4/2・京都西山・「大原野神社」「勝持寺」

もう大満足なので、市街地に向かっても良いですが、まだ時間があるので、大原野神社も参拝して行きましょう。
9:29、鳥居まで戻り、謂れ板を読みます。

『源氏物語ゆかりの地 大原野神社 桓武天皇は長岡京遷都に際し、藤原氏出身の皇后のため、大和の春日社の分霊を、この地(平安京西郊・小塩山東麓)に勧請したことに始まる。平安時代に入り、文徳天皇が外祖父・藤原冬嗣の念願を受けて神殿を建立、地名に因み「大原野神社」とした。当社は藤原氏の氏宮として、斎王にならい藤原氏の子女を斎女として置いた。藤原氏の皇后や中宮の参詣が多く、紫式部も中宮彰子について参詣しており、父・藤原為時の任国・越前で、冬の日野山を見ながら小塩山を思い出し「ここにかく日野の杉むら埋む雪、小塩の松に今日やまがへる」と詠っている。源氏物語「行幸」では、冷泉帝が大原野行幸を行い、京の人々が見物に訪れるなか、玉鬘や六条院の人々も車を寄せて行幸を見物している。物忘で同行しなかった光源氏は、帝からの歌に応え「小塩山みゆきつもれる松原に、今日ばかりなる跡やなからむ」と寿(ことば)いだ』

20170402AkutaS318s.jpg 鳥居をくぐり、長い参道を歩くと茶屋があった。
時間があるのなら一服なのだが・・・。
20170402AkutaS324s.jpg もう1つの謂れ板に書かれていた、奈良春日大社と猿沢の池に因んで掘られたという池もあった。
朱色の太鼓橋がいい雰囲気を醸している。
ここにも藤棚がある。

20170402AkutaS327s.jpg 『瀬和井(せがい) 清和天皇産湯の清水とも伝えられ、古来歌枕にあがり、数々の和歌に詠まれて名高い。「大原やせがいの水を手にむすび 鳥は鳴くとも遊びてゆかん 大伴家持』

井戸を覗くと、わりあい綺麗な水が満ちていた。
井戸というより、湧水が自然に溜まっているのだろう。
水面は、直接手水出来る深さです。
手水場は、藤原氏の氏神だけあって、鹿が加える巻物から水が流れ出していた。

20170402AkutaS334s.jpg 本殿は、玉垣塀を巡らす立派なもので、朱色が鮮やかです。
20170402AkutaS340s.jpg 参拝して玉垣内の神域を覗くと、三社並立のようです。
檜皮葺に鮮やかな朱の本殿が並び、目に美しい。
謂れ板を読むと、『本殿は、同規模・同形式の4棟の一間社春日造社殿であ
り、各社殿間は板塀で連結されている』となっている。

絵馬掛けを見に行くと、藤原氏の家紋「下り藤」に鹿が描かれていた。
「これは要らんな」と思いながら社務所に足を運ぶと、この絵馬は500円で、1000円のいい感じの絵馬があったので、授かった。

20170402AkutaS344s.jpg 鳥居の方に戻って行くと、土俵があった。
立入禁止になっているので、工事中のようです。
20170402AkutaS321s.jpg 9:44、鳥居を出たところにお店があり、お焼きと草餅を売っていた。
甘酒やコーヒーもあります。
時間があれば・・・

「勝持寺」まで歩きます。
20170402AkutaS348s.jpg 淳和天皇御陵道が左に別れ、石段を上がると仁王門がありました。

『勝持寺(花の寺) 小塩山と号する天台宗の古刹で、西行がこの寺で出家したと伝えられ、西行自ら植えた八重桜「西行桜」があることから、「花の寺」として親しまれるようになった。白凰8年(679)、役小角が天武天皇の勅により創建し、延暦10年(791)伝教大師(最澄)が、桓武天皇の勅により再建した。当初「大原寺」と呼ばれていたが、仁寿年間(851~854)に仏陀上人が文徳天皇の帰依を得て伽藍を建立し、「大原院勝持寺」と改めた。瑠璃光殿には、本尊・薬師如来坐像(重文)の他、弘安8年(1285)慶秀らが造立した銘がある金剛力士立像(重文)など、貴重な文化財を蔵している。境内には多くの桜が植えられ、満開時は寺が桜の中に埋もれているように見える。鐘楼脇の西行桜は、現在3代目である』

平安時代末期の怪僧・西行は、この寺で出家したのですね。
青年時代、佐藤義清という名の上皇を守る北面の武士で、平清盛とも同輩だった。
血統・俵藤太秀郷流れも良く、武勇もある将来有望な若者だったが、美貌の妻女に横恋慕して失恋し、妻子を捨て出家してしまった。

各地で草庵と営み、鎌倉では源頼朝とも交流があった。
平清盛が武士として初めて昇殿を許され、娘・建礼門院徳子を高倉天皇の中宮に入れ、その最盛期である時も、タメ口で清盛に説教したと言われている。
終焉の地である紀州・弘川寺に訪問したことがあり、西行庵も訪問した。
弘川寺にも花を愛した西行を師と仰ぐ歌人僧が入り、西行を偲んで桜を植え続けた。

コンクリート舗装されたゆるい上り坂を歩く。
「勝持寺子院跡の石塁」があったので寄り道。
20170402AkutaS360s.jpg 9:53「勝持寺」到着。
20170402AkutaS375s.jpg 拝観料400円を収め、境内を見て回るが、全く桜は咲いておらず、期待はずれの観光客が「残念ね、来週は最高かもね」と話していた。
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4/2・京都西山・大原野「正法寺」2

20170402AkutaS256s.jpg 20170402AkutaS263s.jpg 室町時代の掛け軸がずらりと下がっています。
「水琴窟」と書かれているので、そちらに廊下を進む。

20170402AkutaS272s.jpg 本堂の廊下に木魚が下がっていた。
禅寺の修行などを知らせる木の板です。
何故か魚の形をしたものが多く、葬儀の時、僧侶がポクポク叩く木魚の原型です。
屋根の上に鯱が載っていたり、神社の屋根に鰹木が載っていたり、何故魚なんだろう?
下がっている木魚には使用後はなく、2匹の鯉が蓮池に遊ぶ姿が彫られています。

20170402AkutaS278s.jpg 本堂内に入ります。
畳に座り、「これが重文のご本尊なのかな?」と覗き込んでいると、ご住職が入ってこられました。
挨拶を交わしましたが、ちょちょいと用事をして出て行かれました。

本堂脇に水琴窟があり、僕が受付した時入ってこられた女性3人組さんが、竹の筒を通して聞いています。
僕が行くと、「どうぞ」と2つある筒の1つを僕に空けてくれました。
お母さんの横で、竹の筒を耳に当てると、水琴窟の清らかな音色が聞こえてきます。

『地中から宇宙へ発するシンフォニー 水琴窟・法寿泉 地下深く奏でられる妙なる音色に耳を傾けてください』

「おはようございます」と声を掛けると、「おはようございます。水を掛けていいですか?」と返ってきました。
横の柄杓で水をすくい、水琴窟の埋まっている上の小石に掛けます。
すぐに水琴窟の音色が弾けます。
何度聞いても、水琴窟の音はいいね。

北海道から、水琴窟を聞きに来られたそうです。
北海道には水琴窟がなく、娘さんが嫁いだ京都にはあるだろうと調べてもらい、娘さんの家に泊まりながら、娘さんの運転で水琴窟メインに京都を巡っているそうです。
父子はスポーツするか飲み歩くぐらいですが、母子は文化的でいいね。

20170402AkutaS306s.jpg 本堂には、ボタン式で録音説明が流れます。
タダ聞きというのもあれなので、お賽銭箱に100円チャリン。
説明を聞きながら、本尊などを覗き込みます。
誰も居ないので、縦横無尽に動いて。

五鈷杵が置いてありました。
真言宗開祖・空海が、中国修行からの帰り、高僧から成績優勝故頂いた五鈷杵を、その高僧の弟子たちに奪われそうになりました。
「日本に飛んでいけ」と空に放り投げた五鈷杵が日本に先に帰り、空海がそれを探し出します。
「五鈷杵が落ちていたのはここだ」と、日本各地に伝説が残っています。

『五鈷杵の謂れ 金剛石(ダイヤモンド)が物体を打ち砕くことを意味し、仏教では釈尊の説法は全ての邪心・煩悩・悪心を打ち砕くと同時に、人身に迫る諸悪魔をも打ち払う意味です。五鈷杵を静かに撫ぜると、身にまつわる諸々の困縁や押し寄せる諸悪運を防ぐと伝えられます。お大師様が持っておられるのもその為です。是非心に念じながら、撫ぜてご利益をお受けください。 南無大師遍照金剛 合掌』

20170402AkutaS309s.jpg 帰ろうと廊下を歩いていると、先程受付していただいた奥様が花瓶を持って来られたので、「いいものを見せて頂きました」とお礼を言い退散しました。

4/2・京都西山・大原野「正法寺」

人には挨拶すべきですね、お得したことが何度もあります。
2つ訪問予定でしたが、4つに増えちゃった。

20170402AkutaS185s.jpg まず「正法寺」へ。
『真言宗・東寺派。奈良・唐招提寺を創建した鑑真和上の高弟で、754年鑑真和上とともに唐から来朝した血威大徳が、この地で修行したことから始まる。古くは春日禅坊と呼ばれたが、延暦年間(782~806年)、伝教大師・最澄が智威の威光を世に示すため、大原寺という寺を創建した。応仁の乱で焼失したが、江戸時代初期、恵雲・徴円の両律師により再興され、「西山のお大師さま」として親しまれてきた。元禄年間(1688~1703年)、徳川5代将軍・綱吉の母・桂昌院の帰依を受け、代々徳川家の祈願所となった。寺宝として、本尊・聖観世音菩薩、三面千手観音菩薩(重文)はじめ、貞和2年(1346)の銘がある地蔵菩薩、鎌倉初期の両界曼荼羅などの仏画、徳川家関係古文書などを蔵する。境内には、全国各地から集められた名石があり、「石の寺」とも呼ばれている。特に東山連峰を望む借景式山水庭園「宝生園」は、庭石が象・獅子・蛙・うさぎ・鳥・亀など動物の形に似ているため、「鳥獣の石庭」として親しまれている』

『石徳五訓 1奇形怪状、無言にしてよく言うものは石なり。2沈着にして、気精永く土中に埋もれて、大地の骨となるものは石なり。3雨に打たれ、風にさらされ、寒熱に耐えて、悠然動ぜざるは石なり。4堅質にして、大廈高楼の基礎たるの任務を果たすものは石なり。5黙々として、山岳・庭園などに趣を添え、人心を和らぐは石なり』

沢を渡ると、朱塗りの多宝塔が見え、「春日不動尊」の建物がある。
20170402AkutaS191s.jpg 「不許酒肉五辛入界内」の石柱が立っています。
修業の場として重きを成す禅寺の定番ですが、ここは真言宗。
「・・・入門内」の方がポピュラーですが、ここは「・・・入界内」

門を入ります。
20170402AkutaS194s.jpg ピンクの梅が満開です。
藤棚もあります。
20170402AkutaS201s.jpg 大岩を置いた石庭が綺麗です。
この時点で気に入りました。
他の樹花も咲いており、とても手入れの行き届いたお寺です。
僕が去年初めて女の子の孫が生まれ、記念に庭に植えたアセビも咲いています。
我が家はもう終わりかけですが、牡丹も綺麗に咲いています。

20170402AkutaS208s.jpg 「大手水鉢」と名付けられた手水があります。
竹の産地・京都西山らしく竹のこしらえで、センスが良い。
20170402AkutaS211s.jpg 別の門から小ぶりな梅林が見え、その向こうに京都盆地が見下ろせます。

庭の終わりに、僧坊に上がるようになっています。
「入っていいのかな、せっかく来たのだから入ってみたいな?仏像も拝みたい・・・」
庭の手前に参拝受付のような所があったのですが、シャッターが閉まっていました。

沓脱で上がり、靴棚に靴を置きます。
矢印右が書院ですが、こちらもシャッターが閉まっています。
矢印は左にも向き、「どうぞお入りください」と書かれているので、ガラス戸を開けて入ってみる。
20170402AkutaS221s.jpg ガラス戸に囲まれた縁側があり、その前に別の石庭が広がっている。
その向こうの塀は低く、京都盆地を借景しています。
標高は低いのですが、素晴らしい眺めです。
お庭内も巡れるようになっています。

20170402AkutaS229s.jpg 中央に枝垂れ桜が1本あり、満開すると更にお庭は見事になるでしょう。
室内の屏風や仏像を見させてもらい、ショーケース内にあった「えんむすびお守り・500円」を手に取った。
20170402AkutaS231s.jpg 夫婦和合・夫婦円満・縁結びにご利益があるらしい。
青と朱2本の組紐に2つの鈴が下がっている。
家内とお揃いで使おう。

20170402AkutaS240s.jpg お代金を入れる箱がないので、「開いてるかな?」と思い受付に行くとまだ開いていません。
お金を払わないと出ていけない・・・
横に「ご用件のある方は、このベルを押してください」とあったのでベルを押してみると、返事があり「すぐ開けます」とのこと。

ガラガラとシャッターが自動で上がりました。
「すいません、早かったですか?」
「はい、9時からなんです」
時計を見ると、ちょうど9時でした。
「これをお願いします。それと拝観料も」

拝観料は300円でした。
たくさん写真を撮ったのに、拝観料が払えなかったら悪いので、お賽銭を100円奮発していました。
これだったら10円でよかったな。

「書院も開けますので、良かったらもう一度お参りください」と促され、また沓脱から建物に上がり、書院の方を拝観させていただきました。
素敵な襖絵の部屋があり、座って見ていると、説明が目に入りました。

『襖絵「西山讃歌」 創画会で活躍した郷土の日本画家・西井佐代子女史(1947~2000年)が、病の中自らの余命を見つめつつ精魂込めて描き上げた絶筆です。西山の山並みと、そこに棲息する四季の草花が当書院の計41枚の襖に描かれています。・・・』


4/2・京都西山・大原野

バイクの乗り、r67・旧西国街道まで下ります。
しばらくr67を走り、このまま県道を進もうかと思いましたが、R171に降りて、国道速度で一気に京都を目指します。
r67は確か島本町あたりで、一方通行で下りのみになって迂回しないといけないことを思い出しました。

「久世橋」まで出て、r201で西山の丘陵地をゆるく登っていきます。
JR「桂川」高架下をくぐり、阪急「洛西口」をくぐり、r67と交差し、「京都縦貫道・大原野IC」手前を左折し、r140に乗ります。
ナビにセットした「勝持寺」に従ってr141に乗ります。
「勝持寺」「願徳寺」駐車場に着きましたが、門が閉まっています。
事前調べて8:30開門で、まだ20分前です。待ってても仕方ないので、24Hオープンな神社「大原野神社」先に訪問しましょう。

20170402AkutaS158s.jpg 8:14、r141と勝持寺との分岐で停車。
r141は「淳和天皇陵」のある小塩山で山頂まで続いていますが、通行止めです。
ここから300m先で、通行止めのようです。

下から小塩山をジグザグに登る道が見えていました。
絶景は確実で登ってみたいけど、歩きや自転車ではなあ。
下から想像していたのとは違い、舗装されていますが、四輪のすれ違いが厳しい細い道です。
ここでこれだから、夜景などを見に四輪が上がり事故を起こすのを防ぐ目的での通行止めでしょう。

r140まで下り、「大原野神社」は南ですが、反対に曲がり「森神社」に行ってみます。
鎮守の森が見えていますが、目視で選択した道が行き止まりUターン。

8:23「森大明神」と彫られた石柱がお宮の前に立っていました。
藤棚があり、その季節になると喜ばせてくれそう。
こじんまりとしたお宮で、祠程度のものが3基建っています。
でも全てにきれいな柄の縁取りがされた御簾が下がっており、「おお~」と思いました。
20170402AkutaS168s.jpg 御簾が下がった奥を目を凝らして覗き込むと・・・期待したのですが、祠が鎮座しており、小さいのに覆屋を持っているのだとわかりました。
寂れて汚れ、見る影もないですが、見ようによっては高貴なものを感じるので、謂われ板を探しましたが、設置されていませんでした。

バイクに乗り、r140を南下し、8:33「大原野神社」
道案内板が設置されており、迷わず到着出来ました。
トイレ完備の地道の駐車場に入れようとしたら、横の売店のお母さんが出てこられ、「そこはダメ、バイクはこっちへ」と、お店横の椅子の前を指示されました。

売店が2店舗あり、更に奥に向かう道には、先程断念した「勝持寺」と書かれています。
ここからも行けそう。
案内板には、「大原野神社・徒歩2分、正法寺・徒歩4分、勝持寺・徒歩8分・願徳寺・徒歩8分、第53代淳和天皇御陵・徒歩1時間30分」
ジグザグの道を上がっていく電波塔が並ぶ小塩山山頂に、徒歩1時間半で行けるとはびっくりです。
京都盆地を一望できそうです。

淳和天皇は、小塩山御陵でしか知らない天皇ですが、50代が794年平安遷都した桓武天皇だから、平安時代初期の天皇なんだと知りました。
景色の良い所にお休みになられていますね。

20170402AkutaS179s.jpg 「大原野神社」に参拝しようと、鳥居横の謂れ板を読んでいると、ワンちゃんのお散歩お母さんが来られたので、「おはようございます」と挨拶しました。
よそ者は、地元の方に謙虚でなくてはなりません。

「どちらに行かれるの?正法寺さんは花の寺さんに対し石の寺と呼ばれており、あまり参らないお寺だけどいいですよ。願徳寺さんも門は閉まってるけど、呼び鈴を押せば参拝でき、国宝の仏像が見れますよ」と耳寄り情報を教えてくれました。
「ありがとうございました、寄ってみます」


4/2・芥川山城 後編

6:19、まだ下界の展望はありませんが、「史跡・城山城址」と刻まれた石杭が打たれています。
「大手道・下り・一番きつい」と書かれた杭も打たれており、ここで大手道を合流するようです。

きつい坂が下っていますが、「大手門石垣・40m下る」と書かれた杭も打たれているので、下ってみましょう。
20170402AkutaS081s.jpg 6:21、かなり崩れていますが、石垣が遺っています。
一気に450年前にタイムスリップし、守る三好勢に対し、攻め上がってくる織田勢との攻防がここで行われたはずだと、想像の翼を広げます。

最初は、能勢氏が城を築き、細川氏との攻防戦後、三好長慶に攻め落とされその居城になり、没後三好三人衆の支配下になります。
信長軍に攻め落とされ、和田惟政の手に落ち、荒木村重軍に敗れ従兄弟の高山右近が入城し、平城の時代になり歴史の表舞台から姿を消します。

芥川の渓谷が蛇行する場所にあり、東以外は芥川が天然の要害になります。
東側も山岳地として広く、攻め落とされてもいくらでも山中の間道を伝って逃げられます。

分岐に戻り、先を見ると陽が当たっている場所が見え、山頂部が近そう。
分岐手前に、この大手道の谷を上から覗き込むように小山があります。
バイク置き場から登ってきた道と大手道両方に睨みが利くので曲輪がありそうです。
獣避けフェンスで囲まれていますが、帰路攻めてみよう。

20170402AkutaS090s.jpg 6:27、木々が伐採された下界一望の場所に出ます。
大阪市街地のビル群が見えます。
20170402AkutaS092s.jpg 片や淀川を挟んで、河内と大和を隔てる生駒山系が見えます。
素晴らしい眺望です。
山城攻めのご褒美ですね。
20170402AkutaS094s.jpg 風がなく垂れ下がったままですが、鯉のぼりが竹のポールに揚がっています。

「三好山へ6分」と書かれています。
あれだけ寄り道してもバイクからまだ27分、往復の所要時間を書いているようです。
「田の丸」にも分岐しているようですが、これはパスしました。

20170402AkutaS117s.jpg 6:30、山頂本丸攻めに成功しました。
20170402AkutaS120s.jpg 祠があります。
本丸曲輪はかなり広く、相当な勢力が籠もった大きな城と分かります。
20170402AkutaS121s.jpg さすが畿内を収めた三好長慶の居城です。

搦手側にも切岸から降りてみます。
踏み跡がしっかりしているので、摂津峡を山歩きする方の定番ルートかもしれません。
土塁も遺り、以降残存度の高い中世の山城でした。
四方を巡り、帯曲輪などを目視します。

「城山城址」の石柱の裏を見ると、「昭和3年」と刻まれています。
現在のように、山城を観光の呼び水にしようと地元有志がルート開拓する時代ではないのに、ここに石柱を打つとはびっくりしました。
ここに籠もった先祖を誇りに思う子孫の方が自費で打たれたのかもしれません。

久々に中世の巨大山城に巡り会いました。
下山しましょう。
6:46、大手道脇の曲輪を攻めます。
獣避けフェンスを開けると、獣が移動する音が聞こえます。
軽快ではないので鹿でないかもと不安が過り、持っていた蜘蛛の巣よけの細い落枝から、太めのものに持ち替えます。
こんなとこで倒れても、しばらく発見されなさそう。

「キュイーン」、鹿の警戒声が聞こえ、走り去る音が聞こえます。
鹿のようなので安心です。
鹿はよっぽどでないと戦いを挑んできません。
イノシシにはバイクに乗っている時追いかけられた事がありますが、あれはやばいです。
熊はこんな山里近くにいないでしょう。
北摂の山では、ツキノワグマはほぼ絶滅だし。

キチンと締めて、探索開始。
20170402AkutaS137s.jpg 明らかな遺構のようなものは発見できませんでした。
20170402AkutaS140s.jpg 更に下り、「縦土塁」が見事に遺っています。
6:52、井戸まで下ってきました。
ここの石積みは当時のものでしょう。
20170402AkutaS149s.jpg 往路では気づかなかった鹿の毛が落ちています。
そう言えば鹿が濃いようですが、道中鹿糞を見つけられませんでした。

20170402AkutaS153s.jpg 7:03、バイクに戻りました。
大満足です。
20170402AkutaS157s.jpg バイク装束を着ていると、ワンちゃんのお散歩さんが上がってこられ、めちゃくちゃよそ者の僕が吠えられました。
飼い主さんも話をしたそうでしたが、会釈と「おはようございます」だけになりました。


4/2・芥川山城

家内が用事なので、1人遊びです。
来週から、3週連続で大学ヨット部の手伝いで、京都・琵琶湖に行くので、家内とのデートはしばらくお預けです。

参加してるカフェグループにイベントがあったので、そちらに参加申し込みをしました。
京都四条烏丸のカフェに11:30集合です。

電車で行くのが便利ですが、天気予報は晴れなので、それまでの時間を有効に使おうとバイクで行くことにしました。
笠取山周辺の中世の山城と目についた寺社巡りが予定倒れになったままです。
収集した山城のデータを調べていると、これまたペンディングしたままの「芥川山城」が目につきました。
こっちにしましょう。

往復1時間なのでまだ時間がありそうで、ツーリングマップルを見ていたら、京都西山の「花の寺」が目につき、近くに書かれている「大原野神社」とセットで訪問することにしました。

4時に目が覚め、すぐにバイク装束に着替えます。
身だしなみを整え、5:00に「里山VTR250」を出します。
R171をひたすら東に向かって走ります。
茨城を過ぎ、高槻手前で左折しr115に乗り北上し、北摂の山を目指します。

芥川沿いに出て、5:37山城跡が見えてきました。
20170402AkutaS025s.jpg 山城らしからぬなだらかな山容の頂に、山城を想像させる物が見えます。
織田信長は上洛するまで、室町幕府の管領・細川家の守護代ながら、畿内を統治していた三好長慶の居城です。

20170402AkutaS026s.jpg 芥川を渡り、目印の「高槻黄金の里老人ホーム」にセットしたナビに導かれ、住宅街に侵入すると、「三好山(芥川城跡)1.5km」の案内板を見つけました。
ゆっくり案内板の見落としをしないよう走りましたが、結局民家行き止まりまで行ってしまい、Uターンして戻る途中5:57、登り口を発見しました。

20170402AkutaS030s.jpg 「芥川城の会」の立てた案内板と見取り図がありました。
電信柱には「三好山」と書かれたテープが貼られています。
20170402AkutaS032s.jpg 「三好山へ40分」と書かれているので、ダイワのフィッシングスーツを脱ぎ、夏用プロテクター上下も脱ぎます。
それらをワイヤーでバイクに結び、6:00いざ行かん。

もちろん未舗装の山道ですが、整備されており歩きやすい。
西の里山に朝日が当たり、オレンジ色になっていて綺麗。
20170402AkutaS037s.jpg 棚田の脇の道を上がっていくと、熊笹の道になり、6:08「帯仕山」への分岐到着。
「三好山へ25分、三好長慶1553年入城」と案内板に書かれています。
案内板によるとここまで15分ですが、実際には8分。
これは意外に早く着くかな?

20170402AkutaS041s.jpg その分岐すぐ前に井戸がありました。
その横には古い石垣があります。
当時のものとは言えませんが、雰囲気が出てきました。

6:09「上ノ口・摂津峡」との分岐。
20170402AkutaS045s.jpg ここにも石垣があり、見ようによっては曲輪に見えなくもない平坦地と切岸地形になっています。
ここらは竹林で見通しが良いです。

6:11「池・曲輪群」
道を逸れ、曲輪郡に入ります。
すぐ、鹿が逃げていく音が聞こえます。
畑にも獣避け柵がされていたのでいるのはわかっていましたが、いきなり遭遇です。
「キューン」の警戒声も発せられ、鹿が濃いようです。
土塁が残り、山城の雰囲気が濃くなってきました。

20170402AkutaS053s.jpg 1つの曲輪は、その後墓地として利用されたようで、自然石を使った墓標が並んでいます。
法名が「釈」さんばかりなので、浄土真宗・一向宗門徒のようです。
元禄・寛永・宝永・亨保と刻まれているので、江戸時代に亡くなった方のようです。
寛永は江戸初期、1700年は元禄を謳歌しており、その後の宝永年間に富士山が大噴火し、飢饉を経て亨保の大改革で、幕府は贅沢の引き締めを行い経済がますます逼迫していった。

全て2名併記なので夫婦墓石のようです。
別の一群は、様式の整った加工石なので、少し時代が下るのだろう。
誰もいない山中の熊笹に埋もれた墓石の前にしゃがみ込む僕は、実に怪しいね。

切岸を次の曲輪に上がります。
20170402AkutaS064s.jpg 道に戻ると、6:15土橋がありました。
「土橋・堀切」と丁寧に説明されていますが、典型的な造作で、堀切もまだ深さがあり、当時は相当深かったのではないかと想像されます。


4/1・ビーコン

NHK朝ドラ「べっぴんさん」の最終回でした。
半年楽しませてもらいました。
ファミリア創業者の物語でした。

息子たちがファミリアにお世話になったので、より楽しめました。
ロケ地探しも楽しめました。
次は東京放送局制作ですが、また楽しいでしょう。

ウィークデイは、「朝ドラ」が終わると「あさイチ」が始まり出勤しますが、土曜日は「ニュース深入り」が始まります。
この日は、栃木県での高校山岳部合同合宿で、先生と生徒8名がお亡くなりになった事故の深入りでした。

10分ほど見て仕事に出たのですが、ビーコン不使用と現地から直接連絡が取れなくて、先生が下山して旅館から警察に捜索願電話をしたと言っていました。
山のことは素人なので常識が何処にあるのかよくわかりませんが、ヨット活動してる僕からすれば、ライフジャケット着用は常識なので、雪崩も皆無とはいえないオフピステの雪山ならが、ビーコン着用すべきなんじゃなかったのかな・・・と思えました。

価格はと調べると、4~5万でした。
安くないから備えていなかったのでしょうが、県内数校集まっての合同訓練イベントだから、誰も持っていないというのは主催者としてどうなんだろうと思いました。
ヨットの外洋レースで個人装備品として、ビーコンは義務付けられます。
アナウンサーの辛抱さんが乗ったヨットが、クジラにぶつかって沈没した時も、ビーコンで助かりました。
常時自分の位置を発信し続けるビーコンがないと、潮流もある太平洋のど真ん中で人なんて発見できるわけありません。

ビーコンは別にしても、連絡手段がなかったというのは不手際として糾弾されても仕方ないように思いました。
僕は15才以下のジュニアのクラブ主催ローカルレースから、全日本選手権・世界選手権最終選考会まで数々のレースを、レース委員長や事務局長として主催してきました。

運営艇には必ず無線機を備品として載せ、海上警察に届け、最寄りの病院の電話番号と緊急連絡網を運営スタッフ全員に書面で持たせました。
これは私だけがやっていたのではなく、レース・イベント運営マニュアルとして、ヨットの世界では常識です。

遠くても陸上から2~3kmなので、携帯電話が使えますが、電話は1対1なので、緊急の時は情報共有できません。
だから、無線機を使います。
毎朝不備がないか点検し、海上に出ている間はずっと電源入れっぱなしです。

どこでどんな事故があっても、各運営艇で情報共有でき、臨機応変に対応できるようにしています。
医者だって大きな大会では陸上本部に待機してもらいます。
まあこれは、ヨット関係者や参加者・その親が医者の場合も多く、集めるのに困ることはありませんが・・・。

無線機のないレースなんて経験したことがなく、自分がレース運営する時、無線機なしなど、責任問題になるのは見えており、こわくてそんなレースはできません。
今回の事故に当てはめると、携帯電話も通じない所に常時無線連絡できないなんて、イベント主催者としては、あまりに安全を軽視しているように思えてなりません。

高校山岳部の合同合宿でもこの程度の安全装備で主催するのかと、ちょっとびっくりしました。

3/26・車修理と稀勢の里

映画館に、4月上映開始予定映画のポスターが張ってありました。
アニメですが森見登美彦原作「夜は短し歩けよ乙女」が映画で登場します。
家内と、「実写版だったらもっといいのに・・・」と話しながらも、僕の小説の概念をゴロンと変えた言葉遣いの素晴らしさで大感動した小説の映画化なので、楽しみです。
主演の京都の腐れ大学生を星野源が声優します。
大学ヨット部新人勧誘時期の4/7上映開始なのが、微妙です。

劇場を出ると、子供が多くなっていました。
「ドラえもん」のようです。
子供映画は、必ず親も来るので収入が良いです。
春休みは、子供映画の多い時期ですね。

11時に帰宅し、僕だけ車に乗り換えて市内の日産に向かいました。
日産車だけど、今はトヨタに整備・点検・車検をお願いしていますが、今回は久しぶりに日産ディーラーです。
親父のスカイラインに始まって、僕のホーミー・キャラバンとずっとこのお店で買っていました。

メンテさんに見てもらうと、簡単に直らないようで、併設工場に車が入って行きました。展示されているティアナ・マーチ・ノート・セレナと次々に乗っていると、直って出てきました。
15分ぐらいで終了で、無料でした。

12時前に自宅に戻り、お昼ごはんを食べ、カメラや隣の家や我が家の掃除などしました。
その後地上波TVも見ましたが、民放は宣伝が多く嫌になり消しちゃいます。
これじゃ、若者がTV離れを起こすのも当たり前です。
家内とアマゾンプライムで「福岡恋愛白書10」を、PCとTVをHDMIで繋いで観ました。

大相撲中継を見ました。
金曜日に日馬富士に負け全勝に土がついた稀勢の里は、その時の怪我で土曜日も負け、2連続優勝が風前の灯になっていました。
肩に痛々しくテーピングされていましたが、9連続勝利中の得意様・照ノ富士に対し、本割で土俵際の逆転勝利し2敗同率になり、優勝決定戦でも再び土俵際での逆転勝利で優勝しました。

解説者によると、土曜日の照ノ富士の勝利があまりいただけない勝ち方で、場内を敵に回してのも、稀勢の里逆転勝利に導いたということです。
どんな取り組みだったのだろう・・・

3/26・映画「チアダン」

8:15映画館に着き、「チア・ダン」のチケットを購入し劇場に入ります。
前回観た映画の予告編で、広瀬すずさん主演なので観に行きたいと思っていましたが、ロードショー終盤でやっと観に来れました。
福井県の高校リアダンス部が、全米チアダンス選手権で初優勝した実話に基づいた映画です。
これ、ニュースで見たことがあります。

大学の時、中央芝生で、応援団総部・リアリーダー部がよく練習していました。
アメリカンフットボール部の試合を応援に行くと、チアリーダーがいつも応援しており、その演技が始まると、そっちばかり観ていました。
というより、半分以上そっちを見る目的で、試合に行っていたのかも・・・
同学年に可愛い子がいて、高校のアメリカンフットボール部同級生の彼女だったけど、その子メインに見ていました。
卒業後、そいつの嫁さんになりました。

大学生になった時、アイススケート女子部員に、あの超ミニコスチュームで勧誘され、スケート部に入ろうかと考えたこともあります。
世の男性同様、ああいう衣装に超弱いです。

中学でいいなと思ってた男の子と同じ高校に進学し、彼のサッカー部の国立競技場での全国高校選手権を応援したいというのが動機で入部しましたが、この年にバトン部から変えたチアダンス部の顧問先生が熱血先生で、先輩が全員退部してしまいました。
指導に反発を覚えながら、部員が激減したり、友情で増やしたりしながら、3年生の時初めて福井県で優勝し、全国大会でも優勝し、全米選手権の出場権を得ます。

そんな体育会系チアダンス部の奮闘を描くものですが、スポ根物とは描き方が違い、コスチュームも可愛いし、広瀬すずさんはじめ出演者も可愛く、楽しく観させていただきました。
頑張りが健気で、応援したくなり、感動屋の僕の頬を何度も涙が伝いました。
星3つの秀作でした。

最後の全米選手権の予選・決勝場面を見ていて、「スポーツでハイになってる」感じがよく出ていました。
嫌々ながらテスト勉強していても、乗ってくると集中し出しハイな気分になり、1~2時間脇目も振らずに集中できる時があります。

スポーツでも同じで、辛いな~しんどいな~もう限界と思いながら、あと少しあと少しと練習を続けていると、グーンと集中してしまい、全く疲れなくなるスポーツハイの状態に突入することがあります。

僕も大学ヨット部時代に何度も体験しました。
強風・大波で体は疲れているはずなのに、グーンとレースに集中してしまい、相手艇の動きや考えていることが鮮明に見えだし、意識せずに勝手に体が動き、自艇が恐ろしく速くなる時があります。

一種のトランス状態なんだろうと思うし、「火事場の馬鹿力」もこういう状態なんだろうと想像出来ます。
僕の場合、満腹だとダメなので、朝食は取りますが、レースの合間に取る昼食はいつも抜いていました。

レースでトランス状態になると、もう負ける気がしなくなり、フィニッシュしても半トランス状態なので、次のレースでもそれが持続し、スタートを少々失敗しても「どうせトップに立てるわ」とレースを俯瞰的に、上から目線で見れるようになり、やること成すこと当たりばかりで、一旦トップに立つと2位以下との差は離れるばかりになります。

この映画を見ならが、選手達がそんなチアダンス・ハイ状態になったのではないかと想像しちゃいました。
練習を山のようにして、ヘトヘトに疲れた状態になったところに更に練習を重ねると、次の手順など頭で考えるんじゃなく、頭とは切り離された状態で身体だけが勝手に動き出し、もう音楽に合わせた自分だけのハイな世界に入り、選手みんながその状態になると、全員の演技が揃います。

可愛い女の子達の映画でしたが、スポーツを感じました。
それもあって、涙でボロボロになっちゃいました。
家内もとても良かったようです。

お客さんは女子中高生が多く、予告編中はざわついていたのに、本編上映が始まると映画に集中しちゃって、エンドロールの時でも誰一人立たず、音もせずスクリーン・ハイになったんじゃないかと思うほど、観客が一体になってる感じが伝わってきました。
シーン展開が早めで、くどく説明するような台詞がなく、若者に合わせた作り手の上手さも感じました。

朝8:30と夜18:30の2回上映というロードショー終盤ですが、お客さんはそれなりに入っており、次週も続くのではないかと思いました。


3/26・アドレスV125に、初めて台湾ユアサ

家内もお休みで、のんびりした休日を過ごしました。
うちの車キャラバンワゴンの2座席目の手動スライドウインドーのロックが利かなくなったので、前日日産に電話し、その修理で11時ぐらいに行く予定でした。
もう一つ、家内のバイクのバッテリー交換をする予定でした。
そして、前日の夜家内と約束した映画8:30上映開始を観に行きます。

いつものように朝4時に目を覚ましゴソゴソし、6時から行動開始しました。
まずは家内のバイク「アドレスV125」のバッテリー交換です。
台湾YUASAのバッテリーを、ネット購入しました。
車もバイクも皆「GSユアサ」だったのですが、昨年車を日立に変えました。
今度は、バイクバッテリーを半額の台湾製に変えてみます。

昼休みが短くなったので、昼休み中にバイクワールドに行き、交換してもらうことが出来なくなったからです。
事前充電までされているものもありますが、あえて濃硫酸別の物を購入しました。
シールドバッテリー・YTX7A-BS。
前日・土曜日の朝、説明書に従って濃硫酸を注入し、1時間反応させました。

その間家内のPCの不要メールなど要らないものを削除する作業をして、1時間経過後小さなハンマーで、バッテリーの蓋を叩いて閉めました。
すぐに初期充電しました。
土曜の夜、事前充電が出来ているのを確認し、外しておいておきました。

日曜の朝、交換作業開始です。
アドレスV125のバッテリーを外し、新しいのに載せ替えます。
作業は15分ほどで終了したので、近所を一回りします。
セル一発でエンジンが始動し、いい感じです。

朝食をして、8時になったので、アドレスV125にタンデムして映画館に向かいます。
バイクに乗る時、家内が「あれ~足の置き場がないよ。なんか足の置き場が平らだったのが丸棒になってる。お尻も変だよ。乗る所が狭いし・・・」と違和感を訴えます。
そりゃそうでしょう、いつも僕のリード110だったのだから、違って当たり前です。
違うバイクだよと話すと、「え~そうなの?」てバイクが変わったことをわかっていませんでした。
僕のは赤で、家内のはシルバーだから、一見して色でわかりそうなものなのに・・・。
自分のバイクなのに、無意識で乗ってる・・・

こんなだから、僕の「里山VTR250・ブルー」と、「招き猫CB400SB・ホワイトツートン」の区別がつかないのも当たり前です。
うちの車だって、よく間違えます。
小中学校と、ずっと学年トップの成績を重ねてきた才媛なのに、とんでもない方向音痴で、バイクや車の区別がつかないギャップが面白いです。
この人といると、飽きないな・・・

3/25・僕ら夫婦の結婚記念日問題、終戦

数日前、結婚記念日は何月何日だったのか調べました。
何故、調べるようになったかというと、イースターに結婚したからです。
イースターは、十字架にかけられたイエス・キリストが復活した日で、キリスト教国にとっては、誕生日であるクリスマス以上の大切な祝日です。

イースターに結婚式を挙げれば、世界中の多くの人が僕らの結婚記念日を祝ってくれるというナイスなことに気付いて、半年前にターゲットを絞って動き出しました。
ホテルの披露宴会場を抑え、学校の結婚式場も抑えました。
ところが、僕の中学校の宗教主事の先生(牧師さん)の日程が抑えられませんでした。
イースターという日故、ご自身の教会での行事があり無理でした。

困った僕は、中高の校長先生(牧師さん)に式を挙げてもらおうと動き、最終的に家内と2人でご自宅を訪問し、お願いしました。
商業ベースに乗れば簡単なのに何故こんな面倒なことしたかというと、オリジナリティーが好きだからです。

家内と付き合い始めた年に、2人で白馬乗鞍温泉スキー場に行ったことがありました。
ナイタースキーも全て、ロマンチックな数日間を過ごしました。
その時、泊まってた白馬乗鞍ホテルで、結婚式がありました。
ホテルの横にホテルのチャペルがあり、宿泊客も自由に結婚式に参加できます。
この時、僕らもここで式を挙げようと決めました。

ところが、家内のお父さんに反対されました。
家内のお姉さんは、旦那さんと大学のクラブで知り合いましたが、旦那さんが卒業後、学部を変えて2つ目の大学に進学したので、学生結婚でした。
旦那さんは学生で収入がないので、お姉さんが働き、家内の実家からも仕送りする生活でした。
結婚式は簡素だったので、お父さんとしては妹の結婚式は普通にしたいとの希望がありました。

「家族は良いけど、親戚などを雪いっぱいの遠いスキー場に呼べないぞ」と。
ハワイでの結婚式より近いじゃんと安易に考えていましたが、認識が甘かったです。

お父さんの気持ちはよくわかり、お父さんの反対を押し切ってまで結婚式にこだわる必要はないので、あっさり折れました。
お父さんが偉いさんなので、お父さん関係で呼ばれた方々のご祝儀額が多く、結果的に「結婚式で黒字が出た」という決算結果になって、必死で貯めた結婚資金が全て浮き、余裕で結婚生活を始められました。

僕らが学び、出会った大学のチャペルで結婚式を挙げ、タクシー飛ばして披露宴会場であるホテルに向かうという思い出に残る結婚式になりましたが、結婚記念日を「イースター」として覚えたので、『イースター=春分の日の後の最初の満月の日の後の最初の日曜日』という変動日であるので、いつが記念日なのかわからなくなってしまいました。

欧米では、「クリスマス休暇」同様「イースター休暇」があるのに、日本では話題にもなりません。
いつも忘れてしまうことになり、家内も何も言いませんので、結婚記念日を祝わない夫婦になってしまいました。
今まで2度ほど家内に聞いたことがあり、3/16との答えを得ていました。

でもね、3/16は春分の日(3/20前後1日)より前だから、イースターになりえない日です。
だから僕も、「家内も間違って覚えてる」と思って、スルーしていました。

3/15、今年は記念日を祝おうとちゃんと調べ、僕らが結婚した年のイースターは、4/6だったことがわかりました。
家内にそれを言うと、「え~そうなの~、私の記憶もいい加減ね~、でもなんか腑に落ちないな~」と言っていました。

これで一件落着だと思っていたら、第二幕がありました。
数日後、仕事から帰宅すると、「待ってました」という笑顔で、僕を座敷に手招きします。
座敷には写真アルバムと結婚式・披露宴の招待状が広げられていました。

「やっぱり、私の記憶の方が正しかったんだ~」と、アルバムを指差しました。
写真の欄外に家内の字で、コメントと共に日付3/16が書かれています。
結婚式招待状にも、3/16と印刷されています。

「あ~、僕のイースター間違いなんだ、ごめん。仕事の繁忙とリンクして素晴らしい記憶だねえ」」
どうやら、僕がイースターの牧師さんが手配できず、日程を変更したのが真実のようです。

なんと、30年以上経って、真実が判明しました。
こういう家族の記念日に対する女性の記憶は素晴らしいです。
それに対し、男の記憶なんていい加減なものです。
家内に完敗しました。

更に残念だったのは、今年の3/16が過ぎてしまっていたことです。
来年は、結婚記念日になんかしよう。

3/23・神の配剤

何気なく、父方の親戚相関図を見ていて、僕の祖母の誕生日が、明治31年1月17日だということを見つけました。
1/17はりょうくんと同じす。
今まで阪神淡路大震災と同じ日と覚えていましたが、新たな発見に仰天しました。

長男の名前は、僕の2人の祖母の名前をミックスした読みです。
僕が名付けた長男の子が、同じ誕生日だなんて・・・
こんなこともあるんだなあと、縁の深さにびっくりです。

それを前回の家族メールで「生まれた時から、ご先祖様に守られているよ」と伝えていたら、お嫁さんも驚いていました。
りょうくんは、予定日より3週間と1日早く生まれたのですが、その意味を確信したそうです。

4月の我が家の庭
椿
20170402AkutaS006s.jpg 20170402AkutaS007s.jpg ゆず
20170402AkutaS020s.jpg 

3/23・ジャマイカ

0FA264C6-AADA-49F3-81C3-48464B04D22Cs.jpg 長男のお嫁さんから、帰ってきたばかりのジャマイカでのバカンス便りが届きました。
ジャマイカはキューバの南の島で、緯度はマニラとほぼ同じです。
ニューヨークから4時間ぐらいでしょうか。

197A9DF9-62B9-4C21-A322-AA165FB44B93s.jpg ジャマイカは治安が良くないので、赤ちゃん連れということもあり滞在型リゾートライフを送ってきました。
オールインクルーシブ(全てのアクティビティー・ドリンク・ミールがフリー)のホテルに泊まり、ホテル内の施設やプール・プライベートビーチを楽しんだそうです。
思いっきり遊び・食べ・飲んで、常にお腹は満腹で、りょうくん・4才は「帰りたくない~」を連発してたそうです。

2951CB3A-1345-47BC-A264-94183A8BCF16s.jpg 滞在2日目、ホテルのプールでのんびりしていたら、そこで開催されたダンスバトルに長男が出場(ゲストの中で3人選ばれた)していたそうです。
「はあ~」と見ていたら、自己紹介で「from Japan」と言ったら盛り上がり、アップテンポな曲に合わせ「志村けん似の謎のダンス」を披露したら大盛り上がりしてしまい、優勝してしまったそうです。

337804A7-B4A0-4AB2-8CF3-EDDDE7C5D5BAs.jpg お嫁さんがビデオに撮ってくれたので、家内と一緒に楽しみました。
優勝して赤いキャップを貰っていました。
すぐ、りょうくんに被らせていたけど、いい記念になったでしょう。

506E4A6F-57D2-497C-AD0A-8728639299D6s.jpg 優勝は、地球の裏側の日本からのゲストだからお手盛りがあったのかと思いましたが、志村ブレイク・ダンスがヤンヤの喝采で、3人のダンスパフォーマンス終了後のオーディエンス拍手量で圧勝していました。
長男のブレイクダンス・パフォーマンスを終えたところで、司会者も「Oh my God」と呆れていました。
745ED734-270C-4BD2-A783-AAF566D7D6D3s.jpg オーディエンスの反応や拍手量を見ると、後半に入れたアヒルのポーズ(手でくちばしと尻尾を真似る)での後進・前進がウケたようです。
オーディエンスに拍手を求める審査の時、ステージのスタッフが、アヒルのポーズしてるし・・・

A2BD68DE-0969-4277-A514-DAB32DAC9C39s.jpg 
これで、ホテルの有名人になり、それ以降皆さんに声を掛けられるようになり、より楽しく過ごせたようです。
アジア人は長男一家だけだったようで、そちらでも目立ったようです。

A63B2E78-446B-4470-B600-76CA404D4EE9s.jpg 出場選手は、お客さんから3人選ばれた。
長男は「クラスに1人はいるやりたがり屋」さんなので、小1の運動会の選手宣誓に始まって、学級委員長・生徒会長・修学旅行実行委員長・クラブではキャプテン・・・と、いろんなことをやってきました。
CB3126A0-D29D-4722-9427-37C71B9C3EAAs.jpg どうせ手を挙げて立候補したか、司会者に当てられるようアイコンタクトを送っていたかでしょう。
おもろい奴です。

DF07E0F1-7DFC-49B5-927C-735C39891819s.jpg ダンスパフォーマンスしてる横に、ちゃっかりりょうくんが出ており、スタッフのお姉さんに手を引かれ、ステージ脇に移動させられていました。
こいつも、父親に似て目立ちたがり屋さんかもしれません。
F0B357C0-530E-4EC3-9221-1FE5C9B5A1C9s.jpg 次男の結婚式で、次男の大学ヨット部先輩・同期・後輩がステージでエールを送っている時、ちゃっかりステージに上がっていました。

76FD0216-D2F7-433B-A7C0-A7434A8650F0s.jpg 司会者の質問に対する長男の答えを復唱し、「you came from Japan」と紹介していましたが、僕には「you keep from Japan」としか聞こえませんでした。
ビデオをなんど見ても、高聞こえます。
「you keep from Japan」なんておかしな英語だなと思い、調べてもわからない。

77BCD3AC-02EC-4F76-9A6C-6D872BFB038Cs.jpg そこで、お嫁さんになんて言ってるのか聞いてみました。
「司会者に名前と、どこから?と聞かれたので、「Yuki from Japan」と答え、司会者もそれを繰り返しました」との回答です。

90B1AB57-2D07-426A-BA5F-F2345F5BF2D8s.jpg 確かに、「your name and where you from, talk me」と司会者は聞いていました。
出場者は肉声なのでよく聞き取れず、マイクを使った司会者の言葉しか聞き取れませんでした。
他の2人を、「from Frorida」と「from Pennsylvania」と出身地だけ紹介したので、長男だけ名前も紹介されたと思いませんでした。

9218E94E-A6BD-4297-9843-A517702DB4E4s.jpg お嫁さんの回答を見てから再度ビデオを見ると、確かに「Yuki from Japan」でした。
ホントの名前は、戦国武将のような日本的な名前(読み4文字)ですが、外人さんには呼びにくいので、Yukiは愛称です。

8B5C55F7-5437-4362-9C0E-7F557DCF51F8s.jpg 「Yuki」でも言いにくいのか、「Yu-Ki-」となってたから、「you keep」に聞いちゃったようです。
その場にいたら聞き取れたかもしれませんが、いつもこのスピードについていけません。
スクールイングリッシュの僕のリスニング能力は、この程度です、がっかり。

8D562D95-853E-47A5-BBD3-47EC0CF99103s.jpg こうくん・11ヶ月は、水が怖いようで、お父さんにプールに浸けられそうになると、思いっきり足を上げて拒否っていました。
これはりょうくんと同じで、りょうくんは日本でスイミングスクールに通っていた効果か、浮袋を抱えてにプールで遊んでいます。
お嫁さんは、高校時代水泳部だったので、物足りないようですが・・・

こうくんは、下の歯が生えたのは知っていましたが、上の歯も4本生えています。
次男の子すみれちゃん・7ヶ月はまだ1本も生えていないので、個人差がありますね。

プライベートビーチは穏やかだけど、外海には波が見えるので、サンゴ礁が外からの波を消波しているようです。
沖縄のビーチみたい。

3/20・志摩観光ホテル・ザ・クラシック

「志摩スペイン村」への分岐があった。
観覧車とか遊園地が見えるかなと思ったが、見えなかった。
パールロードが終わり、R260~R167で賢島に入り、G7サミット会場になった「志摩観光ホテル・ザ・クラシック」に入ってみた。
13:51。

20170319IseS300s.jpg 外観を見れればと駐車場に停めたら、目の前の芝生に各国首脳が並んで記念撮影したニュースで見た場所があった。
カメラ台に次男がカメラをセットする。
20170319IseS301s.jpg 首脳が立った場所にプレートが入っており、お嫁さんとすみれちゃんが中央の安倍首相の位置、次男がオバマ大統領、家内はその隣、僕はフランス・ミッテラン大統領の位置に立ち、記念写真を撮った。
20170319IseS320s.jpg ここでも、芝生にモデルのすみれちゃんを座らせ、2人のカメラマンが撮影している。

20170319IseS303s.jpg ホテル内のロビーラウンジでお茶でもしようかと、芝生が続く裏から入ったら、サミットでワーキングランチをした丸テーブルが置かれた部屋だった。
20170319IseS315s.jpg 「ザ・クラシック」の名の通り、柱が木で雰囲気の良い広間で、丸テーブルにも首脳が座った席が明示されており、こちらにも座って楽しんだ。
20170319IseS340s.jpg まさか、こんなことが出来るなんて思ってなかった。

20170319IseS342s.jpg 駐車場に戻ると、うちの車の正面に、真っ赤な「アウディA4・Avant」が停まっていた。
これは1つ前のモデルのようですが、次の土曜日に納車されるお嫁さんの車と同じだそうです。
リアゲートのある使い勝手の良いモデルにしたようです。

次の土曜日は、お嫁さんの妹の結婚式の日で、その帰りにスバルと交換するそうです。
家内が伊勢内宮へ歩いている時に、渋滞している最新型を教えてもらったそうで、「かわいくてカッコ良かったよ」と言っています。
買った車の色も赤なので、ほぼこれて一緒です。


14:20に出発し、R167で伊勢に向かいます。
14:40「道の駅・伊勢志摩」で、伊勢うどんを食べました。
15:10出発し、r32に乗り換え「天の岩戸」の案内板があったので入ってみるが、「この先、大型車通行不可」の看板があり、家内からの「止めたほうがいいよ」の言葉に従ってUターンしました。

伊勢に戻りましたが、まだ時間があるので、15:40「猿田彦神社」に寄り道しました。
佐瑠女神社は、大賑わいです。
派手なハッピを着た男性(役者?)を中心に、女性ばかり20人ほどが囲み、役者?男性からアメノウズメの説明を受けています。
男性役者?さんのファンクラブの集いかもしれない。

本殿にお参りすると、中で「結婚の儀」をしていました。
御朱印を待っていると、花婿・白無垢綿帽子の花嫁さん先頭に、御一行が出てこられました。
次の土曜日に結婚式を挙げるお嫁さんの妹さんも神前結婚式を選択されたようで、若者は日本回帰の傾向が強いですね。

御朱印・歴女・パワースポットブームや、保守自民党支持も若者ほど高く、天皇家への関心も佳子内親王がアイドル並の人気になっている。
自分の家族・親戚・家系を愛すること、生まれた町や国を愛することから、自分の居場所を見つけ、外に打って出ることが出来る。
とても良い傾向です。

16:07に出発し、16:12近くの「手こね茶屋」で、次男が食べたかった「手こね寿司」を食べる。
賢島周辺の漁師飯だそうです。
賢島で食べたかったのですが、殆どのお店が13:30終了で食べられませんでした。

車の中でおっぱいを飲ませ、17:45「伊勢市駅」着。
ここで次男一家を降ろし、バイバイです。
2日間楽しかった。
近鉄で名古屋に出て、新幹線で東京に帰っていきます。
ありがとうね。

僕らも帰路につきます。
R23を走り、17:56「伊勢西IC」
伊勢自動車道を走り、18:40「安濃SA」で休憩しました。
「クランキー・アイス・140円」で糖分補給しましょう。
給油もします。

名阪国道が分岐する「伊勢関JCT」を過ぎてから渋滞になりました。
「亀山JCT」から新名神に入ると渋滞は解消しており、名古屋方面渋滞だったようです。19:49「土山SA」で休憩。
草津JCTで名神に合流し、すぐに「京滋バイパス」に分岐し、「大山崎JCT」で再び名神に合流して、「天王山トンネル」を抜け、吹田から中国道に乗り換え、豊中IC下車し、21:39に帰宅しました。

すぐに荷物を片付け、「赤福餅」を家内と食べ、お風呂に入って寝床に入りました。
いつもと同じ、22時台には寝れたので楽でした。
こうやって、少しずつ子どもたちに気遣われるウェートを増して行くのでしょう。
これも家族を持ち、子供を育てた神様からのご褒美でしょう。
家族になってくれ、僕らの子を生んでくれた家内に感謝です。


3/20・二見ヶ浦・パールロード

意外に真珠島が面白く長居してしまいました。
R42を海岸線に沿って北上し、「二見ヶ浦」へ。
11:47~12:30民宿アサヒ前駐車場・1日500円。

真珠島は5m/sほど風が吹いていたのに、こちらは無風で気持ちが良い。
20170319IseS266s.jpg 二見ヶ浦まで砂浜があり、すみれちゃんを砂浜に座らせて、次男夫婦は交互にカメラマンをやっています。
僕らはそれを見ながら防波堤に並んで座ってる・・・こういうのを、幸せな時間と言うのだろう。
戻ってきたお嫁さんが、「お父さん・お母さん、写しますよ~」
お嫁さんは、良い一眼レフを買ったので、2日間ベビーカメラ講習を受けてきました。
うちに送ってくれる写真も、構図がとても良く、センスを感じます。
「絞り」がどうのこうのと2人で話しています。

20170319IseS274s.jpg 『夫婦岩 沖合700mの海中に鎮まる興玉神石(おきたま)の皇居と見なされており、日の出の遥拝所として古くから知られている。男岩と女岩を結ぶ大注連縄(しめなわ)は、「結界の縄」と称され、大注連縄の向こうを常世神(とこよ)が太平洋の彼方から寄り付く聖なる場所、手前を俗世という隔たりを持ち張られている。この大注連縄は、およそ650年前(文保年間)既に張られており、現在も氏子により張替え神事が年3回、5/5・9/5・12月中旬の土日に行われています。
夫婦岩の大きさは、男岩高さ9m・女岩4mで、大注連縄は長さ35m・男岩に16m・女岩に10m巻かれ、その間9mあります。夫婦岩の間からの日の出は、5~7月頃が見頃です』

小学校のお泊り勉強で初めて見た夫婦岩は、しめ縄が渡り珍しいと思ったけど、最近はいろんなところで、同じような双子岩にしめ縄が張られ、さほど珍しいとは思えなくなっていました。
が、久しぶりに見た夫婦岩は、やはり姿形バランスが良いです。
20170319IseS281s.jpg 記念写真をパチリ。
御朱印帳に、また次男夫婦が御朱印を押してもらっています。

大きな貝がある。
『オオシャコガイ(沖縄産) 世界最大種で、殻長1.5m・重量230kg・年齢1万年のものがある。これは推定150年』

お茶屋さんで、「塩ソフト」を購入し、次男夫婦に一口、その後僕と家内で交互に食べながら車に戻りました。
家内が美味しいと、後半は全て家内の口の中へ。

賢島に向かいます。
R42を南下し、また鳥羽駅前を通過し、r750~r128。
牡蠣小屋があちこちにあり、車やバイクがたくさん停まっています。
パールロードを走り、13:10「鳥羽展望台」

この道はバイクが多く、たくさんのバイクが休憩しています。
眼下に綺麗な海岸線が見えるが、霞んでいるのが少し残念です。
空気が澄んでいれば、神島・伊良湖岬・渥美半島・御前崎・富士山が見えるそうです。
20170319IseS291s.jpg 灯台のある安乗崎や大王崎が見える。
小学校で見た「喜びも悲しみも幾年月」という灯台守の映画のロケ地が安乗崎灯台です。
何故かとても強く印象に残っており、1人なら訪問したい地です。
各地の孤高の灯台を訪問する度に、この映画を思い出します。

20170319IseS295s.jpg 鳥羽一郎の兄弟酒の歌碑があった。
鳥羽一郎と山川豊は兄弟だそうだ。


3/20・ミキモト真珠島

3時に目が覚めました。
部屋は快適な温度です。
ロビーに降りて、本を読みました。
部屋に戻り二度寝したら、5時前に目が覚めました。

家内もムクッと起き、「今、何時?」と。
20170319IseS204s.jpg もう眠れない感じなので、ロビーに行こうとエントランスにいたけど、家内が出てこないので、1人で降りました。

20170319IseS206s.jpg 竹田恒泰著の「古事記」が置いてあり、興味深く読みました。
ホテル備え付けの聖書のように半分は英語で書かれており、裏表紙には『Please do not remove this book from your room. 持ち帰りはご遠慮願います。 この書籍は皆様の
寄付により、全国の宿泊施設や教育施設などに配布させていただいております。お部屋からの持ち出し、お持ち帰りはご遠慮願います』と印刷されていました。
20170319IseS208s.jpg
明治天皇の玄孫さんで、皇室関係に詳しく、以前にその関係の著書を読んだことがあります。

20170319IseS212s.jpg 6:30に部屋に戻りました。
家内は大浴場で朝風呂を楽しんだそうです。
方向音痴なのに、1人で行って帰ってきたことに褒めてあげました。
エスコートしようと待ってたのに、いつの間に・・・

お嫁さんや次男は、昨夜露天風呂の方にも行ってみたそうです。
女性用露天風呂は、バラの花がたくさん浮いていたそうです。
眼下の海面を漁船や作業船が沖に出て行っています。

朝食は8:30なので、余裕があります。
家内とロビーに降り、新聞を読んでいると、次男がすみれちゃんとやってきました。
お嫁さんは朝風呂に行ったそうです。
お嫁さんが来ると、交代で次男が大浴場に行きます。

すみれちゃんは無料宿泊ですが、絵本やおもちゃが部屋に用意されており、特に赤ちゃん用座椅子が便利でした。
お風呂は温泉のようで、透明ですが少し粘っていて、お肌がつるつるします。

ロビー売店が開いているので、ご近所さんへのお土産を買いました。
お嫁さんおすすめの「青さ500円×3=1500円」+試食して美味しかった「帆立ひもうにしぐ870円×2=1740円」+前日品切れで食べられなかった「赤福8個入り760円」4000
円。

8:15、朝食は2Fの宴会場でした。
20170319IseS214s.jpg 部屋ごとにテーブルが分けられ、バイキング方式です。
各自鉄板があり、切り魚を持ってきて焼きます。ご飯と赤だし、香の物などいろいろあり、お腹いっぱいになりました。

部屋に戻り、後片付けして、お嫁さんがフロントでチェックアウトし、僕は車に荷物を積み込み9:37出発。
下ってR42に出て、9:45~11:31「ミキモトパーキング・500円」
「ミキモト真珠島」を訪問します。
大人1500円。

駐車場を出ると、「船どうですか」と遊覧船の客引きさんがやってきました。
業者が2社あるようで、頑張ってます。
イルカのショーが見れるようですが、すみれちゃんはわからないからスルー。

20170319IseS218s.jpg 真珠島のチケットを買い、海を渡る渡り廊下を歩いて島に渡ります。
世界で初めて真珠の養殖に成功した「御木本幸吉記念館」
明治26年(1893)だそうです。

うどん屋の倅として生まれ、病弱な父の手伝いをしながら、学問を習います。
鳥羽沖にイギリス測量船がやって来たので、青物を売ろうとするが他の業者も無視される。
そこで小舟の上で得意の足芸を披露し気に入られ、御用商人になる。

鳥羽特産真珠の商いを始めるが、アコヤ貝の乱獲で生産量が落ちる。
ここから一念発起し、世界初の真珠の養殖技術を確立する。次に観光立国を目指し、鳥羽を日本初の国立公園してまで持っていく。

10:20から「海女の実演」があるとのことで、それを観客席から見る。
20170319IseS246s.jpg 3月の寒い海に入るのかと、その装束が気になったが、白い海女装束から目立たないように、白いウェットスーツを着ているようでした。
それでも寒そう。

腰と紐で結ばれたたらいを浮かべ、さっと潜り、アワビを持って上がってくる。
まだチビだった息子たちを連れてきたときは、5~6人潜っていた記憶があるが、この時期だからか2人の海女さんでした。

20170319IseS250s.jpg 「真珠博物館」で、「真珠が出来るまで」や「ネックレスの作り方」など、肉声で聞きました。
売店もあり、3400万円のものまで真珠製品が揃っていました。
20170319IseS262s.jpg 家内がずっとすみれちゃんを抱っこしていたので、パールのクラウンをお嫁さんに被らせて写真撮ったりしていました。

20170319IseS220s.jpg この島の目の前の鳥羽駅・鳥羽市役所を含めた地区が、昔は島だったようで、水軍・九鬼嘉隆の居城があったそうです。
戦国時代は、軍船が多数停泊していたのでしょう。


3/19・孫と初めてのお風呂

お嫁さんから、次男の従兄弟への出産祝いを託されました。
僕から、定番プレゼントの「岩波こども絵本」シリーズの「小さいおうち」
それと京都の別名・玉の輿神社「今宮神社」の御札と御朱印とお守り。
家内から、お洋服など。

それから、家内がこの旅の費用を渡そうとしましたが、これは受け取りませんでした。
新幹線代に少しプラスしただけだからと・・・
学生を終え、働きだしてもあれやこれややってきたけど、長男に僕らの東京までの航空券をプレゼントして東京で僕の誕生会をしてくれるようになったように、次男からも奢ってもらうようになったようです。
お嫁さんが「いつもお世話になってますから」と費用を受け取らないのは、次男と話がついているからでしょう。

ここは、一家を構えるようになった次男の顔を立ててあげなければなりません。
僕らが親のあれこれを被っていったように、次への代交代の時期に差し掛かったということです。
素直に、息子の成長を喜びましょう。

僕らが結婚して住んだ家は、僕が高校3年の時、隣の家が売りに出たので母親が買った。
24才で結婚した時から、母親に代わって借金を返し、残10年を5年に短縮して完済した。25才の時、父がガンで倒れ、父が買いたかった家を僕名義で買って、借家とした貸した。
父が倒れ、仕事を引退していた母は、弟の学費が払えないと言い出した。
大学中退なんて絶対ダメだと思い、弟の学費・生活費も僕らが仕送りした。
弟が結婚する時、父の流れで買った家に弟が住むようになった。
40才ぐらいまで、2週間に1日の休みでワーカー・ホリックしていた。

労働基準法なんて完全無視だったけど、辛いとか体がついて行かないなんて感じたことがなく、責任者として仕事を動かせたので、むしろ楽しかった。
同僚にはしっかり休んでもらい残業もさせなかったが、僕は両親と子供たちの成長を支えているというやり甲斐が楽しく、気持ちよく仕事をしていた。
両親から受け継いだ我が家を、なんとか次世代にバトンタッチできそうだ。
僕の人生にここまで文句も言わず付き合ってくれた家内に感謝です。

20170319IseS192s.jpg 夕食時間になり、食事が運ばれてきました。
20170319IseS193s.jpg
僕はお嫁さんと同じ梅酒風味ジュースを頼みました。
20170319IseS194s.jpg 次男は瓶ビールで、家内はソルティードッグジュースです。
アルコール無しの梅酒やソルティードッグなんて初めて知りました。

食事を終え、家内と大浴場に向かいました。
家内は方向音痴なので、大浴場の前で待ち合わせることにして、風呂上がりのコーヒー牛乳を楽しみました。
髪を洗わないと言ってたのに、えらく時間がかかりました。
まあいいんだけど・・・

「髪が濡れてしまったので洗ったら、乾かすのに時間がかかって・・・」と出てきました。
部屋に戻ると、すみれちゃんはねており、お風呂はお預けかなと思っていたら、良いタイミングで起きてきたので、水着に着替えます。
20170319IseS197s.jpg すみれちゃんも裸になり僕が入ってる湯船に浸かりますが、すぐに泣き始めました。

次男が彼のニコンD5500で、お嫁さんに僕のソニーNEX・C3で撮ってもらいました。
次男は卒業作品が準優勝して賞品として貰ったD40を使っていたのに、すいれちゃんが生まれて買い替えました。
家内もビキニ水着を持ってきていましたが、「私、入らない」とパスでした。
浴槽がもっと大きかったら、3人で入れたのにね。

赤ん坊も大浴場に入って良いそうですが、1人で入浴させるのは大変なので、次男が僕と交代でパンツのまま風呂に入り、すみれちゃんを洗いました。
自宅にいるときは、フリチンのままウロウロして平気なやつだったのに、結婚して少し常識を身に着けたようです。
さっと拭いて、そのまま浴衣を羽織って大浴場に行きました。

新しい肌着を着せてもらいすぐ寝てしまったすみれちゃんを置いて、お嫁さんも大浴場へ。
家内とうとうとしていたら、すみれちゃんが目を覚ましました。
僕が身体をトントンしましたが泣き止まず、家内に交代です。
昼間平気だったのに、家内に交代しても泣いてる。
僕が抱っこしても同じで、家内でも同じでした。

「可哀想だから、次男を呼びに行った方がいい」と家内は言いますが、泣き疲れたら寝るだろうと粘ったけど、体力は十分のようで、背中を弓なりに反りギャン泣きになってしまいました。
仕方ないので次男にヘルプしに行こうと部屋を出たら、次男が歩いてきていました。
次男が抱っこしても、マシになるものの同じでしたが、お嫁さんも戻ってきて、彼女が抱っこすると泣き止みました。
母親最強・・・

樋屋奇応丸を忘れてきたので心配だったようですが、朝までぐっすり寝てくれました。
15分は泣いていました。
あれだけ泣いても平気で、まだまだ行けそうだったので体力がついてきたなと嬉しくなりました。

3/19・鳥羽のホテル

20170319IseS185s.jpg この部屋にしたのは、おむつが取れていない我が子のためでしょうが、もう1つ僕に孫と一緒にお風呂に入る体験をプレゼントするためのようです。
僕は水着を持ってきました。
お嫁さんに写真を撮ってもらおう。

20170319IseS189s.jpg すみれちゃんは、知恵が進み「人見知り」出来るようになっていました。
お正月は、ニコニコ僕に抱っこされていましたが、この日はしばらくすると泣いてしまいます。家内は女性なので、
素直に抱っこされています。

これは、現京大学長・山極先生のETV番組と本で知りました。
霊長類研究所の元所長さんで、世界霊長類研究のトップの方です。
オスは自分の子孫を残したいので、ゴリラはハーレムを持つオスに戦いを挑み、勝利しオスを追い出したら、ハーレムごと我が物にします。
メスは授乳中は妊娠しないので、ハーレムの子供は追いかけて全て殺します。
子を殺されたメスは、新たなハーレム主のオスを受け入れ妊娠します。
この習性のため、ゴリラは頭数を増やせません。

チンパンジーは、このオスの習性から子供を守るため、子供の父親が特定できないように1頭のオスを中心にするハーレム方式を止め、集団生活フリーセックスに移行し、頭数を増やしました。

人間は、チンパンジーより弱いので、森の餌場を独占できず、サバンナと森の境目を生活圏にします。
ここはサバンナの肉食獣の生活圏と重なるので、死亡数が飛躍的に増えてしまい、大量出産でそれを補うことにしました。
チンパンジーのように1回1頭、子育て終了し一人前に育ってから次の子を妊娠では追いつかないので、年子や双子で産むことになりました。

そうなると、母親1頭での子育ては困難になり、いっさい子育てにかかわらなかった父親を、子育てに引きずり込みます。
子育てに関心を持つよう父親が誰かわかるようにして、一夫一婦制を基本にすることで、強いオスのメスの独占傾向を軽減し、多くのオスにメスを得て子を持つチャンスを増やしました。
これが、人類の増殖と大発展の原動力になりました。

でも脳の最も深い所にある原始脳は、数千万年の類人猿の進化の歴史を記憶しており、赤ちゃんは原始脳の記憶からそれを追体験して最新の現代人に成長していく。
オスを見れば、拒否反応を示すのが自然な姿で、この時期を経ないと一人前になれない。
自己防衛本能です。
家内は女性なので、僕に対するような拒否反応を示さない。
これも正常に成長しているということです。

20170319IseS190s.jpg 長男の息子・4才が同じ頃、僕の顔をじっと見つめ、吟味していました。
同じ目ですみれちゃんも、駅で3ヶ月ぶりに対面した僕と家内に対し、家内より僕を凝視していたので、人見知りが始まったなとわかりました。
1ヶ月に3回は会ってるお嫁さんのお母さんに対しても泣くようになり、お母さんはショックだったそうですが、仕方ないですね。
オールマイティーは、お嫁さんだけで、毎日会ってる次男だって時々大泣きされるようです。

部屋に案内してくれた方から、説明を受けます。
大浴場は朝5時から入れるそうです。
明日の朝食希望時間を聞かれ、次男が8:30と伝えます。
夕食は18時だって。

一旦出て行かれ、再び来られた時、なんとバースデーケーキを持って来られました。
「お誕生日、おめでとうございます」
「え、え~」と次男がサプライズにビックリしています。
次男の誕生日は、3/28なので、1週間後です。
お嫁さんが内緒でホテルに頼んでおいたようです。
「Happy Birthday to you・・・」、次男がすみれちゃんと一緒にローソクの焔を消し、ぱちぱちぱちぱち。
「パパには、いつもお世話になってるからね~」とすみれちゃんに言葉を掛けています。
次男は大喜びです。

お嫁さんの実家は、我が家以上に「大安」など吉日を大切にし、家族のイベントを大切にする家で、我が家とよく似ています。
我が家も両親が健在だった頃は、年6回それぞれの誕生日を全員でケーキを囲んで祝いました。
次男は、自分の育った家の雰囲気が似ており、母親に似ているから、このお嫁さんを気に入ったのでしょうが、僕らも気楽に付き合えていいです。
良いお嫁さんです。

僕はどんな美人さんでも、言葉遣いや仕草・箸の使い方・食べ方・一般常識がないと、いっぺんに熱が冷めてしまいます。
大学1回生の時、「お茶お華で鍛えた背筋の通ったきれいな歩き方」と「きめ細かなお肌の綺麗さ」で家内は目立っていました。
4回生になって声をかけ、食事して話し、きれいな言葉遣いとお魚の見事な食べ方に惚れてしまいました。
2ヶ月後には、この子と結婚しようと決めました。

反面、料理は僕のほうが上手かったし、ボタンの付替えも僕の担当だったし、方向音痴に至っては明後日向いてる状態でしたが、そんなことは些細なことに感じました。


3/19・伊勢神宮・内宮~伊勢志摩スカイライン・金剛證寺~鳥羽

14:01、内宮前到着。
20170319IseS084s.jpg G7サミットで安倍首相が迎え、各国要人が車から降りた場所です。
20170319IseS086s.jpg バイクが、係員の誘導によりたくさん並んで止まっています。
楽だね。
トイレ休憩します。

『皇大神宮(内宮) 祭神:天照大御神 鎮座:垂仁天皇26年 天照大神は、皇室のご祖神であり、歴代天皇が厚くご崇敬になれれています。約2000年前の崇神天皇の御代に皇居を御出になり、各地を巡られた後、この五十鈴川の辺りにお鎮まりになりました。20年一度神殿をお建て替えする式年遷宮は、1300年余り続けられています』

垂仁天皇は、イエス・キリストと同じ時代を生きた天皇です。
20170319IseS088s.jpg 鳥居前には、礼服の一団がおり、どうみても結婚式集団で、伊勢神宮で結婚式出来るのかな?と、帰宅後調べてみました。
やはり結婚式はやっておらず、「結婚の報告と感謝を捧げる」というものだそうです。
「猿田彦神社の結婚式を挙げ、神宮前の大鳥居前で記念撮影をする。正装の着替え、伊勢神宮で神楽奉納と記念写真を撮る」というのが一般的だそうです。
境内には白無垢やウェディングドレスで入ることは出来ないそうです。

20170319IseS091s.jpg 安倍首相がオバマさんと話しながら渡った五十鈴川に掛かる橋を渡り境内に入ります。
20170319IseS097s.jpg 広い参道を歩き、五十鈴川の手水場で手を清めます。
長男夫婦も次男夫婦も、参拝前のお清めや二礼二拍手一礼など、きちんと参拝の作法を取ります。
僕なんかより、よっぽど礼儀に対して真面目です。

神社での結婚・神前結婚の増加や、最近の選挙の保守党への投票行動など、若者の世代は明らかに日本回帰・足元固めをしています。
行き過ぎた海外賛美や、自虐史観から、明らかに違う流れが起こっています。
僕が子供の頃は、多くの家が祝日に国旗を掲げていたが、最近は近所で我が家だけになりました。
その日に特別な想いがあるから祝日になったのに、単なる休日になり下げ、日曜日とくっつけて連休にしようなんて暴挙が国会で通る世の中になってしまいました。
我が子の誕生日を、毎年金曜か月曜に移動して祝う親なんていないのに・・・
次の日本の歩みに責任を持つ息子たち30代のこの日本回帰の流れに、頼もしさを感じます。

更に参道を歩き、御朱印を授かるために、社務所で僕だけ列に並びます。
行列が長く、みんなは先に参ります。
御朱印を授かり追いかけましたが、帰路のみんなとすれ違い、「赤福前で待ち合わせ」にしました。

20170319IseS104s.jpg 20170319IseS108s.jpg 20170319IseS126s.jpg 内宮に参り、別宮:荒祭宮に参り、別宮に行くために五十鈴川にかかる橋を渡ったりしながら、大混雑の「おはらい町」に突入。
15:15「赤福」前に着き電話すると、途中で抜かしてしまったらしい。
お土産を物色しているのだとか。
みんなと合流し、五十鈴川を渡り駐車場に戻りました。

15:29に出発し、すぐ「伊勢志摩スカイライン」に乗ります。
普通車1250円。
展望駐車場があったので外に出てみます。
伊勢湾を眼下に望み絶景ですが、残念ながら霞んでいます。

15:53、「金剛證寺」着。
 標高500m・海が近いので比高も同様な登山を要する山寺なのに、意外に立派でした。
織田信長に与力し、鋼鉄船を建造して、石山本願寺合戦を信長勝利で終わらせる転機になった毛利・塩飽・村上水軍との大海戦を勝利した九鬼嘉隆の菩提寺です。

20170319IseS142s.jpg 20170319IseS144s.jpg 20170319IseS154s.jpg 阿吽の仁王が守る山門を入ると、太鼓橋が掛かる池のある境内は雰囲気があります。
トラと牛の銅像が置かれ、知恵を授かるようです。
20170319IseS157s.jpg すみれちゃんが知恵者になるよう願っていました。

16:09に出発し、16:29「朝熊山展望台」着。
20170319IseS176s.jpg 555mの山頂は吹きっ晒で風が強い。

16:34に出発し、ここから鳥羽方面に下ります。
スカイラインのエンド・R42と交差するところにある「ドライブイン鳥羽」に、16:46寄り道します。
赤福餅を買って、宿で食べる予定でしたが、残念ながら売り切れでした。
目に入ったあられセット「鳥羽漁師あられいか390円+えび390円+アオサノリ390円=1050円」を購入。

R42でJR&近鉄「鳥羽駅」前を通過。
お嫁さんは、妹さんと伊勢神宮参拝・鳥羽旅行した時、駅前のショッピングセンターに入ったのだとか。
姉妹だけでの旅行もいいね。
男兄弟での観光旅行は、何か怪しい関係を想像してしまうが・・・。

僕ら一家は家内の姉一家と、日帰り果物狩りや、スキーやキャンプをしました。
次男一家も、来週末結婚式を挙げる妹さん夫婦にお子さんができ、2家族で旅ができるといいな。

「鳥羽水族館」がありましたが、すみれちゃんは7ヶ月なのでパス。
フェリーターミナルがありました。
渥美半島の西端・「伊良湖岬」と結び、伊勢湾の入口を走る航路です。
所要時間1時間なので、とても近いです。

鳥羽港の南側の丘陵地にホテルが数棟見えます。
宿泊の「鳥羽ビューホテル花真珠」はこの中の1つでした。
17:07、着。

すぐに玄関から係の方が来られ、名前を言うと予約名簿で確認し、駐車場所に誘導してくれました。
玄関のすぐ近くでコーンが立っており、それをどけてどうぞと。
荷物を下ろすとロービーまで運んでくれました。
施錠しロビーに入ると、お嫁さんがJTBで取ってくれた宿なので、次男夫婦がフロントで手続きをしてくれていました。

すぐに部屋に案内されました。
フロントが3Fで僕らの客室は4Fでした。
1Fが大浴場で、2Fが宴会場のようです。
4Fでエレベータ-を降りると、浴衣を選びます。
男性用はサイズのみですが、女性用はフリーサイズでカラーが4色ありました。

20170319IseS181s.jpg 通された部屋は、エントリー・トイレ・下駄箱クローゼット、そして和室とバルコニーがついています。
20170319IseS182s.jpg バルコニーと言ってもその外側に開閉可能なガラス窓があり、バルコニーにお風呂があります。
窓を開ければ露天風呂のような感じになります。


3/19・伊勢神宮・外宮~内宮「おかげ横丁」「おはらい町」

 孫・すみれちゃんを抱いて次男夫婦が改札を出てきました。
荷物を車に置き、家内と次男一家は参道を歩いていきます。
僕は車を駐車場に置きに行きましたが、なんと僕の前の車で「満車」表示になっちゃいました。

ガッカリし、別の駐車場を探しに移動し、10:45「ファミリーマート伊勢本町店」で、麦茶600ml・100円を購入し、参道を歩きながら次男に電話します。
参道の外宮直前のお店で「ご当地ビール」を飲んでるらしい。
みんなと合流出来ました。
20170319IseS031s.jpg 次男から「ビール飲んだから、運転出来ないよ」だって。
ご当地ビールを飲む予定を立てていたようです。

外宮前の交差点を渡ります。参拝客で賑わっています。
『豊受大神宮(外宮) 祭神:豊受大御神 鎮座:雄略天皇22年 豊受大御神は、お米をはじめ衣食住の恵みをお与えくださる守護神です。約1500年前の雄略天皇の御代に丹波国(京都府北部)から天照大神のお食事を司る未撰津神(みけつかみ)としてお迎え申し上げた。御垣内の御饌殿では、朝夕2度天照大神に神饌を奉るお祭りがご鎮座以来絶えることなく行われています。ご遷宮は、内宮と同じ20年に一度行われ、平成25年10月5日に第62回式年遷宮が行われました』

豊受大御神は、出雲の神様です。
古事記神話にあるように、天照大神の弟・素戔嗚尊が先に下り、八岐の大蛇を退治し、その子・大国主命が中心になって繁栄させた葦原中津国を、天照大神の孫・ニニギに手渡した。
大和民族と出雲族が協力して繁栄させてきたのが日本国です。

20170319IseS040s.jpg 手水を使い、巨木が生い茂る参道を歩きます。
ご神木の大杉の多くは、途中で切られ背の高さを加減しています。
伸びすぎると、倒木の危険や被害があるからでしょう。

20170319IseS046s.jpg 入口の灯籠のみを残し、遷宮地の広い空き地があります。
縄が張られ、記念写真を撮っておられる方が多い。
20170319IseS049s.jpg そのお隣が現在の正殿で、ここの鳥居内部は撮影禁止でした。
千木は水平切りで、鰹木は6本の女神の本殿です。

摂社巡りから僕は脱落し、車の回しに行きます。
車を外宮前に回し、次男に電話で場所を伝えます。
横はバス停で、内宮に行けるようです。
家内とすみれちゃんを抱っこしたお嫁さんがやって来て、トイレで遅れて次男がやって来ました。

11:49に、ピックアップしましたが、r32を内宮に向けて走り出すとすぐ、11:51に渋滞突入です。
時間に余裕があるので、車内でワイワイおしゃべりしていましたが、徒歩の方が早く、車を抜いていく徒歩の方が増えてきたので、12:37徒歩開始です。
外宮と内宮の距離は3kmですが、ここからは残り1km・15分の距離です。

僕はそのまま渋滞に捕まったままでしたが、やがて内宮前R23との交差点まで来ました。
そのまま道路を渡り、五十鈴川河川敷駐車場に並ぼうと思ったら、その先にも駐車場があるようで、列が短いのにそちらに並びました。
数台動いたところで満車になったようで、係員に別の駐車場に行くよう指示された。
内宮参道商店街の「おかげ横丁」の延長線の位置にある駐車場で、参道を楽しみながら参拝できそうで悪くないです。
13:04、「伊勢地域観光交通対策協議会・1000円」

r32の橋で五十鈴川を渡り、13:10「内宮おかげ参道」と書かれたところを横に見て、昨年のG7サミットで各国首脳の車が走ったR23を歩きながら、次男に電話します。
「おかげ横丁と交差する「おはらい通り」入口の店でご飯食べている」とのこと。
とりあえずおかげ横丁が見えてきたので、ガードマンに現在地を教えてもらいました。
通り過ぎたようで、地図を見せてもらい大まかな位置を頭に入れ、戻ります。

『おかげ横丁の由来 伊勢は2000年以上に渡って、日本一の神様のお膝元です。この地に住む私たちは、暮らしの全てが神様のおかげと感謝しています。江戸時代、日本人多くが伊勢に押し寄せたことがありました。いわゆる「おかげ参り」です。当時、この町は大変な賑わいで、伊勢の人々は三宮者を温かくもてなしたといいます。そんな町も、世情の移ろいとともに古い習慣が廃れるにつれ、いつしか寂しい町と変わってしまいました。衰退した町を生き返らせたいと願い、赤福当主が構想し、完成させたのが「おかげ横丁」です。平成5年の61回遷宮の年です。以来、多くの方々の賛同と協力を得て新しい伊勢の町として歩んでまいりました』

20170319IseS059s.jpg 大混雑の『おかげ横丁を縫いながら、「おはらい町」と交差する赤福本店前を内宮と反対方向に「おはらい町」を歩きます。
20170319IseS064s.jpg こちらも大混雑で、やっと商店街が尽きたエンドに、みんなが食べている「武雷庵」がありました。
「内宮おかげ参道」と書かれた目の前です、13:37。
「なんじゃこりゃ、27分も大回りして、元の場所に戻ってきた」

松阪牛を食べていました。
20170319IseS074s.jpg 横の屋台前に、牡蠣の殻がうず高く積まれ、牡蠣を食べさせているようです。

再び「おはらい町」に突入です。
20170319IseS079s.jpg 赤福本店を過ぎ、屋台で揚げ餅ウインナーを買い、お行儀が悪いですが食べながら歩きます。
20170319IseS082s.jpg 混雑しているので、周りの人の洋服を汚さないよう注意しなくちゃ。

3/19・伊勢参りへ

2日間の伊勢の旅に出ます。
次男一家から「伊勢神宮にお礼参りしにいかない?」と誘われ、現地合流することになりました。
次男一家は新幹線~近鉄でやって来て、僕らは車で行き伊勢市駅で合流します。
10:11近鉄伊勢市駅着予定なので、余裕を持って6時出発にします。

4時に目が覚めゴソゴソし、着替えて5時から活動開始です。
荷物を積み込み、チャイルドシートをセットし、5:59出発。
中国道・豊中ICから高速道路に入り、名神高速・大山崎JCTから「京滋バイパス」に乗り換えます。

名神草津で合流し、6:48「草津PA」着。
ここで「朝カレー」を食べます。
7:10、出発し、新名神にチェンジし、亀山JCTで東名阪道に合流し、道なりに伊勢道になります。
7:58「安濃SA」に着き休憩します。
天気が良く、最高の「お伊勢参り」になりそうです。
8:12に出発し、8:53「伊勢道・伊勢西IC」下車。

まだ1時間余裕があるので、r32~R23で伊勢神宮・内宮近くの「猿田彦神社」に参ります。
猿田彦は、天孫降臨した天照大神の孫・ニニギに従い、道案内した神です。
奥さんは、アメノウズメで、天照大神が天の岩戸に隠れて暗くなった時、大活躍しました。

困ってしまった神々が集まって考え、アメノウズメは天の岩戸の前でストリップ踊りを披露しました。
男神たちは大喜びで拍手喝采し、「おかしいな」と思って岩戸を少し開けて覗いた天照大神の腕を怪力のタヂカラオが掴んで、引っ張り出しました。
岩戸が落ちた場所・戸隠に戸隠神社が建てられたなど、古事記の日本神話が続いていきます。
古事記に出てくる神様は、現代に生きるに僕よりよっぽどいい加減・本能に正直な方もおり、読んでいて飽きません。
その神様を祀る神社の謂れ板には、「素晴らしい神様」のように書かれているが、出典の古事記では天真爛漫で大好きです。

9:07「猿田彦神社」着。
目の前に内宮駐車場・1000円がありますが、ここの駐車場は30分無料です。
20170319IseS004s.jpg 境内に入ると、摂社の「佐瑠女神社」があり、本殿以上に人気があるようで、参拝者が列を作っています。
すぐに、佐瑠女はアメノウズメを指すのだなとピンときました。

神紋がお嫁さんが勤める日本航空のロゴマークと同じだと、家内は喜んでいます。
JALはくちばしが右に向いているけど、こちらは右と左があります。
佐瑠女やアメノウズメと、JALの関係が気になります。
帰宅したら調べてみよう。

アメノウズメは、舞踊・芸能の神様で広く信仰されており、この夫婦が「おかめ・ひょっとこ」のモデルだとも言われています。
『佐瑠女神社 祭神・天宇受賣命 天孫「ニニギノミコト」御一行を迎えた猿田彦大神と最初に言葉をかわしたのが御祭神です。天孫一行を日向の高千穂峰に導いた後、本拠地のここに戻られる大神とともに五十鈴川川上においでになり、「さるめ」という姓をいただかれた。また「天照大神」が天の岩戸に籠もられて世の中が暗闇の用になった時、岩戸の前で舞をされて、お出ましを頂く契機をつくられた話はよく知られています。その為「芸能・魂鎮(たましずめ)・縁結び」の祖神として広く信仰を集めています』

20170319IseS008s.jpg 手水舎の柱には、芸能関係者と思われる方々のシールやステッカーがたくさん貼られています。
20170319IseS011s.jpg 本殿に参ると、白無垢と角隠し姿の花嫁さんとご新郎が、境内で撮影されています。
僕も家内と母校チャペルで式を挙げたので、学生たちに祝福を受けました。
神前であり人前結婚式でもありますね。
帰宅後調べたら、「大安」でした。

絵馬掛けを見に行くと、芸能関係の上達を祈願する絵馬が多く掛かっていました。
本殿横を新郎新婦が歩いて行かれます。
これから結婚式なのかもしれません。

20170319IseS015s.jpg 9:23に出発し、r23を外宮方面に走り、外宮前を右折し、9:37「伊勢市駅」着。
近鉄伊勢市駅とJRの駅は隣接しており、外宮側がJRです。
駅を見に行くと、陸橋で両駅がつながれており、JR側で待つ事にしました。

駅から外宮に向かって歩行者天国の参道が続き、さほど距離がないので歩いて行くことにします。
外宮駐車場が混んでいたんですよね。
見える駐車場は、「1日最大800円」で、「空車あり」と電光掲示されています。
家内を駅に残し、徒歩で駐車場を見に行き帰る時、駅前参道入口の鳥居前で、共産党の幟を立てている爺さん婆さんからパンフを手渡されました。

20170319IseS026s.jpg 「安保法案反対」のプラカードを持ち、我が家の隣町・大阪豊中の森友学園小学校用地に、国有地を低額で払い下げられた問題をマイクで糾弾しています。

国有地の民間への低額払い下げは、公共性のある事業にはつきもので、何処にでもあることなのに・・・そんなことより、北朝鮮に日本人が拉致され続けていることや、ミサイルに狙われている現状を解決すべく話してほしいわ。
共産党は、親中国共産党で反日なので嫌いです。
運動員の平均年齢が高く、学生運動にパワーがあった団塊の世代以前の方々が主力なので、早く力を失ってほしい。


3/17・洗車

19・20日と、次男に誘われ次男一家とお伊勢さん参りします。
次男たちは新幹線で東京からやってきて、僕ら夫婦は車で向かい、伊勢市駅でピックアップします。

長男一家がアメリカに住むようになったので、僕らに孫との時間を持たせようとしてくれているのだろう。
長男と僕ら両親のことを話し、年1回程度になる長男一家の帰省の穴埋めを次男がしようと思っているのだと思う。
それに付き合ってくれるお嫁さんにも感謝です。

僕は実家の隣の家で所帯を持ち、家内の実家も車で1時間程度だったので、息子たちがチビの時は月1で家内の実家に帰っていました。
子供とは、親に優しいものです。
長男が東京に住んでいた時は、年2回の帰省と僕の誕生日を東京に呼んで祝ってくれました。
「貯まったマイルで往復チケット買ったから、2人で来て」と有難かった。
親への気持ちとともに、我が子へやがていなくなる祖父母との時間をより多く味わわせたかったのだろう。
僕がそうだったから。

ということで、朝6時洗車を開始しました。
多少水垢が見えるので、まずは庭からホースを伸ばし手作業で洗車です。
ワンボックス車なので屋根が洗えず、車道に車を移動し、車道より1.5mほど高い庭から、ホースをガンにして屋根を洗います。

続いてGSに向かい、洗車機を通しました。
「シャンプー洗車&ワックス&撥水コート・900円」コースにします。
自宅に戻り、車を拭き拭きして完成。
現在は昼休みを長く取れなくなったのでGS洗車ですが、過去2時間昼休みが取れた頃は、トヨタで洗車してもらっていました。
車検や定期点検時は1000円でしたが、その他は2000円と少々お高めです。
その代わり、手作業でピカピカにしてくれ、水垢も綺麗に取ってくれ、気持の良い仕上がりが気に入っていました。

チャイルドシートをセットして準備完了です。
家内が出てきて、おむつを渡され、いそいそとリアゲートを上げ、積み込みました。
ああ、楽しみだな。
ちょうどお彼岸なので、お墓参りは、連休後のウィークデイの早朝に行くことにしています。

我が家のと家内の実家両方に年4回参ることにしているので、2日間朝5時出発になりますね。
この時間帯なら、家内の実家お墓に行く高速道路も渋滞無しで楽です。

3/16・東京オリンピック

ヨットの話題を毎日更新しているウェブサイトに、僕がジュニア時代教えていたW子ちゃんの話題が出ていました。
次男の同級生でもある女の子です。

中学生の時、僕が学生で唯一ナショナルチームに入っていた頃、同じくナショナルチームで、幻のモスクワオリンピック代表選手になったMさんから、「お宅のクラブに、いい女子選手がいると聞いてきたよ。オリンピックを目指す選手をスカウトしているんだ」と、全日本選手権で声を掛けられました。
彼女と両親に話を通すと、彼女が大乗り気で、福岡県の高校にヨット留学しちゃいました。

目標だった北京は2位でダメだったけど、4年後のロンドンオリンピックに出場し、夢を叶えました。
その後結婚して、苗字が変わりました。
結婚でレーシングヨット活動はお終いかな?と思っていましたが、旦那さんがヨット乗りなので、またオリンピック目指して復帰したようです。

子供生んだのかな?本人か親御さんにメールして確かめようとも思ったが、そこまですることもないかなと思い自重。
次男に聞けばわかるでしょう。

2人乗りヨットで東京オリンピックを目指すようで、相方として組んだのがこれまた同級生K君です。
横浜の子で、ジュニア時代から次男のライバルで、親しく付き合っていたナイスガイです。
関東と関西で住んでいる場所は離れていたけど、僕同様お父さんが大学ヨット部出身で、2人共中学受験組なので、小6はほとんど日曜日の練習ができず・・・と、育った環境が似ており、レースで顔を合わせるとなんだかんだ話していました。

中学生で、K君と次男はナショナルチームに入り、僕が監督でASEAN選手権遠征チームになりました。
残念ながら、ラニーニャ現象で水位が上がり、マレーシアの大会会場ヨットクラブが水没し、大会自体がキャンセルされてしまいました。
早生まれの次男は南米選手権ナショナルチームにスライドしましたが、K君は15才オーバーになってしまい参加できませんでした。

K君は麻布高校時代、Wちゃん同様国体優勝しました。
東大理三に進学しましたが、オリンピック出場を目指し、北京オリンピック前1年間大学を休学しヨットに打ち込みました。
その年のナショナルチーム選考レースで、次男は10位でナショナルチーム入りを逃しましたが、彼は上位6艇に入りナショナルチーム入りしました。
でも結局、日本代表になれませんでした。

ウェブサイトによると、K君は医者を休職してヨットに打ち込むようです。
このチームは応援しなくちゃ。

3/17・卒業記念冊子

コーチしている大学ヨット部では、卒業生がヨット部で学んだことなどを冊子にして書き残すのが恒例になっています。
今年の卒業生は9名おり、みんな作文好きなので、当然厚い冊子になります。
「追い出しコンパ」でその冊子を受け取り、2週間掛けてやっと読み終えました。
200ページぐらいかな?
「高山正之・変幻自在」も並行して読んでいたので、時間がかかりました。
僕は、高山正之さんがとても好きです。

技術的なこと、先輩・同輩・後輩への感謝や激励の言葉の他に、入部した時のエピソードやヨット部時代の小ネタも書かれており、読み物としてもかなり面白いです。
2回生の春入部したある部員は、夢膨らませ大学生活を始めたのに、大学で出来た友人との交流が上手く行きませんでした。
親元を離れて下宿しているので、授業に行くのも億劫になっていた頃、たまたま実験で一緒になった同級生がヨット部であったことから縁ができました。
ヨットが楽しく、授業にも出るようになったそうです。

監督・コーチへの感謝の言葉で、僕のことをほとんどの部員が書いてくれていました。
新人勧誘時のヨット試乗会で話した僕の言葉に惹かれて入部してくれた部員がいました。
練習やレースでの僕のミーティングで、ヨットを離れた脱線話を、いつも面白く聞いていたことなど、今後のコーチングの参考になることを書いてくれた子もいました。

来月は、また新人勧誘が始まります。
僕は2つ以上の世界を持つ良さや、ホームルームのない大学で根無し草にならないようクラブに入る良さをよく話します。
2つ以上の世界を持つと、人生に幅ができ、強くなります。

これは、ジュニアヨットのコーチをしていた頃学びました。
地元に市長さんに頼まれて、僕は先輩と一緒にジュニアヨットクラブを作りました。
広報誌に部員募集が広報され、不登校などで問題を抱える子が、市役所などから紹介されて入部してくる子がいます。

そんな男の子を2人コーチした経験があります。
如何にもいじめられそうな小太りでどちらかと言うとゆっくり理解して行くタイプです。

最初は親御さんが心配そうにしていましたが、1年後には親コーチと和気藹々になり、大会遠征もするようになりました。
練習を続けヨットに乗れるようになると、自分に自身がつきここで不登校は解消されます。

ヨットはかなり特殊なスポーツで、競技人口も少なく、その恩恵で15才以下全日本選手権出場なんて、みんな小学生から出来てしまいます。
彼らもそうなり、そのために学校を1~2日休むので、ジュニアヨット協会・会長からの「特別の配慮」を願う文書を持って担任先生に伺うと、たいていクラス全員にそれを発表してくれます。

クラスメイトの彼を見る目が違ってきて、いじめっ子という者は、必ず自分より弱いものをいじめるので、この時点でイジメられることがなくなります。

中学生で、ウィークデイはバレーボールクラブに入り、キャプテンになりました。
不登校時代と比べ劇的に人生が変わりました。
そして15才で卒業して行きますが、ジュニアヨット部卒業式で、親御さんにめちゃめちゃ感謝されました。

何かで自分に自信を持っている者は、学校や会社で失敗しても自分自身をディスカウントしないものです。
2つ以上の世界を持つ者は、人生の試練に強いものです。
ブラック企業でディスカウントされ自殺するニュースが流れますが、もう1つ別の世界を持っていれば、自分への自信が揺らがず、自死に至ることをかなり防ぐことが出来ると思います。
お若い女の子の自死ニュースに接し、安心できる恋人がいれば違っただろうに、いなかったのかな?と思いました。
恋愛だって、もう1つの世界です。
「君が好きだ」と言ってくれる人がたった1人いるだけで、人は強くなります。

次男が卒業した時の卒業冊子は、その半分近くを次男が書いていました。
毎日のように絵本の読み聞かせしていたら本好き・活字好きになったので、100ページ
は書いてあったように思います。
僕ら両親への感謝の言葉が、エピローグとエンディングに書いてありました。
「父親のヨット好きと教育熱心で寛容な両親がいて、今の僕があります。次のステージに上がりますが、これまで通り温かい目で見守っていてください」とあり、熱いものがこみ上げてきました。

4年間クラブをやり通した充実感を、これを読む度に感じます。

3/15・寒波とアメリカの図書館

NHK「朝ドラ」を見た後、「あさイチ」が始まりました。
ニューヨーク出張中の有働さんが、雪が積もったビル街の道路で中継しています。
リオデジャネイロから来たブラジル人観光客にインタビューしたりして、ニューヨークの大雪のことをリポートしています。

その直前、長男のお嫁さんからのメールを見ていました。
着信は3/14・23:00。
アメリカ東海岸は、3/14・AM10:00です。
IMG_2530s.jpg 「晩に20cmくらい積もり、吹雪いているのでプリスクールも会社もお休みになりました。今日は一日中家で過ごすことになりそうです。・・・」

寒波で学校も会社もお休みになるなんて、よっぽどですね。
長男は日本出張から戻ったばかりで、まだ時差ボケがつらく、ちょうど良かったみたいです。
我が家が東京にあったら、日本出張ついでに顔が見れるのにな・・・。

ジャマイカでは、「リウ・モンテゴ・ベイ」というホテルに泊まるそうで、4泊4人で20万弱だそうです。
ホテル内の食事もデザートも何でもかんでもオールフリーだから、意外に安いなと思いました。

「僕なら、バイキング料理同様、元を取ろうと食べ過ぎてブタになる」と書いたのに対し、「こうくん・10ヶ月はおっぱい大好きで、1日何度も授乳するのでいくら食べてもこうくんに行くから大丈夫」と書かれていました。

IMG_2510s.jpg 図書館の写真に「youth program」とあったので、対象年齢はティーンエイジャーかな?と質問していたので、アメリカでは17・18才をユースと言うのが普通ですが、この図書館では「12才以下」を対象にしているそうです。
「絵本読み聞かせ」「ダンス」「レゴクラブ」「塗り絵教室」「工作」など、毎日無料で開催されているそうです。
車で5分ほどの距離なのですが、残念ながらこうくん・10ヶ月の対象となる「ベビー読み聞かせ」は月に2回ほどだそうです。

IMG_2455s.jpg りょうくん・4才は対象年齢なのですが、平日はプリスクールなので、多くは参加できないそうです。
長男が出張でいない週末、3人で楽しんでいるようです。

毎週カーズやトーマスのDVDを無料で借りて、りょうくんは楽しんでいるようで、子供向けDVDの英語なら、ほぼ聞き取れており、お嫁さんが訊くと完璧に教えてくれるそうです・・・凄いな、まだ渡米半年なのに。
プリスクールで、ほぼ同年齢のお友達と遊びながらだから、覚えるのも早いのでしょう。お嫁さんは、子供の記憶力とヒアリング力が優れた「柔らかい脳」を羨望の眼差しで見ているそうです。
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のりまきターボ

Author:のりまきターボ
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から引っ越してきました。

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