3/14・オール・イン・クルーシブ

アメリカプリンストンに住む長男のお嫁さんから、家族メーリングリストにメールが入りました。
先週からポカポカ陽気になり、「ようやく春だー!」と思ったら、-10℃まで下がったそうです。
そして明日ストーム予報が出て、食料をストックするよう警察からアドバイスメールが届いたそうです。
プリスクールからも、「明日はたぶんスクール・クローズすると思う」と連絡があったそうです。

僕らが週末、東京からやって来る次男一家と待ち合わせ、伊勢参りすることを家族メーリングリストで知っていますが、長男一家は木曜日から4泊でジャマイカ旅行に行くと伝えてきました。
ジャマイカは治安が悪いので、飛行機~タクシーでホテルに入り、ずっとホテルのビーチやプールで過ごすので観光はなしだそうです。

こうくん・10ヶ月がいるから、観光型より滞在型の方がいいよね。
次男は新婚旅行でメキシコ・カンクン・リゾートに行くつもりでしたが、南米・中南米でジカ熱が流行ったので中止しました。
すみれちゃんがお腹にいたから、安全優先です。
だからまだ新婚旅行に行っていません。
長男一家のほうが先にカリブ海を見ることになりました。

ジャマイカといえば、陸上短距離強国で100m世界記録保持者・ウサイン・ボルト選手の母国です。
その他には、「クール・ランニング」という映画で知った雪の降らない国から冬季オリンピック出場を果たした国という程度の知識です。

正確な場所を調べると、キューバのすぐ南で、タックスヘイブンで有名なイギリス領バージン諸島と、ハイチとドミニカのある島の中間にあります。
米西戦争でスペインから分捕ったアメリカから独立したキューバ同様の歴史だと思ったら、イギリス連邦の国でした。
イギリスがアメリカ軍が来る前にスペインから分捕った島のようでした。
よって公用語はスペイン語ではなく、英語でした。

宿泊するホテルは、「オールインクルーシブ」と言う宿泊代の中にホテル内のアクティビティ(テニスやプール、スパ、ジム、カヤックやシュノーケルなど)とレストランでの食事、カフェなどが全て込みになっているシステムになっているそうです。

「ホテルでゆっくりする」という欧米人的なバケーションの過ごし方を試すそうです。
「郷に入れば郷に従え」ですね。
去年7月、家族が渡米する前に、長男はペルーの「マチュピチュ遺跡」観光しました。
ペルーも治安が良い国とは言えないので少し心配でしたが、今回はずっとホテル&プライベートビーチなので、少し安心です。
お土産話や写真が楽しみです。

「ホテル内オールフリー」は、高校ヨット部の同期が新婚旅行で行ったニューカレドニアの「地中海クラブ」がそうだと聞いた記憶があります。
日本の観光型旅行と違い滞在型リゾートなので、ホテル内やホテル発のクルージングで楽しめるものがたくさんあると聞きました。
日本にもこのシステムのホテルがあるのかな?
欧米新観光客も多いので、きっとあるのだろうが、僕はこういう旅をしたことないので門外漢です。
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3/15・結婚記念日?

僕ら夫婦の結婚した日が、4/6だと判明しました。
何を今更・・・と、殆どのご夫婦は思うでしょうが、僕は公立小学校以外全て私立の保育園・中高大とキリスト教系で教育を受け、結婚式も大学のチャペルで挙げました。
キリスト教最大の祝日は、「イースター」という磔にあい亡くなったキリストが「復活した日」なので、結婚記念日を忘れないためと世界中の人が祝ってくれるように、この日に結婚式を挙げました。

中学の宗教主事の牧師さんにお願いに行きましたが、ご自身の教会行事が繁忙で断られました。
困って、中学の校長先生牧師さんに家内とお願いに行くとOKでした。

やっとこさ結婚式を挙げたのは良いのですが、イースターは「春分の日の後の最初の満月の日の後の最初の日曜日」というややこしい変動日なので、毎年変わってしまいます。
よって、イースターの日で祝っていましたが、日本では、「イースターの日がいつか」の報道はされず、そろそろかなと思い調べたら既に過ぎていたりして、「結婚記念日のお祝い」そのものをしなくなってしまいました。
それでも数年に一度プレゼントしたりして、「家内が忘れた頃するのが、サプライズで良い」なんて手前味噌な理屈でお茶を濁していました。

そんなこんなで過ごしていたら、何月何日に結婚したのか忘れてしまい、家内に聞くと「私は覚えているよ」とニコッとするだけで教えてくれません。
風前の灯の結婚記念日を復活させようと、家内に頭を下げて教えてもらった日が、4/16。

家内に即答されたので、それに疑義を挟むのは控えましたが、結婚式の翌日から北海道にスキー新婚旅行し、富良野の気温がマイナスだったことや、雪が降りまだまだパウダースノーで残雪を楽しむ春スキーではなかったので「もっと早かったんじゃないのかな?」と納得行かず、相変わらず結婚記念日をスルーする日々が続きました。

今年また気になりだして、しっかり調べてみました。
結果は、4/6。
それを家内に伝えると、「あら、そうなの。3/16だと覚えてた・・・勘違いしていたみたいね」とあっさり上書きしました。

んん?3/16?
家内に教えてもらった日を、1ヶ月間違えて覚えてたみたい・・・
でも3/16は春分の日の前だから、イースターであるわけないので、きっと間違いのはず・・・

今更結婚記念日を復活させるのもアレなので、カップケーキ1つでOKでしょうと思っています。

3/13・お嫁さんたちから近況報告

甥の初めての子が生まれたことを、家族メーリングリストに送信しました。
フェイスブックなどで、うちの息子2人・義理姉の息子・娘3人の仲良し従兄弟間交流があるので知っていると思ったら、なんと息子たちは知らなかったそうです。
姪から我が子の近況をよく聞くので、みんな知ってると思ったら、姪たちは知ってるけど、息子たちは積極的に従兄弟たちの情報を取りに行くことをしないのかもしれません。
男の子だからね。

お嫁さんたちは、早速おめでとうメールを送ったりしたのでしょう。
その後、例によってそれぞれの近況報告が、写真・ビデオとともに届きました。

アメリカに住む長男のお嫁さんから、「りょうくん・4才は、英語リアリング力が上がりかなり理解できるようになったけど、ネイティブのお友達の会話力に負けるのがすごく悔く、少々へこみ気味のようです」とありました。

これは長男に似ています。
小1になってすぐ、保育園から上がった自分より、幼稚園から上がった友達の方が、文字が書けると悔しがり、教えてくれと連日せがまれました。
家内がしばらく教えましたが、プロの方が良いと思い、僕の小4の時の担任先生が退職して開いた「公文式」に通わせました。
ピアノが嫌になって辞めちゃったので、その穴埋めです。

2年ほど通いましたが、先生に「よく出来るから、中学受験専門塾に代わったら」と言われ、ちょうど新聞に織り込まれていた「浜学園」の入試を受けました。
合格証が送られて来たのが嬉しくて、「僕、浜学園に行く」と言い出し、小3から入塾しました。

公文式教室の隣でやってた「子ども英会話教室」に興味を持ち、中学受験塾が忙しくなるまで、そちらにも楽しく通いました。
髭面の白人男性先生が好きで、辞める時、とても残念がっていました。
5年生になったら、土曜日の英会話と塾の授業時間がバッティングしてしまいました。
塾は週3回だったので、土曜日は塾を休んで英会話教室がいいんじゃないかと思いましたが、本人が中学受験塾での競争の方で負けるのが嫌で決断しました。

「負けず嫌い」は、男の子にとって最大の長所です。
りょうくんは、まだ渡米して半年です。
赤ちゃんが日本語を喋りだす時も、まず親が話していることを理解できるようになってから、自ら話し出します。
一旦話しだしたら、堰を切ったように毎日ボキャブラリーが増えていきます。
きっとあと半年、渡米1年後には何でもお友達を話せるようになるでしょう。
今は、お友達や先生の言うことはほぼ理解出来、話すのもある程度出来るので、お友達とワイワイ遊べるのですが、複雑な言い回しが理解できるけど、話せない状態なのでしょう。

こうくん・10ヶ月が、ビデオの中で音楽に合わせて体を揺すっています。
並んで写る2人の口元が同じです。
さすが兄弟。
「お父さんが言ってたように、りょうくんに似てきました」と書かれています。

次男のお嫁さんからは、僕がアドバイスした樋屋奇応丸を飲ませてから、すみれちゃん・7ヶ月はウソのように夜泣きしなくなり、朝までぐっすりになったそうです。
昼間のぐずりも収まったそうです。
ヨーグルトが好物のようで、「お爺ちゃんに似たのかも」と嬉しいことが書いてありました。
僕の体の半分は、幼児の頃から毎日食べてるヨーグルトで出来ているはずです。

ベッドの柵に掴まりタッチの練習を始めたそうです。
ハイハイとタッチを、同時進行で習得しようとしているようです。

3/12・中国吉林省・朝鮮族

1回生にG君という部員がいます。
先月のクルージングに参加できず、じっくり話せなかったので声を掛けました。
一文字の名字で、訓読みだと思ったら音読みで、中国人二世だと聞いていたので興味がありました。

吉林省出身で朝鮮族だそうです。
そこで生まれ、5才まで吉林省に住んでいたのですが、両親とともに日本にやって来て、日本人に帰化したそうです。

僕は昔、吉林省・朝鮮族の大学生と10年ほど日本語で文通していたことがありました。
彼女はとても優秀で、日本政府からの国費留学生に選ばれ日本で勉強していた時、会ったこともあります。

ひらがなも上手に書き、日本人として違和感ない文章だったのですが、「日本人」と全く同じイントネーションで綺麗な日本語を話すのに驚きました。
朝鮮語・中国語・英語・日本語を話し、どれだけ出世するのだろうと期待していましたが、何故か大学卒業後数年で文通が届かなくなりました。

G君一家が日本に帰化した事情を話してくれました。
中国の現範図は広大ですが、もともとの漢民族の勢力圏はそれほど大きくはありません。
チベット・ウイグル・内モンゴル・満州・吉林は、第2次世界大戦終了までは別の国でした。
満州族の「清」が漢民族を征服していた時期は、統一国家でしたが、第二次世界大戦時は、日清戦争に負けた清が滅び、各地の軍閥が群雄割拠の時代でした。
最も強かった漢民族の蒋介石軍が、対日本戦で疲弊した状態で第二次世界大戦が終わり、ソ連コミンテルンのバックアップを受けた漢民族・中国共産党軍が蒋介石軍を台湾島に追い出したのが、現在の中国共産党国家です。

戦後のどさくさに紛れて、チベット・ウイグル・内モンゴル・満州・吉林を武力占領し、併合してしまいました。
ウイグルやチベットでは、漢民族が政策として移住し、公務員や警察官・給料の良い仕事は漢民族優先になり、先住のチベット人やウイグル人は仕事にあぶれます。
先住民の女性は、漢民族男性と結婚し、混血児を生み、次第に民族淘汰されています。

ソ連も、コアな少数民族をバラバラにして故郷を追い、僻地に移住させ、民族淘汰してしまいましたが、同じことを共産党中国もしています。
自由主義国なら、移動の自由があるのでそうはなりませんが、共産主義経済なら、計画経済の名を持って計画的に国が国民を移住させることが出来ます。

かつて中国漢民族優勢地域は、最後の帝国・清が満州国地盤の国がそうであったように、周辺地域からの征服された歴史を何度も繰り返しています。
その苦渋の歴史から学んだのか、支配地域での他民族を粛清する行動を強め、やがて地上から抹殺しようとします。
辮髪という独特の髪型をした満州族は、既に粛清され民族としてほぼ消えています。

これを吉林省も受け始めたそうで、漢民族がどんどん移住してきて、もともとの住民である朝鮮族が駆逐されはじめ、これでは出世は望めないと思い、ご両親は一大決心をして日本移住・日本国籍取得に動いたそうです。
彼がまだ5才だった頃のことなので、記憶にないと思いますが、こういう歴史をしっかりと心に刻み生きてきた姿に感銘を受けました。

「堂々としている」と部員から見られている彼は、一家の歴史を両親に教えられ、そのアイデンティティーが自信になっているんだなと感じました。
そして、家族の軌跡を僕のようなまだ知り合って日の浅い日本人に、何の躊躇もなく話す姿に、彼の育った周りの日本人が、彼や彼の両親に温かく接してきたのを感じました。

僕は日本人として日本に生まれて本当に良かったと思う。
日本は、いまでこそ単一民族国家と言われますが、朝鮮半島や大陸からの移民が多く渡ってきた多民族国家であった歴史も濃く残っています。
このヨットハーバーの近在地・琵琶湖の西は渡来人が多く住んだ地で、痕跡がたくさん残っている。
去年巡った「百穴古墳」は、朝鮮式のお墓が山中に点在していた。
近所の名勝「唐崎」の「唐」は、「韓・から」の音の当て字の地名だそうです。

僕は菅原道真の血を引くらしいが、菅原氏は土師氏の分家です。
土師氏は、キリストと同時代を生きた垂仁天皇が、生意気で力持ちの当麻蹶速と対抗させようと、遠く出雲から出雲族の野見宿禰を呼んだところから始まる。
野見宿禰は相撲で、当麻蹶速を破って相撲の神様になるとともに、皇后・日葉酢媛命の埋葬時に、殉職の風習を止め埴輪で代用するよう進言し、以降その職を得る。
埴輪造りや古墳造成作業職人として出雲族が呼ばれ、大和に住み着きます。
この出雲族の祖先は渡来人です。

先進国・中国大陸から、多くの渡来人を呼び、国造りに励みます。
中国大陸や朝鮮半島では、新たな皇帝が成立すると、前皇帝派や民族は粛清されるので、都度大量に日本列島に逃れて来ます。
日本神道の鳥居文化も、中国の統一国家・殷(商)と共通する鳥文化です。
殷がBC1000年に周によって滅ぼされた時、日本列島に渡ってきた民族が神道の起源だとも言われている。

彼は、帰化1世になるのか2世なのかわかりませんが、これから日本人としてしっかりこの地に根付いていって欲しい。
彼と話していて、中国共産党を立てて我が世の春を謳歌している漢民族の排他体質と、日本国の寛容さを感じました。
それとともに、平和ボケしている僕と、民族として粛清されつつある中国内の朝鮮族という歴史を背負った彼の強さを感じました。

3/12・大学ヨット部は、プロではなく学業の一環

楽しい1日でしたが、残念なこともありました。
女子プレイヤーが1人退部しました。

彼女は、高校生時代を親の転勤に伴ってアメリカで過ごした帰国子女です。
女子コンビを組んで練習に・レースに出ていましたが、留学することになり退部することになりました。
来月には最後の学年4回生になるので、そのまま休部し、ヨット部員として卒業し、1年後「追いコン」に出てくればいいと思ったのですが、中途半端を良しとしない性格なようで、残念です。
身内の不幸があった時、相談になったこともあったので、実に残念。

大学の名を胸に勝利を目指す体育会のクラブではあるが、あくまでも学業の一貫です。
それぞれの出来る範囲でクラブを愉しめば良いと思っています。
プロスポーツクラブなら、勝利に貢献できなければ去るのが筋でしょうが、そこまで一途にならなくてもう少し肩の力を抜いていいのではないかと思いました。

今までも、1年間海外留学して休部してた子や、学業の海外研修で1ヶ月不在なんて奴もいろいろいました。
1回生インターハイ・ヨット競技出場者で、タイに行ってたN君がまたいないので、部員に聞いてみました。
1週間前の「追いコン」で彼に会った時、大学の演習林のあるタイに入り、どでかいアナコンダに仰天した話を聞きました。
今度はバックパッカーとなって、世界を放浪するそうです。
期間はわかりませんが、2回生の前期を休学するのでしょう。

彼は農学部で、土の研究をするそうですが、猿が好きで携帯の待ち受け画面が猿だそうです。
霊長類研究所にでも入り、ゴリラやチンパンジーを追いかける学者人生も楽しそうです。
ゴキブリの研究をしていた奴がいたり、毎年タイやアフリカに行って土ばかり採集してくる奴がいたり、この学校の生徒はユニークな奴が多いです。

3/12・大学ヨット部 & 甥の子誕生

マークを打ち、スタート&ショートレース練習をしました。
1回生スキッパーS君ドライブの艇が、スタートで上回生に置いていかれるので、船を止めろ・フルセイル・ジブを先に張るなど、基本的なことをアドバイスしていくと、ぐんぐんスタートが良くなり、最後の3つのスタートはマトモになってきました。
16:30ハーバーバック。

ハーバーへの帰路、ドライバーの2回生女子マネ・Yさんと話します。
この娘は富山県の子なので、「春休みや夏休み、帰ってこない娘を心配されるでしょ」と聞くと、「帰ってこいオーラ」を感じますよ。お正月も帰らなかったし」とのこと。
冬休みは京都に残り、アルバイトに精を出したそうです。
1回生の時は、ヨット部はオフなので帰ったそうです。

この冬1人でアルバイトの日々を過ごし、良い経験になったと言っています。
成人式には帰ったそうです。
晴れ着姿は親に見せないとね。

ハーバーからバイクで合宿所に戻り、いい匂いが漂ってくる台所に入り、夕食作りに余念のない女子マネ2人に、アレヤコレヤ話しかけ邪魔します。
「ここで食事作りをすると、料理が上手になるね」と言うと、「人数が多すぎて、自分で作る時、ついつい調味料の量が多くなってしまい感が狂いますよ」とのこと。
なるほど、確かに。
栄養士になりプロにでもならない限り、30人や40人分の食事を一度に作る機会はないね。

去年卒業したOB・F君と話します。
彼の地元東京にGFさんがいるそうで、小中学校の同級生だそうです。
幼馴染との恋かと思いきや、付き合いだしたのは学部卒後だそうです。
高校生の時、お互い少し離れた高校に通いだしたのですが、そこでも連絡を取り合い、大学で東京と京都に別れても連絡は続いたそうです。

来年就職するので、「2年ぐらい働いたら結婚したらいいんじゃないの、遅らせると逃げられちゃうよ」なんて事を話します。
大学で知り合った僕ら夫婦のことを聞かれたので、就職して2年後の24才で結婚したことを教えた。

彼女は学部卒で働き出したので、長く放っておくと腐れ縁になっちゃうぞと脅かしておいた。
結婚なんて、勢いが大切です。
お互いを大切に思える関係ってそう多くないので、「いい娘だな」と思ったらチャンスを確実にものにしておかないと、後悔してしまいます。
もっといい子が・・・なんて思うけど、そうそう現れないものです。

4回生が帰ってきたので、彼らも加わり、「クラブに来ると、マネ食にありつけていいよな、日頃は彼女の下宿にでも転がり込んだらいいよ」なんてことを話します。
家内の姉夫婦も、学生時代の同級生だった旦那さんが転がり込んできてそのままで、うちの長男もお嫁さんのマンションに転がり込んでそのままです。
大半の男にとってネックである食事はとても重要です。

「いちごチョコ大福」のお味を知りたくて、いい匂いが漂ってくる台所にまた入ります。
マネさんたちはまだ食べておらず、「食べようよ」と言うと、Yちゃんが開けてくれました。
他のマネさんたちも「美味しそう」と覗き込み、みんなで食べました。
1日動いた後の甘いものは最高です。
18個入っており、女子部員は全員で8人なので、10個余ります。
匂いに惹かれ、台所を覗き込む男子部員たちが物欲しそうに見るので、「食べる?」とマネさんが彼らに配給します。

18時にミーティング開始。
僕も気付いたことを話し、夕食です。
メニューは「パエリア」
ホワイトボードには、部員がメニューをリクエストする場所があり、デザートまでリクエストされています。
費用制限があるのですが、意外に何でも実現するそうです。
マネさんの料理の実力が高いな。

19時過ぎに帰路につきました。
湖西道路~名神~中国道で、20時過ぎに帰宅し、家内とお互いの本日を話します。
電車待ちの時、お姉さんから電話が入り、甥(あ姉さんの長男)の子の出産のことを話したそうです。
予定日より2週間早く、3/10に帝王切開で生まれました。

お姉さんは自然分娩で3人子を産んだけど、長女も次女も帝王切開で子を生んだので、帝王切開ばかりです。
逆子だったので仕方なかったようです。
僕は出産の知らせを聞いてすぐにお兄さんにお祝いメールし、返事を頂きました。
お兄さんがかつて勤めていた病院での出産だったので、すぐに見に行ったそうです。
母子ともに問題なく、何よりです。

日曜日にお姉さんだけ面会に行きましたが、帝王切開なのでまだお嫁さんは歩けず、赤ちゃんが授乳時間に連れてこられ、おっぱいをあげるようになってたそうです。
男の子だったので、甥が自分の父親の名前から一文字もらって名前をつけたので、お兄さんは大喜びしているそうです。
お姉さんは世話好きで、今までは娘2人の出産だったので、病院・自宅とずっと世話できていました。
でも今回は、夫の母親なので、しばらくのお世話はお嫁さん実家なのできっと世話したくてウズウズしているでしょう。

3/12・バイクのテールランプ交換 & 琵琶湖

8:50、家内と一緒に家を出ます。
「寒む~い」と言うので、「もっと着ればいいじゃん」と言うと、「おしゃれは我慢なの」と言い返されてしまいました。
家内はそのままバス停へ、僕は自転車屋さんに向かいます。
「バイバイ、気をつけて」
六甲山がきれいに見え、気持ちの良い朝でした。

自転車屋さんは既にオープンしており、子供の頃の遊び仲間の店主がバイクの整備をしています。
作業に取り掛かってくれました。
「スクーターは大きなプラモデルなんだよね」と言いながら、ネジを外し、外装を外そうとしましたが外れません。
「これはちょっと骨が折れるかも」と言いながら、ちょいと力を入れるとパコって外れました。
「なんだ、ちょいと力を入れるだけでいいんだ」

手をツッコミ、ゴソゴソしたらランプとコードが出てきました。
ランプを替えてブレーキを握るとランプ点灯。
10分ほどで作業終了。
お代金1000円でした。
無駄になってしまったランプ10個をあげようと思ってたのに、持ってくるのを忘れました。
後日渡しに来よう。
今持ってきたら、「作業料、要らん」と言いそうなので、半分わかって忘れました。
我が家に置いておいても、ただ腐るだけだからなあ。

自宅に戻り、「招き猫CB400SB」に乗り換えました。
夏用プロテクター上下を着て、下はダイワ釣りスーツを着て、上はヨット用カッパを着込みます。
中央環状線~中国道・豊中IC~名神に乗り換えました。
「桂川PA」でトイレ休憩し、売店を覗くと「いちごチョコ大福・18個入り・540円」が美味しそうだったので、女子マネさんへの差し入れにしようと購入。
次は、これも美味しそうだった「抹茶クリームロール・1800円」にしよう。

バイク置き場に戻ると、ピカピカのハーレーに乗るご夫婦?がいました。
「ピカピカですね」と声を掛けると、「磨くのが趣味だから」と。
気さくなご主人で、「ハーレーは皆さん綺麗に乗っていらっしゃるので、こちらも負けじと・・・ね」
「ハーレー乗りさんは、綺麗好き&オシャレさんが多いですよね。ハーレーが売れるのはわかりますよ」
「でも、曲がらない・重いだから、バイクは国産がいいですよ」と笑っています。

「じゃあ、お先に」「お気をつけて」でお別れし、「京都東」で下車し、湖西道路に乗ってハーバー着。
計測しているOBと女子マネージャーと言葉を交わし、艇庫前でスナイプ級部員たちと話します。
バイク装束を脱いでいると、コーチボートが戻ってきて、「乗りますか?2艇だけ練習しているのですが・・・」と声を掛けられました。
僕が着いたと、連絡が行ったのかもしれません。

練習海面に出て、470級をコーチングし、12時ハーバーバック。
1回生女子マネさんドライブでしたが、安心して乗っておれました。
レース艇との間合いを詰めさせたり、テールtoノーズで追いかけさせたり、真横で伴走させたりしましたが、いずれも問題なしです。
来月は新入生を迎えるので、マネージャー獲得のポイントになります。
「船舶免許、取れるよ」と。

大先輩OBさんがやって来られたので、あれこれ話し、お別れしてバイクに乗り合宿所に向かいます。
女子マネさん達に差し入れすると、「うわぁ~美味しそう」と喜んでくれました。
お年頃女子は表現がストレートで気持ちがいいね。

お昼ごはんはオムライスでした。
「美味しい」
温かいご飯が待ってるのはありがたいね。
マネさん達に感謝しなきゃ。

バイクでハーバーに戻り、13時に470級が出艇して行きます。
14時に艤装を終えスナイプ級が出艇し、午後はこちらのコーチングです。
20170312BiwakoS008s.jpg 比良山系の頂上に雪が残り、素敵な景色です。
次の週の連休に「D社ウィーク」というレースシーズン開幕を告げるレースがあるので、D社OB2艇が出ており、こちらの練習に加わってくれました。
当方のセイルが古いこともあり、ボートスピードで置いて行かれます。
ビデオを撮らせてもらい、良い練習になりました。
20170312BiwakoS015s.jpg 

3/12・バイクのテールランプが切れた

家内がお仕事の会合なので、僕はまた一人遊びです。
来週の連休は次男一家に誘われてお伊勢さんに行くので、コーチしてる大学ヨット部に行きます。

通勤リード110のリアランプが切れました。
数日前の仕事からの帰り、信号機で止まっていると、カブに乗ったポリスマンが横に止まりました。
「ブレーキを離してみてください」
あ~、「テール・ランプが切れているようです。整備不良になりますから、交換しておいてくださいね」と言われてしまいました。

すぐに降りて確認すると、確かに切れています。
切符は切られずラッキーでした。
先月6ヶ月点検してもらったばかりなので、それ以降に切れたようです。
2008年に乗り出して、テールランプが切れたのは初めてです。
これじゃ、「ア・イ・シ・テ・ルのサイン」が送れません。

最近、お昼休み外出できなくなったので、修理に行ける日は日曜日しかありません。
ホンダドリームに電話したら、11時なら予約が取れるとのことで断念し、夜は19時閉店なので、琵琶湖から帰宅後に向かうのは厳しそう。

「バイクワールド」に電話したら、20時までやってるけど帰宅後即電話して整備の混み具合を確認してから来てほしいとのこと。
自分で交換できるかなと思い、純正部品を調べネット検索すると、「モノタロウ」では「10個800円ほど」とのことで、もし自分で出来なくても損失は小さいと思い買っちゃいました。

2日後に届いたので、出勤の朝ごそごそし始めました。
リアのネジを外しましたが、引っ張ってもプラスチック外装が外れません。
バキっとやっちゃったら大損なので、即諦めました。
「困ったなあ」と思っていたら、練習する部員数が少ないという状況がわかり、朝「バイクワールド」に行こうと決め、キャプテンに連絡を入れました。

土曜日になり、ふと「原付き売ってる近所の御用達自転車屋さんでも出来るんじゃないの?」と頭にひらめきました。
早速電話をいれると、「1000円でいいよ」とのこと。
こちらでお世話になることにしました。

朝、いつものようにまだ暗い5時頃目を覚まし、ゴソゴソして7時頃から階下に降りて活動開始しました。
食卓ではなく、TVのある部屋に朝ごはんを運び食べます。
カーペットに電気が入り、そこに座椅子が置かれ、雨戸が1枚開いています。
家内が僕のためにいつもこうしてくれています。
食卓で食べたら、無駄になるのに・・・。

そして前日も土曜もこの日も、中央の雨戸が開けられています。
20170313AsaS023s.jpg 何故かと言うと、先日咲きだした「アセビ」の花が見えるようにです。
僕が次男の娘・すみれちゃん誕生記念に去年植えたのに、たくさん蕾がつき、咲き出したんです。
こういう心遣いに、いつも僕の心はやられちゃいます。

20170313AsaS024s.jpg 金曜の晩に教えてもらったので、土曜日の朝写真を撮りました。
この日は横の椿の花に「ヒヨドリ」が来て蜜を吸っています。
家内が入ってきたので、「アセビが見えるようにしてくれてありがとうね。優しいよなあ~」と言うと、「うん、性格だから」と微笑んでいます。
御飯作ってくれるだけでもありがたいのに、家内の心遣いには感謝のみです。

食事を終え、着替えを済まし、お化粧している家内の後ろに座り、家内を観察します。
長い髪を下ろし、ブラシでといているので、髪を触りに行くと、「危ないよ」と「邪魔っけ」にします。
構わず触って、「あ~きれいな髪だなあ」って。

サポートタイプのストッキングを履いているのを見て、「あ~きれいな足だなあ」って触りに行くと、「ありがとうね」と僕のお触りを無視して作業続行。
お化粧も整ったので後ろから抱きしめ、前に回ると、「お化粧落ちるからダメ~」とチューはダメでした。
いつもの年中行事です。
バカ夫、驀進中です。

3/5・北摂ショートツーリングから帰宅

r49を南下し、r37~r323~r33~325~長尾山トンネル~阪急山本駅近く。
13:31菓匠「菅屋」で、いちご大福4個1040円を購入。
帰宅し、バイクを片付けます。
近所のソメイヨシノ並木が高齢になり間引きされ、若木が植えられるようになりました。
20170305SakuraS003s.jpg ソメイヨシノではないと思うのですが、早咲き桜が咲いています。
20170305SakuraS004s.jpg なんて言う名の桜なんだろう?

携帯電話の電源を入れると、家内からメールが入っており、「今日の高槻行きはナシになった」とのこと。
もっと遅くまで遊べるようメールを入れてくれたのに、電源入れてないと意味ないね。
帰宅してから見るんだったら、携帯してる意味ないし。

ヨーグルト食べてお風呂に入ろうとセットしたままウトウトしてたら、16時過ぎに家内が帰宅しました。
用事中にお姉さんから電話が入り、10分も話しちゃったとか、「来週中に着物送って」から、1ヶ月延期になり急いだ意味なかったとか、じゃあクリーニング出そうかとか、着替えながら話しています。
なんだか楽しそう。
基本、お姉さんと話した後は楽しそうなんだよね。

冷蔵庫で、僕の買ってきた「いちご大福」を見つけ、「お父さんが何か買ってきそうで、やっぱり買ってこなくて良かった」なんてニコニコしています。
1個ずつ食べながら、お話の続きをします。

通勤リード110に乗ってコーナンに行き、2Fのジョーシン電気で蛍光灯とプリンターインクを購入し、16:41、1Fのコーナンで「セーフティースニーカー・1980円」を買います。
これは家内が仕事用に買ったものと同じで、色も一緒です。
僕は家内のストーカーなので、お揃いにしてみました。

帰宅したら、「何これ、いや~ね~」なんて笑っています。
毎朝、玄関にサイズ違いの同じカラーの靴が並び、お手て繋いで出勤なんて素晴らしいじゃないですか。
幼稚園に通園するグループの後ろについて、園児同様お手て繋いで歩くのがマイブームです。

笑点見て、モヤモヤさまーず見ながら夕食を食べ、お風呂に入って女城主直虎見て就寝。
楽しい1日でした。


3/5・バイク整備と北摂ショートツーリング

家内に午前中用事があり、コーチしてる大学ヨット部は、前日が4回生の追い出しコンパで、朝まで京都の街で遊んでるので練習はなし。
1人遊びの日です。

所属しているツーリングクラブの2つに、イベントがあるのですが、2つとも既に定員いっぱいで申し込みできませんでした。
仕方なく、フリーになっちゃいました。
適当にソロツーリングに出かけましょう。

前日、追いコンから帰ってきたのが23時前だったので、24時前寝たから、目を覚ましたのが7時前でした。
朝ごはんを食べていると、「8時に駅まで送っていって」との要望がありました。
甥(家内の姉の子)に、今月男の子が誕生予定で、その初宮参りのために、来週にでも着物を貸して欲しいと連絡があったそうです。

この着物は、長男が生まれた時、着道楽の家内の母親に買ってもらいました。
次男・長男の長男・長男の次男と、男の子が続いたので我が家が管理してるようなものです。
気にしなければどうってことない染みが1ヶ所あったようで、洗濯に出す時間がないから、夕方高槻の甥の家に持っていき謝るから連れて行って欲しいとの要望もありました。OK

8時になリ、家内を駅まで送り、その帰りに電気屋さんで蛍光灯を買おうと思ったら、まだ開店前でした。
帰宅し、バイク倉庫でごそごそし始めます。
「里山VTR250」を先月、12ヶ月点検してもらった際、リアボックスを外したので、それを着けます。
GIVIのようなワンタッチボックスなら簡単ですが、バイク便ステイ&バイク便ボックスなので面倒です。
VTR250用の4点固定の丈夫なリアステイがないので仕方ないです。

続いて、同じく先月車検した「招き猫CB400SB」の左バックミラーを、ハンドルミラーに付け替えます。
オリジナルはカウルバックミラーなのですが、車載カメラに映り込むので付け替えています。

作業していると、以前使っていたネジが行方不明のようで、VTRに乗ってホームセンターに買いに行きます。
9:49、ネジ100円。
倉庫に戻り、CBコンプリート。

お昼ごはんを「虎亀」さんで食べることだけを決め、「里山VTR250」に乗って北に向かいます。
例年なら、2月下旬、ウグイスの囀りが聞こえだしたら早朝ツーリングを再開するのですが、今年はまだ鳴かず延び延びになっていました。

長尾山トンネル~r325~r33~r319~r12で北上します。
20170305HokuS034s.jpg 11:25、いつも気になっていた杉尾新田の「奥猪名健康の郷」に寄り道しました。
良心的なお値段のレストランが有り、お風呂が22時までやっており、宿泊は1人820円・ロッジは1棟7000円となっていました。

r12を更に北上し、西峠を越え、r37を西進します。
後川下から永沢寺へ林道で上がり、r49に乗り換え今度は南下し、永澤寺峠を越えて、11:53「虎亀」着。

お嬢さんが明るく「いらっしゃいませ」
お母さん似て、明るく可愛くモテそうです。
お一人様なので、カウンターでピラフセットを注文し、アイスコーヒーを飲んで12:42帰路につきます。
おじいさんは、元気になったそうです。
良かった良かった・・・


3/4・追いコン

会場の「京都平安ホテル」に着きました。
ロビーのソファーには既にOBさんたちがおられ、歓談されています。
受付に行き名前を書き、会費1万円を渡す。

部員たちがスーツに身を包み、テキパキと動いています。
女子部員は、琵琶湖で見るよりみんな綺麗になってる。
それなりの衣装とお化粧をすると、やはり見違えます。
そういうのがお嫌いな男性もいますが、僕はTPOに合わせお化粧し着飾る女性の方が好きです。
バストアップも谷間ブラも、自分をより綺麗に見せようとする女性に好感を持ちます。

持参した50部コピーを、受付嬢の女子マネージャーに渡し、OB・OGさんに配るよう依頼する。
今年の卒業生が書いた「4年間の思い出冊子」をもらう。
卒業生が多いので、分厚いね。

18:30になり、「ヨット部卒業式」が始まります。
ヨット部長さんの開会の辞からですが、都合により監督が代読します。
部長さんは大学の教授ですが、このヨット部のOBさんでもあります。
リオ五輪で、ヨット競技審判として関わりました。
現セーリング連盟審判部長なので、2020東京オリンピックでは、ジュリー(審判)の中心になって関わるのではないでしょうか?

OB会長の挨拶・乾杯・歓談後、祝辞としてOB会理事長挨拶があり、次が僕の祝辞でした。
そのタイムスケジュールを知らず、突然指名されたようになり、慌てて資料を取りに走りました。
女子マネさん達に囲まれてルンルンだったのに・・・。

卒業生におめでとうを言い、全日本予選最終日の日記を読むことを伝え、試し読みで10分も掛かったので、座ってお聞きくださいと言いました。
部員たちのライブの格闘を赤裸々に綴っているからか、シーンと静まり返って聞かれています。
朗読を終え、近年の部員増に繋がったOB会資金で成った合宿所リニューアルのことなどを話しました。

「あの日を思い出して、目頭が熱くなりました」とか、泣き虫を披露してしまった部員からも「あれは生涯の思い出です。披露していただきありがとうございました」と声を掛けてくれ、披露して良かったなと思いました。

OB会長さんはじめ、多くの方から「良かったです」の言葉を頂きました。
体育会運動部として、学校の名前・フラッグを背負い、真剣に日本一に向かって突き進んだ共通体験があるから、年齢や年代を越えた共有するものがあるのでしょう。

来月結婚するという既卒の部内カップルをからかい、部員たちと話し、楽しい時間を過ごしました。
現キャプテンから「贈る言葉」があり、卒業生全員から「御礼の言葉」がありました。
記念品贈呈、監督挨拶で一応の締めです。

続いて写真撮影があり、円陣を組んでのエール・応援歌斉唱、肩を組んで琵琶湖周航の歌斉唱で卒業式が終わりました。
この後、卒業生たちは現役を連れて一晩中京都を遊び回ります。
全て卒業生プロデュースで、費用も卒業生持ちです。
今年は、どんな珍事件・珍道中が繰り広げられるのでしょう。

20:56、ホテルを出ました。
トコトコ歩いて、往路の逆で23時頃自宅に帰りました。
家内はすでに夢の中で、風呂に入ってヨーグルト食べてお休みです。
明日の朝は、夜明け前に起きるのは難しそうです。

3/4・追いコンのために京都へ

18:30から京都で、コーチしている大学ヨット部の卒業式、別名:追い出しコンパです。
前日に、部員の実行委員・Tくんから、「挨拶をお願いします」と連絡を受け、いつものように気楽にOKしてしまいました。

さて何を話そうか、過去のデジタル日記を繰ってみます。
殆どの部員は学部卒業後も大学院に進むのですが、訓示や激励のようなことは、挨拶されるOB諸兄が話されるので、現役部員に密着している僕なりの視点での言葉を送ろう。
卒業生が10人もいるので、それぞれに対するエピソードの披露では間延びしてしまいそうです。
そうだ、あの日のことを披露しよう。

「近畿北陸ブロック・学生ヨット選手権」、通称「学生全日本団体戦予選」または「インカレ予選」最終日の様子を書いた翌日の日記を推敲します。
クラブ関係者にしか披露しないので、個人名を入れてコピーし、出席頂いたOB・OGの方々に渡し、ゆっくり読んでもらおうと思いました。

僕が自分の現役時代を思い出したように、皆さんにも現役時代を思い出してもらい、ヨット部の求心力が高まると、戦績アップに繋がるはずです。
夜までかかって推敲を仕上げました。
写真も含め、A4・8枚になりました。

追いコン当日の朝、職場に早朝出勤し、50部コピーしホッチキス留めしました。
仕事の合間に、ヨット部関係者のみのクローズドに対してのみですが、個人名を入れた文章を配っていいものか確認しようと、監督や部員にメールで文章を添付して承諾を得ようとしました。
一部を試し読みしたら、10分にもなってしまいました。
この時間のことも伝えました。
ダメならボツです。

劇的な最終日でしたので、落ち込みあり涙あり笑顔ありの喜怒哀楽を赤裸々に綴っています。
一応、女子部員の名前は伏せました。
監督他から、OKの返事が届き、むしろ女子部員名も出してとの要望がありましたが、既にコピー済だったので再制作する時間はありませんでした。

仕事を早めに切り上げ、16:30過ぎに阪急伊丹駅から電車に乗り、阪急四条烏丸駅で、京都市営地下鉄に乗り換え、烏丸丸太町駅に着きました。
ここは、京都御所南西角です。
御所に沿って北上するば、ホテルです。
20170304KyotoS002s.jpg 歩きだすとすぐ17:49「大丸ヴィラ」がありました。
これは、僕の母校と同じヴォーリス設計の建築で、大丸創業家の自宅として建築されました。

20170304KyotoS003s.jpg お着物レンタルのあ店のショーウインドーに、卒業式シーズンらしく女性の袴マネキンが飾られています。
僕らが卒業した頃は、女子大生の袴姿での卒業は珍しかったけど、現在はもっと和風回帰になっており、むしろ袴の方が主流ではないかな?
ウェディングも同じで、僕らの頃はキリスト教式ばかりだったのに、和風結婚式が増え、先週は神社で3組も結婚式に出会い、花嫁御寮にも行き会いました。
次男なんて、旧薩摩藩邸の結婚式場で、庭園を花嫁御寮しました。

20170304KyotoS007s.jpg 17:52、「菅原院天満宮」
ここは菅原道真公が生まれた家です。
20170304KyotoS011s.jpg 産湯を使った井戸があり、社務所で在庫なしになっている絵馬を補充するため、子供絵馬を授かりました。
願い事を屋敷祠にぶら下げたり、記念植樹に謂れを書いて下げたり、いろいろに使っています。

20170304KyotoS016s.jpg 17:57、「聖アグネス教会」
レンガ造りの人目を引きつける建築物で、西に隣接する平安女学院の礼拝堂として建築されました。
写真を撮っていると、どこかで見かけた僕より年上のOBさんが歩いてこられます。
神戸市議会議員をされていました。
どうやら僕が追い越したようです。
「あ~こんにちは、コーチをしている・・です」
「あ~ご無沙汰しています。ご苦労様です」と。
足がお悪いようで、ゆっくり伴走しながら、僕は写真を撮りながらあれこれお話します。

20170304KyotoS019s.jpg 「蛤御門」が見えてきました。
ここは幕末1864年、京都の治安維持と御所を警備する薩摩・会津軍と、天皇を誘拐し世論を一気に尊王攘夷に動かそうとした長州が戦った「蛤御門の変」が起きた場所です。
ここで敗走した長州軍は、長州に向け西国街道を敗走し、我が家のある伊丹市で猪名川を渡ったところで大勢を立て直し、再び薩摩軍に臨みましたが、こちらでも敗退しました。
旧西国街道には、史跡案内が立っています。

3/4・樋屋奇応丸

次男の娘・すみれちゃん(7ヶ月)が、夜泣きを始めたそうです。
2時間ごとに大泣きするようです。

余計なお世話とは思いながら、樋屋奇応丸を飲むことを教えました。
息子たちに「夜泣き・疳の虫には樋屋奇応丸」を飲ませると、1週間ほどで楽になり、随分お世話になりました。

長男が生まれ新米お父さんになり張り切っていましたが、夜泣きすると、家内が一瞬で起きて世話をするのに驚きました。
夢の中で、「なんか泣いてるかな~」なんて感じて目を覚ますと、既に世話をしている家内がいます。
僕は眠くてすぐ寝ちゃうのに、家内は平気のようです。

「これは完敗だ」と男の育児遺伝子の貧弱さを思い知りました。
育児・子育て・親子のつながりに関しては、男は女性の1/100ぐらいではないでしょうか?

雨などで、乳母車お散歩出来ない日もぐずりやすく、お部屋の快適な環境がいくらあっても、自然は人間に必要なんだなと実感しました。

長男のお嫁さんから、アメリカの赤ちゃん事情のメールも届きました。
「アメリカの赤ちゃんは、夜泣きをしない」に驚きました。
「生まれて数ヶ月で別部屋で1人で寝かされるから、泣いても意味ないと学習する」のだって。

アメリカの小児科に、こうくん(10ヶ月)の6ヶ月検診に行った時、「夜何度も起きる」と言ったら、「一緒に寝てるでしょ、しかも日本人だから同じ部屋で、同じ布団で寝てるでしょ、ベビーベッドを買って他の部屋で寝かせた方がいいよ。そんなに夜起きて、あなたは大丈夫なの?」と言われたそうです。

アドバイスを受けても、生粋の日本人なので、お嫁さんは子供たちと同じ部屋に寝ていますが、別部屋で寝れば夜泣きは収まると知っただけで楽になったそうです。

お嫁さんたちの情報交換を読んでいると、「母は強し」を感じます。
僕は、長男を挟んで川の字で寝ていた時期もありましたが、長男から夜中に何度も蹴られるのに悲鳴を上げ、自室に退散しました。

長男も、りょうくん4才の夜泣きが激しかった時、「翌日の仕事に差し支える」という理由で、別部屋に退散していたそうです。
次男もきっとお嫁さんから、「向こうの部屋で寝たらいいよ」と言われているはずです。

3/2・お嫁さんは情報源2

長男は、人当たりがよく、誰にでも好かれます。
子供をあやすのも上手だし、法事などでお年寄りの席に置いておくとその場を飽きさせません。
親として、使い勝手の良い存在でした。

リーダーシップを取れるので、保育園の時からクラスのリーダーで、基本やりたがり屋で立候補するので、小1で運動会の選手宣誓するし、中高では生徒会長したり、修学旅行では実行委員長をしていました。
大学でも体育会クラブのキャプテンでした。

積極的な反面、当然失敗も多い子でした。
菓子折り持ってお友達の家に謝りに行ったり、教習所に通っていた時、大学内でGFさんの原付き50ccで練習していたついでに、校門から外に出て近所のコンビニに買い物に行ってお縄になりました。
ノーヘルメット・GFさんと2人乗りだから、遠くからでも「悪党」と丸わかりです。

GFさんと一緒に警察署に連行され、さんざんお説教を食らった後、僕の職場に電話を掛けてきました。
「お父さん、悪いけど、警察署まで僕の身元引受に来てくれへんかなあ?」
僕は思わず「はあ~、何しでかしてん」と笑ってしまいました。
凶悪なことをする奴ではないので、クラブの悪ふざけで「わいせつ物陳列罪」とかで検挙されたのかと頭にひらめきました。

事情を聞き、「もちろん、ええよ」と答えると、「それとな、GFさんの身元引受人にもなってほしいねん」と言われ、それも引き受けました。
厳格な家なので、僕のようにフットワーク軽い親ではないそうです。

息子にお灸をすえてもらいエスカレートせず有難かったので菓子折り持って警察署に向かいましたが、制度上受け取れないということでした。
GFさんとバイクも車に積み込み、GFさんの家に向かいました。
親御さんの帰りを待ち、息子が掛けた迷惑を謝るつもりでしたが、息子から「僕一人で謝るからいい」と強硬に言われ、警察署に渡すつもりだった菓子折りを渡して帰りました。
大学生にもなって親と一緒に謝ってる男子の姿がかっこ悪いと思ったのでしょう。
息子の気持ちを尊重しました。

厳格な親御さんに、ひたすら謝ったのでしょう。
その晩にお宅に電話を掛けると、「いやあ、立派な息子さんをお持ちで羨ましい」と拍子抜けしてしまいました。
天性の明るさで、GFさんの親御さんまでたらしこんだようです。

まだ無免許だったので、道交法違反の略式処分対象にならず、この事件で簡易裁判所から出頭命令が届きました。
息子と2人、初めての裁判所、初めての被告席を経験しました。
僕も脳天気な性格なので、初めての裁判体験を息子と面白おかしく喋っていると、「お父さん、ゴメンな。これからは迷惑を掛けへんから」と息子にしては珍しく、真剣な眼差して僕に向かって頭を下げました。

僕は今まで、「車の窓からゴミをポイ捨てした」事以外、悪さをしても「こら」とも言いませんでした。
喧嘩で怪我をさせた友達の親に謝りに行った時も、私が前面に立ち、ドラマにあるように息子の頭を親が下げさせるようなこともしませんでした。
ただ、当主で父親である僕が頭を下げ謝る姿を、見せているだけでした。

子供でも言い分はあるはずで、そこに至る経過は本人しか知りません。
それを頭ごなしに「ダメ」と決めつけるのが嫌で、子供であろうとその人格を大切にしたかったのです。
親の言葉より、親の背中の方が、よっぽど強く重く語ります。

親として、赤ん坊の時から身近で見てきましたが、上出来の結果と大失敗の繰り返しで、実に楽しく面白い子でした。
周りの人も同じように感じるから、どこに行ってもリーダーになるのだと思います。
将来必ず社長として会社の舵取りの責任者になるだろうし、経団連の役員でもするのかな?と想像しています。
まだまだ、この子で楽しめそうです。

僕は積極的に家内を、そして我が子を褒めてきました。
お嫁さんたちにも、「いつも、ありがとうね」や、「上手だなあ」や「べっぴんさんやなあ」と平気で言います。

そして、東京とアメリカに息子たちが住むようになり、平均週1のペースで家族メーリングリストに、僕ら夫婦の出来事を投稿しています。
僕の経験からも、親の動向・健康は気になるものですから。

これへの返信だからか、お嫁さんたちは気楽に息子たち一家の様子を、メーリングリスト宛に知らせてくれます。
お嫁さんたちと僕は、もうメル友です。
彼女たちが、旦那である息子たちや我が子、そして同世代で力を合わせて行かなければいけないお互いの家族を褒めています。

失敗や不満は誰にでもあります。
でも、笑顔・プラスの言葉を発信すればするほど、発信者自身が笑顔になります。
そんな家族がいつまでも続くといいな。

3/2・お嫁さんは情報源

りょうくん・4才の着ていた「クロックス」トレーナーから連想されたことを、長男お嫁さんに返信(CC:で長男次男一家へも)したら、お嫁さんからメールが届きました。

このトレーナーは、こちらに住む同じ会社の日本人スタッフ家族からのお下がりだそうです。
プリンストン在住の他社も含め日本人との交流があり、お洋服の交換や、情報交換をしているそうです。
子供はすぐに大きくなり、お洋服は着れなくなっちゃうものね。
日本人特有の食生活があり、その材料の調達場所情報が役立つそうです。
たまたま同じ都市に住んだ日本人同士の関係は、帰国後も続くように思います。

2週間に1回、こうくんと同じくらいの子供たちの集まりに参加して、情報交換などしているようです。
その他、りょうくん4才のプリスクール友達のママとの交流もあり、お家に寄りお茶したりして自分の英語上達に頑張っているのだとか。
アメリカ人のお友達作りも楽しんでいるそうです。
せっかくのアメリカ生活なので、親子ともども大いにアメリカ生活をエンジョイして欲しいし、アメリカ人的考えにも触れ視野を広げて欲しい。
多人種国家なので、いろんな文化を持つ多様な人々とも触れることが出来ます。

最後に、長男に関する情報提供が書かれていました。
12月に昇格試験を受けに、日本に一時帰国していたそうです。
日本で役員面接とテストを受けたそうです。
それに合格し、また4月から昇格するそうです。
35才ですが、30代では異例の出世らしい。

入社以降、ボーナス査定は常に満点で、同期では収入が多かった方でした。
やがて担当部署(海外で行われる学会に参加し、最新知識を会社の製品作りにフィードバックする)と、会社中枢の経営企画室にも席を持つようになりました。
海外子会社や取引会社交渉担当になり、新入社員時代国内を飛び回っていたのが、海外を飛び回るようになりました。
そして今、アメリカブランチでプロジェクトリーダーとして働いています。

新入社員時代、国内を飛び回っている時に見初めたお嫁さんは、その後世界を飛び回るようになり、現在は休職中ですが、この夫婦は世界戦略が必須な会社にとってとても有益な存在なはずです。
子を持つと、その子の人生を間近見れ、自分の人生とともに我が事のように楽しめます。
面白いな。

3/1・クロックスは、コロラドで創業

長男のお嫁さんからメールが届きました。
水族館に行ったそうです。
りょうくん・4歳が、ヒトデを触っています。
IMG_2324s.jpg 大水槽のサメに見入っています。
先日の初スキーに続き、大はしゃぎだったそうです。
お嫁さんとりょうくんは、ジョーズの上顎の帽子を被り、家族で楽しんでいる姿が見えます。

IMG_2344s.jpg こうくん10ヶ月は、まだ小さすぎて水族館を十分楽しむことはできなかったと思いますが、お兄ちゃんに抱きつかれたりしており、遊び仲間として意識出来るようになってきたのかもしれません。
ハイハイやつかまり立ちが出来るようになったから、お兄ちゃんにちょっかいを出しているのでしょう。

IMG_2374s.jpg 川を挟んだ対岸の摩天楼をバックに家族写真を撮っています。
ハドソン川を挟んだニューヨークの摩天楼とは景色が違うので、ニューヨークではなさそうです。
長男の住むニュージャージー州・プリンストンは、ニューヨーク州・ニューヨークと、ペンシルバニア州・フィラデルフィアの中間の町で、ともに車で1時間と聞いています。
ニュージャージー州には、両都市に匹敵するような摩天楼都市はないと思うので、フィラデルフィアの水族館だと予想した。

それを返信したら、「お父さん、すご~い、ビンゴ!」と正解メールが届きました。
奥さんに横でこんなこと言われたら、旦那は頑張っちゃうよね。
僕の知っている成功している方は、みな夫婦円満で、どちらかと言うと奥さんに頭が上がらない風を装っています。
つまり、専業主婦の奥さんでも、「彼女のおかげ」「彼女が喜ぶなら」が見えます。
奥さんと話すと、旦那が横にいても伸び伸び話されているので、夫婦関係がすぐわかります。
長男も、いい奥さんと縁があったな・・・

フィラデルフィア対岸カムデンにある水族館でした。
写真を見ながら、水族館とは関係ないことで気づいたことがありました。
それは、りょうくんが着ている服のロゴです。

IMG_2351s.jpg 「クロックスは、2002年コロラドで創業したんだ」と知りました。
ビーチサンダルに分類されるクロックスが、実は海のないアメリカのど真ん中、コロラド州発祥とは・・・ちょっと新鮮な驚きでした。

コロラド州といえが、首都デンバーでさえ雄大なロッキー山脈の麓にある高原都市。
東海岸から西部開拓した白人は、ここでロッキー山脈に遮られ、この山岳エリアを越えると西海岸へ下る。

ティーンエイジャーの時よく聞いた歌手ジョン・デンバーの「ロッキーマウンテンハイ」「テイク・ミー・ホーム・カントリー・ ロード」でイメージづけられた高地大自然、アメリカの田舎のイメージです。

それと、子供の頃、西部開拓時代の白人とインディアンとの戦闘シーンがふんだんだったアメリカン西部劇が、TVでよく放送されていました。
勇敢なシャイアン族やスー族も連想されます。

クロックスはワニのマーク。
クロックスという名前自体「クロコダイル」からの派生を連想させます。
ビーチも有る「フロリダ」創業を連想していました。
コロラド州にワニが生息するのだろうか?

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その8

『賀茂御祖神社(下鴨神社) 東本殿:玉依姫命(たまよりひめのみこと)西本殿:賀茂建角身命(かもたけつぬのみこと) 賀茂建角身命は、日本書紀・古事記では金鶏八咫烏(きんしゃやたがらす)として、農耕を広め民主の安定に努められた功績を伝えるところから、五穀豊穣・殖産興業・病難方厄除けなど多方面に御神徳を顕す。子神の玉依姫命は、風土記・山城国逸文に婦道の守護神・縁結び・安産・育児、更に水を司る神として御神威を伝える。
日本書紀・神武天皇2年(BC567頃)条に、当神社のご祭神・賀茂建角身命を奉斎したことが記されている。また当神社最古の祭・御生神事(みあれしんじ・現在の御陰祭)がBC581年頃始められたこと、崇神天皇7年(BC90頃)瑞籬の造営、垂仁天皇7年(BC29頃)御神宝が奉じられたこと、成務天皇の頃(131頃)神官に鴨県主の姓を賜るなどの伝により2000年以前に創始されたとされる。
正式名称「賀茂御祖神社」の「かも」は、古代の国名で、「鴨」の他様々に用いられたが、大豊年間(700年頃)から「賀茂」となった。地勢的に鴨川の下流に祀られていることから、「下鴨神社」と通称でよばれるようになった。
社殿・境内全域が、世界遺産登録されている。本殿2棟は国宝、幣殿・出雲井於神社など53棟が重要文化財ほか主要社殿19棟。境内・糺の森12万平方メートルは国指定史跡』

天孫降臨したニニギと木花咲耶姫(このはなさくやひめ)の間にホヲリ(山幸彦)が生まれた。
兄の海幸彦の釣り針を探しに海底の綿津見宮(竜宮城伝説)にやってきた山幸彦は、綿津見の2人の娘と出会った。
姉・豊玉姫は山幸彦と結ばれ、地上でワニ(サメ)の姿に戻って子を産んでいる所を、約束を破って覗き見た山幸彦に見られ(鶴の恩返しなどの伝説)、怒って海底に里帰りしてしまう。
子を育てられず困った山幸彦を助けたのが、豊玉姫の妹・「玉依姫命」で、ウガヤフキアエズを育てその后になり、神武天皇を産んだ。

古事記の中で、「海幸彦・山幸彦伝説」に始まり、童話にもなっている有名な一連の伝説を生む場面に登場する好きな女神です。
僕は物語として「古事記」が好きです。

「下鴨本通」を南下し、賀茂川を「河原町通」を南下する。
最近何かとTVニュースを賑わしている「京都府立医大」横を通り、「丸太町通」を東進し鴨川を渡り、平安神宮をグルリとまわり、岡崎公園・京都動物園・京都市美術館・国立近代美術館という芸術の殿堂地区を通って、白川沿いの小道に入る。

20170226KyotoS362s.jpg 琵琶湖疏水~インクライン・蹴上を経た透き通った琵琶湖の水が流れ、鴨が楽しそうに浮いている。
京都市街地なのに、「哲学の道」や先ほどの「北野天満宮」でホタルが舞い、清流が流れる白川など、京都は自然と共生した素晴らしい都市です。

20170226KyotoS366s.jpg 白川沿いにバイクをゆっくり走らせ、15:09ドラマのロケ地「白川知恩院前」
ドラマでは、幼馴染の歌舞伎役者さんに結婚を迫られ、既に婚約した後なのでお断りする雛さんのシーンに使われていました。
それを思い出して、家内とあれこれ。

20170226KyotoS368s.jpg 家内が、白川を渡る細い石橋を渡ろうとしたが、細くて橋の上で向きを変えるのが怖いらしくてワーワー騒いでる。
一旦渡ったらいいのに・・・

『一本橋(行者橋) 比叡山・阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が、粟田口の尊勝院の元三大師に報告し、京の町に入洛する時最初に渡る橋で、行者橋とも阿闍梨橋とも言われる。江戸時代、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る「曲渡り・曲差し」が呼びものであった』

「東大路通」を南下し、「八坂神社」前を右折し、「四条通」を西進し鴨川を渡る。
20170226KyotoS373s.jpg 「河原町通」手前の「木屋町通」を南下し、15:23「Kawa Cafe Kyoto」
ドラマで、主人公カップルが和菓子をメニューに加えてもらい、鴨川の床でデートしたお店です。
この日のデートの最後はココと決めていました。

20170226KyotoS374s.jpg 間口2mほどのうなぎの寝床のように通路の先にお店が見える。
2F席もあるようでしたが、1Fの鴨川に面した席に案内される。
20170226KyotoS380s.jpg それほど寒くないので、ドラマのように床でカフェしたかったが、川床解禁日前のようで、ガラス越しに床を見る。

20170226KyotoS383s.jpg メニューに和菓子を期待したがなく、抹茶ロール・グレープフルーツジュース・カフェオレで1700円。
抹茶ロールが美味しく、いつものように半分個する。
ジュースもシェアしようとしたが、「冷えるからいいわ」だって。
「本日のランチ」「丼」「カレーライス」もメニューにありました。
夜はバーになるようです。

20170226KyotoS385s.jpg JR京都駅まで南下し、16:00京都タワーの見える交差点で家内を下ろして解散。
僕は九条まで下り、「九条通」を西進し、「東寺」横を通り、道なりにR171に入り、一気に伊丹を目指します。

17:30、北伊丹駅近くまで帰ってきて、買い物してから帰宅すると言ってた家内に電話したら、既に最寄りバス停に降りたそうで、お迎えは不要でした。

家内に遅れて帰宅し、まだ見ていないドラマ「福家堂本舗」最後の2話(全11話)を見てコンプリートしました。
どうしてもハッピーエンドになって欲しい家内に、満足なエピローグでエンドロールになり喜んでいました。
とても楽しい1日になりました。

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その7

そのまま東進し、「大田神社」前を南下すると「府立植物園」前に出て、「北山通」を東進し、13:44「ノートルダム女子大」。
学生時代、ヨット部のスキーツアー&仲間とスキーツアーを立ち上げた時も、参加者を集めるために、パンフレットを配りに来ていました。
「ダム女」からの参加者は、他の女子大より品が良い感じがし、部員に好評でした。

「下鴨本通」を南下し、「下鴨神社」手前の「木下珈琲店」で昼食にしました。
僕はカレーセット980円+家内はサンドイッチセット980円。

14:25、すぐ近くの下鴨神社駐車場にバイクを入れる。
20170226KyotoS330s.jpg 数台の荷物満載のロードバイクが置いてありました。
日本一周でもしているのかな?
ここは本殿すぐ西にあり、長い糺の森参道を歩かずに本殿に参れます。
参道正面からだと、参道・糺の森が意外に距離があります。

20170226KyotoS334s.jpg 「大炊殿(おおいどの)公開」看板があったので中を覗くと、「唐車」が見えます。
地位の高い者が乗る牛車です。鮮やかで落ち着いたカラーリングで、日本人の感性に感心する。

『賀茂斎院御所旧跡・葵の庭(カリンの庭) 当神社には、賀茂斎院の制が設けられていた。初代斎王は、810年嵯峨天皇第8皇女・有智子内親王。賀茂斎院御所は、斎王が賀茂祭(葵祭)など、重要祭儀に御参向になり、期間中御滞在なさる御所。1212年、第35代礼子内親王がご退位になるまで400年間御在所となっていたが、文明の乱の兵火により焼失した』

上賀茂・下鴨神社の祭りである「葵祭」は、京都三大祭の1つです。
疫病平易を願った天皇の勅使が詣り、平易成ったことから祭りが始まった。
主役は今でも天皇の勅使ですが、圧倒的にスポットライトを浴びるのは艶やかに着飾った「斎王」です。
斎王のいない現在は、「斎王代」が代役を務めます。

京都在住の未婚二十歳前後の美貌の一般女性から選ばれますが、その条件に財力も必要です。
斎王代の関係費数千万円の負担が必要ですので、財力の有る家関係者に限られます。
ですから、祖母・母・本人と3代「斎王代」ということもあります。

これは男子より難しいのではないでしょうか。
家督を継ぐ長男なら、それも容易かもしれないが、嫁ぎ先に財力や斎王代に選ばれる栄誉に対する考え方が必要です。
最近は、京都在住にこだわらず、京都生まれでもOKのようです。
いずれにしても、えびす神社の福娘とは格が違います。
斎王代をした女性は、求婚者が引く手あまたでしょう。

本殿社務所には、女子ウケするカラーのお守り(500円)が多数並んでいました。
20170226KyotoS341s.jpg 「梅の季節限定」と書かれた梅色のが、目を引きました。
20170226KyotoS342s.jpg 「桃の節句・流し雛」大1000円・小500円は、加茂川に流すのでしょうか?

20170226KyotoS343s.jpg 縁結びパワースポットでもあるので、お若い女性が多数「媛守」を物色していました。
願ってばかりで自分磨きしないと良縁なんてやってきませんが、こういうことに関心を持つ女性が魅力的に見えます。
男性向け「彦守」も並んでいましたが、スペースは「媛守」に完敗です。

20170226KyotoS346s.jpg 本殿境内に入ると、2組の花嫁さんがおられました。
それぞれお仲間や職員が付き、記念写真を撮っています。
方や白無垢、他方は色打掛で、どちらも素敵です。
ですが2人の花嫁さんが近くにいるのは、どうなんだろう。
「友引」なので、結婚式ラッシュなのかもしれません。

20170226KyotoS348s.jpg ドラマのオープニングに使われた摂社「相生社」
20170226KyotoS352s.jpg 『京の七不思議 連理の賢木(れんりのさかき) 縁結びのご神木 この御神木は、縁結びの神「相生社」のお力によって、2本の木が1本に結ばれたと言い伝えられています。縁結び・安産子育て・家内安全の御神徳の現れであり、謡曲などで「相生」と謳われ、京の七不思議として有名です。この御神木は4代目であり、代を次いで境内糺の森の神域に生まれるのが不思議です』

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その6

梅苑を巡ります。
北野神社は西側に南北に「紙屋川」が流れています。
20170226KyotoS246s.jpg その土手に上ると、「史跡・豊太閤築造・御土居」の案内板がありました。
「おお~、こんな所に」

20170226KyotoS254s.jpg 天下を手にした豊富秀吉は、大阪城を本拠に、京都に別宅・聚楽第を築き、京都市街地全体を土塁で囲み、守りに弱い京都の防御力を高めます。
東西3.5km・南北8.5kmの土塁で囲むという巨大土木工事の跡は、ほとんど消失しています。
見たいなと思っていたので、ラッキーでした。
一気に梅苑入場料700円を取り戻しました。

案内板によると、東は鴨川・加茂川を水掘として御所の東に土塁を築き、西は紙屋川を水掘にしたここのようです。
天正17年に設計し、19年に完成したそうです。
紙屋川の土手の上に高さ2.5m・幅12.6m土塁を積み上げ、高低差は10m以上ありそうです。

紙屋川に降りて大土居を見上げると、土手は遥か上で、狙い撃ちです。
よじ登って攻め上がるには、相当な覚悟と守勢に10倍する寄せ手が必要だと思われます。

20170226KyotoS263s.jpg 太鼓橋の鶯橋を渡って対岸を歩きます。
20170226KyotoS266s.jpg 地元の衣笠小学校の社会勉強の一環か、小学生の字でホタルが飛ぶエリアが図示されています。
まさにここです。
20170226KyotoS270s.jpg 梅を桜の木が植えられ、桜の季節も素敵な感じがします。
ただ、梅苑は梅の季節限定で開放されているので、桜の季節は観れるのかな?

20170226KyotoS273s.jpg 梅苑を出ると、お着物姿の3人の女性が社殿をカメラに収めています。
女性の着物姿は良いねえ。

20170226KyotoS282s.jpg 鳥居横に停めたバイクに戻ると、横断歩道を渡ったお店に行列ができています。
帰宅して調べると「京菓子司おふく軒」さんかも知れません。和菓子のお買い物でしょうか?
店内喫茶なのでしょうか?

暑くなってきたので、セーターを脱ぎます。
家内もトレッキング用カッパを脱いでいます。
すぐ近くの花街筋・上七軒に入り、ゆっくり進みます。
20170226KyotoS283s.jpg 瓦屋さんがあります。

20170226KyotoS285s.jpg 「上七軒・ふた葉」という麺類のお店の隣が、ドラマの主人公の和菓子屋さんの店舗です。
20170226KyotoS287s.jpg 売却物件になっていました。
主人公の姉・雛さんが花嫁御寮で歩かれていた道です。

「千本通」に出て北上し、「北山通」を経て、13:00「平野神社」
名物「あぶり餅」のお店が軒を連ね、客引きの声が姦しい。
20170226KyotoS297s.jpg 南側の正面に回り、朱色が美しい神門から境内に入ります。
神門より南に向かって、長い参道があり、その先に鳥居が見えています。
社紋「重ね松」が鮮やかに神門を飾っています。

20170226KyotoS301s.jpg 境内に入ると、ちょうど花嫁御寮が本殿の方からこちらに向かって来ました。
白無垢のお着物と綿帽子が美しく、次男の結婚式を思い出します。
長男はホテルでキリスト教結婚式を選択し、次男は旧薩摩藩邸の結婚式場で神前を選択しました。

僕もキリスト教式でしたが、日本人として歳を重ねると、白無垢・綿帽子のお着物を美しいと感じてしまいます。
お日柄が良いのでしょう。
神前結婚式に遭遇です。

20170226KyotoS307s.jpg この境内は、何度もドラマに登場しました。
老舗京和菓子の跡取りの話でもありますが、三姉妹の恋のお話でもあるので、縁結びパワースポットは外せません。
20170226KyotoS314s.jpg 平野神社は、日本一の縁結びパワースポットかもしれません。

徳川5代将軍・綱吉の母・桂昌院(幼名・お玉)は、ここ西陣の商家の娘でした。
日頃から平野神社に詣り、門前を掃いたり奉仕していたそうです。
器量良しの評判で、3代将軍・家光の側室「お万の方」に仕えるようになり、家光の乳母「春日局」の目に留まり部屋子に抜擢され、家光に見初められ側室となりました。
町娘から将軍の母に大出世したお玉(玉の輿と呼ばれるようになる)のご利益に授かろうと、日本一の縁結び神社として大勢の妙齢の女性の参拝者が尽きません。
別名:玉の輿神社と呼ばれています。

20170226KyotoS317s.jpg 『お玉ノ井 元禄7年(1694)桂昌院(お玉の方)の寄進による。手水盤は、京都西町奉行・小出淡路守守里が寄進している』

20170226KyotoS324s.jpg 『今宮神社 大己貴命(おおなむちのみこと・大国主命)・事代主命(ことしろぬしのみこと・大国主命の長男)・奇稲田姫命(くしなだひめのみこと・素盞嗚命の妻)の3柱を祀る神社で、994年船岡山の上に創立された。疫病平易の神。一条天皇が疫病鎮めのため御霊会を修せられ、1001年初めてこの3柱を現地に勧請せられた。本殿は明治35年(1902)再建で、その西にある疫神社は、本社鎮座以前からあったと言われ、素盞嗚命を祀る。今宮の名は、この古い疫神社に対し、新しい宮を意味する。4月第2日曜、当社で行う「安良居祭」は桜の開花の頃に行う病鎮めの祭事で、京都の奇祭の1つ』

参道を南下し、石鳥居をくぐって、「北大路通」を東進、「堀川通」を北上して加茂川を渡り「上賀茂神社」
20170226KyotoS327s.jpg 13:35、ドラマで使われた「小川を渡って社家に入る」場所を見る。

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その5

10:57「萬年山・等持院」

『臨済宗・天龍寺派。元は仁和寺の一院であったが、南北朝時代の1341年、足利尊氏が夢想国師を開山として中興し、足利氏の菩提寺・中京区三条高倉「等持寺」の別院とした。1358年、尊氏がこの寺に葬られると、その法名を取り「等持院」と名を改め、その後本寺である等持寺を統合した。足利氏の菩提寺らしく、堂塔伽藍は衣笠山麓に威容を誇ったが、長禄年間(1457~60年)以来、しばしば火災に遭って荒廃した。現在の建物は、江戸・文政年間(1818~30年)建立である。方丈は、1616年福島正則が建立した妙心寺海福院の方丈を移築したもので、霊光殿には尊氏の念持仏と言われる利運地蔵像を安置し、左右の壇上には足利各将軍と徳川家康の木像を安置する。境内には、尊氏の墓とされる高さ5尺の宝篋印塔の他、夢窓国師の作庭と言われる東の心字池と扶養池を中心とした池泉回遊式庭園、足利義政が好んだ茶室「清蓮亭」等がある』

看板地図を見ると、嵐電・嵐山線の御室仁和寺駅・妙心寺駅・等持院駅・北野白梅町駅が並んでいる。
息子一家と来る時は、嵐山に車を置き、各駅で降りて徒歩散策が良さそうだ。

20170226KyotoS196s.jpg 「マキノ省三」の像が立っていた。
何処かで聞いた名だと思ったら、映画の父だった。
マキノ・プロダクションや映画雑誌「マキノ旬報」など「マキノ」を冠する映画関係会社を思い出した。

瓦には足利の巴紋が入り、建物正面には同じくに「二つ引紋」が入ってる。
玄関で靴を脱ぎ、拝観料500円×2を支払いながら、写真撮影のことを聞くと、霊光殿
以外はOKとのこと。

20170226KyotoS205s.jpg 廊下を歩いていくと、正面によく見る「だるまの絵」の衝立。
天龍寺派・元館長の描かれて「祖師像」だそうです。
黒・朱の色がはっきりし、斜め上方を睨む目も潔い。
20170226KyotoS210s.jpg 「方丈」のしつらえも掲げる絵も「だるまの絵」同様に鮮やかです。

「霊光殿」は、歴代足利将軍木像と石清水八幡宮から移された家康42才木像が置かれている。
20170226KyotoS218s.jpg 足利尊氏の墓が、縁側近くにあった。
芙蓉池の向こうに茶室が見え、コンパクトながらこの景色が良い。
庭側にサンダルが並べられており、お庭を散策できるようです。
20170226KyotoS221s.jpg 茶室も覗ける。

20170226KyotoS227s.jpg このお庭を愛でながら、お抹茶を頂くことができるよう「お抹茶席」があった。
ドラマでは、ここが使われていましたね。
20170226KyotoS233s.jpg 床の間の盆栽梅が、白い花を満開で綺麗。先客は、1組の年配ご夫婦だけなので、ここで休憩が落ち着いて良いと思ったが、前日の日経新聞で「北野天満宮梅林で、舞妓さんのお抹茶サービス」と書かれていたので、そちらに期待してパス。

北野天満宮の梅林なのて超混雑してそうだから、本当に舞妓さんのサービスがあるのだろうか、半信半疑です。
グッドタイミングで遭遇できたらラッキーです。
「等持院」は、観光客が少なく、とても落ち着き気に入りました。

11:35、北野天満宮。
菅原道真と言えば「梅鉢紋」で、ここの「梅苑」は観ておかなければ・・・とやって来ましたが、駐車場待ちの車が列を成し、予想通り大入りです。
20170226KyotoS240s.jpg 参道にテキ屋が出て、お祭り気分を盛り上げています。

ヤクザさんとの繋がりで、テキ屋排除の機運が強いですが、僕は肯定的です。
子供の頃は、伊丹市内の昆陽寺では、毎日曜日テキ屋がでており、行くのが楽しみでした。
近所の公園の盆踊りは、テキ屋が人を呼び、お面買ったり刀買ったり、金魚すくい・綿菓子・・・楽しみでした。
現在、町内会でテキ屋を締め出し、町内会売店にしたので、何かいまいちです。
家内も盆踊り担当になった年は頑張って売り子さんをしていますが、昔の盛大さを知ってる僕には、イマイチ感が拭えません。

20170226KyotoS241s.jpg 境内の梅が満開です。
お参りはパスし、「梅苑」に直行。700円×2で、お抹茶+和菓子なので、舞妓さんサービスがあったら、元を取ってお釣りが来ます。
お茶席に直行すると、大きめの茶店風で、入口で家内が小さなお茶碗受けと「菅公焼」と小さな袋を頂いてくる。

「あれっ、お抹茶は?」
奥の調理場かな?と思って半券を持って、「お抹茶はここで頂くのですか?」と聞くと、「はいここです、2つで1400円です」・・・
「お抹茶は別料金なのですか?」「はい」「じゃあ、いいです」

あまりに安いと思いました。
舞妓さんなんていないし・・・。
毛氈が敷かれた席に座り、頂いた小さな袋を見ると、梅茶の粉末のようです。
席には、湯のみ茶碗と保温瓶が置いてある。
湯のみ茶碗に梅茶末を入れ湯を注ぎ、菅公焼を食べる。

コストパフォーマンス的には、これが妥当ですね。
等持院で、お抹茶を注文し、ゆっくりお庭を愛でたら良かった。

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その4

10:14、二王門をくぐってから1時間経ってしまった。
20170226KyotoS104s.jpg これからメインの「御殿」に入ります。

20170226KyotoS106s.jpg 唐破風の玄関で靴を脱ぎます。
正面に「御室流」の立て札が立つ活け盆栽。
畳の上に「仕切り絵」
20170226KyotoS114s.jpg 満開の花をつけた梅の生花は、凛としている。
前に正座し、「これいいね」と言うと、家内は「菜の花黄色を小さくあしらっているのがいいわ」と、さすが免許皆伝者ゆえの評論をする。

順路がわかりやすく示されている。
縁側から手入れされたお庭が見え、素敵なお住いです。
20170226KyotoS190s.jpg 勅使門と白砂の大庭が見えてきた。
屋根が檜皮葺で落ち着いた美を感じる。
20170226KyotoS121s.jpg 書院は、「松に鶴」の襖絵に囲まれている。
観光客もちょうど良い感じで、ゆっくりマイペースで巡れる。

屋根付きの高床の渡り廊下で建物が繋がり、お庭と一体化されて気持ちが良い。
売店の部屋があった。
「瓦奉納5000円」は、御殿でたった1つのこの建物の瓦に使われるのかな?だろう。

建物に囲まれた小さめのお庭それぞれにテーマがあるようで飽きない。
一流の庭師の監修・管理だと思う。
20170226KyotoS133s.jpg 満開の小さな梅の木を、お年頃の女性2人が、目の前の縁側に座って楽しんでいた。
「梅にメジロ」より、こちらの方が僕の目に麗しい。

20170226KyotoS139s.jpg 小ぶりの笹賀テーマと思われる小庭がある。
1mほどの背丈なので、すぐに伸びる竹だから、この管理・植え替えの手入れは手間が掛かりそう。
板襖に描かれた絵も素敵で、写真の枚数が増える。
一応、入る時写真撮影OKかどうか聞いている。
「カメラはダメ」看板を、よく見落とすからね。

更に奥の建物に進むと、縁側から池が見えてきた。
20170226KyotoS153s.jpg 借景として五重塔が見えている。
「素敵ねえ」と家内。
着物が似合う首の長い華奢な日本風美人で、お茶お華をそつなくこなす家内は、こういう所にいる方が似合ってるように見える。
20170226KyotoS157s.jpg 僕にもっと財力があれば・・・。

一番奥の「宸殿」という建物から見える池のあるお庭が、最も気に入った。
『明治42年(1909)着工、大正3年(1914)完成。化粧材は全て木曽御用林産のヒノキで、明治以降木造建築としては、設計・施工ともに最高のものの1つ。内部の絵画は全て、大正2年(1913)原在泉画伯によって描かれたもので、上段の間の床「遠山流水」・襖「春の桜花」、中段の間には「夏の葵祭之図」・「秋の大堰川三船之図」、下段の間の襖「冬の鷹野行幸図(大阪・交野)」が描かれている』

20170226KyotoS165s.jpg 縁側廊下から池を眺めていると、お若い女性がスマホを構えて写真を撮っていた。
風景に女性が入ると、更に良いね。
女性はほんと見栄えが良い。
20170226KyotoS168s.jpg 「上段の間」の天井が、折上格子天井になっていた。
他の部屋より高位に当たる形式なので、より高位の方がご使用になったようだ。
説明にあった「春の桜花」が見事に描かれている。

「霊明殿」という仏間があり、仁和寺歴代門跡の位牌をお祀りしているようだ。
本尊の薬師如来像は秘仏であったが、調査により貴重なものとわかり、国宝指定されている。
縁側廊下の庭に向かって小さく囲った場所があった。
「閼伽棚・あかだな 仏様のお供えを作る所」
春を告げるお水取り法会で有名な東大寺二月堂の前にある井戸も、「閼伽井・あかい」と名付けられていた。
法会で使うお水を汲む井戸で、若狭国・神宮寺の遠敷川(おにゅうがわ)鵜の瀬に繋がっていると謂れ板に書かれており、後日「鵜ノ瀬」まで見に行った。

20170226KyotoS189s.jpg 閼伽棚の横に木蓋のされた方形井戸があり、綱に繋がっら丸アルミバケツが横長です。
大満足で「御殿」見学を終えた。
家内も「良かったわ」の連発でした。

r29・世界遺産通を東進し、龍安寺・金閣寺前を通過。
金閣寺はまだしも、有名な世界遺産「龍安寺の庭」は期待はずれの方が多いと思います。
枯山水ということですが、最近はあちらでもこちらでも見られる造作で、見慣れた人には特に感動するものではないように思う。
僕も大いにガッカリした。

立命館大学脇の細道にGPSが誘導するので入っていくと、「到着」と教えてくれたが、壁ばかりで入れないぞ。
一旦引き返すと、植木に水やりをしていた男性が、「等持院ですか?」と声を掛けてくれ教えてくれ、教えてくれました・・・ありがたや。

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その3

「中門」には、毘沙門天がいた。
20170226KyotoS057s.jpg 邪鬼を踏みつけている定番スタイルです。
中門を入ると右手に五重塔が見えてきた。
左手は、「御室桜」の庭になっている。
ソメイヨシノより背が低く、目の前に花をつけるようだ。

『御室桜は、遅咲きの桜として有名で、その数200本。江戸時代初期にはすでに現在地に植えられていたようです。江戸時代中期には、観桜の名所として知られ、丈が低く根本から枝を張る御室桜と、その満開の花を愛でる人々の風景が、「都名所図会」にも紹介さ
れている。大正13年・1924、国の名勝に指定される』

20170226KyotoS062s.jpg 五重塔に回ってみましょう。
20170226KyotoS063s.jpg 『1644年建立・総高36.18m。東寺の五重塔同様、上層から下層にかけ、角層の幅にあまり差がない姿が特徴。初層正面に、大日如来を意味する額が掛けられ、内部に大日如来、その四方にも仏が安置される。また心柱を、それを囲むように4本の天柱が塔を支えている。柱や壁面には、仏や真言八祖誅が描かれる』

真言宗なので、その第一の仏・大日如来を本尊としており、柱や壁面に描かれるのは、東寺の五重塔にも観られたように思う。
歴史を感じさせるものでした。
仁和寺の五重塔も特別拝観日があるのかな?

経蔵、『寛永~正保年間に建立。建物は禅宗様式で統一される。内部は釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩などが安置され、壁面には菩薩や羅漢などが描かれている。
内部中央に八面体の回転式書架(輪蔵)を設け、各面に96箱・総計768の経箱を備える。経箱には天台宗の学匠・天海による「一切経」が収められている』

この天海は、家康の懐刀だった天海ですよね。
江戸時代、家光の協力で再建したということだから、家光時代まで生きた天海なら、ここに収めるのも難問ではなかったろう。

『国宝「金堂」は、慶長18年・1613造営の御所内裏紫宸殿を寛永年間(1624~44)に移築したもので、現存する最古の紫宸殿であり、当時の宮殿建築を伝える建築物として国宝に指定されている。仁和寺本尊・阿弥陀如来と、脇侍・観音菩薩を勢至菩薩を安置する』

五重塔の方がよっぽど見栄えが良いが、なぜ江戸時代建築物なのに国宝指定されているかというと、やはり元内裏紫宸殿ということだろう。
紫宸殿は、もとは内裏内で天皇が私生活を送る建物だったが、正殿である大極殿が焼けてしまってからこちらが正殿になり、天皇元服・立太子・即位の礼など、重要な政に使われた。
20170226KyotoS073s.jpg 屋根に翁瓦が載っていた。

鐘楼・御影堂を巡る。
20170226KyotoS083s.jpg 御影堂は、檜皮葺が綺麗で、お洒落な建物に見えた。
他の建物と建築年代は同じですが、最近リニューアルされたのかな?
西門から、先行のおじいさんおばあさん4人組が出ていった。
「八十八ヶ所巡り・巡拝2時間・3kmと石碑に刻まれていた。
パス。

20170226KyotoS095s.jpg 帰りに、ドラマのロケで使われた五重塔を正面に見る場所から見た。
そのシーンが思い出される。
2組のカップルが、僕の前で写真を写している。
ご同輩かな?

『観音堂 寛永18~正保元年にかけて建立。千手観音菩薩を本尊とし、脇侍として不動明王・降三世明王、周囲に二十八武将を安置する。須弥壇の背後や壁面・柱などには、極彩色で仏・高僧が描かれる。現在も仁和寺に伝わる法流の相承などに使用される』

とても魅力的で内部を覗いてみたいが、リニューアル中のようでした。
通常なら拝観できるのかな?

20170226KyotoS097s.jpg 中門を出て、霊宝殿に向かいましょう。
金剛華菩薩像があった。
謂れ板に、「花は慈悲より生ずる」と大日経に説かれているように、仏様の本誓であり、慈悲と愛と和の象徴であると書かれていました。
仁和寺門跡を家元とする御室流華道門人の心の拠り所として、花の仏様である金剛華菩薩薩を祀っているという。

家内も華道免許皆伝者なので、興味深そうに見ています。
霊宝殿に入ろうと思ったが、門が閉じられたままでした。
未公開期間だったのかも、残念。

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その2

家内にまたカッパを着せ、JR京都駅・北東角から北に伸びる「烏丸通」を北上開始。
東本願寺横を抜け、五条交差点を通過し、「松原通」を左折する。

20170226KyotoS026s.jpg 8:49、「和菓子・末富」
ドラマのエンドロールの初めに店名が出てきます。
ドラマに出てくる和菓子を監修・製造・提供しているのでしょう。
店内もドラマに使われたようで、和菓子購入ついでに見たかったのですが、日曜定休だって。
観光客相手ではなく、寺社・お茶席がメインのお客さんなのでしょう。

20170226KyotoS025s.jpg 水が張られた防火用の赤いバケツを3つ店先の道路に綺麗に並べられいるのが印象的でした。
このお店の?、京都のこの界隈の習わしなのかもしれない。
うちの庭に勧請した僕の遠い祖先の「美作・三穂神社」にも、必ず防火用のバケツが数個、水を張られ社殿前に置かれていた。

「松原通」を西進し、南北を走る「堀川通」に出て右折し、堀川筋を北上します。
20170226KyotoS030s.jpg 東西を走る「四条通」を渡り、8:57「御池通」交差点にある消防署で、はしご車が出て、長いはしごを空に伸ばし動かしていた。
20170226KyotoS031s.jpg 日常整備点検なのでしょう。
バイクの気軽さで路肩に止めパシャリ。

「堀川通」を更に北上すると、すぐ「二条城」があった。
それを横目に更に北上すると、対抗する南下車線の東側に堀川が流れている。
その堀川を覗きたいのだが、数車線ある堀川筋なので無理です。
川向うに細めの道路があるのが見えたので、目的地を一旦通り過ぎ、細い道にチェンジして南下する作戦に変更する。

「丸太町通」を渡り、目的の「堀川下立売」を通り過ぎる。
京都の道は、碁盤の目状に走り、東西に走る通りと南北に走る通りに特徴ある名前がついているので、割合わかりやすい。
「堀川通」と「下立売通」の交差点が、「堀川下立売」

次の交差点で右折し、堀川の東を走る道に入り南下する。
堀川の川底は、親水公園のようになっている。
大雨が降れば増水して、親水公園は水没するが、日頃は子供たちの歓声が飛び交っていそうな設計がされている。

9:07「堀川下立売」
ここもロケ地で、印象的なシーンに使われた。
20170226KyotoS033s.jpg 2人で親水公園に降り、「ここだね」「うん」と。
ここに掛かる橋は、「堀川第一橋」だそうだ。
その横を「水道橋?」が渡っている。
20170226KyotoS039s.jpg ワンちゃんを連れたお父さんが、親水公園を歩いている。
陸上は交通量の多い堀川通が走るのに、ここは静かでした。

そのまま南下し、「丸太町通」に出て西進開始。
「妙心寺」横を北上し、r29・「世界遺産通り」に出て仁和寺・駐車場を見つけたが、バイクは仁和寺山門前に置くそうだ。
ここの交差点は、交通量が多いのに赤・黄色点滅信号で、事故が起きそうだ。

9:33「仁和寺」
山門脇に小さな駐輪場があり、そこに入れる。
ここの五重塔前もロケに使われました。

以前に来たことがあると思っていましたが、山門をくぐると記憶にない景色です。
初めてかも・・・
京都は毎年何度も来ており、あちこち虫食い式に観ているので、もうわけがわかんなくなってる。
見どころが多すぎ。

お隣の金閣寺や龍安寺は、5回ぐらい訪問しているはずなのに、同じく国宝・世界遺産でメジャーでありながら、歴史好きの僕にとっては更に上の門跡寺院という格を持っているのに初めてだったとは・・・。
天皇の王子や公家・藤原氏の高い位の子が仏門に入る門跡寺院故、治外法権があり、時の政権とて安易に入れない。
だから平家物語などで、何度も重要な役割を持って登場する。

20170226KyotoS045s.jpg 山門の阿吽の仁王像が素敵です。
入ってすぐ左に、「御殿」入口があり、そちらは拝観料が要る。
霊宝館にも入れるような感じだったので、500円×2を払う。
『山門・仁王門は、1637~1644年にかけて建立されたもので、左右に二王を安置し、建築形式は平安時代伝統の和様で統一されている』

20170226KyotoS046s.jpg 『真言宗・御室派総本山で、1994年に世界遺産登録された。平安時代前期、光孝天皇が創建に着手し、888年宇多天皇が完成させ、仁和寺と命名。宇多天皇は退位後出家し、仁和寺内に僧坊を営み、30余年修行に専心したため、法王が御座する室(僧坊)ということから「御室」が、後に周辺の地名となった。以降明治維新まで約1000年、皇子・皇孫が門跡として法灯を伝えた。現伽藍は、江戸時代初期に徳川家光の協力を得て再建されたもので、御所の紫宸殿を移した金堂(国宝)はじめ、御影堂・観音堂・鐘楼・五重塔・経蔵・二王門(いずれも重要文化財)などは、当時の建物である。西門から成就山山麓にかけて、四国八十八ヶ所霊場を縮小した「御室八十八ヶ所巡り霊場」があり、中門左手には、遅咲きの桜の名所として有名な「御室桜」(名勝)が見られる』

ここに来る手前、家内が「オムロン創業の地」という看板を見つけて、僕に無線で報告をくれていた。
「オムロンは立石電機だよね、ここの地名「御室・おむろ」に因んで名前を付けたんじゃないのかな?」というと、「え~そうなのかなあ?」
帰宅後、立石電機のウェブサイトで調べると、ビンゴだった。

桜の芽は硬いものの、春を待っているようだった。
20170226KyotoS052s.jpg 「御殿」に入る「勅使門」が立派です。
天皇の勅使のみ使う門なので当然閉まっていますが、年に何回開門するのだろう?
いやいや、元門跡寺院でも、門跡習慣が過去のものになった現代は、数年に一度でしょう。
彫刻が見事です。

2/26・ドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡り その1

今月に入り、雨・2週連続のヨット活動だったので、久しぶりの家内とのデートです。
僕は家内のストーカー気味なので、学生時代同様、未だにこのデートが待ち遠しくてたまらない。
楽しみすぎて、3時前に目を覚ましてしまいました。

あまりに早いので二度寝したが、次起きたらまだ5時前でした。
しばらくゴソゴソし、準備します。
本日のお題は、『京都に行き、家内お気に入りのアマゾンプライムドラマ「福家堂本舗」ロケ地巡りをする』というもの。
機動力のある通勤リード110でタンデムします。

朝ごはんを食べ、下はオーバーパンツ・上はコミネ冬用ジャケットで、寒さに備えます。
7時前に、家内の用意が整い、家内の「せっかく京都にいくのだから、ちょっとお洒落に・・・」の服装を見て、「風通るじゃん、寒いよ」とトレッキング用カッパを着せました。

JR北伊丹駅に家内を下ろし、僕はR171・西国街道でひたすら京都を目指します。
朝なのに、まだ渋滞しているところはなく、スムーズに京都市街地に入りました。
JRは1時間あれば京都に着くが、高速道路を使えないので、1.5時間を予定し、8:30にJR京都駅・バス案内所待ち合わせにしていました。
案内所は外より暖かなので冬場の待ち合わせには最適です。

R171から西大路通りに左折します。
待ち合わせ時間に早く、京都駅でお化粧直しなどすると言っていたので、「どうするかな?」と思っていたら、「西大路八条」にお宮が見えてきました。
寄り道しましょう。

8:04「若一神社」
20170226KyotoS001s.jpg 「平清盛公・西八条殿跡」の石碑が建っています。
「平家物語」に出てくる清盛の八条の住まいはここだったんだ。
JR京都駅から2kmも離れていません。

20170226KyotoS011s.jpg 『772年、唐から渡来し天王寺に居住した威光上人が、紀州熊野を詣でた際、迷い苦しむ人々を救おうと、御分霊若一王子の御神体を背負って旅立ち、当地の古堂で一夜を明かしたといころご信託を授かり、堂中に安置した。その後荒廃したが、平清盛公が六波羅に在住していた頃、当地は浅水の森と称し、風光明媚な土地として名を馳せており、清盛公は当地に「西八条御所」と称される別邸を造営した。1166年、清盛公が熊野詣をされた際、「土中に隠れた御神体、世に出し奉斉せよ」のご神託を授かった。帰京後邸内を探すと、東方の築山が夜光を放っており、自ら三尺ほど掘ったところ、土中より若一王子の御神体が現れ、当地に社殿を造営し鎮守した。清盛が御神体に開運出世を祈ったところ、翌年1167年2月10日太政大臣に任ぜられたことから、開運出世の神様として尊崇されている。神前の楠の御神木は、清盛によって植樹された』

20170226KyotoS013s.jpg 「大阪天王寺から、紀州に南下する旅なのに、何故一旦北上して京都に入ったのか」など、はてな?な部分はあれど、謂れ板を読みながら、いろいろ想像してみた。
20170226KyotoS017s.jpg 境内は狭いが、平相国・平清盛像があり、御神水の蛇口があったり、摂社の松尾大社の祠があったり、雰囲気の良い謂れがありそうな物がコンパクトに詰め込まれていた。

20170226KyotoS023s.jpg ここはもう梅小路なので、整備された「梅小路機関車館」を見に行ってみる。
大阪の鉄道博物館が廃止され、こちらに併合され「京都鉄道博物館」としてリニューアルオープンされた。
8:21、以前3両のSLが並んでいた玄関脇スペースに、SL・電車・100系新幹線が並んでいた。

京都タワー前の横断歩道を、エンジンを切り歩行者に変身してバイクを押して渡り、近隣観光地図の横にバイクを停めた。
家内に電話しようと電源を入れている時、大きな旅行ケースをガラガラ押しながらの東南アジアからと思われる観光客女性2人組が、地図を指で触りながら話している。
「May I help you?」と声を掛けると、ちょうどさっき前を通った「京都アパホテル」に行きたいようでしたので、地図をなぞりながら行き方を教えてあげた。
たどり着けただろうか?

電話しても家内は出ない・・・トイレにでも行ってるのかな?と思ったが、バイクをそこに置き、走ってバス案内所に入ると、「おとうさん」と座っていた家内から声を掛けられた。
電話した旨伝えると、電話を取り出し「あ~、ホントだ~」

2/17・家内の本音? & 旦那を転がす女子力? 2/2

就職で東京に発つ新幹線・新大阪駅プラットホームで、「東京には綺麗な人がたくさんいるから、私のことを忘れてもいいよ」と、涙ボロボロの顔で言われたことを思い出した。
当然「そんなことするわけ無いやん」と否定したが、キューンと愛おしくなり抱きしめ、周囲の注目を集めてしまった。

このシーンをTVカメラに捉えられ、家内が許可したからだけど、帰宅する家内をカメラが追いインタビューし、TV放映されてしまうというハプニングに繋がった。

「浮気したら離婚だからね」と数度、冗談半分に言われたことがあるが、今回の「浮気OK」発言には驚いた。
でもきっと、あの新大阪駅同様の裏の気持ちが隠されているように思う。
信頼されると、人は裏切らないものです。
こういうのも女子力と言えるかもしれない。

結婚当初は、それぞれの収入は自分で管理し、生活費を折半していたが、すぐにめんどくさくなって僕の通帳も印鑑も、家内に預けっぱなしになりました。
欧米では、奥さんに家計を渡さないのが普通らしく、「女性議員比率が低い」だの「女性の社会進出が低い」だの、女性蔑視国家とも取られる評価をする国際機関や、それを元に批評する評論家がいるが、日本ほど女性の地位の高い国はないようです。
胃袋も快適な家も家内に抑えられているので、僕なんて手のひらで転がされているだけです。

それまでの上品で毎日電話を掛けてくるBFと違い、ちょっと強引でたまの電話も要件だけの僕に惹かれたのに、自分の気持ちを微妙に隠し、僕を「大学卒業したら誰かに取られちゃう」という気持ちにさせ、僕からプロポーズさせるテクニックは、女子力そのものだなと、今更ながら思った。

最近、「草食系男子」や「肉食系女子」が流行りだが、男子からプロポーズするのが太古らの習わしです。
国産みの神イザナギ・イザナミ夫婦も、イザナミから告白して出来損ないの神様を産んだ。
おかしいなと相談したら、男神のイザナギから告白しなければダメと言われ、そのようにしたら良い神様が次々に生まれた。

バレンタインデーにチョコをもらった経験はあるが、数度の「告白付きチョコ」は全て断っている。
「いいな」と思える素敵な女性もいたが、チャレンジャーな僕は告白を受けてお付き合いが始めようとは思わない。
追いかける方が好きなので、なんか違う感じがするから。

「バレンタインデイの告白は、末永い幸せを2人にもたらすのか?」
女性からの告白で始まるカップルより、男性の告白から始まる方が、長続きするように思
う。
告白も結婚申込みも男からの方が自然。
魚も昆虫も動物も皆、オスがアタックしメスが受け入れているから、きっと自然の摂理に則っているのだろう。
イザナギ・イザナミを諭した神様は、人間もそう作ったはずです。
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