2/17・家内の本音? & 旦那を転がす女子力? 1/2

夕食を食べながら家内との会話していたら、話が妙な方向に展開した。
ニュースで、「県警警部補が、結婚しているのに、別の女性と結婚式を挙げようとしてバレた」という三面ニュースをやっていたからです。

「浮気なんかよく出来るなあ、僕は2人の人と並行して付き合うなんて芸当、とても出来ないよ。僕なんか浮気したら離婚されちゃうし・・・」と言ったら、家内は「離婚しないよ、許しちゃうよ」と答えた。

結婚した時、半紙にそれぞれの希望を書き、1枚につなげて巻物にして桐の箱に入れ、貸金庫に入れました。
僕が書いた希望は、「車の助手席に乗る時は、必ずシートベルトをすること」の1つだけです。
学生時代は、シートベルトが強制ではなかったので、シートベルトしない人が多かった。
僕はシートベルト不着用で命を落とすなんてアホらしいので、必ずシートベルトをしていた。
助手席に乗る人にもそれを強要した。
家内を乗せる時はシートベルトしてもらうので良いのですが、他の方の車に乗せてもらう時もして欲しいと思いました。
「シートベルトしていなかったら、亡くなった」なんて人生の終わり方は、実に勿体無い。

家内の希望は、「年1回は旅行に連れて行くこと」「浮気したら離婚する」だった。
「何を指して浮気か?」の基準はそれぞれだろうけど、僕の基準は、女は男に主導権を取られているし、体力的にも負けるし、子を産むという本能からしても、何があっても仕方ない部分があると思ってる。

でも、男は主導権を握っているので、「手をつなぐ」以上はアウト。
だから、僕はそれを守ってきた。
キスするなんて、問答無用です。
「手相を見るために手を握る」はセーフ。
これはよくやってるけど、「船への乗り降りで手を貸す」のは、むしろ積極的にOK。

まあ、「離婚」というペナルティーがなくても、2人と付き合う自分が許せないからしないのだけど。
「家庭円満」のベースは、「夫婦仲が良い」なので、家内を悲しませるようなことはしない。

子供たちの活躍、お嫁さんという娘を得られたこと、孫が生まれたことも、全て家内が僕を選んでくれたのが始まりだから、「ありがとうね」と毎度口に出して言う。
だって、家内はモテモテ女子で、僕は振られ男子だったから、家内が僕のプロポーズにOKくれたことも、ずっと一緒に歩んでくれていることも奇跡なのだから。

いつもは、「ありがとう」と言われたり、微笑まれてお終いなのですが、この日はちょと違い、「私こそ感謝してるよ。大学を卒業して実家を手伝っていたら、きっとお見合い結婚していたと思う。家を出る勇気がなかったもの。だけど、強引に旅行に連れ出してくれて、世界が広がったように思ったの。それまで外泊さえ許してもらえなかったから。
学業を終えるまでに、結婚を申し込まれ、次の居場所をもらったの。
スキーもスケートもヨットも、旅行や外泊さえみんなあなたに教えてもらった。大学生になってからも、私は学校に通い勉強をして、誘われるままデートをして、その他はずっと家の仕事を手伝っていた。
あなたに声を掛けてもらったあの時から、私の人生は大きく変わったの。
ドライブ・デートが初めてだったし、台風の中家まで送ってくれた時、「こんな日に娘を連れ回して」とカンカンな父に、私の希望で帰りが遅くなったことなど言い訳せず、ひたすら頭を下げて謝ってくれた人は初めてでした。
その姿が、ペコペコでもなく開き直りでもなく格好良くて、この人は私を守ってくれると確信したし、お母さんも「あなたの選んだ人は、いい男だねえ」と褒めてくれたの。
2人の男の子があなたの後を追いかけるようにスポーツをし、生き生きと積極的に人生を歩んでいるのは、あなたが家族の時間を大事にし、積極的にいろんなことを一緒にやったと思ってるの。あなたに似てるわ。
女の私だけでは、あんな魅力的な男の子に育てることはできなかったわ。感謝してるから、今までも浮気ぐらいしても許していたよ。今から浮気したって許すよ」と言われた。

へっ、そうだったの・・・
仕事中は、上手に接客し、部下の人にも気配りできるのに、オフになると楽しいことがあると少し饒舌になるぐらいで、通常はおとなしく聞き上手な家内が気に入ってるのだけど、芯は強いと思ってた。
だから僕が浮気したら、問答無用に約束を履行すると思ってたのに・・・
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2/22・サザエさんの苗字は?

家内と楽しみに見ているアマゾン・プライム・ドラマ「福家堂本舗」は、17代・450年続く京都和菓子の老舗の物語です。
三姉妹と工場で働く菓子職人・老舗百貨店の御曹司・歌舞伎役者などが織りなすラブストーリーです。
自らも入婿を取った17代目女将が、娘達に婿養子を取らせ18代目を継がせようとする。
450年も続いたお店なら、「旦那さんは、苗字を変えるんだろうな」なんて思っていた。

僕の友人で、苗字をお嫁さんの姓に変えて入婿し会社を継いでる奴がいるし、お嫁さんの方が友人の姓に変えて、お嫁さん実家の会社をやってる奴もいる。
前者は1人だけで、後者は数人いるので、今の時代は後者の方が普通なのかなと思う。
次男も、苗字を変えずにお嫁さんの実家と3世代で住むようだし、子供の少ない今の時代はこういうのが増えるように思う。

保育園の同窓生の女の子Eさんは、平安時代まで家系を遡れる大阪のお金持ちの家(本姓・源氏)に嫁ぎました。
彼女は3人目にして男の子を産み、「これで私の居場所ができた。男の子を生むまで頑張るつもりだった」とホッとして表情を見せていました。

家内の実家も会社をしていたので、家内に婿を取り家を継がせる予定でした。
本当はお姉さんだったのだけど、次男だった旦那さんがそれを拒否したから、家内にお鉢が回ってきた。
それを長男である僕が取っちゃったから、家内の実家はお母さんが亡くなり会社をたたみ、なくなってしまった。
今は更地になり、駐車場経営を姉夫婦がしています。
仕事場が通勤圏なら、核家族で住むより、大家族で住む方が、子育てに便利ですし、子供のその方が良いと思います。
だから、次男がお嫁さん実家と一緒に住んでもいいかと相談された時、大賛成した。

我が家も、隣が僕の家が僕の実家で、家内はこの環境に嫁いできて、両親が亡くなるまでずっと3世代で暮らしてきました。
その利点を知っているつもりです。

お姉さん夫婦がお墓を守っているのでいいのだけれど、僕にも少し罪悪感があり、年4回のお墓参りをかかさずやっている。
個人より家・家系を大切にする風潮が強い日本では、家の存続は大問題です。
大きな家であるほど、跡取り息子を希望し、女の子だけの家は養子を欲する。

そんなことを考えながら家路を急いでいると、日本人に最も有名な3世代同居家族「さざえさん」を思い出した。
磯野波平・フネ・カツオ・ワカメの名前はスラスラ出てきたが、サザエさんの苗字が思い出せない。

帰宅し、家内に聞くと、「波野だよ」と確信を持った答えが帰ってきた。
「いやいやいや、それは磯野でしょう」・・・
「フグ田」の苗字が出てきたので、「磯野サザエ・磯野マスオ、フグ田は波平さんの弟の息子の苗字」だと、確信を持って答え一件落着した。

確認しようと調べたら、「フグ田サザエ・マスオ」だった。
波平さんの妹の三男が「波野ノリスケ」で奥さんが「波野タイコ」さんだった。
まさか、家内の「波野」がいたなんてビックリでした。

毎週日曜日のTV放映を楽しみに見ているサザエさんフリークの方がいれば、僕ら夫婦の会話を心の中で笑っていたろう。

2/22・アメリカ車の努力不足を垣間見る

次男が、お嫁さんの次の車に「アウディを買う」と言い出したので、どんな車があるのか調べてみました。
アウデイの何を買うのか知らないけど、下から2つ目のブランド「アウディA3」ぐらいかな?

スポーツバックという5ドアが293万円で、その電動・Eトロン564万円、セダンが311万円でした。
ドイツ本国での価格を調べてみよう。
ユーロを円換算すると、日本での価格とほぼ同じです。

アウディ・アメリカを知らべると、スポーツバックは販売されておらず、スポーツバック・Eトロン38900ドル、セダン31200ドルで、セダンは日本価格とほぼ同じです。

長男がアメリカで買ったジープ・チェロキーを調べました。
ジープってGMだと思ってましたが、旧クライスラー(現アメリカンモータース)でした。
長男が買ったリミテッドというグレードは、アメリカ本土で24590ドルで、日本法人を調べると、なんと555万円。

ヨーロッパ車のアウデイが、本国とほぼ同じ日本価格なのに、アメリカ車のジープは倍の値段で日本で売ってる。
日本は輸入車に関税がかかっていないのに、アメリカ車はボッタクリの感じがします。

GMを調べたら、「キャデラック・ATSセダン・2L」が、日本販売価格49万円で、アメリカ本土34595ドル。
フォードモータースは、日本法人があるだろうに、サイトがすぐに見つからず、見つけたサイトには日本販売車種を網羅したカタログサイトがなく、販売店検索し、「そちらで商談してね」的なやる気の無さを感じた。

どこでどう調べるのか、買ったこともディラーを覗いたこともないのに、我が家にはメルセデス・BMW・アウディから、定期的に厚紙写真入りの立派なカラログDMが届く。
去年は、サーブとボルボからも届いた。
トヨタと日産からは、愛用しているので届くが、アメリカ自動車会社からは届いたことが一度もない。

トランプさんが、「日本車はアメリカでたくさん売ってるのに、日本ではアメリカ車が売れていない。不公正だ、日本車にアメリカの雇用が奪われている」と、1980年台のお話を再現して怒っておられたが、単なるアメリカメーカーの努力不足ですね。
アメリカという巨大市場があるから、別に日本で売る必要がないだけのようです。
自国企業の努力不足を棚に上げて相手国を責めるのは、如何なものでしょうか?

2/21・超親ばか

次男から家族メーリングリスト(私たち夫婦・長男夫婦・次男夫婦)に、メールが届いた。
日経工業新聞の記事が切り取られ、そのコピーpdfファイルが添付されていた。

日本経済新聞は、ずっと我が家で購読していた3紙の1つで、親父も購読していた。
その後、息子たちは社会人になったが、やはり日経は必須のようで、みんな購読している。
スポーツ欄や社会面は一般紙に劣るけど、経済面は充実しており、株式欄や企業業績などがよく分かる。

朝日は、長年報道していた慰安婦記事が、裏取りしていないウソ記事だったと告白したのをきっかけに購読を辞めた。
世界中にウソを広め、日本を貶め、赤旗同様ただの反日機関紙だったんだと、今更ながらろくでもない新聞だと思う。
なぜまだ存続しているのか、不思議でならない。

日本人感覚では、必死に世界に向かって、慰安婦打ち消しの行動を起こすのですが、なぜ起こさないのかわからない。
朝日新聞は、権利ばかり主張し、義務や責任を持とうとしない左翼主義者と変わらない。
都合が悪くなると、トンズラを決め込む会社など、社会に存続する意義があるのだろうか?

しのぎを削る自動車メーカーでも、積極的にリコールを発表する会社と、「バレなければ・・・」を決め込む会社がある。
後者は、とうとう自力再建できなくなり、日産に買収されてしまった。

我が家の購読紙は、日経含め2紙になった。
日経工業新聞は、次男だけが購読しており、家族に関係する記事が載っていたら、家族メールに披露してくれる。
建築系雑誌に次男の作品が載った時も教えてくれ、その時は雑誌社に電話してそれだけ取り寄せ、記念にコレクションしている。
息子たちには、「会社や仕事で手柄を立てたら、積極的に教えてくれ。親はそれが楽しみだから」と言ってある。
だから、いろいろ教えてくれる。

今回は、長男の会社の話題で、工場設備拡充が成ったということだった。
国内で利益を稼いでいるある製品への投資で、今まさに長男がプロジェクトリーダーとしてアメリカに売り込もうとしている製品です。
昨年末の会社社内報で、このプロジェクト・リーダーとして、長男が写真入りで2017年の抱負を語っていた記事が、トップ記事になっていた。
一部、我が家に持って帰ってきてくれたので、ご先祖様へ披露するため仏壇横に飾ってある。

製造設備を拡充するということは、販売増の成算が成っているのだろう。
長男の仕事も順調のようです。
アメリカはじめ、海外企業との提携話が新聞に載ることもあり、新販路や用途を広げようと最激戦のアメリカで仕事をしています。
特許でがんじがらめの最先端な世界なので、一旦販路が確保されれば競合品が簡単には出てこず、長期に大きな利益を確保できる。
長男から次男へ、「サンキュー、みんなが関わる大きなプロジェクトだから、頑張らなきゃね」と返信が入った。

長男はまだ35才ですが、自分の担当の仕事(海外の学会に出かけていき、新製品開発につなげる。アメリカ・イギリス子会社担当)の他に、最若手で本社経営戦略室にも名を連ねていた。
社長になるためには、海外経験がないとダメだと思っていたので、「まだかなあ」と気をもんでいたが、念願の海外赴任が今年から始まった。

お嫁さんも、日常英語を使う仕事だったので、英語にも異人種にも慣れている。
このプロジェクトを成功させ、大きな利益につなげたら、「息子たちは必ず社長になる」の僕の予想に大きく近づく。
僕のできることは、応援するだけなので、「超親ばか」継続中です。

次男が、将来的にお嫁さん実家と3世代で住む決断をした時も、先に兄弟で話し合っていたようです。
僕ら夫婦が守る実家のことを話し合ったのでしょう。
どうせ僕らは、子供たちの決めたことに対し、チビの頃から「ダメ」なんて言ったことないから、いつものように事後報告でした。
お嫁さん同士も仲が良く、良い関係の兄弟です。

ああ、僕はなんて幸せなんだろう。
あれもこれも全て、家内がうちに来てくれたからだ。
大切にしなくちゃ・・・

2/19・京都観劇&カフェ

ミーテング後、夕食です。
女子マネさんが作ってくれた三色ご飯と肉じゃがが美味い。
すぐにご飯が出てくるという環境は快適ですね。
家内もフルタイムで働いていますが、僕より早く帰っているので、自宅玄関に電気が点き、着替えたら食卓に夕食が載ってて、ものすごく快適です。
男は、こういうのに弱いと思います。
ずっと自宅から通学していた長男も、就職して初めての寮生活をしましたが、1年もしないうちに現在のお嫁さんのマンションに転がり込んで、そのままです。
男子部員達の親も喜んでいるでしょう。

19時を回り、帰路につきます。
湖西道路~名神~中国道で、20:30頃帰宅。
「帰っているかなあ~」と、住宅街の最後の交差点を曲がると、玄関に電気が点いており、頬が緩みました。
家内が帰宅しているようです。

「夕食、食べた?」
「うん、女子マネさんの美味しい夕食を食べてきた」
着替え・片付けを終えてダイニングに行くと、テーブルの上にいちごが載っており、家内はヨーグルトを食べながら、お互いの「今日の出来事」を話します。

家内は、昼前にJR京都駅で観劇者が集合し、京都が地元のリーダーさんにJR京都駅ビル・ホテルグランヴィア京都15F「ラ・フルール」に連れて行ってもらい、フランス料理を食べたそうです。
この方は祇園祭のお世話もしているようで、停止中の山車に乗せてもらったこともあります。
軽いコースだったけど安かったみたいよとのこと。
ウェブサイトで調べると、「2800円ランチコース」というのがあったので、これだと思われる。

同じビルにある「京都劇場」に移動し、劇団四季・京都公演・13:00開演ミュージカル「美女と野獣」を楽しみ、その後役員だけで歩いて5分ほどの「カフェダイニング「fleur」京都駅前店」に行ったそうです。

3段のパンケーキがふわふわで、アイスクリームやシロップなどがついて、お腹いっぱいになったそうです。
でも混んでおり、待ち時間トータル1.5時間だったとか、「お父さんなら、絶対帰るわ。私だって帰るけど、今まで食べた中でダントツNo1の美味しさだったわ」と興奮気味です。

21時になリ、家内がおやすみで、僕は風呂に入りおやすみしました。

2/19・琵琶湖

家内が仕事関係の婦人会で、劇団四季ミュージカル京都公演「美女と野獣」を観に行きます。
「観劇後、役員会があるから帰りが遅くなると思うの。うどんぐらいだったら出来るけど、どこかで夕食食べてきてね」と言われました。

ツーリンググループの淡路島ツーリングがありましたが、参加人数が多いし、終日バイクツーリングはまだ寒いかなと思いパス。
コーチしてる大学ヨット部の練習に参加することにしました。
8時出艇です。

バイクで行く予定でいました。
4時過ぎに目を覚まし、あれこれゴソゴソして、用意して5:30に階下に降り、着替えだしていると、「お餅、食べていく?」と家内から。
「うん」、途中でバナナでも買い、いつものようにハーバーで朝食と思っていましたが出鼻をくじかれました。
ゆったりモードになってしまい、TV見ながら焼き餅醤油と海苔で食べました。

6時になってしまった。
まだ十分間に合うけど、バイク装束に着替えて、バイク出して・・・と考えていると面倒になり、自然にカッパを着ていました。
「楽な車で行こっと」

中国道に豊中ICから乗り、名神にチェンジし、桂PAでおトイレ。
女子マネさんにお菓子のお土産と思っていたら、売店は開店前でした。
京都東ICで下車し、湖西道路に乗り「皇子山ランプ」下車。
JR大津京駅横を通り、ハーバに着きました。

艇庫前で、部員が艤装しています。
キャプテンと状況を話します。
課題として上げていた強風セイリングへの取り組みを聞き、毎朝10分のトレーニング方法を伝えることにしました。

女子マネさん達も全員揃い、良い雰囲気です。
コーチボートに荷物を起き準備していると、女子マネさんがウォータークーラーを持ってやってきて、「温かいお茶です」とコップに注いでくれました。
夏の冷たい麦茶にくわえ、寒い時期も暖かいものを積むようになったようです。

8時になリ、出艇前ブリーフィング。
学生時代にやっていた腕立て伏せ・腹筋・サーキットトレーニング・握力増強トレーニングを伝えました。
必ず、いつもやってるストレッチング・柔軟運動後にするように言う。

ストレッチ係の1回生N君に先に教えていたので、見本をしてもらいました。
時間のある時は、もも上げ・スクワット・背筋も加えます。
短縮バージョン5分、ロングバージョンでも10分ですが、毎日やっていると相当筋力がつきます。

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出艇すると、気持の良い湖面が広がり、大津プリンスホテル・大津港・比叡山・・・と見渡せます。
20170219BiwaS011s.jpg 白く見えるはずの比良山系は雲で隠れ残念です。

スナイプ級を追いかけ、いろいろアドバイスします。
スタート練習やショートコースのレース練習で成績をつけます。
途中で、先週買ったまま車に入れっぱなしのアンカーのことを思い出し、コーチボートに乗っていた1回生・M君に「忘れると思うから、言ってね」と伝えます。

12時にハーバーバックし、午前中気付いたことをブリーフィングした後、合宿所に戻り、お昼ごはんです。
とても美味い。
再びハーバーに戻り、Mくんから「アンカーを・・・」と教えてもらい、車に取りに行きます。
出艇前ブリーフィングで、新しいレスキューアンカーのことを話します。

昨年の琵琶湖周航で、北湖で使った時根掛かりして、どうしても外せず、あえなく湖底の露と消えました。
それから、緊急用のでかいアンカーを使っているのですが、重すぎて女子マネ1人では上がりません。
コーチング活動が低下するので気になっていました。
あ~また持ち出しだ。
まあ、学生が貧乏が通り相場なので、僕もOBから「ゴチ」していたので順繰りです。

午後の練習は、風速が上がり、N・6~8m/sで楽しそう。
20170219BiwaS023s.jpg
20170219BiwaS025s.jpg比良山系も白い山容を見せ、湖東の向こうに見える鈴鹿山系も白い。
琵琶湖大橋の右向こうに見えるのは伊吹山かも知れない。
20170219BiwaS034s.jpg 澄んだ冬の空気なので、遠くまで見通せ、琵琶湖大橋のはるか向こうに湖北の山までかすかに見えます。
みんな白くて、素敵です。

午後は、470チームを追いかけます。
次男に続きクラブ2人目のジュニアヨット出身者の1回生・I君のセイルセッティングが、ナイスでした。
20170219BiwaS022s.jpg 僕の強風セイリング・セッティングに似ています。
きっと速いだろうと見ていると、3回生エースを凌駕するスピードと登り角度で、集団から抜け出ていきます。
でも、彼の足元を見ると、なんと「裸足」・・・2月の屋外、しかも水がバンバン掛かるヨットの上で・・・ありえないバカです。
因みに、室内の艇庫では靴下を履いています・・・感覚がわからないわ。

ドライブする女子マネさんをもっと接近するよう促し、別の女子マネさんにビデオに撮るよう言います。
バウ(舳先)に行き、ビデオの横でセッティングポイントと、ハンドリングポイントを解説します。

合宿所でゆっくり見てもらおう。明らかにメインセイルのリーチをきつく張り、他艇とシルエットが違います。
何度も口酸っぱく「強風はバングをきつく」とアドバイスしているのに、みんな甘かったです。

 しかし、バングがキツイままランニングレグに入ったので、風が抜けていません。
ボートからマイクで「バング抜いた?」
ランニングでバングを緩め、クローズで入れることをアドバイスする。

この風ではパンピングOKフラッグが上がるのに、みんな何もせずに走っている。
ボートから「パンピングせよ」とアドバイスし、俄然やり始める。
今は闇雲にやって、効果的なパンピングのタイミングを掴んでもらおう。
これは感覚なので、自分で体得する以外に方法がありません。

強風のクローズホールドは、ブームセンターとメインセイルリーチをきつく張ることです。
あとはマストプラーのコントロール。
フルセイル・フルハイクアウトで走れる間は、マストプラーを極限まで入れ、マスト下部が曲がらないようにします。
バングのテンションがマストトップに集中し、メインセイル上部だけ、リーチが開きます。

次々にターゲットを変え、真後ろについてアドバイスします。
1艇強風セッティング出来ない艇があり、腕の問題ではなくマテリアルの問題でスピードについていけません。

後半は、じっくり経験するだけなので、ただ後ろについてプッシュするだけで、無言の圧力を掛けます。
僕は飛沫の掛からないドライバーの横に入り見ているだけです。
ドライブする1回生女子マネさんは、最初怖くて近づけなかったのですが、慣れてきたのか果敢に接近戦に挑んでいます。

16:30にハーバーバックします。
470各艇ペアにアドバイスします。
強風セッティングできない船に、システム変更した方が良いとアドバイスし、上回生にも伝えます。

「早稲田が強風下でも、メインリーチの上だけを開いて楽にセイリングしているのは何故か?」の質問がありました。
マストのプリベンド・バング・ブライダル・マストプラーの話をしました。

車に戻ります。
柳ヶ崎ヨットハーバー7:18~17:18・650円-ハーバー利用値引き350円=300円。
合宿所に戻り、ミーティングで出すポイントをプレートに書きます。
船を片付けて戻ってくる部員達とどうでも良い話で笑い合い、18時からミーティング。
いろいろ気付いたことを話し、部員に共有させます。

2/18・ストーム

アメリカ東海岸に住む長男のお嫁さんから、近況とグーグルドライブ経由で写真・ビデオが届きました。
時差が13時間あるので、たいてい夜送信するから、朝のメールチェックで受信されます。
自室からPCを持って、1F台所に降り、朝食と僕のお弁当を作ってくれている家内と一緒に見ようと、食卓に置きます。
「ねえ、ねえ」って、僕から邪魔が入り、家内にとってはいい迷惑です。

IMG_2094s.jpg 先週、ストーム予報が出て、会社もプリスクールもお休みになった日があったそうです。
ストームがくると家から全く出れなくなると聞き、スーパーに行くと、生鮮食品が売り切れていたそうです。

日本の台風と同じような感じになるだろうと構えていましたが、たいしたことなく積もった雪で外遊びしたそうです。
IMG_2111s.jpg 長男が裏庭で孫のりょうくん・4才と雪遊びしている写真があります。
リビングから裏の森を写した写真を見て、リビング裏は塀を隔ててすぐ森だと思っていたら、十分な遊びスペースの庭が塀までの間にあるようです。

IMG_2120s.jpg 週末はプリンストンの中心部にある広場にある坂で、長男・りょうくん・こうくん10ヶ月で、ソリ遊びもしています。
IMG_2145s.jpg プラスチックそりですが、アメリカンサイズなのか少し日本のものより大きく、親子余裕で乗っています。

IMG_2158s.jpg 長男やりょうくんの笑い声のビデオが楽しそうです。
家内が、「笑い声はりょうくん(4才)?」と聞いてきたので、「いいや、こうくん(10ヶ月)」と答えると、「え~そっくりの声ね」と。
子供が4歳になり、最高のおもちゃを手に入れ、長男が最も楽しそうです。
どの時間帯に行ったのか不明ですが、中心部の広い公園なのに、他所の人は誰も写っていません。
向こうの方は、雪を見ても、家族とはしゃがないのだろうか?

IMG_2204s.jpg こうくんは、つかまり立ちが出来るようになり、ハイハイのスピードが速くなったようで、目を離すと遠くで悪さをしているようです。

りょうくんのプリスクールでの写真もありました。
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まとまった文章で英語が出てくるようになり、超高速で英語に馴染んでいるようです。
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同年代のお友達がたくさんいるプリスクールは、広いプレイルームも充実しており、遊具もいっぱいでとても楽しいようで、毎朝「早くスクールに行きたい」とウキウキして起きてくるので助かっているそうです。

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そう言えば、1才から保育園に通った長男も、行くのを嫌がったのは、最初の1週間だけでした。
朝保育園の玄関で僕と別れる時泣いたのも、3日ぐらいだったかな。
1才前から通った次男は、知能も未発達で長男と一緒だから初めから泣きもしませんでした。
そこで慣れたのか、小学校に入っても学校が好きで、2人共リーダー的に友達を引き連れる感じになりました。

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こんな経験があるから、「小さな頃から、保育園に通わせるのはかわいそう」という意見には、「違うよ」と思っています。
IMG_2229s.jpg
毎日、家で親と生活するのだから、日中親がいなくても、子供はすぐに慣れ、集団の中でたくましく成長していきます。

それと、こうくんの顔が少し成長しており、お兄ちゃんに似てきました。
おお~さすが兄弟。
そんなこんなを、お三どんに忙しい家内に向かって言い、お邪魔虫な朝でした。

2/18・日本車がいいと思うけど・・・

庭に植えた「すみれ」の写真を次男とお嫁さんに送ったところ、珍しく次男から返信が来ました。
長男一家・次男一家・我が家の全員がメーリングリストに入り、毎週のようにそれぞれの家庭の出来事を交換しあって情報共有している。

血縁というものは、いざという時の互助会であるけれど、相互不信になれば赤の他人にはなれないので、憎悪の敵対関係にもなる。
そうならないためには、いいこともそうでないことも情報共有して、互いに会話をしておくことが大事だと思う。
インターネットというツールの発達で、億劫だった電話や手紙より、ずっと密に簡単に互いの時間を合わせずに情報交換できるようになった。
息子たちは、弟の子や義理姉の子達・従兄弟とフェイスブックで繋がり、従兄弟は私達親以上にうちの子の現在を知っている。

メーリングリストの返信者は、我が家は僕、息子たちのとこはお嫁さんがほとんどです。
次男から返信があり、「何かな?」と読むと、お嫁さんのスバル車のことでした。
この春車検で、調子が悪くなっているので買い換えようと思ってるので、相談を受けていました。

僕は、学生時代のブルーバードSSS~スカイラインに乗り換えましたが、長男が生まれた時、セダンの後部座席では落ちて危ないので、使い勝手の良いブルーバード・バンに乗り換えました。
次男が誕生し、弟や両親を乗せることも考え、ハイエースワゴンに乗り換えました。

これが当たりで、荷物はいくらでも載せられます。
運転席が高いので、腰に負担がかかる乗用車の足を伸ばした運転姿勢から、楽なベンチ座りになりました。
高い運転席により前方まで見通せます。
大学ヨット部の遠征で、トラックを借りてレース艇を荷台に載せて運転していたので、トラックの運転が楽なのは経験済みです。

これで長距離運転も平気になりました。
以降、ホーミー・キャラバン・キャラバンと、ワンボックスワゴン車を乗り継いでいます。
次男もお嫁さんの両親との3世代同居を決心したので、8人乗れるワゴンを勧めました。
私の車を運転することもあり、楽なのを知っているはずです。

でも8km/Lほどしか走らない燃費がネックのようでした。
お嫁さんの妹の旦那さんの弟がスバルにお勤めなので、スバルのSUVに買い替えすると先日言っていましたが、アウディに宗旨変えしたそうです。

次男が設計している本社が完成したら、駅隣接立地だから電車通勤にするそうで、車通勤の必要がなくなるそうです。
次の車検で次男の車を処分し、所有車を1台に減らすそうです。
その頃には、お嫁さんの実家を二世帯住宅に建て替え一緒に住みだすから、実家の車も当てにしているようです。

向こうのお父さんは車が趣味で、日頃奥さんが使っている国産実用車の他に遊び車を持っています。
現在はメルセデスのツーシーターですが、その前はBMWで、最後はポルシェに乗り換えて人生を終えるそうです。

我が家はずっと日本車嗜好で来ました。
親父はマツダ~日産で、僕は学生時代の日産に始まり~トヨタ~日産です。
長男は学生時代の日産~トヨタから~マツダ~現在GM・Jeep、次男は学生時代のトヨタから~日産できました。

長男はアメリカに住むようになったので、向こうの国産車・GMになっただけですが、次男は、向こうのお父さんに感化され、外車へのハードルが低くなったのかもしれません。
というより、まだアウディに乗ったことがない向こうのお父さんからのプッシュがあったのかも・・・
トヨタ・日産をほぼ故障無しで過ごしてきたけど、優秀なドイツ車と言えど、日本車の故障率を下回ることはなさそう、本当に買うのかな?

以前は、ご近所の目もあり外車を持つことは勇気がいることでしたが、最近は日本車と価格が変わらなくなり所有しやすくなりました。
お金持ちの義理兄も、周囲の目を気にしてか、トヨタクラウンから離れません。
もう60才を越えているので、乗ってるクラウンを最後に、車無し生活にするそうです。

デザイン以外は、日本車の方が、販売・メンテナンス網、修理日数・金額、故障の少なさなど上だと思うんだけどなあ。
僕は、日本で暮らすなら日本車が一番だと思っています。

僕は機能性重視だからデザインで車を選ばないが、かっこいい高級乗用車がいいなら、レクサスでいいと思うけど。

2/18・すみれを植えました。

次男の娘・すみれちゃん・7ヶ月に因んで、3週間前に植木屋さんで「すみれ」を買いました。
すみれ科スミレ属はとても品種が多く、無数と言っていいほど多くのすみれ属が棚に並んでいました。
三色すみれで、「天使の誘惑」という魅力的な別名が付けられた「ビオラ」の変種などを購入しました。

昨夜、家内からの情報によると、二十四節気の「雨水」(2017年は2/18)にお雛様飾りを出すと、妖艶な女性に成長し、良縁に恵まれるのだとか。
「妖艶」・・・男にとって魅力的な響きです。
吉日を見るお嫁さんお実家は、きっとこの日に飾るのだろうなと2/18(土)を見ると、なんと「仏滅」です。
仏滅の翌日は「大安」なので、次男一家は日曜日に実家を訪問し、飾り付けするのかな?

次男は、とても向こうのお父さんに気に入られています。
娘2人の女性家族で肩身が狭かったのか、結婚前に初めて親の顔合わせに訪問した時、次男がリラックスし馴染んでいるのを見て、嬉しくなりました。
お父さんと次男が、自然に会話し僕ら夫婦をもてなそうとしてしており、庭でワンちゃんと遊んでいます。

僕も、家内と知り合って1ヶ月後に家内の実家を訪問しましたが、大歓待されました。
お肉が山のように盛られ、とても食べきれない量でしたが、肉より魚好きにも関わらず、一生懸命食べました。
お母さんは、今まで何度か初訪問した彼女の母親と違い、初対面から僕を信用してくれている感じがしました。
「娘が連れてくる男の子だから、いい人に決まっている」と顔に書いてありました。

今までは、「どんな会社に就職しようと思っているの?」なんて質問され、まだ大学1回生なので、答えに仇しました。
どこか吟味されている感じがして、あまり居心地がよくありませんでした。

ヨット部の先輩から、「いいなと思った女の子がいたら、早めに母親に会いに行け。女は母親に似るから、その母親が四半世紀後の彼女の姿だ。母親を気に入れば、結婚はうまくいく」と教えてもらっていました。
お母さんは、今の僕がやっているクラブのことを興味深く聞き、将来設計のことなど気にしていない風でした。
ご自身が会社トップとしてバリバリ働いておられるので、娘にも旦那の収入など関係ないと思っているようでした。
それより人間性重視で、どちらかと言うと寛容過ぎる僕の性格に、娘の結婚後の自由な生活を感じておられるようでした。
僕はお母さんを気に入り、この子と結婚しようと決めました。

お父さんに気に入られ、趣味の海釣りに誘われたり、釣った魚を取りに来いと電話が掛かってきたり、良くしてもらいました。
僕も、息子たちが選んだお嫁さんを、無条件で気に入ろうと初対面に臨みましたが、家内に似た雰囲気を持っている穏やかな綺麗なお嬢さんで、そんなの関係なく気に入ってしまいました。

すみれちゃんはまだ7ヶ月なので、ナンノコッチャ?とわからないでしょうが、素敵な男性にめぐり逢い、幸せな人生を歩んで欲しいものです。
3人目の孫ですが、この子の結婚式まで生きて、晴れ姿を見たいな。

20170212CruS020s.jpg そのすみれ(ビオラ)を、数日前に庭に植えました。

2/17・ふるさと納税

日本経済新聞に、『ふるさと納税、過熱にクギ 総務相「改善検討」 急拡大するふるさと納税を巡り、総務省が行きすぎた地方自治体の対応に神経をとがらせている。高額の返礼品や地域と無関係な品を贈るケースが目に付くため、今春に自治体に是正を促す方針だ。16日は2016年分所得税の確定申告受け付けがスタート。ふるさと納税本来の趣旨を踏まえ、適切な納税意識と地域活性化への貢献のバランスが問われている。』
というニュースが載っていた。

お正月に次男一家が帰省した時、長野県のふるさと納税の返礼でもらった「ブルーベリージャム」を、持ってきてくれた。
僕が毎晩プレーンヨーグルト・450gを、いろんなジャムを入れて食べるのを知ってるから、僕へのプレゼントです。

その時、次男がふるさと納税してるのを知った。
長野県だけじゃなく、他の県にも納税しており、「その町に関心があるの?」と聞くと、「何もない、ただ返礼目当て」という答えだった。
それを聞いて、「なんか、当初の目的と離れて、宣伝合戦になってるね」と話した。

「ふるさと納税」の総額は小さいのかもしれないが、地方税収の小さな町なら、ウェートが大きくなります。
町の生活環境を良くし多くの住民や企業を誘致して稼ぐ本来の姿ではなく、PR上手・アイデア勝負で税収を稼ぐ上辺の争いになりそう。
やがて、返礼率競争になり、せっかくの税金の多くの部分を返礼で使ってしまうおかしなことになるなと、話しました。
僕は、住居のあるお世話になってる地元への納税オンリーです。

返礼と言えば、結婚式やお葬式・法事の返礼も面倒くさい習慣です。
元々、盛大に新しい家族の船出を祝い、お世話になった方との別れを惜しむために、一時に大きなお金が家族負担になる行事を、血縁やご近所・お仲間でカンパし合う互助として始まったはずですが、返礼は半額などなんかおかしな方向に向かっています。

僕が子供の頃は、返礼なんてあったのかな?
日本が豊かになり、冠婚葬祭があった家庭に余裕が出来てきたので、返礼が始まったように思う。
僕らが結婚した時は、引き出物以外の返礼なんてなく、なんと決算したら利益が出てしまった。
「これなら、何度か結婚式をしたら財産築けるぞ」なんて言ったら、家内に叱られてしまった。

両親の葬式の時は、返礼が面倒で、より多くのご近所さんに寄って欲しかったので、「香典辞退」を選択した。
葬儀に参列することもあるが、香典辞退の方が多くなっているように思う。

「ふるさと納税」は、上限の返礼率を紳士協定で結ぶようにしないと、趣旨からどんどん離れて行くような気がする。

2/15・献花

安倍首相が、アメリカ・アーリントン国立墓地を訪問・献花のニュースが、外務省ウェブサイトに載っていた。
ムービーはないかな?と探したら、ありました。
https://www.youtube.com/watch?v=SjkTNirxtuI

献花に向かう安倍首相のBGMとして、国歌「君が代」が流れてきた。
「うわ~凄い」と涙が溢れてきた。
歴代首相が献花した時も、「君が代」が演奏されていたんだろうな。

去年、オバマ大統領が広島を訪問し献花された時にも大感動したが、それに匹敵する。
「君が代」に続いて、アメリカ国歌が演奏された。
安倍首相をエスコートするように一緒に歩いていた米軍将軍が、一点を見つめたまま動かず敬礼をしている。
階段の左右に並んだ兵士が、微動だにせず敬礼している。
とても美しいと思った。

一連のセレモニーを見ながら、大学体育会クラブの対抗戦の光景を見るようだった。
毎年覇を競っているライバル校との対戦は、相手を倒そうと真剣に鍛錬をしてきた成果を出し合って、正々堂々と戦う。

毎年何度も対抗戦をしたが、エールの交換があり、キャプテン同士でペナントの交換をする。
母校フラッグを掲げ、まず相手校の健闘を讃え応援エールをしてから、母校エールをする。
兵士には負けるが、ユニフォームで正装し、一列に並び思いっきり大声で校歌を歌う。
コーチしている大学ヨット部も、僕が現役の頃と変わらず、同じ光景を見せてくれる。
それを見ているだけで、「いいなあ」と思います。
それを思い出した。

第二次世界大戦で、世界ナンバーワンの海軍力を誇った米軍と、第2位の日本軍が太平洋で戦った。
でも、ノーサイド成った今はお互いの戦士の命を弔う。
これが本来の姿だと思う。
本来なら、かつて覇を競った国同士、お互いの国立墓地に国のトップが献花し合うのが良いと思う。

日本は、「全ての人は亡くなると神になる」という日本人特有の神道思想により、亡くなると仏教の戒名に当たる霊名がつく。
名前の後に、「彦」や「刀自」が付き、最後に「神」や「命」が付く。

素盞嗚命(すさのおのみこと)や、「天照大神」は、キリスト教における「神」や「イエス・キリスト」と全く違う観念です。
同じ「神」が付くが全く違い、神道の神は「我々の先祖」程度のものだから、実に人間臭い。

スサノオは、地上に下る前にお姉ちゃん(天照大神)に挨拶しに行くが、お姉ちゃんは暴れん坊の弟が悪さをしに来たと思い、武装して警戒する。
スサノオは、お姉ちゃんと賭けをして勝ち、居候してうんちを投げつけたりして、お姉ちゃんは怒って天の岩戸に隠れてしまう。
太陽神が隠れ光を失ったので困った神様たちは、賽の河原に集まって相談し、女性神・アメノウズメがストリップで踊って、男神たちが囃し立てているのを覗こうとして顔を出した天照大神を引っ張り出す。

靖国神社は、日本国のために戦い亡くなった戦士のお墓ではなく、その霊を祀る神社です。
賽の河原のようなものと僕は認識している。

「戦闘員を神にまで祀り上げているのはどうも・・・」
「戦争犯罪者までも神にしている施設はどうも・・・」
と参拝に反対する方もいるが、八百万の神がいる日本・・・木や岩にも神が宿る日本では、一神教の唯一の神の「神」とは、ちょっと違うんだけどなあ・・・。
第一、神道は宗教ではないように思う。
経典も戒律もないし、信者の勧誘もない。
古来からの自然崇拝に過ぎない。
だから、命を育む水を生み出す山に、水源に手を合わせ感謝するのが神道です。

A級戦犯の合祀以降、天皇陛下の親拝がなくなり、僕の心もすっきりしない。
戦争に行った父親は、戦友に会うため何度も靖国神社に参ったが、我が子を戦争で失った親しいおばさんの「我が子を戦場に行かせたA級戦犯の合祀されているような靖国神社になど参らない。骨は帰っていないが、お墓を立てているのでそちらで息子の冥福を祈る」にも心を動かされ、僕は参っていない。

子供たちは参っている。
次男夫婦は、第一子の無事出産を願って参り、お礼参りもしている。
そのおばさんも亡くなったので、僕も参ろうと思っているが、天皇陛下の参拝が再開されず、モヤモヤしたものが残っている。

日本独特の死生観・宗教観が理解できない国・人もいるので、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」が造られ、アーリントン墓地のように規模拡大する構想もあるので、僕はその実現を願っている。
死生観・宗教観により、靖国神社参りに躊躇する元首・国代表は、そちらに参ればいいと思う。
国の交流は相互主義だから、できるだけ多くの国とそういう関係になれれば良いと思う。

元首相が他国のお墓に土下座している映像を見たが、あれではお互いの国を最恵国に扱っているとはいえない。
実に情けない映像でした。
今回の安倍首相の献花のように、お互いに礼を尽くさなければ、国としてお互いを認められない。

相互主義の観点から、トランプ大統領の靖国神社訪問が実現しないかとの気持ちを持つ方も多いと思う。
僕もアメリカ国家元首の参拝が実現すればが良いと思うが、今まで数回日本の外務省がそれを止めた。
靖国神社参拝を希望したブッシュ大統領が、小泉首相とともに参拝したら、現在のような靖国参拝問題は起こらなかっただろう。

共和党のトランプ大統領と安倍首相なら、靖国神社参拝を実現するかもしれないが、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」への献花で良いし、将来的に拡大整備し、より多くの国のトップに参拝を願うのも方策だと思う。

2/12・大阪湾クルージング

コーチしている大学ヨット部員とのクルージング日です。
キャプテンに連絡し、1回生部員優先で参加者を募ってもらいました。
当初9時出艇予定でしたが、女子マネージャーさんが寮の門限(8時以降でないと外出禁止)の関係で参加できない事がわかり、1時間遅らせました。

夜明け前に起き、いつものようにゴソゴソし、8時過ぎに家内を駅まで送りました。
その足でハーバーに向かいます。
R171を西に走り、8:40にJR西宮駅北口で学生を待ちます。
集合時間9:20前に全員集まり、ハーバーに向かいます。

ハーバーに着くと、バスでやってきた3回生・T君がいました。
3回生2名・1回生6名の参加です。
桟橋を渡り、船に乗り込みます。
邪魔なドジャーを外してバースを離れます。

天気で晴れ、風が弱いです。西出口からハーバーを出て、セイルアップします。
W・3m/sほどの風で赤白灯台を出ると、大阪沖のレース海面でクルーザーレースをしているようです。

20170212CruS003s.jpg 灯台を過ぎる頃から西風が強くなり、6m/sを越え白波が出てきます。
持参したカッパや手袋を、女の子2人に強制的に着せます。
女性は次世代を生む宝です、男は女性を大切にしなくちゃ。
結局4組のカッパ全て学生達が着ます。
僕は家からクルージング用のカッパを着てきたので、ヌクヌクです。
ハットの下にアクリルの帽子を耳にかけて被ってるので、寒さ知らずです。
ヘルムスマンを交代し、学生たちに大きなヨットの操船を体験してもらいます。
ヒールも入り、楽しいクローズホールドで神戸港を目指します。

冬の空気なので澄んでいます。
20170212CruS007s.jpg 大阪方面を見ると、あべのハルカスがクリアに見えます。
関西空港島の本土側・泉佐野のタワーも見えます。
神戸方面は、神戸空港大橋の向こうに、明石海峡大橋が見え、淡路島もくっきりです。
20170212CruS010s.jpg 20170212CruS012s.jpg 神戸空港へ着陸していく旅客機が低空で侵入して行ったり、コンテナ船に追い抜かれたり、学生たちの活動している琵琶湖では見れない景色です。

20170212CruS009s.jpg 神戸空港大橋手前で12時を回ってしまいました。
出艇時間が1時間遅れたので、このままでは神戸港到着が13時を回ります。
クローズホールドまで登り切って走っていなかったので、時間が押してしまいました。
この船はクルージング艇なので、登り角度が悪く、47度ぐらいなのも原因です。
学生のレース艇で45度、僕の乗ってるレース艇で、43度ぐらいでしょうか。

冬なので、トラブルがあっても日のあるうちに帰港できるよう15時台に帰るよう決めていました。
僕はチャレンジャーの一面がありますが、慎重派でもあります。
子供の頃から、面白そうな物を見つけても、触りに行きません。
「大丈夫かな?」と様子を眺め、誰かが触るのを見てから、触りに行きます。
孫りょうくん4才がまさにその性格で、最初に手を挙げて立候補する長男には物足りないようでしたが、「この子は僕だな」とすぐわかりました。

バイクで山道や沢道に平気で突っ込むのに、山中で暗くなるような時間には決して突っ込みません。
未舗装路にも突っ込まないようにしています。

エンジンを掛けて、まっすぐ大橋を狙っても良かったのですが、神戸港を諦め、帰路につきました。
20170212CruS013s.jpg 神戸沖埋立地のコンテナ桟橋~六甲アイランドを走りました。

風が落ちてしまい、エンジンとの併用で西宮港内に入り、自衛隊阪神基地で掃海艇を海から見学しました。
20170212CruS017s.jpg 2隻並んでいます。
往路見た時は、もっと大型艦も停泊していたのに、どこかに行っていました。
一般見学しているようで、掃海艇の上には民間人も乗っていました。
旧海軍から伝統の旭日旗がかっこいい。

北風が入ってきて、クローズホールドでハーバーバックします。
20170212CruS018s.jpg 六甲山方面に見えていた雪雲が、風を伴ってこちらに流れてきて、横なぐりの雪が襲ってきました。
風速は6~8m/s。
レーザーとOPが練習していました。

最後に再び良い風に恵まれ、学生たちもドライビングを楽しんだでしょう。
全員がヘルムスをしたので、最後にヘルムスを交代し、学生たちに指示し、ジェノアのファーリング、メインセイルのダウン、ドジャーのセット作業をしてもらいます。

関西で一番豪華な芦屋ヨットハーバーに入り、桟橋付き住宅を見ます。
目に焼き付けてもらい、稼いで建ててもらいましょう・・・招待されればいいな。

新西宮ヨットハーバーのバースに戻ります。
ドジャーが視界の邪魔になり、桟橋が定位置から視認できず、1回目は失敗しました。
北風なので、桟橋から風で離されるので、ちょっと難しいが着岸失敗なんて記憶になく、あまりに情けない。
バックで一旦出て再チャレンジ、今度はデッキの上に立ち、桟橋を直接見て着けました。

このドジャーというものは、風を防いでくれていいのですが、視界を遮るから嫌いです。
先輩と乗らない時は、いつも外します。
ヘルムスマン・ドライブポジション上の日よけサンブレラも、マストトップの風見が見えないから嫌いです。

船を片付け、ディンギーヤードに向かいます。
来月は、ここに遠征し、学生艇庫に駐めてもらい合同練習します。
母校のレースに参戦するそうです。
ここが初めての1回生は、設備の良さに羨ましがっています。

陸置きヤードに行くと、僕がレース参戦しているドラゴン級ヨットのチームが整備をしています。
20170212CruS019s.jpg うちのチームのOさんやHさんがおり、Oさんがオーニングを外してくれて、学生たちにドラゴン級ヨットに載せてくれます。
僕も整備に呼ばれていたのですが、クルージングが決まっていたので、失礼させてもらいました。

センターハウスに戻り、15:31ノースセイルショップで、1週間前に注文していたアンカー一式(アンカー7kg+チェーン760円×2+シャックル180円×2=7580円)を受け取りました。

カフェ・フリアンディーズでお茶をします。
クルージングヨットに乗った感想・・・恋愛事情・・・追い出しコンパ・・・新人勧誘・・・世代・・・いろんな話題に花が咲き、楽しい時間になりました。
ケーキセットが売り切れで、シフォンケーキセット874円×3+コーヒー463円×4+アップルティー597円+カフェオーレ566円、コーヒーはおかわり可。
お隣のテーブルは、おっさんばかり15名ほどで、皆さんケーキセットを食べています。
僕も食べたかったのに、これが原因で品切れのようです。

駐車料金9:32~17:05・800円-サービス券200円=600円。
みんなを車に乗せ、JR西宮に下ろして解散しました。

時刻は17:30、ホンダドリームに車検を頼んでいたCB400SBの引き取りに行かなければ。
R171を東に走り、自宅で車から代車バイク・リード110に乗り換え、18:30にドリーム着。

「招き猫CB400SB」は、特に問題なく車検終了。
2回目の車検なので、買ってから5年経ちました。
12月中旬以来乗ったCBはとても気持ちが良い。

帰宅し、夕食を食べながら「ダーウィンが来た」を見ました。
「大河ドラマ」はパスし、家内とアマゾン・オリジナルドラマ「福家堂本舗」シーズン1・エピソード10を見ます。

21時前になり眠たくなり、家内は布団に潜り込みます。
僕は風呂に入り、自室に戻り布団の中。
神戸港に行けなかったのが残念だけど、楽しい1日でした。

あの時は、給水車のお世話になった

小学生の頃は、自宅前を基地から出てきた自動小銃を肩に担いだ二列縦隊の小隊が、訓練をする近所の公園に向かっていた。
戦車でさえ、我が家の前の一般道を走って演習地に向かっていた。

そんな光景が基地内だけに封じ込まれ、少し身近な存在ではなくなった。
出勤する隊員の迷彩服や制服姿だけになったのが、残念です。

フェンスの外から見える国旗掲揚・降下の時、自衛官が一列に並び、国旗を丁寧に扱っている姿が清々しい。
以前は、ラッパも鳴らされていた。
その日での定年退職者がいると、アナウンスされ、隊員に送迎を促す。

休日に駐屯地の外で楽しむ隊員を見ると、海上保安庁を描いた「海猿」の若者そっくりです。
頭髪が整い、茶髪やルーズパンツなど皆無・・・ダサいと言う人もいるだろうが、僕には好ましい。

僕が小学生の頃は、「反自衛隊基地」闘争が激しかった。
メーデーになると、バスなどで大きな赤旗を持った人たちが大勢やってきて、正門や駐屯地を取り囲んでシュプレヒコールが姦しかった。
基地に隣接し、どのクラスにも必ず数人隊員の子供がいて、宿舎にも遊びに行く環境で育った僕としては、知らない人が特定の日だけやってきて批判するのが不思議だった。
何も悪い事していないのに・・・
メーデー赤旗団体さん達が帰った後には、いっぱいゴミが落ちており、私の親も含め地元住民が出て家の前の道を片付けて綺麗にしていた。
学生運動が激しかった頃は、ヘルメット被った人も大勢いて怖かった。
大声を張り上げたりしている自衛隊員なんて皆無なので、赤旗さんの方がよっぽど暴力的です。

沖縄一周ツーリングした時、北部訓練場を櫓を立て双眼鏡で覗いてる反対派さんを見つけ、バイクを止めた時、ギョロリと一斉に睨まれ、僕に向かって数人が近づいてきたので、慌ててエンジンを掛けて逃げた。
自衛隊基地を取り巻いていた赤旗さんと同じものを、沖縄米軍基地反対派さんに感じた。
それ以来、沖縄の米軍反対運動は、地元のまともな人がやってるんじゃないと確信した。

メーデーの大騒ぎが収束していき、静かな時間が流れ、イラクに日本最初の部隊がこの基地から出発していった。
地元の家には、隊員たちの無事の帰還を願う「黄色いハンカチ」が掲げられるようになった。

そして、大きく変わったきっかけになったのが、阪神淡路大震災でした。
震度6強の揺れに襲われ、TVはひっくり返り、棚の本は全て落ちた。
コップやお皿が割れ、室内なのに土足で歩き片付けを開始した。

僕はそれを家族に任せ、近隣の状況を把握するためにバイクを走らせた。
震災が1/17・5:45。
夜明けにはまだ早く、世間は真っ暗だったが、倒壊した阪急伊丹駅舎に驚いた。

電車が今にも落ちそうになっている。
ここで、1Fの派出所に詰めていた警察官が亡くなっていた。
この現場に、自衛隊の車両がすでに待機していた。

地元の伊丹市には、隊員が対の判断で出動し、住民を助けたらしいが、社会党の首相は他人事のようにのんびりし、兵庫県知事は緊急出動要請しなかった。
緊急出動要請がなされていれば、より多くの人を助けられただろう。
電気・ガス・水道のインフラが止まった。
水道が復旧するまで1~2週間、自衛隊の給水車のお世話になった。

その後、新聞で、同じ日本人が同胞を助けるためなのに、自衛隊の独自判断で動けない現状規制をしり、おかしいなと感じました。
お隣の家から火が出たら、誰だって一目散に助けに行くだろうし・・・。
自衛隊が、まるで殺人集団のように見られ、がんじがらめに行動を縛られているのに疑問を持った。

この反省から、自衛隊を取り巻く環境が大きく変わった。
国民の見る目が変わった。
東日本大震災では、基地に飛来し、飛び立っていくヘリコプターが日常になり、「災害派遣」と横断幕を下げた自衛隊車両が、列を成して出動していく。
熊本地震の時も同じで、高速道路でそれらの車両にすれ違うと、「行け!頑張れ!」と運転しながら拳を握った。

どんな仕事でも、誰かの役にたって、その対価としてのおひねりをいただき、それで生活する。
全ての仕事は美しい。
TVニュースで自衛隊の活躍が報道される度に、これが戦前だって戦中だって同じ日本軍の姿だと思った。

「軍人を中心にした軍国主義者の暴走によって敗戦し、多くの民間人を死に追いやった」との歴史観に違和感を感じる。
徴兵されボルネオ島で戦った父から、戦争の恨みを聞いたことが無い。
同時代を生き、ゼロ戦を作っていたという母からも、「無謀な戦争」だったという恨み節を聞いたことが無い。
職業軍人や当時の政府への不満を聞いたことがない。
村長・町長をやってた祖父からは、「武運がなかったが、よく戦ってくれた」と、戦場に出た若者をいたわる言葉が何度か聞いた。

日本には戦前から、イギリスに習った二院制の議会があり、現代と変わらぬ民主主義が機能していた。
母方の本家からも、明治時代に衆議院議員を出している。
独裁国家でも天皇の王政国家でもない。

米軍の圧倒的な物量の圧迫でも、状況を打開しようと戦った戦士がたくさんいる。
自らの命を捧げ、米戦闘艦に体当たりしていく若者がいた。
戦艦大和は、沖縄戦に突入していった。
「沖縄住民は、軍とともに勇敢に戦った。沖縄に対し、どうぞ格別の配慮を・・・」との言葉を打電し、玉砕していった将兵がいる。
現代の自衛隊隊員とて同じです。

当時の軍部に責任転嫁し、自衛隊を白い目で見るのではなく、日本国民全てが選択した結果だ飲み込み、戦前同様自衛隊に国防を預け、ともに日本国として歩み、次世代にバトンタッチして行きたい。

何故こんな昔のことを思い出したかというと、アマゾンプライムビデオで「有川浩原作・空飛ぶ広報室」の結婚式のシーンを見たからです。
「阪急電車」「植物図鑑」「レインツリーの国」「県庁おもてなし課」「図書館戦争」・・・いろいろ読んだし映画も見た。
適当に「恋愛物」、適当に「軍事オタク」、適当に「制服好き」、そして「本好き」・・・こんなところが好きな作家さんです。

自衛官の結婚式に出席したことがある

若い頃、自衛官結婚式の結婚式に出席したことがあります。
新婦の上司として、主賓席に座らされ、新婦側主賓挨拶を新郎側主賓挨拶の後にさせられた。
過去2人の同僚が、陸上自衛官と結婚し、幸せに暮らしている。
基地のある町に暮らし、その町で仕事をしているので、自衛官との出会いの多い地域です。

過去、共産党系国会議員や左派野党国会議員が、「自衛官を人殺しの練習をしている」「武器は人殺しの道具」と発言するのを何度か聞いたことがある。
確かにそういう面で見ることも出来ると思うが、警察官がピストルを携帯しているのと
変わらないように思っている。

我が家に泥棒が入った時、僕が酔っ払いに襲われた時、警官がパトカーに乗って駆けつけてくれたのを見て、ありがたく思ったし、助かったと思った。
世の中には、圧倒的多くの善良な市民がいて、無償で手を差し伸べてくれる一方、人のも
のを盗み、殺人してでも自分の欲求を満たそうとする悪人もいる。

国家とて同じで、国家の意思として、我が国を侵略するしようと行動する国がある。
そして私達の人権・生命・財産をくすねようとする。
それに対し、命を張って最前線で働こうとするのが自衛官です。

桜まつりなどで、基地内を訪問した時、隊員同士の命令口調の言葉に違和感を覚える時もあるが、近所に住む自衛官は普通に挨拶し、婦人自衛官の奥さんは、赤ちゃんを抱っこして何ら他のお母さんと違わない。
桜まつりと言えど、任務中の隊員同士の会話は、簡潔明瞭断定的です。
有事は、こういう会話でないと、迅速に行動出来ないのでしょう。
それに遭遇すると、身が引き締まります。

新婦側主賓として挨拶した時、新婦の勤務態度や元保母さんとしての細やかな心遣いを披露した。
30才ぐらいの頃だったと思うが、大学ヨット部で毎日ミーティングで喋っていたことから磨かれ始めたスピーチでも落ち着いて喋れる適当さが受けたのか、歓談タイムなどで現役自衛官の方から、とても褒められた。

横の席では、家内が涙を流していた。
家内は、僕のスピーチが好きで、いつも何を喋るのか期待してくれる。
家内の僕を見る目は、長男の小1・運動会の選手宣誓を見ていた目と同じで、同じ涙だった。
「ああ、大きく育ったなあ」・・・僕も家内にとっては、我が子と同類に見えるようです。

対して自衛官の上司や同僚さんのスピーチは、簡潔明瞭で、職業柄が垣間見えた。
そして余興は、体育会系的なノリの良さや、仲間意識の高さを感じるものだった。
「清々しい」と「明るさ」を強く感じた。
嫌いじゃない世界です。

このような方々を誹謗中傷するのに違和感を感じる。
もう少し、自衛官がリスペクトされてもいいんじゃないかな。
日本企業に対し爆弾闘争し、全学連として大学校舎を占拠し授業妨害した共産党系が怖い。
現在でもそうだが、「平和」「人権」を叫ぶ共産党系左派の行動は、その主張とは裏腹に暴力的になる事が多い。
そしてしつこい。

共産党の資金源・「民商」は、民商会員の税務申告に対する当局からの追求に、断固抵抗する。
税務署に人数をかけて押しかけ談判するので、署員は音を上げてしまう。
会員はそれで税額を落とせ、強い味方です。
税務署は、とても民商を嫌っている。

彼らがいなければ、共産系左派の暴力は過激さを増し、善良な一般市民の生活を染め、平和な生活を圧迫する。
左派の言動は、とても攻撃的で、言葉尻を捕らえ食いついたら離さない。
そして組織的・集団的に、穏健な大多数の保守系市民を個別撃破しようとする。
沖縄・アイヌなど、日本人として一緒に平和に暮らしているのに「差別」「過去の侵略」「異民族」としてクサビを入れ、日本を分裂させようとする。

僕は日常の安全を警察官に頼み、僕の国を守ることを自衛隊に委ねたい。
そして基地のある町に住んでいて思うのですが、一尉・二尉・一佐・二佐ではなく、大尉・中尉・大佐・中佐と、旧軍同様国際標準の階級で呼ばれ、自衛隊ではなく日本軍に名称も国際標準に戻し、民間人から負い目を持って隠れているような名称を改めて欲しい。

他の職業同様、他の国にも当たり前にある職業なのに、他の国では尊敬されているのに、もっと自らの仕事にプライドを持てるよう、日本国民の意識が変わって欲しいと思う。
同じ日本人なのに、「人殺しの道具」だとか、「人殺しの訓練をしている」と一部の国会議員にさえ言われているのが悔しい。
とても真面目な方たちなのに・・・

2/11・日本海側は大雪

昨夜、NHKニュースが、「鳥取駅前から中継です。昨日は積雪ゼロだったのに、今日は平年の4倍の積雪になりました」と伝えていた。

流して聞いていると、「平年の4倍とは、近年にない記録的な豪雪」と印象に残りやすいが、今回の積雪と平年の平均値と比べるのは、比較対照するには無理があります。
昨冬の鳥取市の最高積雪と比べるべきで、去年も鳥取の国道で何百台も立ち往生した記憶がある。
あの時の方がすごかった。

とかく天気予報は、「記録的な・・・」とか「異常気象」とか、被害を大げさに表現し、危険を煽る。
ちょっと雨が多く降りそうだと注意報を連発し、警報さえ連発するようになり、更に上の警戒基準を創設する羽目になっている。

これは、被害を受けた国民が、それへの備えを気象庁が注意しなかったせいにする責任転嫁体質に端を発すると思う。
御嶽山の突然の噴火で、多くの犠牲者が出たが、「国が警戒レベルを上げなかったからだ」と国に賠償を求める裁判が起こされたという。

国民生活を守る義務が国にあるとはいえ、そこまで国が責任を保つ必要があるのだろうか?
関係機関は、教訓とし予測精度を上げるべく研究すべきではあると思うが、自らの責任をあなた任せにし過ぎではないかと思う。

外国に行けば、日本の海岸のように、やたら遊泳禁止看板は立っていないし、野池がフェンスに囲まれていない。
小学生の時、足が生い茂る野池で、アメリカザリガニの尻尾を餌にナマズを釣っていたが、事故が起こりフェンスで入れなくなった。
近所を流れる小川に降りて、大雨の後上流の野池から流れ出てくる大きな鯉を捕まえるべく、友達と協力して奮闘した。
そこも事故があり、降りれなくなった。
夏休みの午後は、小学生の歓声が上がり、橋の上からは大人たちが、「あっちに逃げたぞ~」指図していた風景は、消えてしまった。
現在その橋を、通勤で毎朝家内と歩いているが、「つまらなくなったな」と遠い思い出と対比させている。
子供の頃から、危険を感じる「野生の勘」が磨かれる環境が少なすぎるのではないか。

夕食を食べながら、ただ流しているだけのお天気関係ニュースを、何故真剣に耳を傾けていたかというと、明日・日曜日に船に乗る予定だからです。
こんな真冬の最も寒い時期に、わざわざ船に乗らなくてもいいのに・・・
とは思うが、ゲストはコーチしてる学生ヨット部員の1回生だからです。
1年間、学生レース艇である2人乗り小型ヨットで練習してきたが、いろんなヨットがあることを体験し、ヨットの魅力を知ってほしいからです。
僕も学生の時、OBさんに学生競技に限らないヨットの世界を教えてもらった。
彼らも、僕みたいに卒業後もずっとヨットで楽しんで欲しい・・・

2/7・孫の人生初スキー

長男のお嫁さんから、「アメリカ便り」が届きました。
プリンストンから車で1.5時間の距離にあるペンシルバニア州のスキー場に行ったそうです。
長男がスキー好きなので、行くと思っていました。

ナビで「到着まで1分」と表示されても雪がなく、休業中かも思っていたそうですが、人工雪がしっかり降っており、営業していたそうです。
写真を見ると、日本の人工雪スキー場と違い、ゲレンデ以外にも雪がしっかり積もり、ゲレンデも土が顔を見せておらず、コンディションは上々のようです。

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りょうくん・3才は人生初スキーで、ヘルメットを被っていました。
ブーツと板を履き、長男の足の間で滑ったそうですが、1人で滑るのにも挑戦し、転けて鼻血が出たそうです。
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でも面白かったようで、ガンガン1人で滑っていたそうです。

IMG_2038s.jpg 長男とリフト上で写した写真もありましたが、初心者コースのベルトリフトにスキーを履いて1人で乗っている写真もあり、一人前です。
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レンタルでしょうが、ロシニョールの板を履いており、ヘルメットを被りストックを持った姿は、ジュニアレーサーのようにも見えます。

お正月にニューヨークにお泊りし、人生初スケートも経験しています。
有名なセントラルパークで滑ったのでしょう。
スケートは尻もちが痛く、泣いてしまい途中リタイヤになったようです。
スキーは転けてもスケートほど痛くなく、板が長いので前後バランスを崩しても、スケートほど一瞬で転けないので、受け身が間に合います。

1年後は、ほぼ完璧に英語が理解できていそうなので、スキースクール・デビューさせるそうです。
僕はスキー好きで、学生時代はスキーバスの会社を友人と立ち上げていたぐらいです。
家内との最初の旅行は、僕のスキーバスツアーに誘い志賀高原に行きました。
その年、白馬乗鞍スキー場にプライベートで行きました。
家内はそれが人生初スキーでした。

そんな夫婦なので、長男が3才ぐらいの時から正月スキーを恒例にしていました。
次男は長男がいる関係で、0才でスキー場デビューしています。
長男が多少滑れるようになった数年後、スキースクールに入れました。
僕と家内は、午前と午後で交代で次男のお守りをして、交代でスクールに入りました。

長男は我流の癖がついていない状態からの1日スクールなので、ぐんぐん上達し、お正月3日目にはパラレルで中級ゲレンデを滑り降りるレベルになりました。
午前2時間・午後2時間のスクール時間は、家族バラバラで、お昼休みに集合してご飯を食べ、午前スクール前と午後スクール終了後に家族揃って滑るスタイルで楽しみました。

スクールで知り合った友達とスキーしたくて、昼休み帰って来なかったり、ご飯だけ食べたらすっ飛んでいったり、楽しかったスキーリゾート生活を思い出します。

スクールは、技術レベルでのクラス分けなので、大人に混じってチビな息子たちが滑っているのが可笑しく、スキースクール終了後、スクール仲間のおじさんと息子が一緒にリフトに乗っていたりで、面白かったな。

子供たちの上達は早く、すぐに家内と同じクラスになり、追い抜いていきました。
小学生になり、兵庫県や福井県・岐阜県のスキー場に日帰りする時は、息子たちそれぞれに特小無線機を持たせ、それぞれフリーにスキーを楽しみました。
僕か次男が家内のお守り役になり、スキーフリーク気味になった長男は、ガンガン・ガツガツ滑りまくっていました。

りょうくんも、来年スクールに入ると急速に上達し、お嫁さんをすぐ追い抜いちゃうでしょう。
なんだか、僕らの家族スキーをなぞっているようで面白い。
長男は、早くからスキースクールに入れてもらったのが良かったと思っていますね。
僕の選択に「合格」をくれたようで、嬉しい。

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こうくん・1才は、モリモリ食べるようになったそうで、お嫁さんが小さく切ってあげていたバナナに手を伸ばして横取りし、むしゃむしゃ食べている写真が頼もしい。
眉毛が下がった癒やし顔なので、周りの人に好かれそうです。

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プリンストンの自宅近所、たぶんプリンストン大学校舎周辺に出来た氷像や氷椅子の写真がありました。
「Palmer Square」と氷椅子に彫ってあるので、調べてみました。
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「Palmer Square Prinston」が検索され、商店やレストランが紹介されています。
想像ですが、日本で三菱地所や三井不動産が開発しているショッピングモールのように、ディベロッパーが開発運営する商店街ではないかと思います。
いずれにせよ、そんな氷の椅子が露天に置かれているので、気温は低そうです。

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お嫁さんは初めてのアメリカの冬を、ここまで家族の健康を守ってくれています。
返信で、それへの感謝の言葉と、「冬もあと1ヶ月お願いします」の言葉を送りました。

2/5・バイク法定点検

K君も合格直後で嬉しいので長話になってしまいました。
駐車場は、9:56~12:16・2時間20分・500円。
こちらも楽しい時間でした。

R171で帰宅します。
雨もほぼ止み、バイクを点検に出すのに好都合です。
昼食を食べながら、あれやこれやお話します。
家内は、ずっと家にいたそうで、「送っていって」とのこと。

13:30になっているので、ホンダドリームさんとの約束時間・14:00まで余裕が無いので、点検に出す通勤リード110にタンデムし、市中心部まで送りました。
その足で、ホンダドリームに向かいます。
通勤リードを置いて、代車リードを借りて自宅に戻ります。

通勤リード110でホンダ・点検作業開始~代車で帰宅~里山VTR250に乗り換えホンダ・点検作業開始~点検終了通勤リード110で帰宅~招き猫CB400SBに乗り換えホンダ・車検作業のため預ける~点検済里山VTR250で帰宅、という完璧なプランです。

ところがここで問題発生です。
里山VTR250のバッテリーが上がって、セルが回りません。
キーONすると点灯するのですが、セルを回すほどの電力が残っていないようです。

VTRは、バイク便仕様になっており、タンデムシート上に丈夫なプロ仕様にバイク便キャリア&バイク便ボックスをセットしています。
バッテリーへのアプローチが面倒です。
あ~・・・

バッテリーチャージャーを持ってるのですが面倒なので、ホンダドリームに電話してみます。
すると、ドリームオーナーズカードで無料レッカーしてくれるそうで待ちます。
「リードを積んできて、VTRとCB+僕をレッカーでお店に運び、VTR作業終了後乗って帰る」という流れに変更になりました。

「車検証と納税証明書をご用意ください」と言われ慌てました。
用意していないし・・・。
去年の8月から、ホンダさんからのDMがと届かなくなっており、車検案内ハガキが届かず、必要書類のことを失念していました。
車の方は、トヨタから定期点検の案内などバッチリ届くので、車検の案内の時は、はがきに書いてある通りの書類を用意しています。

あなた任せをやってきたので、はがきが届かないと困っちゃうのです。
今回もドリームさんから電話で車検案内や点検案内をもらい、じゃあこの日でと決めたので、いい加減なものです。
車検切れの日もわからなかったので、PCにコピーして残している前回車検証を確認しました。
去年夏の時、その旨を伝えたのですが、僕へのDM発送はどうなっちゃったのだろう。

レッカーに乗りドリームさんへ。
作業待ち時間に、店長さんがDMのことを調べてくれますが、PC上では不備がないそうです。
「司馬遼太郎・街道をゆくシリーズ」を読みながら待っていると、家族連れ(大人3人・幼児1人)の方が来られました。
お客様テーブルが2つあるのですが、1つに僕、もう1つに女性の方が座っています。
席がないので、私が相席に移動すると言い、テーブルを空けました。

お父さんがお正月DMを持っておられ、そこにお年玉番号が載っているようで、店長さんが「残念ながら当たっていませんね~」なんて会話をしています。
その後、僕のところにお父さんからそれを借りて持ってきて、「このDMに見覚えはありませんか?」と・・・見覚えがないので、やはり届いていないなあ・・・どうなっちゃったんだろう。
まあ、届かないと絶対困るようなものじゃないので、いいのだけれど・・・

お父さんとお孫さん(1才・女の子)を残し、奥さんとお嬢さん(女の子のお母さん)が、「つかしん」に行ってしまいました。
「可愛いですね」に始まり、あ~だこ~だお喋りしました。
「2才前になると、こんなに髪が伸びるんですね。実がうちにも女の子が生まれ・・・」などど。

点検が終了し、車両状態の説明をメンテナンスの方がしてくれました。
「通勤リード110」は、特に問題なしで、メンテナンスパックで先払いしているので、オイル交換費用のみで466円。
「里山VTR250」は、大幅上昇したメンテナンスパック料金(6ヶ月点検2回+12ヶ月点検+24ヶ月点検:2万円台から、4万円台になった。オイル交換費用を含むようになったからそれほどの値上げじゃないのですか・・・)を敬遠したので、12ヶ月点検+オイル
交換で12000円ほど。

VTRのバッテリーに、持ち込んだバッテリー充電ケーブルをセットし、ソケットを外に出してもらいました。
これで、CB400SB同様に簡単に増し充電出来ます。
もう、バッテリー上がりは起こさないでしょう。

バッテリーは、2時間充電で復活しましたが、最初のセルボタンプッシュでセルが回らなかったそうです。
2度目以降はセルが回ったのですが、ボタンの接触不良を起こしていた可能性もあり、復活スプレーでメンテナンスしてくれたそうです。
2003年製で2008年に購入し、それから8年半なので、既に13年選手。
いろいろ不具合が出ますね。

帰ろうと思ったら、雨がポツポツ落ちてきました。
12月初旬以来のVTRです。
軽くて気楽に乗れる良いバイクです。
代車のリードはスクリーンなしで胸に直接風が当たり冷たかったのですが、後付でフロントスクリーンを付けたVTRは快適です。
雨のポツポツも多少防いでくれ、フロントスクリーンの有無は、大きな差です。

帰宅し、車検証を持って、再度ホンダさんへ。
とんぼ返りして、やっと全予定を終えました。

19時になっちゃいました。
先週に続き、アマゾンビデオ「福家堂本舗」を一緒に見ます。
PCとHDMIケーブルでTVに繋ぎ、TVで見ます。

僕は夕食を、家内はキットカットを持ってきて、あ~だこ~だ言いながら楽しみました。
シーズン1・エピソード7~9。
面白い。
京都の落ち着いた景色をバックに、時々「あそこだ」と2人で歩いた場所が現れます。
台詞がゆっくりで気持ち良く、楽しそうに見入っている家内の横顔を見るのは喜びです。

20時半を過ぎたので、NHK大河ドラマは見ずに風呂に入り、寝てしまいました。
今月末になれば、朝のウグイスのさえずりが始まりるはずです。
夜明けが早くなり、早朝ショートツーリングを再開できます。
楽しみだな・・・

2/5・次男の後輩誕生

家内もお休みで、午前中は雨予報なので、先週日曜日に続き、アマゾン制作ドラマ「福家堂本舗」を一緒に楽しみたかったのですが、僕に用事がいろいろありました。
散髪・来週のクルージングに向け船の点検・バイク3台の点検と車検です。
いつものように夜明け前に起き、ゴソゴソ。

散髪屋さんの開店・8時に合わせ、7:30にお風呂に入ります。
時間のある時、朝風呂に入ると1日が気持ち良く始まります。
温泉好きというわけではありませんが、お風呂好きです。
1日家にいてたら、3回入るのが定番です。

朝から雨で、傘を差して8時に御用達・散髪屋さんに向かいます。
歩いて数分ですが、少し前に着いたので開店を待ちます。
斜め前に最近開店した韓国料理屋さんを眺め、その向こうの元僕の同級生の家の跡に建ったマンションを見上げ、彼女はてっぺん階に住んでいるのかな?なんて考えます。

店主さんがやってきたので、いつものように頭を整えてもらいます。
韓国料理屋さんや、僕の同級生のことを話します。
彼女も僕と同じ中学受験組で、学年から10人私立中学に進学しました。
母校小学校の卒業10期生で、それまでの最高人数の中学受験組で、10人合格しました。

模擬テストなどで、よく一緒になりました。
彼女は女の子でお金持ちのお家だったから、お母さんと一緒にテスト会場に行っていたのかもしれないけど、僕はいつもバスと電車でした。

息子たちは、受験専門塾に通いましたが、僕の頃はそういうのがなく家庭教師の先生に教えてもらいました。
先生は、現役公立小学校教師で、アルバイトで家庭教師をしておられました。
きっと今は、兼業禁止になっていると思います。
大学ヨット部のコンビを組んだ先輩もその先生で、同じ小学校でもあったので、小学校から大学まで学歴が一緒という縁の深い方です。

彼女とは、時々通学のバスで一緒になり、大学生の時はバスを待っている僕の前を、自動車学校の教習車で通ったことがあります。
恥ずかしそうにうつむいたのを覚えています。
僕だって、別の自動車学校に通っている時でした。

彼女はお嬢様女子中高大学に通い、大学卒業後、お金持ちの僕のクラスメイトと結婚しました。
その後離婚したということを噂で聞き、バス停で偶然一緒になったことがありました。
以前なら、「やあやあ」と気楽に近況などを話せたのですが、会釈するだけで声を掛けませんでした。
待っているお客さんが数人なので、気まずい数分でした。

散髪屋さんに、韓国料理店の繁盛を聞き、きっと彼女がやっているのだと思って喜んだのですが、どうやら何の関係もないそうです。
彼女のお父さんの大きな家があった所なのに・・・大きなマンションも彼女には関係ないそうで、家賃収入で悠々自適だと思って喜んでいたのに、複雑な気持ちになりました。

9時過ぎに帰宅し、車に乗ってヨットハーバーに向かいます。
家内も誘ったのですが、用事で市内中心部に出かけるそうで、別行動になりました。
R171を走り、10時にハーバー着。
カッパを着ていると、ワゴン車がやってきて、同じくカッパを着込んだ方々が車から降りてきます。
如何にも「クルージングに出ますよ」という感じです。
雨なのに「意欲満々だな」と思いました。

傘を差して、センターハウスを通り、カードキーでゲートを開け、桟橋を渡ります。
船を点検し、エンジンを掛けます。
一発点火しましたが、寒いのでエンジン・ストップしてしまいます。
スロットルを開け気味にすると、エンジンが回り始めました。
冷却水の排水も順調で問題なしです。

桟橋を戻り、「駐車場30分以内無料だな」と思いながらセンターハウスに入りましうた。
「ああ、そうそう」と、ヨットショップ一点鐘に寄り道し、アンカーの在庫を聞きます。
予想通り取り寄せのようで、お値段をカタログで拝見。
必要な7kgだと、5000円ほどで予想よりずいぶん安い。

コーチしてる大学ヨット部のレスキュー艇のアンカーを失いました。
根掛かりしてはずれず、止む終えずロープを切ったそうです。
次に僕が練習に参加した時、二回りほど重いアンカーを使用しており、練習効率が悪くなっていました。
何度か適当なアンカーを手配するように言いましたが、資金難で後回しになったままです。

車に戻ろうとセンターハウスを出ましたが、後戻りしノースショップの方でも聞いてみました。
ここの店長は、母校ヨット部のライバル校ヨット部出身・K君で親しくさせてもらっています。
「あのさあ・・・」と相談します。
彼の母校のレスキュー艇より小ぶりであることと、琵琶湖南湖で使うことを伝えます。

通常なら7kgか10kgだけど、琵琶湖南湖なら7kg+チェーンで十分でしょうと、シャックルも含め、取り寄せしてもらうことにしました。
1週間後の日曜日に納期が間に合うそうなので、注文しちゃいました。
あ~、また持ち出しだ。

以前僕が寄付したボートフックも、紛失してるんだよね~。
伸縮式だったから、2分解しちゃい浮力を失って、水面に落とした時、沈んでいったそうです。

彼の息子が、次男母校中学に合格したそうです。
兵庫県のヨット乗りからは、うちの子が初めてその学校のヨット部員になったけど、今は常連になっています。
昨年の高校420級チャンピオンも、次男がお世話になったジュニアヨットクラブの後輩です。
彼のお父さんや顧問先生、次男を追いかけるように入学したK君の先輩にも勧められ、6年生の8月から受験勉強し、合格したそうです。

元々賢く、学校のテストは100点ばかり取ってくる子だったそうです。
彼は無謀なチャレンジと思ったそうですが、中学受験専門塾・日能研に通いぐんぐん成績を上げ合格を勝ち得たそうです。
次男のようにトップコースへの合格ではなかったそうですが、あの学校は学業成績によって、コースの入れ替えがあるので、入学後も頑張れば大学受験の時は選択肢が広がるでしょう。

2/6・ゴミ分別収集

朝のNHKニュースで、和歌山市がプラスチックごみの分別収集を廃止し、一般ごみと一緒に捨てても良いことになった結果を流していた。
一般ごみだけだと温度が上がらず、重油を足して温度を上げていたと担当者が喋っていた。
重油代が減り、発電効率が上がり、売電収入が増えたそうです。
プラスチックごみの再利用は、綺麗に洗わないとダメだとかで、50%は使えなかったらしい。
分別収集により、収集費用がかさみ、トータルとして環境省が進める分別収集をすればするほど自治体支出が増えることになり、実験的に以前に戻したそうです。
それから1年、結果は上々のようです。
既に尼崎市などが止めたそうで、大津市も分別収集中止を検討しているそうです。

このニュースを見ながら、「キタ~」って思いました。

かなり前に、ダイオキシン発生が問題になり、庭での焚き火が禁止された。
親父が庭で枯れ葉などを焼き、芋を突っ込んで焼き芋を息子たちに食べさせていた。
かつてはどこでもあったこの光景がなくなり、強い違和感を感じた。
ベトナム戦争で米軍が投下した枯葉剤の影響で生まれたという奇形児・ベトちゃんドクちゃんで、枯葉剤の成分ダイオキシンが問題になった。
猛毒だから規制しようという風潮になり、その流れでごみ焼却炉の温度を上げる改良に取り組まれ、一般家庭の焚き火が禁止された。

でも、焚き火なんて人間が火というものを手に入れた太古から続いている習慣で、これによる奇形なんて聞いたことが無い。
田舎では今でもあぜ道で焚き火が繰り返されている。
あぜ道に雑草が生えすぎると、昆虫が増え稲に害虫が悪さし、生育に悪影響を及ぼすからだ。

自宅からのゴミ分別が進んでいるのに、会社のゴミは専用業者に金銭を払っているからか、「あ~分別の必要はありませんよ」と言われる。
せっかく分類していても、同じ収集車の同じところに突っ込んでいる。
その業者は、会社ゴミを収集した後に、隣のマンションのゴミも同じところに突っ込んでいる。

何か嘘があるなと、数年前にその手の本を数冊読んで、学会では定説になっていないことを知った。
むしろ逆の部分もあると知った。
インドネシアからインドにかけて、ベトちゃんドクちゃんのようなシャム双生児が、以前から一定割合で産まれていることを知った。
枯葉剤が使われたベトナムが突出して高いわけではないことも知った。
学者によると、極端に地域的に、新生児に対するシャム双生児誕生割合が増えていないのだから、枯葉剤の影響と断定できないと書いてあった。

焚き火のダイオキシンが猛毒なら、炉端焼きの店主が最も影響を受けるはず・・・と書いてあった本もあった。
僕が疑問に思ったのと同様、焚き火からある日突然猛毒が発生するようになったことはないと書いてもあった。

かつてのビール瓶や酒瓶を酒屋が回収し、再び詰め替えて出荷するリユースなら経済に優しいが、プラスチックを溶かして一旦元に戻してからの最製品化は、石油から加工していく場合の7倍のエネルギーを消費すると、学者の試算がされていた。
だから最終製品は、リサイクル品の方が高く、誰も買わないらしい。

新聞などの古紙回収から、古紙トイレットペーパーにリサイクルするのは優等生で、どこのスーパーでも最終製品は新品パルプ製より安い。
最終製品として経済効率が悪いので、補助金がないと業者は利益が上がらず、意欲的な業者の参入が少なく、技術革新もあまり起こらず、結果として分別収集しても同じ焼却炉で燃やしているだけの、「なんじゃこりゃ」状態になっていると暴露されていた。
僕が見た会社何でもOKゴミとマンション分別一般ごみが、同じところに突っ込まれるのは、こういうことだったんだとわかった。
ゴミの流れを業として知っている収集業者さんは、全てお見通しだったんだ。

結論として、ゴミ分別回収は非効率で、環境が言われる以前の金属・大型ゴミ・一般ごみ程度の分別が良いと書かれている本ばかりだった。

TVニュースでは、環境関係の役人さんが「短期的には経済効率が良くても、環境への負荷が高いので、長期的に見て欲しい」と語っていた。
リサイクルするために7倍のエネルギー(石油)を消費するのが、どう長期的に環境に良いのか教えて欲しい。

いつもニュースを見て思うのですが、データや数字が出てこないニュースは、多分に政治的な意味合いが濃いように思う。
ある施策をすることで、95良いことがあっても、5の悪いことがあると、5の方を大きく取り上げ、悪い施策だと言う。

かつて、「高速道路無料化」「どこまで走っても1000円」という施策があったが、あの実験の検証結果はどうなったんだ?
一部の担当者や政治家しかわからない「TPP交渉」に胡散臭い臭がして反対だった。
僕同様反対だった議員も大勢いたが、いざアメリカが批准しないとなったら、批准しろ・約束違反だと新聞も議員も言う。
僕は「良かった」と思ったが、いつの間に反対していた方々は賛成になったんだ?

わが町は、ゴミ分別は、一般ごみ・プラスチックごみ・ガラスゴミ・粗大ごみでマシだが、分別が進んだ町はかなり手間です。
わが町は、ゴミ袋は何でもいいが、いきなり捨てるだけなのに、専用ゴミ袋を買わないとダメな町もある。
どうせ捨てるスーパーの袋で捨てたらいいし、安いゴミ袋を使えばいいと思う。
専用ゴミ袋なんて、どこかの利権になり、不当に儲けてる匂いがプンプンする。
庶民の家庭の可処分所得から、合法的に所得を抜いているように思う。
なんか変だぞ、ゴミ分別収集。
和歌山の英断が全国に広がるといいと思う。

1/31・ハイハイ

IMG_1956s.jpg 長男のお嫁さんからもメールが入りました。
2人のお嫁さんのメール会話が楽しく、お嫁さん同士が仲良しなので息子達の人生も楽しいものになること請け合いです。

こうくん・9ヶ月のハイハイの写真とムービーが、グーグルドライブ経由で送られてきました。
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膝を付けてのノーマルハイハイで前進しますが、膝を立てお尻を山の天辺のようにする時もあります。
立ち上がる練習をしているのかな?
まだハイハイが遅いので、高速ハイハイが出来るまで、立つのはまだ先でいいんじゃないのかな。
お嫁さんは、「鹿のポーズ」と名付けています。

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コストコの買い物かごカートのベビースペースにちょこんと乗っています。
抱っこひもを使ってこうくんと移動しているようですが、アメリカでの抱っこひも使用は3ヶ月ぐらいまでで、その後は重いからベビーカーを使うのが普通だそうです。

日本と違い、赤ちゃんがいると「かわいい」と声を掛けられるので、何処に行ってもこうくんのお陰で声を掛けられ、英会話の勉強になるそうです。
長男が会社、お兄ちゃんがプリスクールに行っている間、2人で楽しくやっているようです。

1/31・3月は伊勢参り

次男に、「3月の連休に伊勢参りしよう」と誘われていました。
次男は、神前ガーデン結婚式をし、靖国神社に昇殿参拝する神社好きです。
出雲大社にも参拝したいが、まず伊勢神宮だそうです。
我が子を授かり、天照大神にお礼参りすると言っています。

お嫁さんが旅行社で、新幹線付きで宿を鳥羽に取ったと報告がありました。
鳥羽ビューホテルという海に面したホテルで、部屋に露天風呂が付いてる部屋です。
僕らに、「すみれちゃんをお風呂に入れてください」と、お嫁さんのメールにあります。

ホテルのウェブサイトにアクセスし、部屋の間取りを見ました。
客間の海側に障子間仕切りを経て脱衣スペースと椅子スペースがあり、ガラス戸を隔ててベランダがついており、そこに露天風呂があります。

家内はそれを見て、すみれちゃんと3人で一緒にお風呂に入ろうと言い出しました。
新婚当時でも、僕が懇願してやっと、電気を消す条件で混浴させてくれたのに、大胆な発言です。
ふざけてお風呂を開けようものなら、湯を浴びせてくるほど旦那にさえ、ヌードを披露しようとしなかったのに・・・。

5人で1室なので、ちょっとまずいのでは・・・と思いました。
だって客間にはお嫁さんがいるもの。
そこで水着持参しようと考えました。
水着を着ていたら、お嫁さんだって、気楽に湯船の横に来て、湯船に浸かってるうすみれちゃんをあやせます。

隣の僕の実家に両親が健在だった時、息子たちはお爺ちゃんやお婆ちゃんとお風呂に入っていました。
母が風呂内の父と息子たちをやり取りする時も多かったけど、家内がサポートしてた時もありました。

家のお風呂ならクローズドだから気を使わないだろうけど、かなりオープンです。
家内のヌードなら女同士だからマシでしょうが、旦那の父親の僕のヌードなんて見たくもないでしょう。
風呂好きなので、大浴場で身体を洗い、部屋のお風呂では水着を着て、すみれちゃんと遊ぶことに徹しましょう。
美人のお嫁さんだから、気を使うわ。

長男のお嫁さんに、日本に帰省するタイミングで、僕ら夫婦を含めみんなで旅行しようと提案していました。
そんな日がくれば、楽しそうだな。

孫達がもう少し大きくなり、スキー場で2・3泊出来たらいいな。
国際スキー連盟SIA・ゴールドメダルを持っているので、もう10年以上スキーをしていませんが、ちびっ子にはかっこいいとこを見せられそう。

家内は当然相手にならず、新潟出身の長男お嫁さんは侮れないと思っていたが、長男によると「もう少し滑れると思ってた」というレベルなので勝てそうです。
次男はスノーボードに乗るようになったので問題なしで、同じ資格を持ってる長男以外にはいいとこを見せられそうです。
スキー場で上手いと、かっこいいからね。
長男には、若さで負けでしょう。
奴は毎年行ってるし・・・。

1/31・ハーフバースデー

次男のお嫁さんから、家族リストにメールが届きました。

IMG_2775s.jpg すみれちゃん・6ヶ月のハーフバースデーをしたそうです。
長男の子・りょうくん・4才の誕生日が1/17にあったから、刺激されたのかもしれません。
IMG_2835s.jpg ドレスを着て笑顔の写真が素敵です。

この子の誕生に合わせて、次男は一眼レフを買い替え、お嫁さんはベビーマッサージ教室でベビーフォトも習って来たので、機材・腕ともに向上し、スタジオアリス的なスナップ写真になっています。

お嫁さんの妹さんは、昨夏籍を入れ、旦那さんと住みだしました。
結婚式が3月なので、両家の顔合わせお食事会をしたそうです。
お正月に帰省した時、淡路島でそのお土産を買っていました。
すみれちゃんが生まれ、ご実家にお邪魔した時、妹さん夫婦もやってきて、旦那さんと話しました。

高校の同級生夫婦です。
大学・剣道部ですが、ラグビー部のような立派な体格です。
清水建設にお勤めなので、いずれ現場監督になるのだろうから、この体格は有利です。
お喋りはソフトで、とても感じの良い青年でした。
次男は建築設計者なので同じ業界です。
2人共体育会系ということもあり、とても気が合うようです。

予想通り、ご両親も弟さんも感じが良い一家で、長く付き合う良い親戚が出来たと喜んでいました。
妹さんの旦那さんは長男で、新婚家庭は別居ですがいずれ同居されるようです。
次男もお嫁さん実家を建て替え3世代同居になる予定で、東京と埼玉と家もそれほど遠くなく、姉妹で落ち着いた人生を送れそうです。

弟さんがスバルにお勤めのようで、スバルの車への買い替えも考えているようです。
お嫁さんの車はスバルですが、信号待ちしてる時にエンジンが止まっちゃう症状が出て、不安だと言っていました。
3月に車検なので、買い替えちゃおうかとお正月に話していました。

次男の車もあるので、ピンチにはならないのですが、すみれちゃん出産で産休に入るまで、2人共それぞれの車で、同じ会社に通っていました。
次男の方が帰宅が遅くなるので、1台に乗り合わせると都合の悪い時があるそうです。

この際、3世代同居を考え、ワゴン車に買い替えようかと相談していました。
我が家のキャラバンワゴンは、燃費がリッター10km行かないのでダメだそうです。
長男お嫁さん実家のエスティマや、セレナを考えていました。

我が家は、次男誕生記念に、ブルーバードバンからハイエースワゴンに買い換えました。
8人乗りになり、我が家4人・親父お袋・弟の全員が乗れ、とても便利でした。
スキーやキャンプにも、圧倒的な積載量で楽々な使い勝手の良さで重宝しました。
次男がジュニアヨットを始めても、レース艇を室内に入れることが出来、レース遠征車として大活躍しました。
ハイエース・ホーミー・キャラバンと4台乗り換えましたが、もう乗用車に戻ろうとは思いません。

スバルなら、フォレスターかアウトバックが候補だそうですが、7人や8人乗りが出ているのかな?
親は1世代違うから、親も乗せて遊びに行くことを考えておいた方が良いと思うけど。

この顔合わせと、3月の結婚式出席に向けて、すみれちゃんは初ドレスを買いました。
りょうくん・当時2才も、次男の結婚式の時、蝶ネクタイで一人前でしたが、可愛らしさや映え方は、やはり女の子のすみれちゃんの敵ではないです。
女の子のフェロモン・パワーは、生まれながらのようです。

お正月の帰省時は、声を出して笑うのが珍しく、次男夫婦が「どうしたん?すご~い」と大喜びしていました。
あれからまだ1ヶ月なのに更に成長し、大きな声で笑ったり、意味不明ですがお喋りをし始めたようです。
可愛くて仕方無さそうで、こちらも嬉しくなります。

お嫁さんのお父さんに買ってもらった雛人形は、もう飾ったのだろうか?
羽子板と雛飾りは、次男たちの家でしょうが、スペースを食う段飾りは実家でしょう。
ひな祭りの日に片付けるのだろうから、毎週実家に帰って、すみれちゃんに見せてあげなきゃね。

何故、お嫁さんが子供の時飾った雛人形を飾らないのか家内に聞きました。
「二十歳になる前に、処分するんだよ。そうしないとお嫁に行き遅れるんだよ」と教えてもらいました。
息子たちの時、僕が誕生した時お爺ちゃんに買ってもらった武者人形を飾りました。
毎年、5月が近づくと押し入れから出してきて、居間に飾りました。
鎧を着せた武者をを、人形が入ってたボックスに座らせ、僕か弟が振り回してツギが当たった弓と太刀を両脇に立て、後ろに屏風をセットします。
流石に孫が生まれた時に新調しましたが、親子2世代飾れました。

1/29・福家堂本舗 2/2

佐々木希さんの着物姿を見るだけでも値打ちがある「福家堂本舗」を2時間楽しみ、自転車作業に移ります。
息子たちを後ろに乗せ、花火などに走った想い出のチャイルドシートを外し、荷物用コンテナをボルト・ナット・バーで、リアシートに固定します。
ドリルで穴を開け、コンテナ内側に金属バーを通してボルト・ナットします。
自転車リアシートを挟んで、下からも金属バーにボルト・ナットを通し固定します。

金属バーを2本しか買っていないことに気づき、通勤リード110でホームセンターに走り、15:26「取付金具478円×2=956円」購入。
ついでに、コーナン2Fにある電気屋さんに上がります。
店員さんに、「PCとTVをコード繋ぎ、PC画面をTV画面で見たいのですが・・・」と相談し、15:32「ジョーシン川西店」で、HDMIケーブル2m2786円を購入。

帰宅して作業を始めようとしたら、雨が落ちてきました。
仕方なく、玄関屋根の下に荷台を入れ、ゴソゴソ作業し完成。
「すみれ」の鉢植えは、まだ何処に植えるか決められず、後日回しにしました。

孫娘・すみれちゃん・6ヶ月のためにも、「すみれ」を庭に咲かせなきゃ。
「すみれ」は多種類あり、花の大きなパンジーや小ぶりなビオラの鉢植えホームセンターに並んでいました。
植木屋さんには、10以上の品種が並び、ツートンの花を付けた2種類を購入しました。

植木屋さんによると、すみれは1年草なので、花期が終わり、種を採取して、秋にその種を蒔くのが良いそうです。
僕にはその手入れが難しそうなので、自然に地面に落ち、翌年また咲いてくれたらいいなと願っています。

家内お気に入りの「モヤモヤさまーず」を見ていると、アマゾンプライムの宣伝が流れ、「1ヶ月間無料って言ってるよ。見れなくなったらダメだから早く見なくちゃ」と言うので、あと1時間・エピソード6まで見ました。
ずっと見れるような気がするんだけどな・・・1年間会費払っても3000円ぐらいだったし・・・。

ドラマの中で、三女の「ハナ」さん・中学生に、「かわいいね」と言ってくるクラスメイトの男の子が登場します。
僕も、そのたぐいのことを通学の電車の中で1度だけ言ったことがありましたが、好かれていなかったようで発展しませんでした。
乗る車両を変えられちゃって、終了です。
悲しかったけど、お喋りも上手じゃないし、仕方ありません。

家内の経験を聞くと、今まで決して話さなかったのに、少し話してくれました。
中学生なのに、大人から声を掛けられたこともあったそうな。
家内の通っていた賢明女子の隣の淳心に通う男の子から声を掛けられ、彼の家にお邪魔したこともあったそうです。
太宰治の話などをする青年で、話が合わないと思い終わりにしたそうです。

美少女なので、山のように声を掛けられたと思いますが、「そんなことないよ」と微笑みながらちょっとだけはにかみながら吐露してくれる口元を見ながら、「いい子だな」と思いました。

結婚前後に、僕の女性遍歴を迫られ、少し吐露したことがありますが、みるみる不機嫌になり、思いっきり後悔したことがあります。
それ以来、僕のことは話さないようにしてきましたが、「また電車で声を掛けられた」などの家内のモテ話を聞くのは好きです。
嫉妬心は全く起こらず、「そんな人が、僕を選んでくれた」とむしろ光栄に感じてしまいます。
元カレからのデートの誘いに、「行っといで、あなたが好きになった人が悪いことをするわけないじゃん」と言うくらいです。
2人で歩いていて、前からやって来る男性の視線が家内を捉えると、「よっしゃ」と心の中でガッツポーズする僕は変なのかな?

佐々木希さんが演ずる着物美人の長女・雛さんは、何事にも卒がなく、長い伝統を持つ老舗和菓子屋さんの次の当主と周囲から目されて育った。
そんな彼女が、銀行の担当者から、「外はいい天気ですよ、外に出ませんか?私と結婚してください。私の家にお嫁に来ませんか?」と誘われ、一度もデートしたことないのに、
OKした。

それを聞いて、ずっと彼女に片思いだった歌舞伎役者さんが「家を出るのなら、僕と結婚してください」と言い出す。
彼女も彼のことが好きでったが、代々の歌舞伎役者さんの家柄なので諦めていた。
相思相愛だったのです。
言葉にしなければ、相手に気持ちは伝わりません。

周囲は大混乱しますが、家内の姿を重ねてしまった。
家内も、ずっと跡取りとして育てられたお姉さんが、大学で知り合った男性に嫁いでしまったので、突然跡取り娘になった。
そんな家内を、僕がさらってしまった。

僕は、1回生の時、大学の学生会館に毎日昼食を食べに来る家内を、綺麗な人だなあとマル優を付けていた。
学校とは関係ないある資格試験講習会で、家内を見つけ、昼食に誘った。
たった2週間の講習会だったが、昼ご飯だけの会話数回で家内を気に入ってしまった。

その時、跡取り娘だと聞いていながら、「そんなの関係ねえ。諦めたら後悔する。当たって砕けろだ」と思った。
2週間後には、家内の家まで送っていき、1ヶ月後には家内の親戚をめぐるドライブデートをして、2ヶ月後にはプロポーズした。
返事は、即答で「いいよ」だった。

その年の冬、僕がやってるスキーツアーを誘った時、「学校行事以外で外泊したのは、女子校の友達の家に1泊した1回だけで、決して父は許してくれない」との返事だった。
何度も断られたという。
そこで、僕がパンフレットを持ってお父さんに直談判して、正面突破した。
その冬の終わりに、スーツを着込んでお父さんに「お嬢さんを僕にください」と正面突破した。

その時、今まで家内の家を訪問したBFさんが何人かいたと聞いていたのに、旧陸軍将校の怖いお父さんに正面突破を試みる奴がいなかったんだと思った。
今思えば、箱入り娘である自分を連れ出そうと果敢に挑む僕に、頼もしさを感じたのか
もしれない。

ドラマを見ながら、このようなことを家内と話しました。
男は少々強引ぐらいが丁度良いのでしょう。
昆虫の世界から魚・動物の世界まで、選ぶ権利はメス・女性にあるので、男は根拠のない自信を持って、果敢にアタックするのみです。
結果は、「神のみぞ知る」世界です。
あとは「野となれ山となれ」です。
チャレンジする前から、敗戦を想像していたら何事も成就しません。

ドラマを見終わると、「大河ドラマ・女城主」は終わっており、風呂に入り寝床の直行しました。


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