「里山VTR250」リアボックスに入れ、4:30に家を出ました。
R171~中央環状線~大阪府道r14~R171で大山崎。
京都府道r204で桂川を渡り、r124~r79で観月橋。
六地蔵から北上し、山科でR1に合流します。
いつもなら湖西道路に乗るのですが、分岐を通り過ぎ、「逢坂峠」を越えて大津に下りました。
R161にチェンジし、5:53大津旧市街地ど真ん中にある「天孫神社」。

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この日は「宵山」で、明日は「山建て」という曳山がある「大津祭」当日です。
大津祭って、近江一の宮「建部神社」のお祭りだと思っていたら、大津市京町にある「天孫神社」のお祭りだそうです。
江戸時代に始まった京都祇園祭に似た豪華な山車が町内を曳かれるお祭りだそうです。

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時間調節のため下道で来たのに、まだ薄暗く境内にテキ屋の屋台の灯があるのみです。
屋台へのいたずら防止なのか、石鳥居に掛けられた網で境内に入れずお参りが出来ませんでした。
市街地にあるお宮なので境内は広くなく、屋台に埋め尽くされている感じです。

『祭神:彦火々出見尊・国常立尊・大己貴命・帯中津日子尊 例祭:歳旦祭・1/1 月次祭・毎月10日 例祭・10/10
人皇50代桓武天皇の勅命により其地鎮護の神として四座の神を仰ぎ奉らせたもう今の四宮の社である。歴代国司の崇敬を受け、文禄4年10月近江守源朝臣高次よい当郷の内30石の地を寄付され、元亀中の遷宮につき佐々木家より造営寄進あり。
豊臣秀吉公の大津城築城以来、全城下の鎮護神として当時の摂家たる近衛家の崇敬篤く文政13年庚寅年6月拝殿拝所の造営に預かった。
例祭を10月10日にして、曳山13本祭礼の行粧として綾羅綿繍の惟帳を垂れ笛鐘鼓を以って囃し数々の木偶人を載せて機械の巧を為し、所望と云えて機者に乞うことあれば傀儡をなし、氏子の町々を巡行するその美観壮観は大津祭と称し湖国一の大祭である。
当社は元四宮神社、または天孫第四宮大明神とも奉称され、明治維新の際「天孫神社」と改称した。 昭和47年9月 記:宮司・滋賀行明』

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道路を隔てた斜め向かいが「滋賀県庁」で、戦前の重厚な建物が目を引きました。
『本館は、総工費200万円で昭和12年より改築に着手、同14年5月に竣工しました。
設計は早稲田大学大隈講堂、群馬県庁等を設計したことで知られる佐藤功一氏です。鉄筋コンクリートの4階建で中央には塔屋がそびえ、左右に事務室、そして正面玄関には大きく車寄せを配したその容姿は、ルネサンス様式らしい格調高い存在感を放っており、本県を代表する近代建築の一つとされています』

僕の通った中学は、メンソレータムで有名な近江兄弟社を創業した建築家ヴォーリス設計でした。
大正から昭和30年代まで活躍した建築家で、戦前の重厚な建物と広い廊下、踊り場のある広く緩やかな階段が人の営みに調和し、温かささえ感じる素晴らしい建物、そして今も現役である生命力のある建物でした。
一見斬新で素晴らしく目を引くが「耐震」がどうのこうのとかで取り壊し再建される戦後即席ビルとは思想の違いを感じる。

曳山を探しに、コンチキチンの鐘の音が華やかな裏道にバイクで入ると、すぐに見つかりました。
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男たちが曳山の組立作業中で、前日の雨を避けるためかシートに包まれた曳山をお披露目していました。
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子供さんたちが曳山2Fに載り鐘でリズムを刻んでいます。

東西を走りその路地は通行止になっており、他の曳山も見えました。
曳山のカバーには町名が書かれており、横の町家2Fと曳山2Fが即席通路で繋がっています。
次々に飾り物が運ばれ、曳山がどんどん豪華になっていきます。
前日から道路を封鎖し、曳山を出して組み上げ、今朝から飾り付けを始めるのかな?

この道を西に向かって歩いてみました。
曳山が時々置いてあり、男たちが朝から忙しく飾り付けをしています。
横の町家は昨夜から徹夜でもしていたかのように、灯りがつき、町内の曳山本拠地になっています。
商店には家紋と家名を染め抜いた帳が下り、あるいは下げ始めており、祭スタイルの装飾を窓越しに見せているお店もあります。
朝イチから祭が始まっています。

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中央大通りを渡るところに、「大津祭曳山展示館」の常設道標が設置されていました。
こんなに街に溶け込んだ文化だったのに、毎月大津の琵琶湖に来ているのに知らなかったとは・・・歴史好きとして不覚でした。

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太鼓を叩いて祭気分を盛り上げている曳山がありました。
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大津祭の曳山の動輪仕様が同じで、前輪1つ・後輪2つの3輪車です。
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背丈ほどの大きな車輪で引くのと回転が少しは楽そうです。
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飾りが豪華で天井裏の絵・柱の色・飾り板の彫刻が目を引きます。
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人形が乗っている曳山もあります。
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全曳山に共通しているのは、前方に松の生木が前向きに取り付けられていることと、豪華刺繍の大きな帳が下げられていることです。

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アーケードが覆う「丸屋町商店街」に入ると、ここにも曳山がありました。
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着物を着た人形が載っており、雨対策のためアーケードの下なのかもしれません。
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商店街内にある「永順寺」でUターンします。

『蝉に聞いてみた 土中の7年間、地上の7日間、どちらが良かったかと。 蝉が答えた そんな違いがあったのか!?と 当院住職』

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ここで6:15、カメラを持った観光の方が数人見えだしました。
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曳山は京都の祇園祭ほど大きくはないけど、こちらの方がずっと観光客が少なそうで見学するならこちらかな?

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「コンチキチン」、最初の曳山まで戻ってきました。
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人形が2体載っています。

『湯立山 寛永3丙寅年作製 本年により336年の昔 最初孟宗山と称し、寛文年中湯立山に替る。之はこの山にて天孫神社の祭神に湯を奉ると云う事になっている。即ち、その建物は拝殿を型取り周りの様式は天孫神社の回廊を模したるものなり。昔より、この湯を掛けられたるものは五穀成就・病気平癒・商売繁昌などのの縁起がある。
所望:祢宜が祓いを成し、巫女が笹葉にて湯を奉るところなり
飾り物:胴幕の絵は円山応挙の筆なり。欄間の彫り物四神旗・青龍・朱雀・玄亀・白虎の彫刻は左甚五郎の作なり』

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飾り付けに熱心な男衆の背中には揃いの「湯」がプリントされている。
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次の曳山の覆いが片付けられており、「神宮皇后山」となっていた。

10/5・運動会

長男のお嫁さんが、LINEに近況を投稿してくれました。
嫡孫りょうくん5才は、相変わらず楽しく幼稚園に通っています。
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年少さん(プリスクール)・年中さん(プリK)を経て、この9月から年長さん(キンダーガーデン)に通い出しました。

日本で3年保育幼稚園に通う寸前の4月に長男が海外勤務になり、日本での入園をキャンセルし、4月に生まれた弟が4ヶ月になるまでお嫁さん達3人は実家暮らしし、8月に長男が迎えに来て始まった家族での渡米暮らし。
翌9月からプリスクールに通い出しました。

日本での集団生活経験なしに、初めてのスクールがアメリカでした。
長男同様、物怖じしない性格なので、言葉が通じないなりに楽しく通いだし、1ヶ月もすれば幼稚園のない日がつまらないぐらいになりました。
今や英語生活にも慣れ、クラスで一番のお喋りでむしろクラスの中心です。

日本で生活している時から、お喋りで公園に行くと小学生のお兄ちゃん達の輪に入って一緒に遊ぶ性格から、言葉が通じない環境でも大丈夫すぐ慣れると思ったとおりで良かったのですが、日本から送られる「こどもちゃれんじ」などの日本語教材よりアルファベットの勉強の方が簡単なので、日本語教材を敬遠するのを困っていました。

そこで長男夫婦が困って頼ったのが現地の日本語学校です。
ニューヨークなどの大きな街ではないので終日の日本語学校はないのでしょうが、6月から土曜日だ
け通い始めました。

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その運動会に参加したそうです。
写真を見ると、生徒もみな日本人と思われ、日本でのそれと変わりません。
かけっこ・玉入れ・どら焼き食い競争などで楽しんだそうです。
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親子ダンスのメニューが有り、お嫁さんもりょうくんと頑張ってきたそうです。
こちらの様子は、日本の運動会そのものです。

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こうちゃん2才は、りょうくんに色々な英語を教えてもらい、少しずつ覚えているそうで、ママに単語を言われそれを英語で表現しています。
ビデオでその様子を見ると、長男夫婦がネイティブと同じと言うりょうくん先生からのイントネーションを耳コピしているので、「おっ」と思うイントネーションで答えています。

来年4月で長男の赴任は3年になります。
アメリカでのプロジェクトの進行具合にも由るのでしょうが、その後はわかりません。
日本帰国もあるでしょうが、前任者がスコットランド支店勤務になったので、そうなるかも?と言っています。
次は、そのままアメリカ?スコットランド?日本?
どうなることやら・・・

こうちゃんはタレ眉毛で人懐っこい性格です。
プリスクールに通い始めてもきっと人に好かれると思います。
楽しみです。

また、りょうくんは12月の日本語学校学芸会でおむすびころりんの主役・おじいさん役に選ばれたそうです。
長男の何にでも「僕がやりたい」と立候補してきた性格からすると、りょうくんも「僕、おじいさん役をやりたい」と立候補して選ばれたような気がします。

長男はやりたがり屋さんなので、たくさん失敗しましたが、いつも上手くやろうと頑張るので頼もしく、失敗もみな前向きの失敗だったからそれも頼もしかったし、面白かった。
保育園年長組の運動会で必死に走り、リレーで自分のチームが勝つためお友達を誰よりも大げさに応援し、負けると大きくがっかりし勝つと踊りだしました。
保育園の保母さんたちを「スキーに行こう」と勝手に誘い、「あの~息子さんに誘われたのですが、スキーに連れて行っていただいても良いのですか?」と保母さんに言われた時は驚きました。
独身の可愛い女性たちにスキーを教えた時は、ラッキーだなと思いました。

小1の運動会で選手宣誓をする時は、朝一番に学校に行き、両親含め皆の席をゲットしビデオカメラに収めました。
その冬の親子学年マラソン大会で、先にスタートした親レースで僕が1番でフィニッシュして待っていると、長男がこれまた1番でテープを切りW優勝しました。

修学旅行では高校の時までいつも委員長になり、自分で考えたという「留守番電話サービス」に電話すると、初日は息子の声でこの日の出来事録音が話され、家内と修学旅行期間中何度電話したことか・・・

嫡孫りょうくんもその遺伝子をしっかり受け継いでいるようです。
長男夫婦をこれからも楽しませるでしょう。

10/4・自衛隊創立記念日予行演習

10/7は、近所の自衛隊の創立記念日です。
子供たちがチビの頃は、毎年この日と「春の桜まつり」に自衛隊駐屯地内に入り、戦車に乗ったりしていました。
2年前、ちょうど次男の子すみれちゃんの初宮参りで帰省したのがこの日で、隊内で模擬演習などを見て楽しみました。

今週に入り、連日その予行演習が行われています。
機関銃の音や大砲を撃つ音、ヘリコプターの飛来など賑やかです。
回覧板で近隣住民に大音量での迷惑を掛けることなど広報されました。
基地の街に暮らしているので、大型ヘリに乗って淡路島上空散歩など近隣住民サービスがあり、親父はよく出かけていました。

アパッチ型攻撃ヘリを先頭に、高速小型ヘリ、最後に双発の大型ヘリを連ねる6機編隊が飛んできたので、見に行くことにしました。
通勤リード110に乗りブイーン。
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官舎と格納庫土塁に囲まれた運動場が見えるポイントに行くと、装甲車・ジープ・戦車・自走式榴弾砲などの車両が並んでおり、迷彩服姿の隊員がスタンバイしています。

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お姉さんのアナウンスに従い、整列して出番を持っていた戦車・装甲車が出張って行きました。
戦車は何馬力あるのか知りませんが、ディーゼルの唸り音を上げています。
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戦車の横にレッドライオンマークがあり、中部方面総監部管轄内近江今津の第3戦車大隊から来援したようです、カッコいい。
榴弾砲が、射角を瞬時に変え、大砲を掃除・砲弾詰め・空砲発射を繰り返しています。

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PAC3も来ていました。
数年前、北朝鮮ミサイルが日本列島を飛び越えた時、ここにPAC3が実戦配備されミサイル発射台が空を向いていました。
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あの時担当隊員は、交代で24H配置に着いていたのでしょう。
水陸両用車とすぐ解る「水際地雷敷設車」も来ていました。

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ここは中部方面総監部という陸自で最も守備範囲の広い中部地方から近畿中国四国をも守備する部隊の大将がいる基地です。
防衛大臣や副大臣が来援するのが常です。
運動場西側に設置されている観覧台で見守るはずです。
この日も黒塗りの公用車が2台停まっており、迷彩服の隊員2人に警護されていました。

いつものように、正門・副門を睨む位置にある建物屋上に、大型ビデオカメラが設置され隊員が撮影していました。
反体制派に睨みを利かせています。
数年前の創立記念日当日、我が家から見える路上に乗用車が停まり、私服の公安警察官が正門などを見張っていました。
今年も、公安警察が何処かで見張っているはずです。
以前より沈静化したとはいえ、数年前総監官舎が爆破された事件もありました。
新聞には「ぼや」「不審火」と書かれていましたが、大音響の爆発音があり、総監官舎前道路に多数の警官が出ており、多数の迷彩服自衛官も出張っていました。
一般市民が目に触れない所で、日本の共産化を食い止める暗闘が続いています。
基地のある街に暮らしていると、時々その一部を目にします。

子供の頃からここに住んでいるので、メーデーになると労働組合の赤旗が並び、大量の労働者や学生が反政府・反自衛隊を叫ぶ環境で育ちました。
警備する警官とのいざこざや、反対シュプレヒコール後のゴミの片づけをしてきました。
演習を見ていると実に頼もしいです。
日常に迷彩服の隊員が出勤する姿があるので、つい「ご苦労さま」と声を掛けてしまいます。

よく演習の最後に、またヘリが飛んできました。
重装備アパッチ型攻撃ヘリと少し軽量な攻撃ヘリが基地手前でホバリングし、アナウンスに合わせたのか急速発進し基地上空を全速で飛び去って行きました。
フィナーレのようです。

9/30・マラソン大会

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長男のお嫁さんから、LINEに近況報告が入りました。
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久しぶりにフィラデルフィアの動物園に行ったり、家族でマラソン大会に参加したり、会社の日本人が集まりバーベキューしたりしたそうです。

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写真を見ると、同じような年齢の子を持つ日本人が4~5家族集まってバーベキューをしています。
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お嫁さんは日々英語を使う仕事をしていたので英語に不自由しませんが、やはりに日本語を家族以外と使うと気分転換になるでしょう。

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マラソン大会はローカル色満載で、プリンストン市街地を走るのでしょう。
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最前列にりょうくん5才含め子供達が並び、一斉にスタートして行きました。
こうちゃん2才はパパの肩車に乗ってスタートです。
遅いからこうしないと踏まれちゃいますね。

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フィニッシュ後、完走メダルを首から下げ、記念写真を撮っていました。
ルーカスくん0才は乳母車の中ですが、お嫁さんも胸にもゼッケンがあり、首からメダルが下がっているので、乳母車を押しながら参加したのかもしれません。
お嫁さんは元水泳部で、今は子育てで運動不足になっているでしょうから、気持ちよくランしたんだろうな。

参加者はお揃いのTシャツを着ており、胸には「FAN TEAM Parkinson RUN」とプリントされていました。
どんなイベントなのかな?と調べたら、「5km&1mileランで、パーキンソン病の意識&研究への寄付を募る大会」でした。
長男の会社は、会社を上げて参加したのかな?

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こうちゃんと同じような年齢の日本人は女の子が多いようで、こうちゃんがお友達と写っている写真は、女の子とばかりです。
モテモテで羨ましいよ。

9/24・女子インカレ最終日2

トップ艇フィニッシュ後AP/A旗が揚がり、本日のレースはこれで終了です。
12:01以降スタートできない規定なので当然です。
まだ良い風が吹いており、ちょっと残念。
当方470(Oさん/Tさん組)はそのままハーバーバックして行きます。

トップフィニッシュしたKG艇はその場に残り、メインセイルを降ろし始めました。
2艇目も残ります。
ウイニングランをするのでしょう。
3艇目もフィニッシュしそれに続きます。

コーチボートに曳航ロープを渡し、部旗をもらっています。
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部旗をメインセイルハリヤードにつなぎ、マストトップにKGフラッグが揚がります。
2艇目・3艇目がトップ艇の後に曳航され、S級のフィニッシュを待ちます。

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S級トップ艇が1上24位回航だったので、そのままなら総合優勝に黄信号です。
12位まで順位を上げてフィニッシュしました。
優勝争いをすると思っていた日大は、2位だった1レース目で、トップだったKGに対しルール違反ケースを起こし、これを解消しなかったので失格し圏外に消え去っています。
法政はKGより後でフィニッシュし問題外。
最終レースをトップフィニッシュした明海大学が問題でしたが、2日目の時点で20点ほど差があったのでこれにも勝利。
S級はクラス成績3位に落ちましたが、総合優勝も勝ち取りました。

コーチボートがS級も呼び、曳航し始めます。
僕の乗る観覧船も呼ばれ、S級トップ艇にこの観覧船が掲げていた部旗を渡します。
S級トップ艇マストトップにも部旗が揚がり、2艇目もそれに繋がり、ウイニングラン開始です。

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全艇が帰着したハーバーに向け、コーチボートが5艇を引っ張って入場です。
KG校歌「空の翼」を選手たちが声を合わせて歌い始めました。
歌い終わると、コーチボート・観覧船の全員から拍手喝采!

女子コーチのKさんも大喜びしています。
彼女もジュニア出身で、僕がジュニア理事をしている時、お父さんにたくさん協力してもらいました。
KGに入学し、女子インカレS級2連覇をしました。

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ハーバーに戻り、船の積み込みです。
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僕は用がないので、積込みの様子を見たり、クロージングセレモニー会場で、賞品の1位ダイヤモンド・2位ルビー・3位エメラルドのネックレスを見たり、優勝したKG監督やコーチを労ったり、同期のY君とあれやこれや駄弁ったりして過ごしました。

積み込みを終え、トラックを見送った4人とともに車に戻り、車の中で正装に着替えさせました。
きっとセンターハウス内のトイレやシャワールーム・着替えスペースは大混雑でしょう。

16:30、クロージングセレモニー(表彰式・レセプション・パーティー)。
大屋根の下に、部旗を先頭に各校選手サポーター達が並びます。
皆正装ですが、揃って黒のスーツ姿で、女の子なのだからもう少し華やいでもいいのにな・・・と思
いました。
最近の女子リクルートスーツは、黒ばかりで華やかさがなくなりました。

聞き慣れたNHKオリンピックのテーマソングが流れ、入賞した選手たちが一列に並んで入場してきました。
オフィシャルの挨拶の後に表彰式。
1・2・3位の表彰台にそれぞれの選手がアナウンスされて立ちます。

470クラス優勝KGからです。
優勝旗・表彰状・トロフィー、そしてダイヤモンドのネックレス授与。
スナイプクラスは立命館が優勝、KGは3位。
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総合は、2位以下をダブルスコアで圧倒したKGが優勝。
最後に最優秀選手賞で、女子学生連盟トップとして尽力し、この大会でも5位入賞した早稲田の選手が選ばれました。

17:15、クロージングセレモニーが終了し、パーティーです。
テント下周囲に料理が並んでいます。
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選手達はお皿を持って好きなものを乗せ、適当に置かれたテーブルを囲んで親交を深めています。

中部学生主催の余興が始まりました。
第して「スターボ選手権」。
数組の選手が出てきて「スターボ」と叫びます。
シチュエーションの設定が個性的で、「遠くから聞こえだし過ぎ去っていくスターボ」「どうする?と2人で話し合いながら意を決して叫ぶスターボ」など、とても面白い。
更に面白く盛り上げようと、中部学生たちの男の子の司会や盛り上げ方が上手い。
しばらくしてケーキが出てきて、それがアナウンスされると皆駆け出しました。
さすが女子・・・

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僕はセンターハウスの大階段の所からそれを眺めていました。
時々パーティー会場に入り、当方の選手やマネージャーの写真を撮りました。
大階段には蚊がおり、それを撃退しながら楽しそうな会場を見ていました。

18:30、パーティーはお開きになり大会終了。
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4人を集め、優勝旗などの前で写真を撮りました。
ハーバーを後にします。
蒲郡までラグーナから無料バス、名古屋までJR、京都まで高速バスという帰路予定だったので、JR蒲郡まで送りました。

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R23を走り、18:54JR蒲郡駅に着くと、駅前にアメリカスカップのニッポンチャレンジのレース艇が飾られていました。
でかい・・・ラグーナにもあったはずです。
どちらかが「韋駄天」で「阿修羅」でしょう。
ここで4人を降ろし、解散です。

19:03「Jクエストオレンジロード蒲郡SS」で20L給油。
「音羽蒲郡IC」から東名高速に乗り、伊勢湾岸道に乗り換え、「刈谷ハイウェイオアシス」で休憩。
「大きつねきしめん」を食べました。
意外に量が多く、お腹いっぱいになりました。

巨大大橋が連なるこの道は壮観です。
「ナガシマスパーランド」が電飾されて綺麗。
迫力のあるジェットコースターです。

伊勢湾岸道から「東名阪道」に乗り換えなければならないのに、未開通の「新名神」の方に入ってしまい、終点「東員IC」で下車しミスっちゃいました。
21:13「御在所SA・ファミリーマート」で「ブルーベリーヨーグルト118円」を買い休憩。
東名阪道~新名神道で、22:27名神との交点にある「草津PA」で「ガリガリ君ソーダ75円」で糖分補給。
名神~中国道「豊中IC」下車し23:30頃帰宅。
ああ、楽しかった~

9/24・女子インカレ最終日

レース最終日です。
4時に目覚めスマホをチェックしたが、充電されていない。
去年買ったコンビニ充電器は壊れたかな?
去年のはタブレットに使ったので、合わないのかも?

4:55「サンクス大塚海岸店」で、「多摩Ad用コンセント2.4A1598円+ブラウンモバイルシェーブ2160円+ファミコレフルーツミックス500ml100円=3858円」購入。
Pにて、車のUSBから充電するとOK。

ハーバーPに戻り、また朝のお散歩。
昨日(日曜)の夜は、今日も振替休日なのに静かでした。
やはり土曜の晩が最も盛り上がるのかな?

6:30に「ホテルAZ」に行き、またフロント食堂で待ってると、2人組がスーツケースをゴロゴロ言わせながらハーバーに向かって歩いて行きました。
「乗せてあげるよ」と声を掛けようと思ったけど・・・。

7:15AZ出発。
「8:15~ブリーフィング、9:30~第1レース、11:31以降スタートしない」のスケジューリングですが、470が4レース、S級2レースしか消化できていないので、「12:01以降スタートしない」に変更されました。

昨日同様風がなく、AP旗でスタート延期・陸上待機です。
9:30鳥の大群が編隊を組んで渡っていきます。
夏を日本で過ごした渡り鳥が帰っていくのでしょう。
朝、ジュニア上がりで親御さんと年賀状交換して親しくしている九州出身の日本経済大卒のKGコーチM君にばったり会いました。
昨日まで西宮で男子のコーチをしていて、今朝こちらに駆けつけたそうです。

KGサポートボートに乗れるかKGバースに聞きに行くと、「大丈夫ですよ」とあっさり。470トップ艇の親御さんが1組帰られたので、6人乗りの小さめのボートが親御さん観覧艇になるそうです。
マネージャー1人と家族2組だけなので、僕が部とヨットを知ってるから、マネージャーに指示を出す役目のようです。
OB会関東支部の先輩方面々とあ~だこ~だお話しました。

バースに戻ると、バウハッチを開け、水を出しています。
何度出してもスポンジはたっぷり水を含んで出てきます。
「めっちゃ、水が入ってるんですよ。何処から入ってきたんでしょう」「そうか、陸上でハッチを開けていなかったのか」

過去何度も、「レースフィニッシュ後スポンジで水を出すこと」「艇庫ではエアタンクのハッチを開けておくこと」を伝えたのだけれど、それを怠っていたようです。
デッキとボトムの継ぎ目を視覚と触覚で確かめましたが亀裂もクラックもなかったので、沈の時入ったのでしょう・・・迂闊でした。

これはコーチとしての私のミスです。
昨日のレースもドライコンディションで出させていれば、1上11位から23位まで順位を下げなかったろうし、次の27位もなかったように思う。
両方共10番は着順が良かったのではないか。「あ~失敗した」。
まさか、こんな初歩的なことを・・・

昨日同様、11時になりSWの風(2つの島と沖の半島の間の太平洋へと続く湾の開口部)が入りだし、10:50D旗。
次々に出艇して行きます。
僕は桟橋に向かいます。
時間的に1レースでしょうが、できるだけ多く全国レベルの大会を経験して欲しい。

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11:40スタート。
本部船寄り・2線スタートでした。
スターボで出て早めにタックは定石通り。
そのまま右海面に向かうと思いきや、何故か少し走っただけでタックし、ポート艇のスターンを切って左海面に出ていきます。
最もやってはいけないパターンのスタートで、これでは1上30番以上は望めない・・・がっくりです。

ところがです。
1上トップ回航。遠くでよく分からず、似たスピンが上がったのは視認していたが、まさかあのスタートで・・・と思い、「上がらないな~、何処行っちゃたんだろう」と見ていました。
帰着後聞いたら、ほとんどの艇が2日間右海面が良かったので右に行き、「ダメダメスタートだったので、チャレンジしてみた」とのことでした。
確かに2度目のタックをしてスターボになった時、ほとんどの艇はポートタックで走っていました。よって、スターンを交わしていったけど、左に行く艇がほとんど泣く、全艇のスターンを交わし切るのが早く、早めにフレッシュウインドを受けれたようです。

帰着後、優勝したKG選手(第1マーク2位回航)が、1艇だけ左に大きく出していた艇があり負けたとの事でした。
スタート時より少し風速が上がったので、沖からのブローで風速が上がったのでしょう。
これは1ヶ月後の全日本インカレに向けて好材料です。

KGはレース待機中もコーチボートを沖に出しており、ウインドコンディションの変化と共に、カレント・コンディション・データも取っています。
潮の流れは、陸(N)からと島(W)から強めだったそうです。
西宮の干満差が1mなのに、ここは大潮で2mあり、土日がちょうど大潮でした。
干潮11:31~満潮17:50なので、255°の風向も相まって影響したのかもしれないが、まだゆっくりな流れだからそれほど影響しなかったのかも知れない。
レースの鉄則では、「先に潮に向かえ」です。

12:04、上マークから1下へアプローチ中の470を双眼鏡で確認すると、9位を走っています。
まさか・・・「どんだけ走ってるねん。末恐ろしい2回生女子」。
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12:20、2上6位回航。
バウの水を抜いただけで、レベルの高いシングル順位で更に順位を上げてくるとは・・・。
スキッパーOさんは、昨日走ってて「バウが重いな~」と感じたそうです。
それでハッチを開けてみたらこの状態だったそう。
重いと感じるセンスが素晴らしいです。

最終マークも6位回航しましたが、フィニッシングラインまでのアビームランでスピンがなかなかはらまず、やっとはらんだときには7位甲南艇に風上側にオーバーラップされており、フィニッシングライン直前で抜かれてしまいました。

9/23・女子インカレ2日目

真っ暗な4時に目が覚め、お散歩しました。
夜中、無料Pなので何台か車が入ってきて、カップルがお散歩に出ていく話し声が聞こえました。
過ぎ行く夏を惜しんで・・・人生のラブな最盛期ですね。
大いに結構。
ただ僕は夜中のドライブデートした経験はありません。
女の子が夜中で歩くのに抵抗があるから、女の子を真夜中連れ回したり出来ないわ。
きっと一人暮らしの女の子なんだろうね。

6:04「サンクス大塚海岸店」で、「ブルガリアヨーグルト味わい苺137円+こだわり栽培バナナパック3本228円=365円」購入。
バナナ1本&ヨーグルトで朝食にして、「ホテルAZ」Pに入れ、フロントで待ちます。
またKGの女の子たちが先に出発のようで、挨拶しながら出て車に乗り込んでいきます。

7:15、4人を載せAZ発。
ハーバーで女の子たちを降ろし、着替えて車を出ると、母校監督と女子コーチにバッタリ。
気になる今年から470ビルダーとして参入したピアソンボートのレース艇と、これまた今年から許可されたスーパースパーマストについて聞きました。
ビルダーにOBが入社したKGと日大は、これからピアソンを積極的に買っていくようです。

当方の支援体制のことなども話していると、「乗る船有りますの?」「いいや、昨日は山の上から見てたんだ」
「うち、まだ乗れると思うので乗りますか?」「いいの、無理せんといてよ」
「大丈夫やと思います。マネージャーに言うときますわ。出艇したら桟橋に来てください」「ありがとう」。

彼の弟が現役部員の時、僕がコーチしてたりしたのでいつも便宜を図ってくれます。
ありがたい。
体育会の先輩後輩関係は、生涯続くね。

8:15スキッパーズ・ブリーフィング。
9:30第1レースの予定でしたが、風がなくAP旗で延期。
ジュニアヨットクラブの次男の後輩で初日3位の子とその両親と話す。
相変わらず仲の良い夫婦で、子供の応援を楽しんでいます。
当方のバースに戻ると、中部学生連盟所属のヨット部員達がやってきて、「あの~・・大学さんですよね。マネ飯のブログ見てます。真似させてもらっています」と、当方部員とあ~だこ~だ話しています。
当方のウェブサイトをチェックしているらしいです。

「・・ですか」と中部の選手がやってきて、全日本に進むための練習方法などを僕に聞いてきました。
あ~だこ~だ話しました。
ヨットを楽しんでくれたらいいね。

千客万来になり、去年最優秀選手賞を取った長男の母校O大学のAちゃんがやってきました。
「僕のビデオ参考になった?」「はい、京都からA君に持ってきてもらい、大阪で3時間ぐらいそれを見ながら話しました」。
今春、新西宮YHで母校主催のレースに、両大学が出場しました。
その時、コーチボートからビデオを映し、レース展開・方向転換ポイント・マーク回航ポイントなどをビデオ撮りながら吹き込みました。
更に、帰宅後詳細な解説文を加え、部員全員に送りました。
それがわかりやすいと部員内で評判になり、Aちゃんに伝わったらしく、翌週僕が新西宮YHに行った時、Aちゃんが駆けてきて「あのビデオ、私にも見せて下さい。O大で皆で見てもいいですか?」と言われました。
全く問題ないので、「当方大の子から送ってもらいな」と伝えていました。

ふ~ん、あれで3時間もヨットレースのことで話せるかな?
Aちゃんと、当方A君は・・・な関係ではないの?・・・なんて、要らん想像をしました。
僕は恋バナが好きです。

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SWの風がそよそよ入ってきたので、10:45D旗で470出艇。
桟橋に行くと、KG父兄観覧艇に乗せてくれました。
さすが優勝経験が何度も有り、今大会も優勝狙いのKGは、コーチボート・父兄観覧船・OB観覧船の3艇体制でした。

OB観覧船は、OB関東支部がチャーターした船で、5~6人乗っておられました。
その中になんと僕と同期のYくんもいました。
「やあやあ、久しぶり」
就職して関東に行き、海外勤務などもしていたので、会うのは学生以来かもしれません。
それでもすぐ解り、外見は僕同様変貌していましたが、声は全く同じでした。
懐かしいな。

父兄は、3組のご両親でした。
マネージャー2・プレイヤー1の合計10名です。
広島ジュニア出身の親もおり、ジュニア含めいろんな話で盛り上がりました。
大学からヨットを始めた子の親御さんはヨットレースのことを知らないので、あれやこれや説明しながら一緒に観戦を楽しみます。
去年2位だったHさんの両親は、「今年こそ」と期待しているでしょう。
子を出汁に親が楽しまなければ・・・親が応援に来てくれると、やはり嬉しいものです。

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見慣れないライジャケを来ている子が乗っていました。
そのことを聞くと、マイライジャケだそうです。
芦屋の山手に住んでいるとか・・・3人の女の子達が美人さんばかりだし、これは楽しそう。

11:30、470第3レーススタート。
当方は、1上16位回航。
得意な軽風とは言え、上出来。
ところが昨日は強風を恵んでくれた海ですが、今日は微笑まず風が落ちてしまいました。
12:20N旗が上がりノーレース。
12:34AP/H旗が上がり陸上待機になりました。
KG艇を曳航してハーバーバックします。
当方の艇はオフィシャルボートに曳航されているのでOK。

ハーバーバック中、SWの風がまた入り出しましたが、一旦AP/Hを上げたので、ハーバーで全艇帰着を確認しないと再出艇できません。
良い風なのに残念。
帰着しバースに戻り、「帰着申告のチェックを終えたら、すぐ出ると思うよ」と気持ちを切らさないようにしました。

13:15D旗で470出艇。
またKG観覧船に乗せてもらいました。
14:00Goodスタートでスターボを伸ばし、タックしてスターボ艇のバウをどんどん切っている。
これは上マーク期待できそう。
14:14、1上11位回航。
後半でスタート後右に出した艇にバウを切られたようで、右海面の方が良かったようです。

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14:28、2上24位。
ここまで順位を落とすとは想定外でした。
3m/sの得意な風なのに・・・。
14:58、23位フィニッシュ。
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KGは、470で2位、S級トップフィニッシュを決めていました。

最初の規定では、「15:31以降スタートしない」となっていましたが、初日S級のレース成立がゼロだったので、「16:01以降スタートしない」に変更されています。
15:10、R4スタート。
今度はスタートがダメで、1上24位回航。
このコンビは軽風でスピードがあるが、スタートがまだダメです。
2上26位。
25位前後が、実力的に定位置なのかな?
強風30位・軽風20位と予想していたんだけど・・・もう少しやれるはずなんだけど・・・27位フィニッシュ。
KGは470トップで、日大10位・法政16位と崩したので、KGが逆転で総合トップに立ちました。
S級5位でした。
両クラス優勝争いですね。
総合でも優勝争いです。

父兄観覧船は、KG470チーム3艇を引っ張ってハーバーバック。
バースに戻り、1上11位回航した2人の選手を褒めまくった。
女子だけの大会だけど、KGや日大などのジュニア・高校ヨット部経験者で更にインターハイや国体で活躍した実績のある選手も多数いる全日本で、11位回航するというのは上出来です。

最終レーススタート時間を30分遅らせたので、ハーバーを出るのが昨日より30分遅いです。
4人をホテルに届け、19時に夕食を食べに行く約束をして別れました。

18:23「サンクス大塚海岸店」で「大人なガリガリ君マスカット108円+ファミコレフルーツミックス500ml100円+ダブルチョコオールドファッションドーナツ118円+FDK富士通プレミアム単3・4P484円=810円」を購入。
ホテルPにてガリガリ君で糖分補給します。

KGの女の子たちが出ていきます。
「夕食かい?」と聞くと、「OBさん達の招待です」。
KGヨット部OB関東部会からの激励ですね。
OBだって、うら若き女の子が大勢、楽しいものね。
5艇出場してるから選手10人と交代要員やサポートマネージャーで20人弱来ているはずです。

19時になり、向かいの前日パスした外見の怪しい店「とんかつ香楽大塚店」に入りました。
僕は「魚フライ定食」を注文。
2人は「とんかつと魚フライ定食」で1人は「ハンバーグステーキ」。
お店の外見はいまいちだけど、ここもとても美味しくお腹いっぱいになりました。
海の近くだけあって、この辺のお店は海産物が美味いのかな?

コンビニに行く彼女たちと別れ、ハーバーPへ。
単3電池式でスマホに充電しながらおやすみ~。

9/22・女子インカレ初日3

僕は竹島観光に向かいます。

R23を西に走り、17:27「八百富神社」。
明治時代風、木造洋館建築の「海辺の文学記念館」の周りの公園を散策し、予想より暗くなったので、急ぎ足で島に渡りましょう。

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橋を渡りだすと、ちょうど西の山に夕日が落ちるタイミングでした。
東に目をやると、その夕日をホテルや旅館の白い建物が浴び浮き出ていました。
振り返ると、歩いてきた橋の延長にある丘の上に建つ「蒲郡クラシックホテル」が綺麗です。
竹島の上空を鷲が数羽飛んでいます。
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「八百富神社」の鳥居をくぐり島に上陸。

『天然記念物・八百富神社社叢 竹島は、対岸から約400mの海上に浮かぶ面積1.9haの小島である。基盤は花崗岩質で、表土は浅く、海岸は岩盤が露出して断崖を成している。
島全体が八百富神社の境内であり、対岸と異なる植物相が自然植生の状態で群生しており、東海地方では他に見られない代表的な暖帯林である。昭和28年7月から20数回の調査によってシダ植物・裸子植物・双子植物・単子葉植物など合計238種の高等植物が自生していることが判明。植物分布上特に注目スべきものに「キノクニスゲ」「カゴノキ」「サカキカズラ」などがある』

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社殿に上がってみる。
『市指定有形文化財・木造弁財天像 本像は、檜の一材から丸彫りした古色、彫眼の小像で、やや下脹れした表情や、鎬立ったくせのある衣文の表現などから、室町時代(16世紀)の製作と認められる。高さ16.8cm・像底に江戸時代に記されたと見られる寄進銘(無年紀)がある。
弁財天十五童子像 本画は、中央に弁財天像、その下に大黒天と毘沙門天の二天像が描かれ、それらの下方にさまざまの供物を持った十五童子が描かれている。
このような構図はめずらしく、室町時代(15世紀中期)の作と思われ貴重である。
絹本着色・縦59.2cm・横33cm。
俊成卿画像 90才の賀に後鳥羽上皇より賜った鳩杖を右にすえた藤原俊成の姿を描く。江戸時代の作で、作者は土佐派の土佐光芳となっている。俊成分翁姿はめずらしい。絹本着色・縦98.5cm・横33cm。
五條三位俊成卿筆加賀切 元真集の断簡である。加賀金沢の藩主であった前田家に伝えられていたが、大正15年に名古屋で分割されて、加賀切と名付けられた。
本書は、そのうち248首から253首の和歌6首で、昭和6年11月18日、竹島の千歳神社鎮座の時に、冷泉為系伯より寄進されたものである。
竹島参詣滑稽鄙栗毛 本書は、江戸時代後期の弘化2年(1845)初秋の作で、十返舎一九の東海道中膝栗毛を模したものである。当時の竹島の御開帳参詣の様子がおもしろく表現されている』

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社殿から向こう側に下り、海岸に出て島の周回道路で戻りました。
東の空に月が上がっています。
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橋に戻ると欄干に灯が入り、別の美しさがありました。

『冷泉為系伯御歌 竹志まの 緑久しく 茂らなむ 宇烈にひとの 其の名もろとも』

『竹島弁財天 八百富神社の御祭神は天照大神の神子天真名井の3女神の1神・市杵島姫命である。この市杵島姫命は弁天様として人々に親しまれ、当社も古くから竹島弁財天の名で有名である。
社宝の「弁財天十五童子画像」は室町時代の作であり、元文元年当地の領主・松平氏の家臣・小田藤太夫の著した竹島縁起に「八百富神社と申し奉るは、皇太后太夫藤原俊成江州竹島弁財天勧請也」とあり、その歴史の古さを物語っている。
この竹島弁財天は、全国的に名を知られ、日本七弁財天の1つである。近郷では三河弁財天の1つでもあり、参詣の人々の多いことで知られている』

『篠津遥拝所・石の鳥居由来記 宝永2年(1705)の水飢饉の折、西ノ郷(蒲郡市)の領主・松平義堯(よしたか)は篠津遥拝所(竹島八百富神社遥拝所)で雨乞いの祈願をしました。その甲斐あって恵みの雨が降り豊作となりました。
また後年、元文3年(1738)石の鳥居を寄進しました。我ら厄年にあたり、この由緒ある石の鳥居に謹んで額(竹生島神社名誉宮司・生嶋竹雄書)を奉納いたします』

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『八百富神社由来略記 神社名:正しくは八百富神社、通俗に竹島弁天 祭神:市杵島姫命 開運の神、縁結び安産の神
養和元年3月18日、藤原俊成卿がこの地方開発のため、江州竹生島から勧請奉斎されたもの。徳川家康公は当社に参拝され、朱印4石8斗を寄進された。領主・松平氏の崇敬は、累代鄭重をきわめ鳥居その他数々の品を奉納された。
祭日:例祭10月第3土日 月次祭毎月18日
境内神社:宇賀神社・宇賀御魂神・商売繁盛 大国神社・大国主命・福の神 千歳神社・藤原俊成卿・長寿芸能の神 八大龍神社・豊玉彦命・厄除神
竹島は総面積18800平方メートル(5800坪)、島高24m、周囲680m、架けられた橋は387.3m。鬱蒼たる林叢は暖地性植物200余種が茂り、文部省より天然記念物に指定されり、農林省より魚類を集めるに必要だとのことで魚つき保安林に指定されている』

R23で4人の泊まっている「ホテルAZ」Pに車を入れ、フロント食堂で待ちます。
待ち合わせの18:30に4人が降りてきて、夕食を食べに出ます。
マネNさん情報「国道を渡った所に美味しいとんかつ屋さんがある」に従い店の前へ。
「とんかつ香楽大塚店」の店構えはイマイチで、店頭の商品サンプルが無茶くたびれており値段表示なし・・・Tさんが扉を開けた所で、皆なんとなく不安になり「あっちに行こう」ということになりました。

その並びに「和風レストラン」があり、店構えが良いです。
「和風レストラン浜路」のメニューサンプルはまともでした。
僕は「きすフライ定食1200円」。
とても美味しく、みんなお腹いっぱいになり大満足。
6000円ほどお支払しました。

翌日のお昼を買いにいくというので、歩いてコンビニへ。
19:33「ファミリーマート蒲郡大塚店」で、「フルーツミックス100円+サクレレモン129円=229円」購入。
国道を渡り、Pで解散しました。
翌朝は7:15ピックアップです。

19:47にハーバーPに戻りました。
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ラグーナはリゾートタウンなので華やかで、神戸ルミナリエのように電飾されていました。
布団を敷き寝る体制に入った所、20:00花火の音で起こされました。
起き上がり、車内から花火見物。
それが終わりゴロンとすると、再びドカンドカン。
少しの休憩を挟み、4回花火が上がりました。

車外に出て、近くで観ました。
ナイスでした。
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ついでに、ハーバー前の「変なホテル」に入ってみます。
このホテルのフロントは、恐竜ロボットです。

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ホテル横の建物の壁には、懐かしいインベーダーゲームが映されています。
遊園地内のイベントでしょうか?観覧車も回っています。
22時ぐらいまで開園しているのかな?
おやすみなさい・・・

9/22・女子インカレ初日2

陸上本部の公式掲示板をチェックし、何もなかったので車に戻り、マネージャー2人と一緒に山を上がります。
かなりの急坂で、その途中に1ヶ月後の宿が建っていました。
「うわ~、坂凄い~」と、次の時は歩きになるのでビビっています。
でも宿からでもレースが見れるんじゃないかな?

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12:52、展望台。
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ヨットハーバーから見える保養施設横です。
西の風で、2つの島と本州との間に打たれた第1上マークは見えませんが、その他のマークは眼下に一望できます。
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全面白波のコンディションとなり、アベレージ8m/s・MAX10m/sオーバーの風が入り良いレースになりました。
当方には少々辛いレベルですが・・・

第1マーク回航、なんとなんと当方9位回航。
強風になると怖くてセイルが引ききれず一気に遅くなってしまう不得意風域なのに素晴らしい。
この夏の練習やレースで、とても上達したようです。
3人で歓喜の声を上げました。
すぐにマネージャーがLINEやツイッターで琵琶湖にいる部員と共有します。

ところがです。
僕も双眼鏡を覗いていたマネTさんが、「あ~沈しました」という無常の報告。
第2マークを回航し、第3マークに向かっている途中で沈したようです。
近くを走っていたKG艇と一緒に沈したそうです。
ブローが入ったのでしょう。

帰着後、スキッパーが下側に座れないような風の時の2人の座る位置をアドバイスしました。

何度か沈を繰り返しやっと沈が起きましたが、スタートラインに向かっている間に2レース目がスタートし、第2レースもリタイヤしハーバーバックする雰囲気です。
山からハーバーへバックします。

14:17、平均22ノット(11m/s)が一定時間拭き続けたので、規定によりスナイプは第1レースの2上直前でノーレースになりました。
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優勝候補・大阪大のAちゃんがトップ走ってたのに残念。

14:43、当方が風を抜きながら帰ってきました。
無事で何より。
このレースを経験したことで、大きなものを得たはずです。
争っていた下艇がブローのウエザーヘルムで上ってきたので、それに合わせようとしたらブローチング沈したようです。

「1上9位で回航したんですよ~」と残念がる2人に、「良くやった、良くやった。20番で回れれば素晴らしいと思ってたよ。上出来、上出来。セイルは大丈夫?スピンは?」とマテリアルの消耗を問うと、問題ないようです。
強風時、スキッパーが下側に座れないような風の時のセイリングを教えました。
2人の座る位置を変更するだけで、船は安定します。
僕がナショナルチーム時代、イギリス人コーチに教えてもらいました。
4回生の時は、このセイリングをマスターしていたので、強風になれば学生相手なら向かう所敵なしになりトップフィニッシュばかりしていました。

470は、第3レースもスタートしたが、風が更に強くなりノーレース・ハーバーバックになりました。
女子だけの規定かな?
2年前の大会もここで開催され、全校マスト1本以上折れるという大惨事になりました。
まあ、人的被害はゼロだったので、問題ありません。
レース後のマストの手配が、来ている業者さんの在庫がそこまでなく緊急輸送になりました。

15:31以降スタートしない規定になってるので、これでレース初日終了。
日大と法政が、1・2位と2・1位でトップ。
次男の後輩のジュニアヨットクラブ出身の九大に行ってる子が3・4位で3位。
4位が母校KGの去年2位だったKさん/Hさんコンビで、6位・3位の着順。

片付けて、16:56ハーバーを後にしてホテルAZに4人を送りました。

9/22・女子インカレ初日1

先週末、全日本インカレ地区予選を両クラス2位突破したところです。
そして今週末は、当方大学ヨット部から3年ぶりに参加する「女子インカレ」です。

女子選手が2回生2名・1回生3名います。
2年連続して女子選手が入部してくれたので、この流れを途切れさせないためにも、いろんなレースに参加しヨットの楽しさを体験して欲しい。
大学に入ってヨットに初めて乗った2回生部員ですが、それなりに走れるようになり、レース経験も1年になりました。
頑張って欲しいなとサポート体制をキャプテンに聞きました。

選手2名+2回生女子マネージャー2名体制で、コーチなし・車なし・コーチボートなしです。
有力チームは、監督・コーチまで繰り出し、支援艇を複数用意する体制なので、せっかくの大会なのに肩身の狭い思いをするかもと思い、急遽コーチングすることにしました。
成績を出すのは選手だけですが、周りの応援やサポートで成績は大きく変わります。

サポート体制がしっかりしていると、レース期間生活に余裕があり、その体制がライバルより優れていると、なんか勝てそうな気になり、劣っていると萎縮して成績が伸びません。
長く、ジュニアや大学でコーチをした実体験です。
ジュニアはより如実に現れ、ヨット経験関係なく親が熱心に関わる子は成績が伸びます。
トップ選手になりにはセンスが必要ですが、トップ10%ぐらいまではサポート力で伸ばせます。

僕がこのクラブのコーチになった15年前は、この体制がイマイチで、僕が学生だった頃のままでした。
スポーツ科学が進み、フィジカル面やメンタル面のアプローチが今は大違いです。
まず女子マネージャーの練習への参加を促し、コーチボートを全員が運転できるよう船舶免許を取るよう促しました。
レースフィニッシュ後、「冷たい麦茶を女子マネさんからもらう」ことでコーチボートに帰ってくるように選手を誘い、アドバイスするようにしました。
そして、なんと言っても「罵声や怒号のない、笑いのある楽しいクラブ活動」にすべく、マイナス言葉をプラス言葉に置き換え話すようにしました。

僕は部員の親より年上なので、僕からバカを言ったり、女子部員には恋バナ話を振ったり、部員と肩を組んだりスキンシップを取るようにしています。
命令形の言葉は禁句で、部員の名前を反復して覚え、名前で呼ぶようにしています・・・特に1・2回生は。
彼らに劣っているスマホ操作など教えてもらうようにし、魔法の言葉だと思っている「ありがとう」はもちろん、「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「さようなら」など挨拶はこちらから先に言うようにしています。

日本は江戸時代の儒教思想の年齢による上下関係が未だ強く、とかく年齢が上のものはおだてられ優先されるので勘違いし上から目線になりやすい。
スポーツクラブはあくまで選手が主役です。
コーチはより楽しく、より成績が上がるようサポートするのが約目です。
僕には、次男がこのクラブに入部し、4年間お世話になり育ててもらった恩返しの面もあります。

卒業して数年の若手OBが、練習にもレースにも来るようになり、最近は彼らが熱心にアドバイスしているのを見ていることも多くなりました。
次は、部員の親をレース観戦に来させたいと思っています。

有力校は、他校の支援体制を見ているもので、その体制を見て、1ヶ月後に迫る「全日本インカレ団体選手権」のライバルを値踏みする。
これからのし上がっていこうとしているので、色んな面で対抗し、選手に経験させ、有力校と並ぶような結果が出るのが当たり前と思うようにならねば勝てません。

9/21、金曜日の仕事を終え、布団を車に積み21時に出発。
21:03近所のローソンで、「キリン小岩井ミルクとコーヒー500ml162円+手巻き熟成辛子明太子140円手巻き熟成焼きたらこ140円=442円」購入。
R171~吹田ICから名神高速~京滋バイパス経由で再び名神に合流し、22:07「草津PAセブンイレブン」で「プレミアムたっぷりクリームパン100円+プレミアムひねり揚108円=208円」。

新名神に乗り換え、亀山JCTから「東名阪道」に乗り、23:13「御在所SA」着。
ここで寝ます。
2・3列目シートを倒しフルフラットにして、布団を敷いてゴロン。

9/22(土)3:30出発。
伊勢湾岸道~東名高速に乗り、「音羽蒲郡IC」下車。
愛知県道r73~R247で、6:01「豊田自動織機蒲郡ヨットハーバー」着。
前回来てから数年経っていますが、トヨタのネーミングライツが付いた程度で、相変わらず嬉しい無料24HオープンP完備です。
大会期間中はここで寝ましょう。

コーチボートがないので、ここでオフィシャル側としてジュニアのOP級全日本などを事務局長として開催した時、お母さん方が言ってた山の上から見たポイントを探しに行きます。
三谷温泉の旅館・ホテルが建つエリアに登っていきます。

野生の勘で走り、2ヶ所見つけました。
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6:10「巨大弘法大師像」。
下から見えていた観音様は弘法大師でした。
大きくはないですが、展望台もあります。
もう1ヶ所もP無料です。
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弘法大師像横には、「日本一の喫茶店」と自称する「HILL TOP」という景色の良さそうなカフェがありました。
ここで観戦しながらお茶するのも良いね。

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ハーバーPに戻り、サポートマネさんに電話します。
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大会実施要項では、「9:45~スキッパーズ・ブリーフィング、11:00~開会式、13:00~第1レース」となっているので、YH開門の8:00には入るのかな?と。

9:00YH着を予定し、8:30宿を出るとのこと。
宿名を聞き、「車でピックアップしに行くよ」と伝えると大喜びし、8:50ピックアップに決まりました。
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8:10に4人が泊まっているR23沿いの「AZホテル」着。
1F玄関を入ってすぐ食堂&フロントがあり、トイレは客室内のみでした。
全国チェーンのようで、「1泊シングル4800円」で朝食付きです。
アメリカのBBのように、ロードサイドにこういう安価なホテルが出来ていくと良いなと思いました。

食堂に入ると、母校KGの子達数人が食後のおしゃべり中で、客室に引き上げ外に出ていき車に乗り込んでいきます。
僕をOBだと知ってる子は挨拶して行き、夏に先輩の散骨で一緒の船に乗った2人に、「頑張りよ」と声をかけました。
470のKさん・Hさんコンビで、3回生だった去年同点で2位でした。
今年こそは・・・優勝候補の一角です。

8:50当方の選手達が降りて来たので、彼女らを乗せてハーバーへ。
和歌山マリーナシティー同様、傍にリゾート施設「ラグーナテンボス」があり、少し華やいだ雰囲気を持っています。
9時にハーバーに着くと、4人を降ろし、僕は着替えてセンターハウスなどを見て回ります。
以前と全然変わっていません。
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相変わらず505級が置いてあります。
OP(ジュニア)も、数艇練習の準備をしています。

昨夜から降っていた雨が上がりどんよりしています。
果たして風は・・・。
当方部員の艤装も進んでおり、ここでの経験による風の傾向を話し、フレッシュウインドの中をできるだけ長く走るようアドバイスする。
もう、耳タコだろうけど。
彼女たちは、このレースを経験することで一回り大きくなるはずです。
レースは1レースで10日分ぐらいの練習に匹敵します。
多くを学び、多くの友達を作って欲しい。

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他校の艤装風景を見に行きます。
母校KGの選手たちに声を掛け、コーチ陣のことを聞く。
K監督とK女子コーチが昼頃来るそうだ。
470級のピアソン艇やスーパースパーマストを探しに来たが、有力校にはちらほら入っているはずだが、日大の1番艇リコールNO.12だけのようです。
KGは持ってきていないそうです。

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スキッパーズ・ミーティングに続き、オープニングセレモニーが大屋根の下で始まりました。
当方は持ってきていませんが、各校部旗を先頭に並んでいます。
皆、参加賞で頂いたピンクの大会ロゴ入りTシャツを着ていますが、「聞いてないよ~宿に置いてきちゃった~」と当方4人。
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目立たないよう、他校の後に並んでいます・・・部旗も持ってきていないし。

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12:10、運営艇要員に招集アナウンスが入り、選手は船をスロープに移動させます。
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12:20、470/D旗が揚がり次々にレース艇が出艇して行きます。
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Oさん/Tさんコンビは、初の全国大会で「緊張する」と言いながら、元気よく出艇して行きました。
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スナイプ級も出ていきます。

9/18・サッカー観戦

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次男一家がサッカー観戦に行きました。
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スタジアム全体が黄色ですね。

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ぐふふ、可愛い~
初めての私の遺伝子を嗣ぐ女の子・・・何度見ても可愛い~
長男とこの3人の男の子は、無邪気で活発で面白いし、将来頼もしく頼りになるのはわかっていますが、「可愛さ」ではすみれちゃんに敵いません。
恐るべし、女の子・・・

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家族3人、黄色に染まって応援したようです。

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会社の同僚の息子さんのようです。
お兄ちゃんに手を繋いでもらい、頑張れ~。
女の子は、エスコートする男の子がいるのが似合います。

9/17・インカレ予選最終日

北風が吹き出して、10:35陸上大会本部にD旗掲揚され、一斉にレース艇がレース海面に向けて出艇して行きます。
この日もボスマネの他にマネージャーはゼロで、陸上・他の支援艇に分散乗艇しています。

沖に出ると弱かった北のブローが強まり、これなら行ける。
前日後半、この風になり470が3艇合計18点を取って2位に上がりました。
スタートマニューバリングに入るものの風向が大きく変化し、11:19AP旗でスタート延期。

風は落ち、2m/sほどになりましたが、11:29AP旗ダウンでスタートマニューバリングが始まる。
11:35、470第8レーススタート。
2回生スキッパーN艇スタート失敗している、ああ~。
逃げのタックをしているが上がって来れるのか・・・。
昨日調子の上がらない1番艇K君が控えの2回生と1レースだけ交代したりなどして、何とか2位まで上げたのに、1艇の失敗が致命傷になる。

他の2艇の位置を双眼鏡で追いながらレース展開している。
昨日後半から復活してきた1番艇が良い位置を走っている。
「5位以内かな?」と想像し、監督・若手コーチとワイワイやっていると、ドライブしていたボスマネさんから、11:39「LINE連絡来てる。UFD・リコールナンバー4番」・・・「4番ってKじゃないの?」・・・当方1番艇が早すぎるスタートで失格したようです。
これだけで30点、他の2艇が1・2フィニシュしてなんとか。
片手フィニッシュしても40点コースで、4位との5点差はギリギリ。
N艇はスタート失敗したし・・・コーチボート上はお通夜状態になり誰も言葉を発しません。
ただS級のスタートや470のレース展開を遠望しているのみ。

第1マークの風上海面のブローが止まったようで鏡のようになっています。
こうなれば神頼みです。
「マークの風上に風あるか?」と僕の双眼鏡を託したOコーチに声を掛けます。
「ありません」の言葉に、少しみんなの会話が復活しました。

そして待ちに待ったN旗(ノーレース・レース中止)が揚がり、コーチボート上に歓喜が弾けました。
S級のNを確認し、レース海面に入り、470を曳航しに行きます。
早くスタートラインに戻し、次のスタートに備えなければ・・・。
コーチボートをお通夜にした張本人K君とY君に、UFDだったことを伝えると「ええ~」って驚き、ノーレースだったので笑っています。
他のレース艇メンバーからも手荒い笑いのネタにされています。

この2人、2回生の同じ大会ではヒーローでした。
3回生エースが同じく早すぎるスタートで失格し4位に落ちてしまいました。
調子を落としていた4回生エース艇からスキッパー4回生T君とクルー2回生E君2人共上がり、交代したのが2回生K君・S君コンビ。
スピードはあるもののレース経験がまだ少なく未知数の抜擢です。

ここでKくんはしっかり走り9位フィニッシュ。
これで全日本枠の3位に上がりました。
Kくんの頑張りを見ていたエースT君が気力復活し、支援艇から呼んだのが2回生Y君。
最終レース、大抜擢K君・S君ペアと交代し、最終レースを3位フィニッシュし悠々3位を守りました。

この時はS級もピンチで、4回生1艇が調子を落とし、3番艇を2回生ペアに託す苦しい状態でした。
だけどしっかり抜擢に答え、最終レースまでコンスタントに良い成績を刻み続けました。
最終レースでは本来のレギュラーコンビと交代し、コーチボートに上がってきて、470の抜擢に応えた2人とともに、エース艇クルーとして落ち込んでいたE君も交え、お祭り状態のコーチボートで最終レースを応援しました。

K君とY君は、ここで神様にあの時の借りを返さなくても・・・
余裕のあるS級は、レギュラー全員上がり、3回生スキッパー3人に交代しました。
クルーも含め6名全員3回生になりました。
S級もちょこちょこ交代していたので、多くの選手がこの大会に出ました。

ここから、長い待ち時間になりました。
最終日は閉会式や遠征組の船の積み込みなどがあるため、14時以降のスタートはありません。
北や東からそよそよの風が時折入るものの安定せず、13:45「AP/A」旗。
本日は、これ以上のレースはありません。

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レース艇6艇全艇曳航し、ハーバーバックします。
僕はバイクで一旦合宿所に戻り、嵩張るバイク装束とライフジャケットを置きます。
ハーバーに戻り、15:00クロージング・セレモニー。
両クラス2位・総合2位です。
クラス別・総合の各成績発表があり、両クラス2位・総合2位です。
昨年の成績よりまた上がりました。

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「1~3位の大学は各2名前へ」と呼ばれ、クラスリーダーやキャプテンが前に出ますが、もうひとりは4回生女子マネージャーでした。
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表彰状は選手がもらい、トロフィーはマネージャーが受け取っていました。

ひょっとするとコーチボート上ではしゃぐ監督やコーチを見ながら、冷静に「470UFD・リコールナンバー4番」と言い放つボスマネの姿のように、4回生の力関係からなのかも知れないが、女子に優しく男前な選手たちです。
セレモニーが終わり、トロフィーを嬉しそうに持つ3人の女子マネさんが揃って歩いているのを見ながら、良いクラブだなあと思いました。
こんなクラブに関われて、僕は幸せです。

合宿所に戻り、16:30今春卒業した学年が仕切る祝勝会です。
Tくん司会で、まずは監督の挨拶と乾杯の音頭で始まりました。
17時を過ぎ、OB会長さんの挨拶に続き僕にお鉢が回ってきました。
「おめでとうございます」で始まり、終わりもそれでした。

いつもより話が短いので、「えっ」と思ってる部員もいました。
でも数分は喋ったよ。
4回生全員の挨拶もあるので、忖度しました。

17:26、第1レースはスタートでルール違反の邪魔をされ凹みましたが、以降淡々と成績を刻んだ4回生Nくんから。
次の人を指名する流れで全員が話しました。
部員からのツッコミもあり、笑いが絶えません。
特に本日のハラハラ・ドキドキの張本人Kくんの話すときが盛り上がりました。

再び歓談タイムになったので、御暇することにしました。
OB会長さんに挨拶し、バイク装束を持って階下へ。
トイレに下りた部員と去年1人女子マネでマネージャー陣を統率したKさんがワイワイやってたので、それに取り込まれながら装束を整えます。
楽しい時間が持てました。

湖西道路~名神を走り、18:55「桂川PA」で定番の「バニラソフト140円」で糖分補給。
19:45「セルフ北村SS」で給油。
256km/10.82L=23.7km/L。

20時前に帰宅し、バイクを片付け家内とあれやこれや。
「どうだったの?」「両クラス2位で総合も2位」「D社が勝ったの?」「うん、今年は前哨戦には勝てたので、また一歩前したよ」。

9/17・天穂日命神社

大学ヨット部団体戦の地区予選最終日です。
2日間で7レース消化し、あと3レースです。
琵琶湖の予報では、北からの安定した4m/s前後の風が入るとなっているので、当方には吉報です。

初日は470級4位・S級2位で、2日目終了時点で両クラスとも2位になりましたが、初日苦戦した影響で470級は3位と1点差・4位と5点差の大接戦です。
1レースでこんな点差はひっくり返ります。

8時に琵琶湖に行けば良いので、早朝寺社巡りツーリングする余裕がありますが、早めに選手達の様子を見たくて5時過ぎに出発しました。
曇りの天気予報だったので、「招き猫CB400SB」を出します。
また下道で向かいましょう。

R171~中央縦貫~大阪府道r14~名神・茨木IC付近のR171に合流。
大山崎までR171。
前日の「大山崎カフェ・大山崎山荘ミーティング」で走ったそのままです。

大山崎JCT下を抜け、右折して京都府道r204で桂川を渡ります。
r13~r79で宇治川沿いを走り、観月橋~六地蔵から京都外環状線で北上。

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6:39「天穂日命神社」。
『延喜式神名帳に載る天穂日命神社に比定されており、天穂日命を祭る。現在の本殿は天明3年(1783)の造営で、造営当時は天照太神と日吉山王を祭り、田中神社と呼ばれていた。屋根は檜皮葺で、身舎正面の柱間が2間という、京都市内にはほとんど例のない二間社流造形式の建物である。柱間は正面に蔀戸、東側面前方に板扉を構え、他は板壁である。内部は棟通りに板扉を設けて、手前の外陣と奥寄りの内陣に分ける。細部に装飾的要素が見られるが、彫刻がおとなしく、派手なものではない。かなり早い時期から覆屋に入っていたようで、保存状態は良好である。平成15年4月1日、京都市登録有形文化財に登録された。
境内は「万葉集」などで和歌の名所として知られた「石田の杜」に比定される。
本殿以下の建物が樹林の中に建ち、良好な環境を保っており、本殿の登録と同時に文化財環境保全地区に指定された』

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鳥居をくぐり境内に入ると、社叢の木々が悲惨な状態になっていました。
先日の台風21号の影響でしょう。
枝や幹が折れた木があり、危ないのでチェーンソーで切った枝や道が参道を避けて置かれています。
お参りしようと拝殿に上がろうとすると、石玉垣の一部が崩れていました。
高槻を中心に起こった地震の影響かもしれません。
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ブルーシートが掛けてありました。

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拝殿脇に、木製の謂れ板、反対側に勅撰歌集が書かれていました。
この地で詠まれた歌なのでしょう。
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保存状態の良い本殿を拝見しようとしましたが、正面が目の細かな網で覆われよく見えませんでした。
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保存する意味は解りますが、現在生きている一般人にももう少し披露して欲しいな。

R1まで北上し、R1経由で湖西道路に乗り、皇子山ランプで下車し、7:15「セブンイレブン大津松山町店」で「プレミアムフレッシュバナナ213円」を購入。
7:27ヨットハーバーに着き、皆に挨拶してコーチボートのある桟橋でバイク装束を脱ぎバナナを1本。
3回生Mマネさんがやってきたのであ~だこ~だ。
三井寺の風が吹いています。

9/16・高槻陸軍墓地~阿久刀神社~春日神社

r67で高槻市街地の山側を走り、16:00「高槻陸軍墓地」。
隣接する「霊松寺墓地」と間違ったが、その一段高い所に松に囲まれてあった。
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この松数本が、台風21号の風害で根こそぎ倒されており悲惨な状態だった。
規制線が張られていたがどうしても見たくなって入っていくと、墓石そのものは無事だった。

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『旧陸軍工兵之墓 当所は、旧陸軍工兵第4大隊が明治42年に高槻に衛戍(えいじゅ)してから、日華事変までの間に公務傷病死した将兵の墓地である』

この地に本拠地を置いた工兵第4大隊の方だけのお墓でした。
大東亜戦争の戦死者から思えば意外に少なくビックリしたが、こういう由来だったのですね。

16:20、「阿久刀神社」。
神社の裏側・芥川の土手から境内に降りると、ちょっとかわいそうな姿になっている御神木があった。

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『御神木とは、古神道における神雛(ひもろぎ)としての木や森を指し御神体、神域、結界の意味も内包する木を指す。神雛(ひもろぎ)は神の宿る場所としての神域、本神木は本霊が宿るとの伝えがあり、安産、子宝、学力向上、諸々の病い、苦難等に霊験あらたかです。現世にとって禍や厄難を招くものが、簡単に行き来できない様に結界として本神木に注連縄を張っている。
高さ約15m・幹周り最大5.2mのムクノキ(ニレ科ムクノキ属)。樹齢800年と言われている。平成元年3月30日に高槻市から保護樹木に指定されました』

『弁財天・小島神社 祭神:市杵島姫命 元あった場所:芥川4丁目(土井仲町)小島神社は明治維新後、神社整理に基づいて芥川村に散在する神社(無格社)を阿久刀神社の末社として明治10年2月18日付で、他の6社とともに移設されたものです。
従って、当小島神社は土井仲町にあったもので、地域の地神(守護神)のようであったように思われます。現代に生きとし生けるものの祖先の思いを受け継ぐことに意義があると信じています。「徳は自らにあり」』

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『夫婦梅 本樹は紅色の八重で1花の内に2本の雌しべが在り、果実は2本の雌しべが実を結ぶ珍種である。果実は完全に分離せず側面で癒着しているのが特徴で学術上も非常に価値があり貴重である。品種名は鴛翁(えんおう)梅で1花で2果が実ることで品質特性が見られる。鴛翁(えんおう)はオシドリを指し、夫婦円満・良縁成就すると伝えられている。
栃木県日光市の東照宮では、天然記念物に指定されている』

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表に回ると、石灯籠が倒れていた。
これも地震によるものでしょう。

『阿久刀神社は、10世紀に編纂された『延喜式神名帳』記載の式内社で、住吉大神を祀り、住吉神社ともいわれる。創建の年代は不詳であるが、永禄年間(16世紀)に三好・松永氏の兵火で消失。その後再建され、明治維新(1866)後、近在の諏訪神社、大将軍社等が境内社として当地に移転された。
社名は、『新撰姓氏録』(814年編纂)にある阿刀連によるという説があり、芥川の地名もこれに因むといわれている。落ち着いた境内から、盛時が忍ばれる』

西国街道に戻り西進するとすぐに、「今城古代歴史館」があった。
今城古墳の横にあります。
今城古墳は、26代継体天皇が眠っています。

この天皇は、超過激で有名な25代武烈天皇が子を残さず崩御したので、天皇の後継者がいなくなり、臣籍降下で皇族を離れて久しい越前の地方豪族であった男子に白羽の矢が立ちました。
男系男子は15代応神天皇まで遡り、その5世孫の男子が後の継体天皇です。

そんな経過から、朝廷内での反対派も多く、50代というより60才手前で天皇位に着いてから、都に入ったのが80代(90才前)という数奇な運命を辿った天皇です。
この天皇は、実は血統が切れているとも言われており、現天皇に続く新天皇の祖ではないかとも言われている。
とても興味深く、高島の生誕地を訪問し、臍帯塚も見に行きました。

日本史・天皇家の歴史では、とても重要な天皇ですが、一般的には有名ではありません。
その割に古墳は整備され、こんな立派な施設まで整えられています。
天皇家・宮内庁の力の入れようを感じます。

何度かここを訪問しましたが、いつも早朝や夕方帰りの時間帯で、探索したことがありません。
本日ももう閉館が近い時間帯なのでパスしました。

更に西進すると、鎮守の杜が見えてきたので寄り道しました。
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16:36「春日神社」。
「宮田遺跡」の謂れ板が立っていました。

『宮田遺跡 女瀬川の自然堤防上にある。ここには、平安時代後期から鎌倉時代に営まれた農村があった。
春日神社の東側では、条里に沿った屋敷地が見つかっている。それぞれは溝や柵で約20m四方に区画されており、それが東西にいくつか並んで、1つの村を作っていたと考えられる。
東の屋敷地は、中庭を囲んで母屋と副屋、井戸が配置されていた。西隣は柵でさらに区切られ、各2、3棟の小さい建物と井戸があった。これらの屋敷には一つずつ、初代の先祖を祀る特別な墓(屋敷墓)がある。
また屋敷や川からは、多くの土器や陶磁器、木製品が出土した。椀や皿・しゃもじ・下駄・織物やムシロ編みの道具などに、当時の生活がしのばれる。それらの多くは商人を通じて手に入れたと思われ、なかには中国製の青磁や白磁などの貿易品も含まれていた。
宮田遺跡は、発掘調査によって、中世の農村のなりたちや暮らしが具体的に復元される貴重な集落遺跡である』

これで探索を終了し、R171~r14~中央環状線~R171で帰宅しました。
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